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刹那の風景 第三章  作者: 緑青・薄浅黄
『 ブルーポピー : 憩い 』
110/130

『 その約束を 』

* 本日二度目のUpになります『幸せの形』から

  読んでいただけると嬉しいです。

【 ウィルキス3の月30日 : セツナ 】



 素直に頷いて、ジゲルさんの話を信じてしまった

アルトの頭を軽く撫でてから、ジゲルさんが話を再開させた。 


「話を元に戻しやすよ」


「うん」


「獣人族の人から、情報を聞いたあっしは

 とりあえず、リシアに向かうことにしたっすよ。

 ハルにある、ギルド本部へと行けば

 何か手掛かりが入るかもしれないと

 思ったでやんす」


「二人は、ついていくって言わなかったの?」


「騒いでいたっすが……。

 あっしが、ハルの牢屋から

 一生出れなくてもいいのなら

 ついてきてもいいと告げたっす」


「……」


「その冒険者が見つかっても

 見つからなくても、トキトナに帰ることを

 約束させられたでやんすがね……」


「よかったね」


「……そうでやんすね。

 ハルでは、四年に一度の大会が開催される

 予定だとは知っていやしたし、トキトナでも

 冒険者や商人達が補給するために

 立ち寄っていたっす。あっしは、ギルドへといって

 依頼を受け、商人達の商隊に参加させてもらったっすよ」


「なるほど」


「その商隊で移動している時に

 セツナさんの噂を聞きやした」


「……」


「ハルにたどり着いて、泊まった

 宿屋で食事をしている時に

 セツナさんの参加を知りやした。


 セツナさんが、ハルに居ると聞いて

 すぐに会いに行こうかと心が揺れやしたよ……」


ジゲルさんが僕を見て、寂しそうに笑った。


「でも、その時にはもう

 あっしは、冒険者をやめる決心をしていたでやんす」


「どうして? 二人は冒険者になったんでしょう?

 三人でチームを組んで、続けたらいいじゃないか」


「それも考えやしたよ」


「なら、どうして!」


「トキトナから

 魔道具屋が消えやした」


ジゲルさんの情報に、オウカさん達と黒が反応する。


「ルーハスさん達が、魔道具屋の店主の

 説得を試みてやしたが、断られたっす。

 

 ただ、自分達はこの店を閉めるけど

 別の商家が、またここで魔道具屋を開く予定だと

 話していたから、安心していたでやんすよ。

 

 魔道具屋は、生活に欠かせない魔道具を

 手に入れるために必要な店でやんすからね」


「うん」


「とりあえず、魔道具屋が戻って来るのなら

 暫くは、ギルドを頼ろうという事になったでやす」


「ずっとギルドじゃ駄目なの?」


「ギルドで販売される魔道具は

 冒険者よりのモノが多いでやんすよ」


「なるほど」


「あっしが

 ハルにたどり着いたのが、二日前っす」


「うん……」


話が飛んだことに、アルトが首を傾げるが

とりあえず聞いてほしいと言われ、頷く。


「キリーナ商会が、奴隷を売買していると

 知ったのも、二日前でやんす」


「そうなの?」


「そうっす。ギルドで依頼を受けて

 商隊と共に、ハルの門をくぐり

 その足で、ギルド本部へと向かったでやんすよ」


「俺と同じだね。

 俺もついた日に、ギルド本部へ行って驚いた」


「あっしも驚きやしたよ。

 ハルという街にも、驚きやした。

 あの二人を、連れてきてやりたいと思いやした」


「うん」


「そこで、あっし宛ての手紙が

 ガーディルに保管されていると、告げられたっす。

 すぐに取り寄せてもらって、宛名書きを見たら

 元同僚だったでやすよ」


「なんで!?

