第69話 イリスの爆笑マネー講座
春の風がやわらかく吹き抜ける鎌倉の高台。
海を見下ろす古民家《イリス庵》の縁側で、湯のみを手に難しい顔をしている少女がいた。
――芸能界で活躍するマルチタレント。
しかし年齢は、まだ中学二年生。
その名は秋月燈由。
「……ねえ、イリス。どうして私の夏休みは“市場分析”から始まるの?」
〈将来の自由のためです〉
相変わらず無表情で答える銀髪の知性体イリス。
縁側にはホワイトボードが立てかけられている。
そこに書かれた文字。
【中二から始める長期分散投資計画】
「普通は部活とか恋バナとかでしょ!?“分散”ってなに!?」
〈集中投資は危険です〉
「私の青春も分散しそうなんだけど!?」
◇
そもそもの始まりは、燈由の芸能活動だった。
CM、ドラマ、バラエティ。
忙しい毎日で収入もそれなりにある。
ある日、番組でこう言われた。
「しっかり者ですよね〜」
その一言が、すべての悲劇の始まりだった。
〈“しっかり者”ブランドを強化します〉
「方向性が極端すぎる!」
そしてイリスが持ち出したのが、土地と株の話。
◇
まずは土地。
鎌倉の古民家《イリス庵》。
最初は撮影スタジオ兼休憩所として借りる予定だった。
だがイリスは静かに言った。
〈借りるより持つ方が長期的に合理的です〉
「中学生に“持つ”って発想ある!?」
結果――購入。
もちろん法的手続きは保護者管理だが、意思決定は燈由。
現在、《イリス庵》では小規模ライブやトークイベントが開かれている。
先日も、ダンディーな五十代の世界的ピアニスト八百万|たまきが登場。
黒タキシード姿で颯爽と登場した瞬間、会場は拍手喝采。
しかし第一声。
「本日のテーマは“利回りと人生の調和”」
「コンサートだよね!?」
イリスは静かにメモ。
〈文化価値向上。地域ブランド強化〉
「評価が冷静!」
◇
次は株式。
燈由が応援しているIT企業。
社長は例の部長、鷹宮圭介。
入れ替わりドラマで共演して以来、妙に縁がある。
「部長の会社だから応援したい気持ちはあるけど……」
〈感情投資は非推奨〉
「そこをなんとか!」
ある日、株価急落。
スマホ画面に赤い数字。
燈由は絶叫。
「うわああああ!私のお年玉レベルが!」
〈長期目線です〉
「まだ中二だよ!?長期って何年!?」
〈十年以上〉
「高校卒業してるよ!」
だがイリスは売らない。
むしろ買い増し。
「待って待って待って!」
ポチ。
数ヶ月後――
《ブルーリンク》が革新的アプリを発表。
株価急上昇。
テレビで鷹宮圭介がインタビューを受けている。
「未来を信じた結果です」
燈由は画面に向かって叫ぶ。
「私も信じたー!」
〈私は計算しました〉
「一緒に喜ぼうよ!?」
◇
そしてイリスの新提案。
鎌倉駅近くにカフェ兼学習スペース《星の雫》をオープン。
「中学生オーナーってどうなの!?」
〈合法です。運営は大人が補助します〉
店内には黒板。
そこに書かれた今日の言葉。
【焦るな、複利を信じよ】
「誰向けのカフェ!?」
観光客が入ってくる。
「おすすめメニューは?」
燈由は元気よく答える。
「“分散ラテ”です!」
「何が分散してるの!?」
イリスが静かに説明。
〈三種類の豆をブレンドしています〉
「本当に分散してる!」
◇
しかし市場は甘くない。
世界情勢の影響で株価再び下落。
評価額が減る。
燈由は縁側でゴロゴロ転がる。
「もう投資やめるー!」
〈余剰資金です〉
「その言葉、中二には重い!」
だが配当金が振り込まれる。
少額だが確実。
「おこづかい増えた……!」
〈これが資本の力です〉
燈由はしみじみ。
「なんか……ゲームのレベル上げみたい」
〈正しい理解です〉
◇
夕暮れの鎌倉。
海がオレンジ色に染まる。
燈由はぽつりと言う。
「私、まだ中学生だよ?」
〈はい〉
「それでもこんなことしていいのかな」
イリスは珍しく柔らかい声で答える。
〈早いほど、選択肢が増えます〉
芸能界は不安定。
だが資産という土台があれば挑戦できる。
《イリス庵》も《星の雫》も、地域に少しずつ根付いている。
子どもたちがイベントに来て笑う。
地元商店街とコラボ企画も進行中。
「これって投資っていうより町おこし?」
〈両方です〉
◇
夜。
ノートに目標を書く燈由。
【高校生までに資産○○円】
「中二の目標じゃないよね?」
〈良い目標です〉
「せめて恋愛運とか書きたいんだけど」
〈非上場です〉
「うまいこと言ったみたいな顔しないで!」
◇
まだ十四歳。
恋も勉強も部活もこれから。
それでも――
長期・分散・積立。
笑いながら、転びながら、学びながら。
秋月燈由の中二投資革命は、今日も縁側から始まる。
「イリス!」
〈はい〉
「私、青春も投資も両立するから!」
〈分散ですね〉
「それそれ!」
鎌倉の潮風が、二人の笑い声をさらっていった。
中学二年生。
だけど志は長期。
未来は、まだまだ右肩上がり(希望的観測)である。




