↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
刹那の風景 第三章  作者: 緑青・薄浅黄
『 ブルーポピー : 憩い 』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

109/130

『 幸せの形 』

【 ウィルキス3の月30日 : セツナ 】


 僕を取り残して、僕の話で盛り上がる

娘を持つ男親達と将来娘がいる予定の男親と

娘がいるといいな、という希望を持つ男達が

意気投合しているのを、複雑な気持ちで眺めていた。


女性達は、もっと掘り下げて話を聞きたそうに

していたが、僕がエレノアさんの隣に移動したからか

誰も近寄って来る事はなかった。


エレノアさんは、苦笑しながら僕を見て

アラディスさんは、男親同盟達に混ざっていたのに

こちらへと来て、僕とは反対側のエレノアさんの

隣に陣取って、僕に警戒の目を向けている。


僕は最近学んだんだ。

女性達の会話に終わりはないのだと

様々に変化していく、意味のない会話に

付き合うのはやめようと心に決めた。


だから、試合中にエレノアさんを巻き込み

最近の現状を、訴えることにした。


アギトさんやサフィールさん、バルタスさんでは

無理だから。アギトさんとサフィールさんは

サーラさんに甘いし、バルタスさんは僕と酒肴の人達や

ビート達が共に居ることを歓迎している人だ。


彼等では問題の解決にならない。

サフィールさんは、サーラさんであっても

自分の話を遮られたら「僕と話しているわけ」といって

追い払う時もあるけれど

そうでない限りは全く気にしない。


エレノアさんも女性だけれど

落ち着いた大人の女性なので、傍にいて楽だし

無駄な話もしなくていい。ただ、それだけの理由で

アラディスさんが心配している、恋愛感情などは

生涯持つことはないんだけどなぁ。


散々煽ったのは僕だから仕方ない。


女性達の興味本位な、会話に付き合うよりも

アラディスさんの警戒の方が、遥かにマシだったので

ジゲルさんの話が再開するまでは、ここに居ようと思う。


この位置から何気なく、話している人達を眺めていると

ヤトさんとリオウさんが、オウカさんとオウルさんの

会話にドン引きしているのが目に入った。


リオウさんは、ヤトさんとの婚約が決まり

オウカさんも、ヤトさんを認めているので

問題はないのだが、問題はここに居ないサクラさんで

もし、自分の許可なく婚姻などしていれば

ギルドの力を使って、必ず潰すと

話しているオウルさんを見て、リオウさんが小さな声で

「サクラに手紙を書こう」と決心していた。


多分、そのうちリオウさんからサクラさんへの手紙を

預かることになるのだろう。今はまだ、一方通行の

手紙だけれど、もう少し時間が立てばサクラさんも

手紙を返せるようになるはずだ……。


その時には、きっとサクラさんが

惜しみない愛情をそそいでいる存在を

知ることになると思う。


サフィールさんに、ここに居てほしいとお願いされ

退屈そうにしていたフィーが、軽く首を傾げて

ジゲルさんをじっと見つめている。


本当は、興味のない話よりも

上位精霊達と遊んでいたいのに、と

僕に心話を飛ばしていたのをピタリとやめ

ジゲルさんの傍へと行き、可愛らしい声を響かせる。


フィーの行動に、サフィールさんが驚いていたが

特に、呼び戻すこともなく眺めていた。


「黒といても平気そうなのなの?」


フィーに話しかけられるとは

思ってもいなかったのだろう。


ジゲルさんは、黒達とは普通に話していたのに

フィーに返答する声音と表情は、誰が見ても

緊張しているのだとわかるものだった。


ジゲルさんは、膝をついて神に祈りを捧げる姿勢を取り

答える前に一度深呼吸をしてから

口を開こうとしている。


多分、彼の姿が精霊に対する正しい姿なのだろう。

だって……驚いているのは僕だけだったから。

アルトは、全くこちらを見ていないから

気が付いてもいない。


「立ってくれていいのなの。

 今の私は、サフィの契約精霊だから

 そういった態度は望んでいないのなの」


「ありがとうございます」


フィーの言葉に、ジゲルさんが頭を下げてから

ゆっくりと立ち上がった。


僕がじっと見ていることに気が付いたのか

フィーが僕を見て『セツナは覚える必要はないのなの』と

釘を刺された……。


「どうしてなの?」


返答を促すフィーに