 恨み言を書いて、送ってきたの!?」


「あっしも最初、そう思ったでやんすけどね」


そう言って、ジゲルさんが鞄から

その手紙を取り出して、机の上に置いた。


「パンパンだね……」


アルトの言う通り

大き目の封筒がパンパンに膨れている。


「手紙を受け取って、宿屋に戻り

 封を切って、手紙を読んだっすよ」


「何が書かれていたの?」


「手紙の内容は、元同僚が知る

 キリーナ商会の内情が、びっしり書かれて

 いたでやんす」


「内情?」


「キリーナ商会は

 奴隷の売買をしていますよ、といったことが

 沢山かかれていやした」


「……」


「どうやって、奴隷を仕入れ

 どのように運び、誰が協力者だったのか

 そういったことも、書かれていたっす。


 その手紙を読んで、トキトナに魔道具屋を

 開いていたのが、キリーナ商会の傘下の商家だと

 知ったっす。


 あっしは、ルーハスさんから

 サガーナに入っていた、奴隷商人達が一網打尽にされ

 バートルへと送られたと聞いていたので

 その辺りは、驚きやせんでしたが……」


「クットではなく

 バートルに送られた?」


「そうでやんす」


「なぜ?」


「あっしも、ルーハスさんに聞いた時は

 どうして、バートルなのだろうと疑問に思っていやした。

 バートルの奴隷商人に対する法は、厳しいでやすから。

 疑問に思っただけで、その時は忘れていやしたが」


「理由が分かったのか?」


アギトさんの問いに

ジゲルさんが首を横に振る。


「手紙には、捕まった人の事は書かれていなかったっす。

 ただ……そうかもしれないと思う文章がありやした」


「どんな文章だ?」


「裏の仕事の失敗と裏切りを

 キリーナ商会は許さない」


「なるほど……」


「どういう意味なの?」


アルトの純粋な問いに

ジゲルさんとアギトさんが

答えるのを躊躇したために僕が答える。


「キリーナ商会は、法律に違反する仕事を

 失敗した場合、それが国に知られることを恐れて

 口を封じようと動く組織なんだよ」


「口を封じるって

 殺すって事?」


「そう」


「……」


「仕事に失敗したから、クットに送られてしまうと

 釈放される恐れがある。クットの奴隷商人に

 関する法律は、バートルに比べると緩いから。


 釈放されてしまうと、キリーナ商会の人に

 殺されてしまうかもしれないから

 殺されるよりはバートルで

 罪を償ったほうが、まだいいと思ったんだろうね。


 あともう一つは、自分達の家族や大切な人を

 守るためでもあったと思うよ」


「守る?」


「バートルで罪を犯して

 長い罰を受けることになる人間は

 最後に、家族と会わせてもらえる」


「……」


「他国に居たとしても

 その旅費を、自分が返すことを誓えば

 呼んでもらえるんだ」


「そういえば

 そんなことを聞いた気がするな」


「あっしも

 聞いたことがあったような?」


二人が、微かにバートルの情報を思い出したのか

何度か頷いてる。サフィールさんはそんなアギトさんに

冷たい視線を向けていた。


「裏の仕事に手を染めて

 失敗すれば、その補填は多分

 家族へと向かったのかもしれない。


 だから、クットではなくバートルを選んで

 自分の身内を、安全な所へと避難させる

 目的があったんだと思う。


 奴隷商人がバートルの人と

 婚姻を結ぶ理由は、偽装する為もあるけれど

 家族を人質に取られないように

 酷い目にあわないように、守るためでもあったんだ」

 

アルトが心配そうに、クロージャへと視線を向けるが

クロージャはアルトに笑って「大丈夫」と告げていた。


「セツナよー」


バルタスさんが、子供にそこまで説明するは

止めた方がいいと口にするが、エレノアさんは

知っておくべきだと、バルタスさんと反対の意見をだした。


「不用意に口に出したらどうする。

 危険じゃろうが」


「……サフィールが、先ほどから

 フィーと共に口に出さないほうがいい情報に

 鍵をかけていっているから大丈夫だろう」


「僕も知っておくほうがいいと思うわけ。

 知っていたら、警戒できる。自衛できる。

 知らなければ、自衛のしようがないわけ」


「それでもなぁ」


渋るバルタスさんに

アルトが「最後まで聞くって決めたから」と告げ

バルタスさんが、エミリア達に視線を向けると

怖がってはいたが、はっきりと「私達も知りたい」と

自分の意思を告げていた。


「怖いと思ったら

 耳を塞げ。いいな?」


バルタスさんの言葉に、子供達が頷く。

ロガンさん達にも、聞かせてもいいのかと確認すると

子供達の意思に任せますと答えた。


ジゲルさんは、この先を話すか悩んだあと

アルトに促されて、小さく溜息を落としてから

続きを話した。


「元同僚は……。

 多分、もう生きてないでやんす」


「え……?」


「手紙に、大きな損失を出したと

 取り返しがつかない金額だと……。

 書かれていたっすよ」


「損失?」


「あっしが、手紙を受け取ったのは二日前。

 ギルドに手紙が託されたのは、四日前っす。

 

 あっしのキリーナ商会での仕事は

 魔道具関係だったでやんす。あっしの元同僚は

 同じ魔道具部門にいたっすよ」


「好敵手ってやつだね」


「ちょっと違うっす。

 あっしは、嫌われて目の敵にされていやしたから」


「……」


「あっしが解雇されたあと

 元同僚は、魔道具部門の責任者になったっす」


「卑怯な手を使ったのに!」


「確かに、そうでやんすが

 あっしは、解雇されてよかったと

 心から思いやしたよ」


「どうして」


「魔道具部門が

 金貨四千枚以上の損失をだしたからでやんす」


「金貨四千枚?」


「最低四千枚っす」


「……どうしてそんな損失を」


エレノアさんが、信じられないと

小さな声で呟いた。


ここに居る皆が、衝撃を受けていた。


「様々な国で、時の魔道具を買いあさり

 値段を釣り上げていたみたいっす。

 

