第九話 爆発の仕込みをしましょう、丁度いい生贄も見つかった事だし
夏休みも中旬。あれからヒースは私に懐いた。俺様も根底にあるけれども無条件にずっと発動しなくなった。だがここからが難しい、彼を惚れさせて婚約破棄をするだけならば簡単に出来るだろう。それこそ私の前世で呼んでいた小説のヒロインのように誑かして破棄させてしまえばそれでいい。だけれども彼女たちの目的は逆ハーを作る事であったり、本当に好きな人と結婚する事であった、結局はこの国に居座る事を目的としている。
だけど私の場合はこの国を爆発させたいわけだ、そうなるとただ結婚破棄をするだけでは足りない。ヘンリエッタを潰したところで王の取り決めに逆らったという事でヒースにダメージは行くが王にはそこまで深い傷をつけることが出来ない。もっと壊滅的なやらかしをヒースにさせて王にまで届かせないといけない。そう思うと唸ってしまうのだ。
「お嬢様、此方を」
今日はヒースも来ないので寮でゆっくりと休もうと思っていたが、リリアが手紙を渡して来た。
帝国からだろうかと疑問に思いながら開けると、思わぬ人からの手紙だった。
手紙の主は私の担任、チャラ男担当のゼラ・イェフ。こいつに私の正体を知られたのは本当に痛恨事だった、手紙には重要な報告があるため一人で来るようにと書かれていたが怪しすぎて何も言えない。だが行かないと更に面倒な事になるかもしれないので行くしかないだろう。
「リリア私のカバンから茶色の巾着と緑の巾着取って」
「巾着と言うのはこの布袋ですか?」
「そう、ちょっと呼び出されたから行ってくる、明日までに帰らなければ国に報告しといて、任務失敗って」
私は私服に着替えて巾着をポケットに入れる、それから指定された場所に向かった。
指定されたのは王都の路地裏。私を誘拐するメリットもないだろうが、こんな場所に呼びつけるとは一体どういう事なのか気になるところではある。一応フードを目深に被っているので他人から見ればばれはしないと思うが、待ち人としては身長的にこんなところに入って来るのは私しかいないだろうから分かるだろう。
「やぁ待ってたよ」
軽い調子で話しかけてきたゼラは、人懐っこそうな顔をした茶髪。
「用件は」
「流石に此処では話せないよ、取り合えず家に行こう」
……まさか家に連れ込んで欲望に忠実にふるまうんじゃないわよね。行ってみない事には始まらないけれど、更に警戒度を上げる必要がある。
路地裏を何度か曲がり、辿り着いたのは古びた一軒家。
「一応王都には二か所俺の家があってさぁ、こっちもちゃんと申請して買った物だから安心していいよ」
どこに安心する要素があるのか。別に他の誰かのねぐらだろうと此処に入ることは決まっているのに。
いつでも戦闘が可能な状態にしながら、気配を探る。家の中からは感じられないが、私よりも高度な技術を持っている者がいるかもしれないので気を引き締めよう。
ゼラの後ろについて家の中に入る。外観とは違い家の中は割と綺麗に整えられていた。
「ソファーに座って待っててね」
言われた通りソファーに座る。勿論ソファーも調べてからだ。ゼラは紅茶を入れたカップを此方に持ってきてテーブルに二つ置くと私の隣に腰を下ろした。距離が異様に近かったのでさっと距離を取ると相手もさっと距離を縮めてくる。
「それで、用件は」
「つれないなぁ~、ごねることなくついてきたんだからそういう気もあったんでしょ」
「いいから、用件は?」
「はぁ~、18日後のパーティーに教国の聖女が来るんだってさ、もし可能ならこの機会を逃さないようにって、リリアに伝えるように言われたんだけど彼女つれなくてさ、だったら君をよぼうかなぁ~って」
「分かりました、他に要件は?」
「分かってるでしょ」
ゼラが不意に私をベッドに押し倒す。此処で反撃をしてもいいけれども、一応警告だけしておこう。
「何の真似?」
「ふらふら俺に付いてきたんだから、君も望んでるって事だよね」
「いいえ」
「ふぅ~ん、でもいいのかな、俺は君がスパイだって知り合いに暴露しちゃうかもしれないんだよ? こう見えてもずっとこの王国にいるからさ、上流階級の知り合いの一人や二人いるんだよ」
「それは私を脅していると取っていいわよね?」
「あはは、別に脅してなんていないよ、ただ分かるよね?」
「えぇ分かったわ、貴方の犠牲は無駄にはしない」
いつかこうなるのではと思っていた。リリアが私の事をゼラに言った日から。だからもしこいつが接触してきた場合の有効活用方法をいくつか考えていたけれども、聖女の情報とそれからこのタイミング、ちょっとした駆けになるけど試してみるのも悪くないわ。