ジゲルさんは、真直ぐフィーと視線を合わせて答える。


「私は、キリーナ商会で

 魔道具の検査などを受け持っていましたが

 魔道具を持ち込むのは、国の魔導師や

 貴族の方が多かったのです」


なるほど、上位の人と接する機会が多かったから

その経験が、自信となって黒達が傍にいても

平静でいられたんだ。


ジゲルさんの声なのに、話し方が違ったことに

興味を引いたのか、アルトが驚いた様子で振り返る。


「そうだったのなの。

 ガーディルの王侯貴族は

 碌なのがいないのなのなの」


「私もそう思います」


ジゲルさん、その返答はガーディルの人が聞いていたら

不敬罪で捕まります。


フィーは、その返答で満足したのか

サフィールさんの傍へと戻って

「あれが食べたいのなの」と

ねだって取りに行かせていた……。


ジゲルさんが、フィーに丁寧に話していたのを見て

アルトがジゲルさんの傍に立ち、ジゲルさんを見上げている。


「どうしたでやんすか?」


アルトの視線に

ジゲルさんが気が付き顔を向けた。


「話し方が違うから」


「あぁ。こっちがあっしの話し方っすよ」


「あっちは?」


「仕事用の話し方っすね。

 リシアの上位の方々は、寛容でやんすが

 ガーディルで同じことをすると

 物理的に、首が飛ぶでやんす」


「そうなんだ……」


「アルトさんも

 大人になったら、学ぶことになるっすよ」


「すげぇ……嫌だ」


「黒になると聞きやしたよ?」


「黒になるけど」


「なら、必要な事っすね」


「うーーーーーーー」


頭を抱えて、体全体で拒絶しているアルトを見て

ジゲルさん達が笑っているけれど、酒肴の人達や

エリオさん達は、溜息を吐いて「無理だ」と

呟いていた。


アルトの話に付き合って、暫く休息したあと

アルトが、そろそろ続きが聞きたい、と

ジゲルさんに催促し、その催促に頷いた事が

再開の合図になり、それぞれが居心地のいい場所へと

移動し、ジゲルさんの話を待った。


「さて、何処まではなしやしたかね……」


「ダリアさんの宿屋で

 体力を回復したところまで」


「そうでやんすね。

 アルトさんは、記憶力がいいでやんす」


ジゲルさんは、ことあるごとに

アルトを褒めていた。それが、とても自然で

こうして、娘さんのことも褒めていたんだろうなと

簡単に想像することができた。その愛情の深さも。


アルトは、すっかりジゲルさんに警戒を解いている。

褒めてもらえるからではなく、ジゲルさんが持つ

静かで包容力のある空気を感じ取っているのだろう。


アルトが、懐く人というのは

静かで落ち着いている人が多い。


黒のチームでは、ダントツで剣と盾が一番だ。

酒肴は、一番隊と五番隊が好きで

月光は、クリスさんが好き。

邂逅は、可もなく不可もなくといったところ。

フィーは別枠になっている。



ジゲルさんに褒められて

アルトが機嫌を良くしたところで

ジゲルさんは、話を再開させた。


「セツナさんが

 魔法を刻んでいてくれたおかげで

 二人が思ったより早く回復したっす。

 ある程度、体力を取り戻したらすぐに

 ガーディルを出る予定をしていたでやんすよ。

 セツナさんも、同じことを考えたでやんしょ?」


「はい。

 僕も、そう考えました」


あの国は、獣人族にとって

本当に危険な国だから、少し無理してでも

あの国から離れたほうがいい。


「体力を取り戻してすぐに

 二人の冒険者登録をしやした。

 その後、馬と馬車を買いガーディルを

 出国したでやんすよ」


ジゲルさんの行動に、クローディオさんが

どうして、そこまでできるんだと

小さい声で呟いているのが耳に届き

ジゲルさんが、クローディオさんへと

目を向けるが、彼は目をあわせようとはしなかった。


ジゲルさんは、獣人族の二人を助ける為に

惜しむことなく、心を割き、お金を使っている。


「必要なモノを、馬車に詰めるだけ詰め込んで

 どこの国にもよらず、ひたすらトキトナを

 目指したでやんす。


 クットにも

 キリーナ商会の支店があるっすからね。

 立ち寄ることは、考えてなかったでやんす。


 魔物に襲われることもなく

 余裕をもって、トキトナに

 入れたでやんすが……」


「何かあったの?」


「ありやした。二人は実験用として

 売られようとしていたっすから

 奴隷の首輪の鍵がなかったでやんす。


 そのことから、あっしはトキトナで

 獣人保護協会の人に捕まって

 牢に入れられたでやんす」

 