 クットでの競売が二十五日にも在り

 そこでも、全ての商家を蹴散らして

 出品された、時の魔道具を根こそぎ

 買ったと書いてありやした」


僕が時使いであることを知っている人達の視線が

自然に、僕へと集まっていく。


「仕事がうまくいったことに

 祝杯を上げて、魔道具部門で飲み会を

 開いたと。楽しかったと書いていやした。

 その後に、それが友人達との最後の酒になったとも

 書かれていやしたが……」


「何があったの?」


まだ理解できていないアルトの質問に

バルタスさんが、ジゲルさんを止めようとするが

僕が首を横に振る。バルタスさんが僕を睨むように

見ているが、僕も視線をそらさない。


根負けしたのはバルタスさんの方で

深い溜息をつきながら、視線を逸らした。


「二十六日の日に、ギルドで時の魔道具が

 販売中止となる前と同じ値段の金貨三枚で

 再販されることになりやした。


 再販されるだけでなく

 購入制限も解除されたっす」


「……」


アルトがそっと僕を見た。

あの時の、僕とリオウさんの会話の意味を

今、完全に理解したのだろう。


「そっか。

 そういうことだったんだ」


アルトはそう呟いただけで

それ以上何も言わなかった。


エレノアさんが僕を見て、目を細める。

きっと僕が、キリーナ商会を削るために

手をまわしたと、勘付いたのだと思う。


僕は再販される時期については、関与していない。

購入制限の解除は、お願いしておいたけれど。


『本当に、クットの競売の後に発表したんですか?』


僕がそう提案したら

鬼畜だとリオウさんに言われたのに。


気になって、ヤトさんに心話を飛ばしたら

ヤトさんは、全く驚くことなく返答してきた。


『各国のギルドから

 時の魔道具が手に入らなくて

 首を吊る人間が出そうだと報告を受けた』


『あー……。

 ロガンさんも、手に入れようと

 必死でしたしね』


『ギルドが、時使いを確保したのを

 ギルドマスター達は、知っているからな。

 早く再販しろと、せっつかれていた』


『なるほど』


『それでも、正直悩んでいたのだが

 何時販売しても、結局は恨まれるのだから

 首を吊る人を助けましょう、とリオウが決断した』


『そうなんですね。

 わかりました』


『セツナが、リシアの守護者だと宣言したから

 時使いだと知られても、手を出してくる国は

 ないと思うが、やはり私は隠しておくべきだと

 思っている』


『ありがとうございます』


ヤトさんとの心話を終えて

ジゲルさんの話に集中する。

黒達の視線が痛いけど、気にしない。


「購入制限がなくなったために

 キリーナ商会に、煮え湯を飲まされた

 商人たちは、値段を落としたとしても

 絶対に、キリーナ商会からは時の魔道具を

 買わないと思いやす」


「……そうだろうな」


エレノアさんが僕から視線を外し

ジゲルさんに、相槌を打った。


「キリーナ商会は

 今、立て直しに必死になっていると思いやす。

 利益の上がらないところから手を引き

 規模を縮小させ、他国の支店も閉めると

 あっしは、考えているでやんす。


 だから、あっしは冒険者をやめようと

 考えたでやんすよ」


「どうして、それが冒険者をやめる理由になるのか

 俺にはわからない」


「キリーナ商会は、トキトナに支店を出せるほど

 金銭的に余裕がないとおもうっす。


 それどころか、これから沢山の商家が

 キリーナ商会に切られていくと思うっすよ」


「……」


「トキトナは特殊な土地っすから

 よほどの旨味がなければ

 あの場所で、商売をしたいという商家は

 少ないと思いやす……」


「半獣は差別されているから、か」


アルトの呟きに、ジゲルさんが

アルトの腕を軽く叩き、慰めた。


「魔道具屋がなくなると、沢山の人が困りやす。

 あっしは、あの場所がとても好きになりやした」


「……」


「あっしの仕事は商人でやした。

 魔道具に関わる仕事を、長年しておりやした。

 経験と知識は、豊富にあると自負しておりやす。

 なら、その知識や経験を役立てるのは

 今ではないのか、そう思ったでやんすよ」


「でも……」


「正直、冒険者でいることも辛いっす」


「……」


「セツナさんとの約束はあれど

 自分の願いが、もう叶わないのだと

 思い知らされるっすよ。


 情けないでやすがね」


「情けなくなんかない。

 冒険者もジゲルさんが商人に戻ることも

 誰かを助ける為で、誰かを笑顔にする為だから。

 情けなくなんかない。逃げたんじゃない」


「ありがとうございやす」


「……」


アルトが黙ってしまったことから

黒達が、ジゲルさんと会話を始めた。


アルトは、落ち込んでいるわけではなく

ジゲルさんの話を、自分の中で消化しようと

しているように感じる。それは、アルトだけではなく

ワイアット達も深く考えるように、黙り込んでいて

大人たちは、静かに見守っていた。


ミッシェルが黙り込んだことで、デスが心配して

ちょっかいを出しているのを見て、ナキルさんが

デスを引き取り、静かにするように諭している。



「……元同僚は

 どうしてそのような手紙を?」


エレノアさんの質問に

ジゲルさんが首を横に振る。


「わからないでやんす……。

 理由は何も書かれていなかったすから。

 ただ、あっしの知らないキリーナ商会の内情が

 びっしり綴られていやした」


「……」


「あっしは、本当に嫌われてやしたから。

 彼とあっしでは、価値観がまったく

 違ったでやんす。あの国で、あっしの考えは

 異端でやした。あっしもそれは、理解しているっす。

 彼が悪いのではなく、あっしが悪いでやんす。


 彼がもし、リシアに来たとしたら

 白い目で見られ、嫌われるのは彼の方でやんす」


「……そうだな」


「色々と煮え湯を飲まされたこともありやしたが

 貴族に殺されそうになったことも

 多々ありやしたが、あっし個人を攻撃するなら

 我慢することもできやした。


 だけど、ガーディルの人間の大半は

 奴隷に辛く当たりやす。子供の頃から

 そう教えられる為に、それが常識でやすから。


 そう、わかってはいても

 あっしは、ウエルとユッフェにした仕打ちだけは

 許せなかったっすよ。


 散々噛みついたと思いやす。

 それでも……死んでほしいとまでは

 思えなかったっす」


「……」


「あっし以外の人間には

 とても親切で、優しい若者だったでやんすよ。

 

