1.密輸屋
草原の街道は沼や岩場を避けるように曲がりくねって走っており、そのなだらかなカーブに小さな宿屋が一軒だけ建っていた。その蔦がからむ門前に停められた幌なしの二頭立て馬車では男が二人、食料や毛布を積み込み出発しようとしていた。
一人は既に初老で禿げ上がった頭の横に白髪がへばりつき、顎鬚はごま塩、アライグマ外套の裾をはたきながら、ふうふうとしんどそうに息をして面倒くさそうに箱を持ち上げる。
「おい、オーロン。受け取れ」
荷台の上のオーロンと呼ばれた男はまだ若く二十四歳。がっしりとした力強い体躯を茶色い外套ともみ革のチョッキで覆っている。大きな愛嬌のある目を眠そうに瞬かせて、人懐っこさよりも皮肉っぽい印象を与える男だった。山高帽を頭にポンと乗せると鍋と油、発光石ランプの入った箱を受け取り、馬車の荷台に積み込んだ。
「これで全部だぜ」
「よし、じゃあ行こう」
オーロンが御者台に乗り、年配の男は荷台の端に座り込んだ。
見渡す限り緑一色。人気のない草の野をゆく二人の馬車には旅に欠かせない雑貨のほかに木箱が三つ。
「おい、オーロン」年配のほうが声をかけた
「ん?」
「ちょっと頂こうぜ」年配の男はその木箱を指差した。
「駄目だ、ブラン。今度の取引相手は数にうるさい。俺たちが途中で品物を抜いたのがばれたら、足元見られて買い叩かれるぞ」
二人は密輸タバコの運び屋だった。ペロニア王国ではエルフロア大候国のタバコが禁制品扱いになっていたが、人気は高く、このような密輸が後を絶たない。
「そうはいってもな。オーロン」ブランと呼ばれた老人は口をとがらせた。「これから樹海を三日もかけて走り抜け、たった三十ペロンしかもらえないんじゃ、そのくらいの権利は主張できるってもんだぜ」
「権利なんて言葉吐くと、革命家呼ばわりされるぞ」
「ケッ、こんな田舎の野っぱらに憲兵がいるもんか。革命大歓迎! 政府が変わって禁制品が増えれば、俺たち密輸屋は大助かりよ」
「逆に禁制品が減らされたら? エルフロアのタバコやイフリージャの火酒が合法化されたら、どうすんだ」
「うまい酒とタバコが街角で気軽に買えるようになるってだけの話じゃねえか。革命万々歳だぜ」
「馬鹿だな、ブラン。俺たち失業だぜ」
二人は交代で手綱を操り、平野を横切った。正午をまわり太陽が空に最も高く輝くころ、もう目の前には樹海が広がっていた。
光を飲み込み、立ち入る旅人をそのまま閉じ込めてしまいそうな薄気味悪い木々の群れ。草原を生える明るい色の野草と違い、樹海の木々は陰鬱で垂れ込めるようにして地表を覆っている。
「できれば、入りたくなかったな」
オーロンがぼやいた。何度も使っている道だが、どうしても慣れることができない。
「しょうがねえよ。あそこを突っ切るのが近道なんだから」
「やっぱり回り道しねえか? なんか不気味だぜ」
「駄目だ。時間がかかりすぎる。それに関所の検問や荷を狙う盗賊に引っかかるからな……んっ? おい、オーロン、見ろ」
オーロンは顔を前に戻し、目を凝らした。
少女が道端に一人ぽつんと立っている。くすんだオリーブにも似た淡い灰色髪を短くしていて、琥珀色の目を伏せ、気難しい顔をしている。少女は馬車を見ると何をするともなく近づいてきた。
「どうしたい、お嬢ちゃん? こんなところに一人で立って……」
子供好きのブランが荷台から身を乗り出し、人の良さそうな声できいた。
「樹海の向こうに行く途中です」
弱々しく消え入りそうな声だった。
「樹海だって? 一人で行く気かい?」
ブランは目を丸くした。 少女がうなずくとブランはもう一度たずねた。
「本当に一人で樹海を越える気かい?」
少女はまたうなずいた。
ブランはふうむ、と唸るとオーロンをつついた。
「おい、乗せてってやろうぜ」
今度はオーロンが目を丸くする番だった。
「なに言ってんだ、ブラン! 俺たち品物運ぶ途中だぞ。なのに見ず知らずのガキを乗せて、樹海を一緒に渡ろうってのか?」
ブランが目を険しくさせて言った。
「なに? じゃあ、お前はこの子がかわいそうだとは思わねえのか? たった一人で樹海を越えるなんて言ってるんだぞ。見たところ、樹海の向こうの農家の娘だよ。たぶん旅賃がなくて馬車に乗せてもらえず一人で歩いてきたんだろう。なあ、かわいそうじゃねえか。樹海は狼だって出るだろうし、魔物だって棲んでる。盗賊が隠れてるかもしれねえし、道に迷うかもしれないぞ。か弱い少女を放っておいて、お前、よく平気でいられるな」
「見ず知らずの少女が見ず知らずの無粋な男二人組の馬車に喜んで乗ると思うか? ブラン、あんたの子供好きもここまでくると相当おめでたいぜ」
「なんだと、このやろ。もう一度言ってみろ! お前がガキの頃、町で浮浪していたのを助けてやった恩を忘れたか? その子供好きのおめでたさのお陰で今のお前があるんだぞ」
オーロンは肩をすくめた。昔の話を持ち出されると首を横には振れない。仕方なく灰色髪の少女に話しかける。
「乗るかい、お嬢さん」
少女は黙ってうなずき、ブランが荷台に場所を作ってやった。
「旅は道連れ世は情けだ。覚えとけよ、オーロン。世は情けだ」