「……」


「……」


「二人が必死にあっしを庇ってくれやしたが

 洗脳の恐れもあるということから

 暫く、牢で暮らしてやした……」


「……」


「……」


「洗脳の疑いがはれ

 二人の話が真実だと信じてもらえ

 牢から出してもらえやしたが、貴重な体験をしたっす」


貴重な体験で片付ける

ジゲルさんをすごいと思った。


「あっしはもう、ガーディルに戻るつもりはなく。

 二人……。二人は、猫の獣人族で

 ウエルとユッフェという名前でやんす。

 仲のいい兄弟でやんすよ」


ジゲルさんが、三番隊の方を向いて名前を教える。

知り合いだったのか、メディルさんが

「生きてた。よかった。よかったよ」と小さな声で

何度もつぶやいていた。


「アルトさんよりは、年上っすけど。

 元気一杯でやんす。二人といると

 自分の年をヒシヒシと感じるでやんすよ……」


ジゲルさんのこの言葉に

バルタスさんが何度も頷いている。

酒肴の人達も、元気が有り余っているからなぁ。


「二人の体力が完全に回復するのを待って

 あっしは、バートルへ戻るつもりでいたでやんすが

 ウエル達が一緒についてくると言って

 離れてくれなかったっす」


「連れていけばいいと思う」


「二人を連れてバートルに戻ると

 あっしはまた、牢屋いきでやんす。

 そして今度は、でてくることができないっすね」


「どうして!?」


「どんな理由があろうとも

 奴隷の所持は、罰を受けるっす。

 連れていくなら、二人の首輪を外さないと

 無理でやんす」


「首輪かぁ」


アルトが、チラリと僕を見るけれど

今はまだ、秘密だと心話で告げた。


「二人に黙って、トキトナを出ようとした時は

 喚きながら追いかけてきたでやんすよ……。


 もう少しであっしは、またトキトナの

 牢屋に入るところでやした……」


「……」


「……」


「二人の未来を考えるのであれば

 人間のあっしといるより、獣人族の人達と

 共に居るほうが、幸せだと思うんでやんす。


 必死に、恩を返すんだといってくれるっすけど

 あっしは、そんなことを望んではいないっすよ。

 あっしは、ユッフェ達が楽しく自分の道を

 生きてくれるなら、それだけで幸せでやんす」


複雑な胸中を、吐露するジゲルさんに

アルトが、首を横に振って否定した。


「そうじゃないと思う」


「アルトさん?」


アルトは、ジゲルさんをじっと見て

話すか話さないかを少しだけ悩んで

そして、真剣に言葉を紡いでいく。


「俺は、ジゲルさんの幸せが何かを知らない。

 ジゲルさんも、俺の幸せを知らないでしょう?」


「そうでやんすね」


「その人の幸せは

 その人にしかわからない」


「……」


「俺が、ギルドの近くに行くと

 俺を見て、可哀想な子だとか

 気の毒な子だとか、同情してくれる人が多いけど。

 それはきっと、優しい気持ちなんだと思うけど。


 今の俺にとっては、その感情は苛つくだけなんだ」


アルトは本当に静かに、溜息を吐いた。


「俺は、今の俺は可哀想じゃないし気の毒でもない。

 奴隷にされていた時は、確かにそうだったのかもしれない。

 でもね。今の俺は違う」


「アルトさん」


「師匠が、アルトと俺を呼んでくれたその瞬間から

 俺はもう、奴隷ではなく師匠の弟子になったんだ。


 今の俺は、可哀想な奴隷じゃない。

 胸を張って、幸せだと断言できるほど幸せだ。

 

 だって、俺には世界最強の師匠がいる。

 俺だけの、英雄が……俺の傍にいてくれるから」


アルトはそう言ってから

僕を見て嬉しそうに笑ってくれた。


「俺も、師匠が俺といて幸せか

 不安になる時もある。

 だけどね。俺は、俺の中の師匠じゃなくて

 本物の、師匠の言葉を信じるって決めたんだ」


「……」


「だって、俺の幸せは、俺のモノで

 誰かに決められるモノじゃない。

 何が幸せかを決めるのは、俺なんだ。


 なら、師匠の幸せも師匠が決めるものだから。

 師匠が、俺といて楽しいと。

 幸せだと笑ってくれるから

 俺は、師匠を信じようって思った」


大人びた顔で、自分の意思を伝えるアルトに

僕も黒達も、アルトを凝視した。


「確かに、人間を憎む気持ちはあるんだと思うよ。

 俺もそうだし……俺は獣人族も嫌いだし……。

 