 正直彼が、どうして裏の仕事を知ったのか

 あっしにはわかりやせん」


ジゲルさんが重い息を吐き出したあと。

俯いているアルトを見て、少しだけ目元を緩め

どこか遠くを見るような目をして、呟くように

言葉を落とした。


「キリーナ商会から、逃げられないと知り

 今までの行いを振り返ったのかもしれやせん。

 ウエル達に対しての、罪悪感はなかったでしょう。

 それが、彼にとっての普通でやしたから。


 でも、その他のことに対しては

 罪悪感があったのかもしれやせん。

 水辺へ行くことを覚悟したから

 神の御前へ立つ前に……。


 許されたかったのかもしれやせん。


 家族に語れば、家族を危険に巻き込みやす。

 友に語れば、友を危険に巻き込むでやんす。

 消去法で、残ったのがあっしだったと思うっす」


この世界の人間は、水辺へと旅立つと知った時

家族や友人に、自分の罪を告白することがある。

告白を受けた家族や友人は、その告白にどれほど

衝撃を受けようとも、許すと一言伝えるらしい。


神の御前で、家族や友人が許してもらえるように。

安らぎを与えてくれるという

水辺へと招いてもらえるように。


「この手紙の内容を、信じるのなら

 本人に、直接伝えることは

 もうできないとおもうでやんす……。


 だから、昨日……神殿へ行って

 祈ってきたでやんすよ。


 生きていてくれたらいいと祈り

 もし……水辺へと旅立ったのなら

 優しい時間を過ごせますようにと。

 あっしが、許しやすと……」


ジゲルさんはそう言って、片手で目元を覆った。



自分の人生を変えられておきながら

どうして許せるのだろうか。


どうして、その人の為に祈れるのだろう。

僕には、理解できない……。


今回の事は、突き詰めれば

僕やギルドが原因だともいえる。


提案したのは、僕で

実行したのは、ギルドだ。


追い詰める原因にはなったけど

僕が殺した、などとは一欠けらも思わないし

ギルドが殺したとも思わない。


殺したのは、キリーナ商会の人間で

僕達ではないから。


そのことで、罪悪感を覚えることは

この先もないし、キリーナ商会を潰す機会があるのなら

これからも迷うことは一切ない。


僕はそう考えるけれど、リオウさんは違うようだ

涙をこらえることができずに、次々と机の上を

濡らしていた。


「ギルドのせいではないでやすよ。

 間違ってはいけないでやんす」


リオウさんの嗚咽を耳に入れたのか

ジゲルさんが、リオウさんに真直ぐ視線を向けて

迷いのない口調で断言した。


「そういう因果を作ったのは彼で

 手を下したのは、キリーナ商会でやんす。

 ギルドは、関係ありやせん。


 ギルドが、時の魔道具を再販しなければ

 真面目に生きている沢山の人間が

 困難な状況に追い込まれることになったっすよ。


 武器屋や防具屋だけではなく、時の魔道具は

 貴族の屋敷を管理する者達にも、必要なものでやんす。

 代々伝わる家宝に、貴重な魔道具が埋め込まれている

 ことも多いっす。


 あのまま、時の魔道具が高騰していれば

 キリーナ商会が更に潤い。

 今以上に、悪事に手を染める機会を

 作ったでやんす。


 そうなれば、サガーナも危機に陥って

 いたかもしれやせん。


 ギルドの行いは、正当なものでやんす。

 だから、泣かないでほしいっす。

 自分を責めないでほしいっすよ」


ジゲルさんの叱咤に、リオウさんはキュッと

奥歯をかみしめ、そして顔をあげると真直ぐに

ジゲルさんと視線を合わせた。


「正道を貫くことは、時に痛みを伴います。

 リシアと他国は、相容れぬことの方が多いでしょう。

 それでも、私はこの国の在り方を好ましく思っております。

 どうか、どうか。これからも、リシアの守護者殿と共に

 この国を、このままで、守って頂きたく思います。


 国籍も持たない、冒険者でもなくなる私が語るには

 烏滸がましいとは思いますが。


 リシアの国の発展を、私は心より願っております」


ジゲルさんが静かに立ち上がり、丁寧な仕草で

オウカさん達に頭を下げた。


「気を使わせて申し訳ない。

 未熟な娘ですまないね。

 気に病まないでほしい。


 私達は、これからも民の為に

 ギルドに集う冒険者の為に

 ギルドの理念の為に、精進することを誓おう」


オウカさんが、鷹揚に頷き

ジゲルさんの謝罪を受け入れた。


ここに居る人達は、ジゲルさんの語ったことに

ギルドへの批判が含まれているとは、思っていない。

それは、オウカさん達もリオウさんも同様で

ただ、総帥になってこのような経験が初めての

リオウさんには、堪えたのだと思う。


ジゲルさんが、リオウさんを追い詰めた

わけではないと、誰もが理解しているけれど

リオウさんが、泣いてしまったという事実が

何処からか、漏れた時の為に自衛として


ジゲルさんは、王族に謝罪するという形を示した。

その謝罪を、オウカさんは受け入れ許すと告げ

それでこの話は、手打ちとしたというのが流れだ。


内心、面倒だなと考えていると

ジゲルさんが僕を見て「慰めてあげないでやんすか?」と

首を傾げた。


「慰める?」


「そうでやんす」


「どこに、そんな必要が?」


「……」


「……」


「女性には、優しくでやんすよ!」


「なら、全てを僕の責任に

 してくれていいですよ」


視線をジゲルさんから

リオウさんへと移してそう告げる。


「っ……」


「辛いと思われるのなら

 僕が全て受け持ちます」


「遠慮しておくわ」


リオウさんの目に、僕に対する怒りが宿る。


「そういうことです」


「そうでやしたか」


「え?」


僕とジゲルさんの短いやり取りに

リオウさんが、数度瞬きをする。


「リシアの事に関して

 彼女は僕と同じ位置にいる人ですから

 これから、お互いに切磋琢磨していく

 ことになるでしょう。


 僕は、彼女が自分で立てる人だと

 信じていますから」


「そのようでやんす」


「それに……彼女を慰めるのは

 僕ではなく、隣にいる彼ですよ」


僕のこの言葉に、リオウさんの頬が

一気に赤く染まった。


「それと、今回の発案は僕で

 時の魔道具を作ったのも僕で

 購入制限をしないでくださいと

 お願いしたのも僕なので」


「セツナさん?」


「キリーナ商会を潰そうとしたのは

 僕なんですよ。ジゲルさん」


「……」


「ギルドは、時の魔道具を必要とする人の為に

 決断をしただけですから、気に病む必要など

 どこにもありません。


 明確に、キリーナ商会を潰そうと考え

 全てを画策したのは僕なんですから」


騒めいていた空気が、一気に冷え込んだ様に

静寂を連れてくる。


「そして僕は、これからも今回のような機会があれば

 一切躊躇することなく、手を下すと思います」


僕が時使いであることを、初めて耳に入れた

クロージャ達やナキルさんや弟のケニスさんが

僕から視線をそらさずに見つめている。


「セツナさんは、風と水の使い手でやんしょ?」


「気になるのは、そこですか?」


笑いを含んだ僕の声に

ジゲルさんが肩から力を抜いた。


「大会前までは、風と時の使い手だったのですが

 大会の途中で、なぜか魔力が跳ね上がり……。

 水属性が増えました」


「大丈夫なんっすか?」


「クッカと契約しているので

 クッカが対処してくれたんでしょう」


「そうでやすか。

 よかったでやんすね」


「ありがとうございます」


「セツナさん。

 あっしは、セツナさんが時使いであることを

 話してはいけないと思うでやんす。

 

