【佐々倉 真弓のメール④】
to: takaomi_kagurazaka@████.ne.jp
from: mayumi_sasakura@████.ne.jp
日時:2026年5月13日(水) 20:13
神楽坂教授
お疲れ様です。エコリアルの佐々倉です。
初動調査が無事に終了し、先ほどようやく現地のホテルに戻って来ることが出来ました。
調査の結果については、私たちが事前に予測していたデータを遥かに超えるものでした。正直に申し上げて、私はこれを科学的にどう解釈していいか困惑しています。
まず懸念されていた1974年のパラコート大量投下事件による土壌・水質への影響ですが、驚いたことに一切検知されませんでした。
現地での簡易水質分析をかけたところ、現在の水質は「飲料水」としてそのまま扱っても問題ないレベルまで完全に清浄化されている事が判明しました。40年という歳月を考慮しても、これほどの自己浄化作用は通常あり得ません。
ただ、奇妙なのは、水質学的にまったく問題がない(重金属も有機毒物もゼロである)にも関わらず、この池にはプランクトンを含む生物が一切存在していないのです。
水質はやや強アルカリ性に傾く傾向がありましたが、バクテリアを含む微生物すら生息不能になるほどの濃度ではありません。詳細なサンプルは現在ラボに回して分析中ですが、現状として「無菌室のように綺麗なのに、生命が拒絶されている」としか言いようがありません。
この不自然な特性のせいか、池は透明度が異常なまでに高く、湖畔から水底がはっきりと覗き込めるほどでした。
目視での水深は30メートルほど。微生物による分解が起きないせいか、泥濘の上に降り積もった数十年前のものと思われる落ち葉が、当時の色彩と輪郭を保ったまま殆ど形を変える事なく沈んでいました。
しかし、正確な三次元水深を計測するために超音波ソナーでの測定を開始したところ、決定的な異常が判明しました。
湖畔から見えていたあの泥濘層は、この池の「底」ではなかったのです。
最新の広帯域マルチビームソナーで周波数を変えて透過測定を行ったところ、底と思われていたものは厚さ5メートルに及ぶ、植物の腐骸や、巨大な有機物(硬化した脂肪組織に極めて酷似した成分)が堆積して固まった、ただの『蓋』だった事が判明しました。
つまり、あの泥濘の蓋のさらに下層に、もう一つの広大な水域が存在していたんです。
私たちはすぐさま、泥濘層を突破して下層を調査すべく、遠隔操作型の小型水中ドローンを投入しました。
しかし、ROVが厚い泥濘層を破り、その下の深層へ到達した瞬間、機体からのすべての通信・映像信号が完全に遮断されました。磁気嵐に巻き込まれたような、唐突なブラックアウトです。
ですが、遮断される直前のコンマ数秒間に送られてきた超音波データによれば、その深層は縦方向だけでなく、池の敷地を遥かに超えて横方向にも数キロメートル規模で拡がった、巨大な地下空洞水域の存在を示唆するものだったんです。
一体これはどういう事なのでしょうか。房総半島の堆積岩地質において、このような大規模な海食洞や鍾乳洞が存在するはずがありません。私たちは一体、この地で何を見つけてしまったのでしょうか。
現在は、発注元であるHホールディングスに対してこの件の中間報告を入れ、今後の追加調査方針についての回答を待っている所です。それまではホテル待機となりますが、頭が興奮してしまって、正直今すぐにでも機材を担いで再調査に赴きたい衝動に駆られています。
最後にもう一点、池に向かう山道で気になるものを目撃しました。
野生のニホンザルと遭遇したのですが、一目見て分かるほどの奇形個体だったんです。
すぐに藪の中に逃げてしまったので写真などは撮り損ねましたが、腹部が異様なほど盛り上がっており、臨月の妊婦だとしても明らかに皮膚の張りが異常でした。
腹部が下へ張り出し過ぎているせいで、四肢がかろうじて地面に着くといった状態で、這うというよりは、自らの腹の重みで泥の上を転がるようにして必死に逃げていったのです。
先生の論文にあった「子宝・安産の霊力」とは、まさかこういう意味なのでしょうか。
あれがこの池の水を飲んだ結果なのだとしたら、いささか度が過ぎているように思えてなりません。
また追ってご連絡いたします。
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株式会社エコリアル環境地質コンサルタント
開発リサーチ部
佐々倉 真弓
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