 でも、それ以上に二人にとってジゲルさんは

 大切な人になったんだ」


「……」


「二人の大切な星になったんだ。

 俺の一番の星が、師匠になったように

 ジゲルさんは、二人の一番の星になったんだ」


ジゲルさんは、何も言わずに

アルトを見つめているけれど

ジゲルさんの視線の先にいるのは

ウエルとユッフェという獣人族だろうと思う。


「ジゲルさんは

 その二人が好き?」


「好きでやんすよ」


「だったら、二人の言葉を信じてあげて。

 二人が、ジゲルさんと居たいって思う気持ちを

 信じてあげてよ」


「……」


「二人の幸せを ジゲルさんが

 勝手に選ばないで、二人に選ばせてあげてよ」


そこでアルトが、涙を落とす。


「きっと……二人は怖いと思うから。

 ジゲルさんに、置いていかれるのは怖いって

 思っているはずだから」


アルトの告白は、ジゲルさんだけじゃなくて

僕にも伝えたかった事なんだと、聞いていてわかった。


そして、この場にいる人達にも

同情はいらないんだと……。

自分はもう、可哀想な奴隷ではないんだと。


「……そうで、やんすか。

 そうで、やんすね……」


それ以上言葉にできずに、ジゲルさんが顔を伏せた。

ジゲルさんは、きっと長い間その二人を見続けて

来たのだろう。助けたいと、思いながらも

自分では、どうすることもできない現実に

黙って耐えながら……。無力感を感じながら。


静かに座って、自分の感情を落ち着けている。

アルトも何かを怖がるように、俯いていた。


『アルト』


『……』


『僕は、何処にもいかないよ』


ソロソロと顔をあげて

アルトが僕と視線を合わす。


『アルトを置いて

 どこにもいかない』


『うん』


僕の言葉に、笑って頷くアルトに

僕も笑い返した……。



「申し訳ありやせん」


「大丈夫?」


「大丈夫っすよ。

 アルトさん、ありがとうでやんす」


「俺、何もしてないけど」


「気にしなくていいでやんす」


アルトが首を傾げながら、ジゲルさんを見るが

ジゲルさんが説明することはなかった。


そんなジゲルさんの目の色が

変化したことに気が付いてるのは、ほんの少数。


ジゲルさんは、アルトと話したことで

腹をくくったようだ……。



「さて、何処まで話したっすかね?」


「喚きながら、追いかけてきた?」


「あぁ、そうでやんす。

 結局、平行線のままトキトナで生活していたでやんすが

 ある日、獣人族の人からリシアのハルにいる冒険者が

 首輪を外すためのアーティファクトを

 持っているかもしれないと教えてくれたっすよ」


「あやしぃ」


ジゲルさんの情報に、アルトが間髪入れずに

怪しいと口にする。


「あっしも、怪しいとは思いやしたが

 獣人族の長から聞いたから、正しい情報だと」


「余計、怪しぃ。

 俺が、くそじじぃに聞いてあげようか?」


「え? くそじじぃ?」


「アルト」


「……」


「あっしに、その情報を教えてくれたのは

 ウエル達の親戚の方でやしてね、トキトナから

 連絡を受けて、二人を迎えにきたんでやんすが……」


「帰りたくないって

 いったんでしょう?」


「そうなんっすよ。

 あっしが、洗脳しているのかと

 また、疑われそうになったでやんすが」


「獣人族のそういうところ

 本当に、本当に、うっとぉぉぉぉしぃぃぃ」


「あ、アルトさん?」


「アルト……」


「ごめんなさい」


アルトの心からの叫びに、皆が苦笑している。

三番隊は、深く溜息を吐いていた。


「ウエル達と獣人保護協会の

 ルーハスさんとコーネさんが

 かばってくれたでやんすよ」


「あー。

 ルーハスさんとコーネさん元気かな?」


「元気だったすよ。

 アルトさんの武勇伝も教えていただきやした」


「俺の武勇伝?」


「あんな大きな、ムイムイに乗るなんて

 アルトさんは、すごく勇気があるっすね」


武勇伝と言われ、勇気があると褒められ

アルトが盛大に照れている。尻尾の動きが騒がしい。

エレノアさんが、アルトの尻尾に視線を落として

口元を緩めていた。


「あー。でも、すぐに落とされたんだ」


「それでも、あの大きなムイムイに

 乗ろうと思うだけで、すごいことでやんす。

 ユッフェ達も、青褪めていたっすよ?」


