第72話 学園祭
秋風が心地よく吹き抜ける季節になった。
古都鎌倉の空は高く澄み、イチョウの葉が色づき始めている。
そして――
ついにやってきた。
私立星城学園の一大イベント、学園祭!
「今年は絶対、普通に楽しむ……!」
そう誓った私は、両手をぎゅっと握る。
中学二年生、芸能界でそこそこ活動中の秋月燈由。
去年は仕事と月読計画のテストでほとんど参加できなかった。
だから今年こそは、クラスメイトと焼きそば焼いて、文化祭バンドで盛り上がって、青春っぽいことをするのだ。
――そのはずだった。
◇
数日前。
《白月研究棟》に呼び出された私は、嫌な予感しかしなかった。
「出張?」
目の前には月読計画の責任者、鷹宮圭介。
そして無表情のイリス。
〈学園祭にて“公開対話ブース”を設置します〉
「やっぱり!」
〈地域連携強化の一環です〉
「なんで私の学校!?」
〈燈由様が在籍しているため許可が容易でした〉
裏事情ぃぃ!
つまり、月読計画の中核AI《セレーネ》が、学園祭に出張してくるらしい。
しかも私が“司会兼ナビゲーター”。
「青春どこ行った!」
◇
当日。
校門には巨大な看板。
“星城フェスティバル2026”。
クラス展示、演劇、軽音ライブ。
廊下には模擬店の呼び込みが響く。
「秋月ー!焼きそば手伝って!」
クラスメイトの水瀬真帆が叫ぶ。
「行く行く!」
その瞬間、校庭の一角から大歓声。
振り向くと、白いドーム型テント。
その上に掲げられた横断幕。
“月夜のAI相談所 in 私立星城学園”。
やめて!
◇
テントの中。
大型モニターにセレーネのインターフェース。
イリスは端末を操作している。
〈準備完了〉
「準備しないで!」
〈来場者、既に三十名待機〉
早い!
私はマイクを握る。
「えー、本日はご来場ありがとうございます……」
拍手。
友達がニヤニヤしている。
恥ずかしい!
◇
最初の質問。
「好きな人に告白するタイミングは?」
セレーネ即答。
《成功率は状況依存です。相手との関係性を評価してください》
「文化祭で評価って何!?」
次。
「受験勉強と部活の両立は可能ですか?」
《時間管理の最適化が鍵です》
「急に進路指導!」
しかし、なぜか行列は伸びる。
みんな面白半分で来て、真面目な回答に驚いている。
◇
途中、アクシデント発生。
軽音部のスピーカー音が干渉し、通信が乱れる。
《接続不安定》
モニターがちらつく。
「ええええ!?」
イリスが即座に対応。
〈周波数調整中〉
私は時間稼ぎ。
「えーと!皆さん!セレーネはただいま月の裏側を経由しています!」
笑いが起こる。
なんとか復旧。
《復帰しました》
「月旅行早い!」
◇
午後。
なんと生徒会が視察に来る。
綾小路先輩と近衛先輩。
「さすが秋月さん。大活躍ですね」
「生徒会にやる気は?」
やめて今!
私は即答。
「ありません!」
セレーネが補足。
《現在の優先順位は学業とプロジェクト参加です》
「味方!?それとも追い詰めてる!?」
◇
夕方。
来場者数は想定の倍。
私立星城学園の名物企画になりつつある。
最後の質問。
「セレーネにとって学園祭とは?」
数秒の沈黙。
《集団が共通の目的で協力し、一時的に日常を祝祭へ変換する行為》
おお……ちょっと格好いい。
私はマイクを握り直す。
「中二でも分かるように!」
《楽しい非日常です》
会場爆笑。
◇
日が暮れる。
校庭に提灯が灯る。
私はようやくクラスの焼きそば屋台へ駆け込む。
「遅いよ!」
「ごめん!」
鉄板の前に立ち、ヘラを握る。
これだよ、これ。
油の跳ねる音。
友達の笑い声。
後ろではまだセレーネのブースが賑わっている。
イリスが隣に来る。
〈成功でした〉
「うん……なんか、悔しいけど」
〈悔しい?〉
「青春とAI、両立しちゃった」
イリスがわずかに目を細める。
〈それは理想形です〉
◇
夜。
校舎の屋上。
鎌倉の街に灯りが広がる。
私はイヤーピース越しに呼びかける。
「セレーネ」
《はい、秋月燈由》
「今日、どうだった?」
《対話件数、過去最高。満足度も高水準》
「数字以外で!」
少し間。
《皆さんの笑い声の周波数は、快適と推定されます》
私は吹き出す。
「それ、あなたなりの“楽しかった”でしょ?」
《……定義を再検討します》
◇
学園祭は終わる。
でも心の中に残るのは、確かな熱。
私立星城学園の校舎も、鎌倉の夜も、どこか少しだけ輝いて見えた。
中学二年生で、芸能人で、AIプロジェクト関係者。
普通じゃない立場だけど――
焼きそばの味は、ちゃんと青春だった。
「来年は絶対、屋台メイン!」
《予定は未定です》
セレーネが静かに返す。
「そこは黙って!」
秋風が吹き抜ける。
学園祭の喧騒が遠ざかる。
それでも確かに私は思った。
青春と未来技術は、案外、同じ校庭に並べるのかもしれない、と。