 リシアの守護者と宣言しやしたから

 他国が手を出すことはありやせんが……。

 有象無象が近寄ってくるっすよ」


「はい。

 この話はここだけのことにしてください」


僕の言葉に、ジゲルさんだけではなく

クロージャ達も深く頷いている。

フィーがこっそり魔法を発動して

話せないように、魔法をかけていた。


過保護だなと、フィーに視線を向けると

ニッコリと可愛く笑ってくれた。


「まぁ……驚きやしたが。

 セツナさんを褒めはしやしても

 恨むことはないっすよ。


 元同僚も、自業自得でやすからね。

 それでも、あっしが神殿に行ったのは

 あっしに手紙が、届いたからでやんす。

 自業自得とはいえ、命を奪われるという

 不条理に対して、同情したでやんすよ」


「そうですか。

 過程はどうであれ、ジゲルさんが冒険者を

 やめる理由に、僕も関わっているんですが」


「遅かれ、早かれ、あっしは冒険者を

 やめていやしたよ。冒険者も楽しいでやんすが

 商人は、人の笑顔が間近でみることができるっす。

 あっしはね、いい買い物をしたといわれる瞬間が

 本当に、好きでやんすから」 


ジゲルさんの自然な笑みに

真実を語っているのだとわかった。


「あっしも、キリーナ商会は

 潰れたほうがいいと考える一人でやんす。

 手伝えることがあるなら、手伝いやす」


「危険な事には

 手を出さないほうがいいと思います」


「それは、セツナさんも同じっす」


「僕も、細心の注意を払って行動します。

 でも、僕の特技は誰にもばれずに

 こっそり行動することですから」


「セツナ」


「セツナ」


「……」


ヤトさんとオウカさんから、同時に名前を呼ばれたが

二人の方を向かないようにしていたら

ジゲルさんに笑われた。


ジゲルさんの話が一段落して

今までの話を纏めたりと、部屋の空気が

ざわざわと揺れている。


ジゲルさんが目を閉じて

何かを思案しているのを黙って見ていた。


決意を固め、考えが纏まったのだろう。

一度拳を握りしめ、ゆっくりと目を開ける。


僕は、机の上に置かれているグラスに手を伸ばし

のどを潤すように、口に含んだ。


「師匠?」


僕の纏う空気を敏感に察知して

黙ってこの場にいたアルトが

驚いたように、僕を見て僕を呼ぶ。


「アルト。僕とジゲルさんの話に

 口を挟まないように」


お願いではなく、命令に近いことを口にしたことで

アルトが緊張しながら「はい」と答える。


「さて……。本来ならば、場所を変えましょうと

 いうところですが。この場を作り上げたのは

 ジゲルさんですし、アルト達の糧になるようにと

 ご自身の経験を語ってくださいました。

 僕は、アルトの師として心から感謝しています。

 だから、ここは僕が譲歩しましょう」


ジゲルさんの目に、少し悔しそうな光が浮かんだ。


「ジゲルさんに、悪意がないという事を僕は知っています。

 守りたいものがあり、譲れないものがあるという事も

 理解しました。


 なので……今回だけは許して差し上げます。

 しかし、次はありません。


 僕は、商人がどのような人間かも

 分かっているつもりですから。


 くれぐれも、お間違えなきよう……お願いします」


魔力での威圧と共に、告げた言葉に

ジゲルさんは体を固くするが、すぐに自分を立て直し

軽く息を吐き出すことで、緊張を外へと逃がす。


「何処で気が付きましたか?」


「ジゲルさんの心の中に

 確固とした、星が生まれた時でしょうか」


僕の返事に、ジゲルさんは一度拳を握りしめた。


「私は、ここで引くことはできません」


「ジゲルさんのお気持ちは

 僕も痛いほど理解できますよ……」


「そうだと思います」


「なので、ジゲルさんが選んでください。

 僕か、総帥か……。どちらを選ばれても結構です」


「セツナ」


ヤトさんが僕を呼び「ヤト」と呼べと一言告げる。


「では、今まで通りヤトさんで」


「ヤトでいいと言っている」


「今まで通りで」


頷かない僕に、妥協したのはヤトさんだった。


「決まりましたか?」


「選ぶ前に、質問を」


「どうぞ」


「セツナさんは、ギルドの情報を

 ご存じで?」


「この件に関しては

 ギルドより、僕の方が詳しいですね」


「セツナさんでお願いします」


「僕は、ヤトさんをお勧めしますけど」


ジゲルさんは、ここで一度大きく息を吐き出し

緊張を解いた。


「セツナさんがいいっす。

 冒険者として、セツナさんと剣を交えることは

 あっしにはできやせん。力量が違いすぎやすし

 冒険者でもなくなりやす」


「……」


「剣を交えるわけではありやせんが……。

 あっしは、セツナさんとやり合ってみたいっすよ。

 あっしも、男ですから。引けない戦いは経験済みっす」


真直ぐに僕を見て、宣戦布告するジゲルさんの顔は

百戦錬磨の商人の顔だった。


僕とジゲルさんの闘志がぶつかり合う。

僕達の姿を見て、アルトが息をのんでいた。


「では、暁の風のセツナではなく……。

 リシアの守護者である、黄昏の魔王がお相手しましょう」



僕がそう告げた瞬間

「どうして、それを知ってるのぉぉぉぉぉ」と

いう叫びが聞こえて、思わずリオウさんを振り返る。


この場の空気が、一瞬にして崩れてしまった。


「リオウさん……」


「わわわわわわわわわ……」


批難するつもりで、名前を呼んだのに

リオウさんは聞こえていないみたいで

あわあわとしていた……。


何を慌てているのかと、首を傾げる僕に

ヤトさんが、苦笑を落としながら