ムイムイって何だろうという声が

あちらこちらから、聞こえて来たので

アルトが乗った、ムイムイを原寸大で

立体表示させてみた。


セイル達からは驚きの声が

酒肴は、ムイムイのベーコンの話で

盛り上がっていた。そういえば、ピザを作った時に

ムイムイのベーコンを使ったような気がする。


話が脱線している間に

もしかしたらと思いあたり、オウカさんに心話を飛ばす。

いきなり声を届けたせいか、オウカさんがすごく驚いていたが

気にしない。


『僕宛に、手紙が来てませんか?』


『少し待て』


魔道具を起動して、僕宛に手紙が来ていないか

確認してくれているようだ。受付と連絡を

取っているのだろう。


『リペイドから一通。

 トキトナから一通。

 サガーナからの手紙が

 一通届いているようだな』


やっぱり……。

個人に届く手紙は基本、本人が直接行って

確認しないと受け取れないようになっている。


最近、引きこもっていたし

ギルドの受付に足を運ぶこともなかった。


『今、その手紙を受け取ることが

 できるでしょうか』


『わかった』


暫くして、ギルド職員の人が僕に手紙を

持ってきてくれた。


「師匠?」


「うん?」


「急ぎの手紙?」


「うん」


手紙の内容が気になるのか

僕の手元をアルトがじっと見ている。


サガーナからの手紙は

ロシュナさんで、トキトナからはルーハスさんだ。

リペイドは後回しにして、鞄にしまう。


ルーハスさんの手紙には


首輪を外せる、アーティファクトを持つ

冒険者がいるらしいから、情報を知っていたら

ジゲルという冒険者に

教えてやってくれという内容だった。



ロシュナさんからの手紙は


ジゲルさん達の説明から始まっていた。


ルーハスさんから、僕とジゲルさんが

顔見知りだと聞いたから、二人に関する情報を

提供することと、お願いがあって手紙を書いたとある。


ジゲルさんに与えた情報の出どころは

ロシュナさん達らしい。


猫族の獣人とジゲルさんを

一度引き離すために、真実と嘘を混ぜた情報を

ジゲルさんに与えたとある。


お互いに、冷却期間を設けて

自分の人生を選んでほしいらしい。


ジゲルさんの為でもあるし

二人の為でもある。


きっと、僕とアルトを見ているからこそ

こういった選択を取ったのかもしれない。


ジゲルさんに、二人と離れる時間を与えたんだ

多分、ルーハスさんから二人を置いてトキトナを

出ようとしていたという、情報を聞いているだろうし。


手を離せる時間を与えたのだと思う。

獣人族と人間の関係は、まだまだ理解されない

ことが多いから……。


猫族の二人は、絶対に帰らないと

言い張っているらしく。成人してすぐに攫われ

両親は、その時に亡くなっているようで


二人に、温かい言葉をかけ

言葉を教え、自分の食事を分け与えていた

ジゲルさんに懐いているらしい。


そして、ジゲルさんが職場を解雇され

そのせいで、離縁された事も知っており

原因が、自分達であると罪悪感を抱いているようだと。


自分達のせいで、大切なモノを失くしたから

今度は自分達が、大切にすると話しているらしい。


二人とも成人しているために、干渉するつもりはないが

このままだと、ジゲルさんが気の毒だと書かれている。


二人よりも、ジゲルさんに同情するって……。


成人後の生き方は

本人の意思が尊重されるらしいから

ジゲルさんが戻らなければ

自力で追いかけるかもしれない

頭が痛いと愚痴られている。


ちなみに、ジゲルさん達を引き離す提案をしたのは

二人の親戚の人で、人間の彼があまりにも大変そうだから

一度引き離したいと、相談されたようだ。


一人でバートルに帰らないように

二人がくっついて離れないのだと……。


アルトが言った通り

その二人は、置いていかれる恐怖に

支配されていたのかもしれない。


星が消えるその恐怖を感じて……。


ジゲルさんは、アルトの告白を聞いて

その時の二人の様子を思い出していたんだろうな。



僕を巻き込んだのは

ジゲルさんの知り合いでもあり

ロシュナさん達が知る、首輪を外せる魔導師が

僕だけという理由からだそうだ。


その情報をもとに、僕へとたどり着くようなら

僕の判断で、どうするかを決めてほしいとある。


できれば、首輪ははずしてやってほしいが

