12.小悪魔に魅入られて
「スリ、かっぱらい、密輸、ちんけな詐欺、……真鍮で十ペロン金貨の偽物を作ったこともある。喧嘩で相手の腕や足を叩き折ったことだって何度もある。だが、人殺しだけは今までしたことはなかった」
「スリもかっぱらいも偽金造りもしたことないけど、人殺しならいろいろしたわ。絞め殺したり、喉を掻き切ったり、バルコニーから突き落としたり……」
エルテは皮肉ってみたが、オーロンは何も言わなかった。
なあに? 反応が薄いわね……。エルテは不満を覚え、つまらなそうに頬を膨らませた。
黄昏の草原は砂漠か黄金の海にも見間違えるほど輝いていた。陰鬱な樹海は背後の地平線に黒い帯をつくっている。
オーロンは馬車を止めた。
目の前には分かれ道が左右に腕を伸ばしている。
「ここでお別れだ。悪夢みたいな三日間だったが、まあ最後にお前も人間味のあるところを見せてくれた。あばよ、俺は俺でやることがある。宿で熱い湯をあびて、柔らかい布団に突っ伏して、んでもって、密輸煙草で俺たちをペテンにかけたイタチ面のクソジジイを捜し出す算段をつける。お前はどこへでも流れてだな……何がおかしい?」
エルテは薄い灰色髪に夕暮れの朱色を映し、微笑している。やや苦笑いの類も混じっているのだ。
「答えろよ。今度は何がおかしい?」
「たくさんありすぎて答えられない。どれから言えばいいかしら?」
エルテが残酷な嬉しさで胸をいっぱいにさせ、夢見がちに言った。
「じゃあ、一番がっくりくることから教えてあげる」
エルテはちょこんと座りなおした。
「あなたは私から離れられない」
「なに! なに言ってやがる、このメスチビ」
あなたは私から離れられない、そういうセリフは悪女っぽいイイ女から言われてこそ味がある。殺人狂のメスガキに言われると寒気はするし、心底頭にくる。
オーロンは気を落ち着けようと煙草を取り出して、口にくわえてマッチを擦った。火がつく前にエルテが煙草を掠め取る。
エルテは煙草をばらして巻紙を広げた。
「やっぱり……」微笑しつつ、こう付け加える。「あなたが奴らに追われた原因はこれよ」
そういってヒラヒラさせた煙草の巻紙には意味の分からない文字の羅列がビッシリ書いてあった。
「意味が分からん、噛み砕いて説明しろ……」
「これにはね、組織の幹部への通達が暗号で書いてあるの。礼を言うわ。これで幹部の居所が一つ分かる。簡単に始末できるわ。私ね、組織に追い立てられるのにうんざりしたから逆にこっちから追いつめることにしたの。幹部を一人ずつ始末してね。……ふうん、ここからそんなに遠くはないわね。さ、行きましょ」
「さ、行きましょ、じゃねえよ。じゃあ、そのチンケな巻紙はお前にやる。それで終りだ、この小悪魔」
「あなたの取引相手を捜すなら無駄よ。あなたにこの偽物煙草を売りつけた男はね、組織の下級構成員で幹部間の連絡を担当していた男なの。その男は組織を裏切って幹部の情報をどこかの商人に……つまり、あなたの商品の買い手に売りつけようとしていたのよ。馬鹿な連中。組織相手に変なペテンを企んでたんでしょうね。あなたが運んでたのは煙草じゃなくて、組織の情報。それを組織が嗅ぎつけて、あなたの命を狙ったの。あなたが捜してる買い手と売り手は組織の手でとっくに殺されたわ」
「じゃあ、めでたしめでたしの大団円じゃねえか。組織と俺とブランを裏切った馬鹿二人は地獄送り、俺はその煙草の巻紙の中身なんて分かりゃあしない。だから何にも知らない。これで終わりだ。とっとと荷台から降りろ」
クスクス……。エルテはまだ笑っている。
「私が黒いマントの男を一人逃がしたのを覚えてる?」
「それがなんだってんだ?」
「あなた、私が殺さなかったのは情をかけたからだと思ってるでしょ?」
「そうじゃねえのか」
実はそうじゃない気はしている。こいつが人情なんて持ち合わせてないのは分かりきったことじゃねえか。答えは案の定……
「違うわ」
「じゃあ、何のためだ?」
「情報を持たせるためよ。脱走者である私があなたと行動してるって情報をね。組織はどう思うかしら? 組織の情報を運んだ男と脱走者の私が一緒にいると分かったら……」
オーロンは事態を全て飲み込み、
「このクソッいまいましいメスチビめ」
顔を真っ赤にして唸り声をあげた。
「やめてくれない? そのメスチビっていう呼び方。失礼よ。メスでチビなだけじゃネズミかリスみたいに思われてるようだわ」
エルテはオーロンを怒らせるため、わざとつんとしてみせた。
「うるせー! メスチビ!」
予想通りオーロンは激怒し、御者台の踏み板をバンバン踏み鳴らした。
「なんで俺を巻き込むんだ! この厄種が! テメーが組織の幹部とやらを根絶やしにしようが踊り食いにしようが、そりゃテメーの勝手だ。俺の知ったことじゃねえ! なのに、なんで俺を巻き込む!」
待ってました、と言わんばかりの微笑みとともに答えが返ってくる。
「悪くない味のスープをつくるからよ」
「スープ? 毎晩スープ作ってもらいたいってだけでお前は俺をこの厄介事に巻き込んだのか? このイカれたメスガキ!」
エルテは荷台に寝そべった。
「まあ、今日一日は好きに言わせてあげるわ。それよりオムレツはまだかしら? まだ一度も食べたことがないの。期待してるってわけじゃないのよ。でも、……まあせっかくだから、ね?」
エルテは小首をかしげて笑ってみせた。
オーロンは我が身を憐れんだ。プチグルメの小悪魔にとりつかれた哀れな我が身を……
(了)
以上で『プチグルメの小悪魔』は終了です。
12月28日午前7時から、『嘆息』という小説を上げます。
暗い話で娯楽性に乏しいものですが、もしよろしければ、ごらんください。
拙作に最後までお付き合いいただきありがとうございました。