私はのしかかっているゼラを蹴り上げる。レベルがそこまで高くないのだろう、なんの抵抗もなしにゼラは転げ落ち私は逆にゼラの上にのしかかりポケットから茶色の巾着を取り出す。
「……積極的なんだね、ッ!」
此方を睨みながら言うゼラに、巾着から取り出した五つの丸薬を開いた口に無理やり入れて鼻をつまみテーブルの上の紅茶を流し込む。勿論ゼラは暴れるが、レベル差があるのかそれとも暴れたら腹を膝で突いたからか全く抵抗に感じなかった。
丸薬を飲み込んだゼラを開放し未だ睨んでいるゼラに茶色い巾着を渡す。
ゼラはきょとんとした顔をしたが、だんだんと瞼が落ちはじめ半目になり、頭が左右に揺れ出す。
私はソファーに腰かけなおして、ゼラの目を見て言う。
「貴方は私の奴隷、貴方は私の奴隷なの、私の言う事はなんでも聞かないといけないのよ、分かったわね」
「……うん」
「じゃあその丸薬を私の紅茶に四つ入れなさい」
「は~い」
ちゃぽんと小さい音を立てて紅茶に混ざる丸薬は、直ぐに同化して砂糖のように溶けて消えた。私はそれを煽る。本来継続的に飲ませて暗示をかける薬だが、一気に四つ以上飲むと暗示というよりもよく効く催眠術に近い効果を発揮する。つまり意のままに動かす事が出来る。だがその分効く時間が短い……まあ次の暗示でそれもカバーできる一品なんだけど、一粒でも一か月ほど飲み続ければ体調不良を起こし二月目には死ぬので永遠と使うことはできない。
「では私に毎日これを二つ飲むように巾着を渡して命令しなさい」
「は~い、君はこれを毎日二つ飲む事」
「分かったわ」
継続的に飲むことによって暗示の時間延長を行う。勿論私には効いていない、帝国で嫌というほどこれの耐性を付けられたからだ。死なないように計算しながら体に耐性を作るので、基本毎日何かしら違う薬を飲み続けていた。
「次は、第二王子ヒースに薬を飲ませて暗示をかけながら自らが最も素晴らしい人物という思い込みをさせて巫女を侮蔑するように仕向け、カーラはヒースと相思相愛でそれをサポートする事、と私に命令しなさい」
ゼラは相変わらずフラフラとしながら私の言った事をなぞり、私はそれに分かったと返事をする。……これでいいだろう。
「新しい紅茶を淹れてきて」
「うん」
ゼラが紅茶を用意しているうちに緑の巾着を出す。
「ど~ぞ」
「この巾着から丸薬を21個取り出して紅茶に混ぜて飲みなさい」
「は~い」
ぽちゃん、ぽちゃんと沈んでいく丸薬、成人男性でも15個あれば完璧に効果を発揮するはずだけれども、念には念を入れないといけない。この薬は対抗を作ることがかなり難しい、私でもこれを飲まされたら効いてしまうかもしれない。そこはもう効くという高い確率に任せるしかない。
流石に全ては溶けなかった、紅茶の中には小さくなった丸薬が幾つも見られたが、ゼラはそれを一気に飲み干した。十秒ほどその場でフラフラと立っていたゼラだが、急に糸の切れた人形のようにその場に倒れ伏した。
私は巾着とカップを回収して外の様子を伺う。幸い此方に向けられた視線も、そもそも人もいない。
するりとゼラの家から抜け出して路地裏に駆け込みそこからランダムに歩き回る。その後路地裏から出る際にフードを外してカフェでお茶をしてから寮へと戻った。
「今戻ったわ」
「おかえりなさいませ、ずいぶんと早い御帰りでしたね」
「ゼラに脅されたわ、ばれたくないなら体をよこせって」
「え?」
「味方だからとなんでもしゃべるのは止めた方がいいわ」
「……申し訳ございませんでした、それで彼は」
「ジィレムに会って貰ったわ」
「ッ」
私がそう言うとリリアは挙動不審になってからゆっくりとため息を吐いた。
「躊躇はなさらなかったのですか?」
「何故? 言ってしまえばあの男は私達を裏切ったのよ、躊躇する必要は無いわ」
「では何故殺さなかったのですか?」
「時間稼ぎのためよ、私達が逃げるための」
「時間稼ぎ」
「奴から事情を調査するためには骨が折れるでしょう、そちらに人数を少しでも留めておきたかったの、私達が逃げ切ればあれが記憶を思い出そうがどうでもいい事だもの」
そう、私が飲ませたのは忘却薬、その中でも最も効果の高い薬、通称ジィレム。スパイの中でもほんの一握りしか持っていないこれを、私は帝国唯一の友人に貰っていたのだ。そしてこの薬の入っている荷物を馬車で見つけてからほっと安堵した、自分を安全にするための物が一つ増えたのだから。
21個も薬を飲ませたので数日は目を覚まさないだろう、それから記憶が無いあの男はどうするだろうか。もしかしたらフラフラとどこかに行ってしまうかもしれない、そうなったら王国も彼を探すために更に人を使うことになる、つまりそれだけ私が安全になるという事だ。
……さて、上手くいくといいんだけどね。