僕が、時の魔法を使えることを知られると

困るのなら、気にしないでほしいと

知らないと、無視してくれと書かれていた。


最後に、頼り切ってしまって申し訳ないと

書かれているが、サガーナの現状を考えると

どうしようもないだろうに……。


ある程度、ジゲルさんの事を調べ

ルーハスさん達から話を聞き

大丈夫だと判断したから、この手紙を送って

きたのだろうけど……。


僕を巻き込んでいいのか

悩みながら書かれたのが、わかる文章だった。


もっと頼ってくれていいのに。

僕は、リペイドとサガーナと契約を結んでいるのだから

こんな時にこそ、僕に依頼をするべきなのに。


サガーナからの依頼という事にしようかな。

その方が、色々と都合がいい。


ロシュナさん達が、気に病まないように

依頼料を請求しておこう……何にしようか、と考え

蒼の輝きが思い浮かんだ。蒼の輝きを強請ろう。

あのお酒はとてもおいしい。


手紙では時間がかかるから

魔力で、鳥を作り

手紙の返事と依頼料を、鳥へと託し

空へと放つ。フィーがチラリと僕を見たけれど

特に何も言わず、空に羽ばたく鳥を見てから

サフィさんに飲み物を強請っていた。


手紙を、封筒へとしまい

オウカさんが、心話でどういう内容だと

煩いから、手紙をオウカさんへと飛ばす。


読まれて困ることは書かれていないし

オウカさんは、ジゲルさんの事情を

知っていたと思うから。


ガーディルのギルドマスターから

情報が上がっているはずだ。


それに、僕が動いたことで

また、ガミガミ言われるのは避けたい……。


「師匠?」


「なにかな」


「手紙、なんだったの?」


「ルーハスさんと

 獣人の長からの手紙だよ」


「え?」


僕の言葉に

ジゲルさんが目を瞠って僕を見た。


「ルーハスさんからの手紙には

 情報を知っていたら、ジゲルさんに

 教えてやってほしいという願いだったよ」


「……」


「獣人族の長からは、二人に関する情報と

 ジゲルさんの人となりの調査依頼と

 いったところかな」


「ふーん」


アルトは、僕と離れるような依頼ではないと知って

興味を失くしたようだ……。


「どうして

 セツナさんが?」


「アルトを通して、僕はサガーナと専属契約を

 むすんでいるので。助けられた二人を心配しての

 ことでしょうね」


「そうでやんすか」


驚いたのは一瞬で

ジゲルさんは、すぐに自分を立て直す。


冒険者としては、経験が浅くとも

修羅場を潜り抜けてきた経験は、黒達と同じぐらい

あるのかもしれない。冷遇されていたなら……。

難しい案件をまわされることが多かっただろうから。


「セツナさんの依頼の邪魔をしないように

 アルトさんに、続きを話すでやんすよ」


「気にならないの?」


アルトの素直な質問に

ジゲルさんも素直に答える。


「気になるっすよ」


「後回しにしてもいいの?」


「これも査定に入るでやんすからね」


「え?」


「セツナさんから、いきなり与えられた情報で

 あっしが、どういった言動をするか

 観察されているでやんすよ」


「え!? 本当に!?」


「本当でやんす。

 だから、アルトさん。どんな状況になっても

 冷静に対処する方法を、学んでおくことは

 とても大切な事っすよ」


「うん。わかった」


僕が、全くそんなつもりがないことを知っていながら

ジゲルさんが、真面目な顔をしてアルトに教えていた。


アルトが小さく「頑張る」と頷いているのを見て

ジゲルさんが「素直すぎるのも、心配でやんすね……」と

真面目な顔で呟いているのを聞いて。


僕もそう思います……と心の中で同意したのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2026年10月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景7 : 68番目の元勇者と晩秋の旅路【電子専売】 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



html>

X(旧Twitter)にも、情報をUpしています。
『緑青・薄浅黄 X』
よろしくお願いいたします。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。