僕が忘れていた事を口にした。


「気に入らない、二つ名がついたら

 冒険者をやめ、二度と顔を出さないと

 いっただろう?」


「あぁ、そういえば言ったような気がします」


「そんなことを、いったでやんすか?」


「言いました。

 だって、騎士とか王子様とか嫌がらせだと

 思いませんか?」


「あっしは、セツナさんにはふさわしいと

 思うでやすが」


「冗談でもやめてほしい」


僕の断言に、ジゲルさんが笑う。


「セツナが、真剣な顔でそう断言したから

 リオウは、セツナに必死に隠そうとしていた」


「なるほど。でも、リシアは僕達の庭なので

 隠し事は無理だと思って頂いたほうがいいと思います」


「そうだろうな」


「まぁ……。ガイアの魔導師ではなく

 " 黄昏の魔導師 "と" 黄昏の魔王 "が

 定着しそうなのでそれでいいですよ」


「そうか」


「はい。甘ったるい二つ名なら

 実行したと思いますが。許容範囲です」


「なら、ギルドも

 その二つ名を推しておこう」


「そうしてください」


僕とヤトさんの話が終わるのを待って

アルトが僕の腕を取り「師匠」と遠慮がちに声をかける。


「うん?」


「黄昏の魔導師と魔王ってなに?」


「僕の二つ名」


「え? そうなの!?」


「うん。なんかそれで定着しそう」


「おーー。俺はかっこいいとおもう!」


盛大に尻尾を振って、喜んでくれている。


「そうかなぁ。

 黄昏時の風景は、僕が好きなものだけど

 二つ名につけられると、くたびれた感じが

 するのは僕だけ?」


「俺は、魔王っぽいとおもう」


「魔王でいいの?」


「いいと思う」


「そう」


「二つ名いいなー」


尻尾をゆらゆらと揺らし

耳を機嫌よく動かして楽しそうにしている

アルトにも二つ名があることを教える。


「アルトにも二つ名がついてたよ」


「え? ほんとに? なんで!?

 なに、俺の二つ名って何?」


「……」


椅子から飛び降りて

僕の真横にピッタリと張り付き

その手が僕の、腕のあたりの服を握りしめている。


アルトのその態度に、黒達は声を殺して笑い

セイル達は、言葉を失くしてアルトを見ていた。


「師匠!」


アルトの剣幕に、ちょっと驚いていた僕を

急かすように、アルトが声を上げる。


「僕が魔王になることを

 アルトが、阻止したと冒険者の人達は

 思っているようだよ」


「阻止? 俺は止めてないけど」


僕の黄昏と、アルトの黄昏は全く意味が違う。

僕の黄昏は、闇に堕ちる一歩手前の意味で

アルトの黄昏は、闇を和らげるもの、と

いう意味でつかわれている。


僕と共に在り

闇の訪れを防ぐものという意味もあるらしい。


「アルトに二つ名がついたのは

 僕に二つ名がついたからではなく

 アルトが、僕に対して行動したから

 ついた二つ名なんだ」


「……」


「アルトの二つ名の意味は

 僕と共に在り、闇の訪れを防ぐものらしいよ」


「闇って?」


「僕が、魔王になりたい気持ち?」


「もうならないんでしょ?」


「ならないけどね。

 きっと、冒険者の人達にとっては

 冗談に聞こえなかったのかもね」


「あぁー。あの時の師匠

 すげー魔王っぽかったし。

 俺も、本気でそう思ったし」


ちょっと本気だったからね、とは言えない。


「それで?」


僕をじっと見て、少しだけ不安そうな光を

目に浮かべている。


「黄昏の弟子」


「……」


「僕とお揃いの二つ名だね」


「っ……」


教えたと同時に、僕から手を放し

俯いて、自分の感情を抑えるように拳を握っている。


「アルト?」


僕だけではなく、エレノアさん達も

注意深くアルトを見つめていたけれど……。


「黄昏の弟子……。

 俺の二つ名。師匠と一緒……」と呟くと同時に

アルトの感情が爆発した。


そう。爆発といっていいと思う。

体全体で、喜びを表現するかのような声をあげて

何度も何度も「師匠と一緒だ!」と叫び飛び跳ねた。


頬を紅くして、嬉しくて仕方がないのだと

満面の笑みと、体全体で飛び跳ねているアルトに

唖然としてしまう。


こんなに、喜びの感情を露にしたアルトを見るのは

初めてのことで、僕だけでなくここに居る全員が

驚いていたと思う。


とめどなくあふれてくる感情を抑え切れないのか

「俺の二つ名だって!」と声を張り上げ

クロージャ達の下へと駆けていってしまった。


クロージャ達もアルトの様子に驚いていたけれど

今はアルトと一緒になって、わーわーと騒いで

一緒に喜んでくれていた。


二つ名が欲しいといっていたから

もしかしたら、喜ぶかもしれないと思いながらも

二つ名が僕と一緒だから、複雑な心境になるのではと

考えていたのだが、杞憂だったようだ。


僕と一緒で、あそこまで喜ばれる意味が

僕には今一、理解できないんだけど……。


僕が首を傾げていると、エレノアさんが

苦笑しながら「……子供とはそういうものだ」と

教えてくれた。


僕も子供の頃、父や母と一緒だとおもうと

嬉しいと思った記憶はあるけど……あそこまで

喜んだことはない。


鏡花も僕と似たり寄ったりだったはずだ。


「そういうものですか?」


腑に落ちない僕に、ジゲルさんも頷いて

「そういうものっすよ」と言って笑った。


アルト達の騒ぎようから

何を言っても無理そうだと思い

しばらく放置しておくことにする。



ジゲルさんが僕を見て、苦笑を深くした。


「セツナさんには、読まれていたっすね。

 正直、止められるかと思っていやした」

 

