【ダイビング中音声記録の書き起こし】
※全編を通して、フルフェイスマスク特有の激しい呼吸音(コー、ホー)と、水擦れ音のノイズが混入している。
佐々倉:こちら佐々倉。装備最終チェック。ミックスガス残圧問題なし。水中無線、感度良好。ライト、ガイドラインリール、ヨシ。
楽山: こちら楽山。最終チェック完了。これよりメンブレン層へのアプローチを開始する。
(中略)
佐々倉: ……現在、深度28。視界不良。異常なし。
楽山: 深度32に到達。メンブレン層の亀裂視認。……あった。僅かに下層からの湧出流がある。水流に逆らって侵入開始。
佐々倉: 気を付けて。無理はしないで。
楽山: 了解。……(呼吸音が荒くなる)くそ、視界ゼロだ。ライトの光が泥に遮られる。本当に下降できているのか?
佐々倉: 大丈夫、ダイブコンピュータは動いてる。深度34、35……このまま、あと2メートルで抜ける筈。
楽山: ……抜けた。メンブレン層を突破。……なんだこれ。闇だ。……完全な、黒。ライトが通らない。
佐々倉: 楽山くん、どこ? ガイドライン弛めないで。
楽山: すぐそばにいる。おかしい、ライトを最大出力にしてるのに、光が1メートル先で吸い込まれて消える。
佐々倉: 音響ソナー作動させるわ。……(ピピッという電子音)……嘘、何これ。一体どれだけ広大なの?エコーが返ってこない。ただの地下空洞じゃないわ、これ。
楽山: どうなってるんだ。事前の地質データには、こんな巨大水域の存在なんて、ひと言も……。
佐々倉: ねえ、それより……この水、妙に温かくない?
楽山: 確かに……。水温26.5度。信じられない、ほとんど温水プールだ。
佐々倉: 側壁に接近してみる。この水温なら、何らかの有機物や藻類が付着している筈よ。
楽山: それにしても暗すぎる。透明度は異常に高いのに、見通しが最悪だ。窒素酔いの兆候はないが……。
佐々倉:……ええ、それに、……。
楽山:どうした?
佐々倉:ううん、何でもない。ただ思ったよりも緊張しているみたい。だから、こんな……。
楽山:……誰かに、見られてる気がするんだろ?
佐々倉:(大きく息を飲む音)楽山くんも?
楽山::ああ。気のせいだと思ってたんだが、こんなにもはっきりした気配は初めてだ。
佐々倉:そうよね。夜間のアプローチは初めてって訳でもないのに、……。
楽山:……いやな予感がするんだ。稲積の時もそうだった。
佐々倉:落ち着いて、楽山くん。呼吸が速くなってる、ガスがもたないわ。私たちはあの頃とは違う。経験も積んだし、ここはあの時みたいな引き返せない迷路じゃない。ただのストレートな縦穴よ。
楽山:ああ、そうだな。そうだ、ここは、……
佐々倉: 楽山君、ねぇ待って。リールが凄い勢いで出てる。あなたどんどん沈んでるわよ!
楽山:なんだって? ああ、くそ、本当だ。中性浮力が取れない! BCDに給気してるのに、下がっていく! 排気バルブの故障か!? いや、大丈夫だ、落ち着け、ガイドラインは繋がってる……!
佐々倉: ええ、そう、ラインを辿って戻ってきて!
楽山: ああ、分かってる。すぐに戻る。……おかしい、フィンが重い、何かに足を……。
佐々倉: 無理しないで、ゆっくり上がって。……私は今、側面に接触したわ。……え? 何これ。
佐々倉: 側壁の表面に到着……。なんだかおかしい。岩じゃない。これ、まるで生きているみたい……。気のせいじゃなければ、壁全体が……蠢いているように見える……。
佐々倉: ……楽山くん?
佐々倉: 楽山くん、聞こえる? 応答して。
楽山: (激しいハウリングと、水音ノイズ)
佐々倉: 楽山くん!?
楽山: (ノイズの隙間から、低く不明瞭な声)う、……た、……、……?……
佐々倉: ねえ、ちょっと、何言ってるの!? 大丈夫なの!? ……(無線チャンネル切り替え音)……ベース! 待機チーム、聞こえる!? 楽山くんの様子がおかしい! 彼のラインを強制的に巻き上げて!
佐々倉: ……ベース? 応答して! 津島君!? 東条さん!? ねえ、一体どうしたのよ!
佐々倉:(パニックによる激しい呼吸音)もうダメ、浮上する! なんなのよ、なにが一体……!
佐々倉:(急速浮上のためフィンを激しく動かす水切り音。ダイブコンピュータの減圧違反アラームがビービーと鳴り響く)
佐々倉:(呼吸が限界に達し、溺れかけるような音)
佐々倉:(水面に顔を出す音。フルフェイスマスクの排気バルブから外気が入る音に変わる)
佐々倉: はぁ、はぁ、……津島君!東条さ……。
佐々倉: 津島君!? 一体何が……ちょっと! 誰!? あなた誰なの、何を!? 待って、やめなさい、何してるの! 東条さんから離れて!! やめて、やめなさいッ!!!! いや、こっちに来ないで、来ないでッッ!!!!
【通信途絶:23:31】