ジゲルさんが、何を告げるつもりだったのか

僕も黒達もそしてヤトさんやオウカさん達も

分かっていたはずだ。リオウさんは……どうかなぁ。


「悪意があれば、止めていましたよ」


「申し訳ありやせん」


「今回は、許しますといいました。

 アルトを心配しての事だというのも

 理解しています。


 もちろん、それだけではない事も。

 ですが、いかなる理由があっても

 次はありません」


「心に刻んでおくでやんすよ」


「そうしてください」


「セツナさんに

 先手を取られた時は驚きやしたよ。

 あっしが先に、場を支配しようと

 考えていたのが、水の泡になりやした」


「それは、僕の台詞ですよ。

 魔力の威圧まで使って、場を支配したのに

 どこかの誰かのせいで、露と消えたんですから」


僕とジゲルさんの会話に、黒達が肩を震わせ笑う。

ちなみに、どこかの誰かさんは現在オウカさんに

ガミガミと叱られている最中だ。


魔道具を使って見えないようにされている。

きっと、半泣きになっているのではないだろうか。


慰める役のヤトさんは、ここに居る。

慰める気はないらしい。


「ご両親がいる間に

 沢山失敗したほうがいいでやんす。

 成功の経験も大切でやんすが

 失敗の経験も大切でやんす。

 

 その時の悔しさや無力さと共に

 心に刻まれる経験は、生涯忘れないでやんす。

 彼女なら、潰れることなく、病むことなく

 その経験を糧にできると思うでやんすよ。


 隣に、支えてくれる婚約者さんもいるでやんすしね」


ヤトさんは何も答えなかったけど

その口元は、ゆるく笑んでいた。


「王族は大変でやんす。

 自分の感情より先に、民に心を傾けるっすから」


「そうですね」



周りの喧騒とかけ離れ

僕達の席はとても静かだった。


誰も口を開くことなく

静かなこの空間に、心をゆだねているようだった。


その沈黙を破り

ジゲルさんが静かに言葉を落とす。


「神殿で、自分の心を決めやした。

 アルトさんと話して、覚悟を決めやした」


「……」


「さんざん悩んで、冒険者をやめることを決意して。

 次に考えたのが、セツナさんのことっす。


 今は、笑うこともできるようになりやしたが

 酒に逃げようかと、考えたこともあったっす。


 でもね、セツナさん」


「はい」


「酒をグラスに注ぐたびに

 セツナさんとの約束が、胸に響いたでやんすよ」


ジゲルさんはそう言って、自分の胸のあたりを

拳で叩いた。


「あっしの一番の願いが絶たれて

 それでも、今日まで冒険者を続けてこれたのは

 あの時、沈みかけていたあっしの愚痴や弱さを

 黙って聞き続けて、慰めてくれた

 セツナさんと出会っていたからでやんす」


「……」


「一生懸命、生きることに取り組んでいた

 セツナさんを知っていたから。

 

 あっしも生きなければと、思いやした。

 冒険者として有名になるなど……。

 大半の人にとっては、夢物語と同じっす。


 若ければまだ、そんな夢も見ることができる。

 しかし、戦うことに身を置かず

 長年、商人として生きてきたあっしには

 無理だと、理解していたっすよ。


 それでも、娘に会うために有名になると

 目標を決めたのは、あっしが生きる為だったっす。


 他人に語れば、笑われる目標でやんす。

 セツナさんと会う前に、散々嗤われてきたでやんす」


「……」


「そんなあっしを、笑うことなく

 真剣に応援して、約束をくれた。

 大切にしていた、約束を……。

 あっしは……」


「ジゲルさん」


奥歯をかみしめて

黙ってしまったジゲルさんの前に、鞄から取り出した

ショットグラスを置き、そして自分の前にも置いた。


この世界にはないモノに、バルタスさん達が

じっとグラスを見つめている。


鞄の中から、一本のお酒を取り出し

封を切り、ジゲルさんと自分に注ぐ。


「セツナさん、あっしは」


「僕とお酒を飲みませんか」


「こんな、さえないおっさんと……。

 飲んでもいいんでやすか?」


初めてお酒を飲もうといった時と

同じ台詞をジゲルさんが返す。


だから僕も、あの時と同じ台詞を返した。


「いいんです。ジゲルさんがよければ

 僕と一緒に飲んでください」


僕の言葉に、淡く笑ってショットグラスを持つ。

僕も手に取り、軽く合わせてから一気に流し込んだ。


「っ……」


「……」


「これは……。

 あの時と同じ酒?」


「そうですね」


「こんなに

 キツイ酒だったっすか?」


「あのグラスで一気に飲むお酒では

 ないですよね。僕も、暫くして気が付きましたけど」


「グダグダになるはずっすね!」


「あの時は、お酒に詳しくなかったですし

 適当に取り出したモノだったので

 仕方ありません」


「何処の酒っすかね?

 結構いいモノだと思うでやんすが」


「サガーナのお酒ですよ。

 六百年ぐらい前の、今は作られていない

 貴重なお酒です」


「……」


「……」


酒肴の視線が酒へと集まってるのがわかる。


「サガーナの酒は……。

 人間には、キツイと聞いたでやすよ」


「だから、あれだけ酔いが回ったんです」


「あっし達、良く生きてやしたね」


「確かに」


「運が良かったでやんすね」


「そうですね」


「よかったでやんす……。

 生きていて。あの時、セツナさんと会って

 よかった。よかったっすよ。よかった。

 本当に……。

 

 生きているから、ウエル達も助けることが

 できや、した……」


俯いて、嗚咽を堪えながら

耐えるジゲルさんから視線を外し

自分のショットグラスに、酒を注ごうとした瞬間

魔道具が発動し、エレノアさんにお酒を奪われた。


ジゲルさんの姿が、見えないようにされている。

彼が落ち着けるように、配慮してくれたらしい。


「……セツナ」


「はい」


「……笑い事ではないだろう?」


「はい?」


「……貴殿の先ほどの会話を思い出せ」


「……」


「……運が良かったで

 片付けてはいけない」


「はい」


「……初めて飲むのだから

 仕方がなかったとも思うが

 くれぐれも、気を付けるように。

 貴殿の酒の飲み方は、感心しない」


「はい。肝に銘じます」


視線を逸らしながら答えたら。

エレノアさんが、酒の瓶を机の上に置き

両手で、僕の顔を挟んで無理やり視線を合わせてきた。


エレノアさんの横に座ったのは失敗だった。


「……目を見て、もう一度言ってほしい」


「気を付けます」


「……よろしい」


素直に従ったことで、すぐに解放され

お酒も返してくれた……。


視線を感じて、その方向へ顔を向けると

三番隊のクローディオさんと目が合う。


あ、しまったと思うがもう遅かった。

見たことのない、笑みを浮かべていたから。

エイクさんにこのことがばれるかも知れない。


僕の蒼の輝きが届くのが先か

クローディオさんの手紙が、エイクさんに届くのが先か

きっと、僕に届く方が早いだろうと考え

今の笑みは見なかったことにした。



「セツナさん、どうかしやしたか?」


ジゲルさんが声を出したことで

魔法が解けた。


「何もなかったですよ。多分」


僕の曖昧な返事に

ジゲルさんがおかしそうに笑った。


ジゲルさんのグラスに

もう一杯酒を注ごうとすると

ジゲルさんがグラスの上に手を置き

首を横に振った。


「これ以上は、無理でやんす。

 今は、酔えないでやんすよ。


 セツナさんと交渉して

 勝ち取らなければなりやせんから」


ジゲルさんの決意を固めた視線を

見返しながら、頷く。


手に持っていたお酒の瓶をバルタスさんに渡し

同じものを数本鞄から出して、一緒に渡す。


「貴重な酒だろうが」


「まだ、同じものが沢山あるので」


「本当にいいのか?」


「お祝いですし

 皆で飲めばいいと思います。

 飲み方は、三番隊に聞いてください」


「わかった」


分かったといいながらも

ショットグラスに視線を向けているから

同じものを鞄の中で、箱単位で作り出し

どういったお酒を飲む時に使うグラスなのかを

簡単に説明してから手渡した。


「在庫ですから、差し上げます。

 それは洗っていませんから

 一度洗ってから使ってください」


「いや、こんなには貰えん」


「必要なら、腐るほどあるので

 後ほど、もっと渡せますよ」


「そうか……。

 なら、ギルドに金を振り込んでおくから

 あとで確認しておいてくれな」


「いや……お金はいらないんですが」


僕の懐は、全く痛まないから

本当にお金はいらないのに。


「セツナ、それはいかん」


「わかりました。

 では、ショットグラスの代金だけ頂きます。

 お酒の代金はいりません」


僕が引かないとわかったからか頷いて

「有難く頂戴する」と言って笑った。


頂戴するといっても、なんやかんやと

珍しいモノを仕入れてきては、食べさせてくれる。


それがまた、お酒に合うのだから

飲み過ぎても仕方ないと思うんだけどな。


バルタスさんが酒を手にした事で

酒肴の人達が、ワラワラと集まって来て

僕の頭や背中や肩を叩きながら去っていく。


その熱量に、ジゲルさんが目を丸くして

眺めていた。


「やっぱり、若い子達が集まると

 元気でやんすね……」


アルト達の楽しそうな声と

酒肴の人達の楽しそうな声が入り混じり

混沌とした場になっている。


ジゲルさんは目を細めながら呟いた。


「いい風景っすね。

 優しい場所でやんす」


「僕もそう思います」


アルトにとっては最高の場所で

僕にとっては、苦しい場所だ。


周りがお酒を楽しんでいる中で

ジゲルさんは、水を飲み僕を見た。


「あっしは、本気でいきやすよ」


「……」


「だから、セツナさんも

 本気で相手をしてほしいっす」


「わかりました。

 ジゲルさんの最初の計画でいいですから」


「アルトさんを利用することに

 なるかもしれやせんが?」


「いい経験になると思います。

 最近僕も……少し不安に思っていたので」


「確かに。あっしもそう思いやす」


「……」


「久々に、全力で行くでやんす」


「お手柔らかにお願いします」


「それはこっちの台詞でやんすよ」


「僕は、戦闘は得意なんですけどね」


「あっしは、騙されないっすよ。

 試合を最初から最後まで

 見ていたでやんすからね」


「僕の切り札が削られていく」


「とりあえず、今のこの空気は

 あっしにとっては、最高の場でやんす」


「僕にとっては最悪ですけど」


「幸運はあっしの手の中にありやすね」


「精々、頑張ってください」


楽しそうに会話しながらも

ジゲルさんの目は、全く笑っていなかった。

ウエルとユッフェのこれからの人生を

幸せなモノにするために……。


ジゲルさんは僕と戦う覚悟を決めたんだ。


黒達とヤトさんが、グラスをもって席を移動する。

この席に残るのは、僕とジゲルさんだけだ。


アルトが僕達の席へ戻ろうとするのを

ヤトさんが止め、エレノアさんの隣に座らせた。


それぞれが、グラスや皿を置き

僕達へと視線を向ける。


緊張しているジゲルさんを見て

少しだけ、罪悪感を覚える。


この交渉はやる前から結果が決まっているから。

ジゲルさんの望むモノを持っているのは僕。


その僕が、もう心を決めている。


首輪を外さないという選択肢など

僕の中には、ありはしないのだから……。


だから、僕はアルト達の為に

黄昏の魔王っぽくなろうと決めたのだった。




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2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
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