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突然の務め

「どーも。相変わらずきっつい目ぇしてんな」

「どうしてあなたがここにいるのよ⁉」

 にぱっと手を振る透を指差す和梧の声が部屋いっぱいに木霊する。何だか既視感を覚える光景だと仁梧は思った。



「───いやぁ、まさか天下の祓戸家の敷居を跨げる日が来るとは思わなかったぜ」

 からからと笑う透に、和梧が苦々しげに言う。

「白々しい。この間はあんな奥まで入り込んできたくせに」

「お、玉露ですか。流石、名家は俺みたいな下っ端の使いっ走りにも出し惜しみはしないんですねぇ」

「一体何を企んでるの?妹は丸め込めても、私はそうはいかないわよ」

美味(うま)っ。この羊羹、絶品ですね。どこのやつですか?」

「ちょっと!話聞きなさいよ!」

〈カオスだなぁ〉

 ネズの意見に賛成だと仁梧も内心で頷く。

 父からの呼び出しだと言われて来てみれば、思わぬ客人の来訪で冒頭のやりとり。普段から肩身の狭い思いをして過ごしている自分でもいつも以上に側に控えている女中達の冷たい視線が痛いというのに、透は何一つ気にする風もなく事務的に出された茶菓子を堪能している。コミュニケーション能力が高いとは言っていたが、それ以前に心臓に毛が生えているのではないかと思うほどの肝の据わりようだと思うのは自分だけだろうかとも思う。

 そんな透の態度に怒りを隠せないでいるのが和梧だ。元々彼のような軽薄なタイプとは相容れない性格をしているが、先日の自分との件もあって余計にぴりぴりしているように見える。そろりと上座にいる椋礼の様子を窺ってみるが、こちらもこちらで無表情なので場が和む気配はなかった。

 存分に(形ばかりの)もてなしを楽しみ、湯呑みを空にしたところで透が話を切り出した。

「さて、そんじゃ本題に入ろうかと思うんですが…先にお送りしておいた報告書は読んで頂けました?」

「目は通した。俄かには信じ難い話だがな」

「そうなんですよねぇ。おたくの娘さんのお陰で(あや)の同時多発出現は免れたわけですが、事はなかなかに厄介ですよ」

「どういう事?」

「あれ、御前達は報告書の事ご存じでない?」

 怪訝そうな顔の和梧に透が問うと、椋礼が扇子を鳴らしながら答える。

「御前と影前は重大な使命を持っている。余計な情報に振り回され、使命を全うできぬ事があってはならぬのでな。今回貴殿がこの話を持ってこなければ、話すつもりはなかった」

「は~、成程。運命の双子様を守るのも大変なんですねぇ」

 ひょいと肩を竦め、透はこちらへ顔を向ける。

「じゃあちょいと面倒だけど、一から説明する必要があるわけだ」

「何の事?」

「先日捕縛したあの男。ウチで尋問したところ、どうやら組織的に(あや)を作り出して操ろうっていう連中がいるらしい事がわかったんだ」

「組織的に?一体何が目的で…」

「残念ながらまだ組織には入りたてだったみたいでね。まだ調査中ではあるけど、中枢に繋がるような情報は今のところ出てきてないんだ。捕縛の段階で、何かそれらしい事は言ってなかったか?」

「…災厄の到来」

「何?」

「災厄?」

 少し考えてから出てきた和梧の言葉に、透だけでなく椋礼も反応する。

「あの男、あの晩に仕掛けていた(まじな)いで(あや)を作って典祓庁(てんぱつちょう)の人間が持つ術式を奪うのが目的だと言っていたわ。(きた)る災厄の到来に向けての事だと」

 話を聞いた透は、ふむと口許に手をやる。

「災厄って言われて思い浮かぶのはおたくの開祖が封印したっていう大いなる災厄だけど、やっぱり封印が弱まっているっていう噂は本当なのかねぇ?」

「封印が?本当なのですか、父上」

 これには仁梧も驚きを隠せなかった。開祖の封印については、物心ついた時から幾度となく聞かされてきた。同じ力を持って生まれた事、また異形の活動が活発化していた中での誕生だった事から双御祖(ならびのみおや)の再来と期待される事も多い。

 だが、双御祖(ならびのみおや)が封印した大いなる災厄そのものが蘇ろうとしている事は全くの初耳である。自分達から視線を受けた椋礼は、静かに目を閉じ腕を組む。

「あくまでも噂だ。異形の活発化に関しては、様々な原因が囁かれている。それこそ、政府が秘密裏に(あや)の研究を行なっているという話も聞くが、それがどこかから漏れたのでないのか?」

「それを言うなら、異能の名門家系はどこもなかなかえげつない方法で一族の人間を()()しているとも聞きますけどねぇ。それが異形に影響を与えているのでは?」

 ぴりっと空気が変わるのがわかった。透の言っている事は仁梧自身、心当たりがないわけではない。他の家がどうかは知らないが、幼い頃に一度だけ分家の鍛練の様子を見学させてもらった事がある。その時に(あや)の力を自身の体と融合させようとしていた様を見て、ショックを受けたのを覚えている。人ならざるものと戦うには、時として人ならざるやり方で強くならねばならないのだと言っていたのは父だったか、それとも分家の誰かだったか。

「とまあ、話がやや逸れたので戻すけど…」

 その場の空気を軽くするように笑いながら、透が傍らに置いてあったタブレット端末をこちらへ渡す。

典祓庁(てんぱつちょう)としては、そんなふざけた事態を無視するわけにはいかない。かと言ってすぐに人員を増やせるわけでもない。そこで、外部の異能者に協力を要請して当該事案の解決を図る特別チームを作ろうって話になったんだよ。そのチームの一員に君達も加わってもらえないかっていう打診の為に俺が派遣されたってわけ」

「つまり、私達に本来の務めである妖祓いではなく本格的に異能者狩りに参加しろって事?」

「言葉はアレだけど、まあそういう事だ」

「ふざけてる。社会に害をなす人間を取り締まるっていう意味じゃ、その特別チームとやらの方こそそっちで人員を割くべきでしょ」

「勿論、ウチの人間もチームには参加するさ。けど、尋問の結果を見る限り敵さんは異能者の中でもそれなりにやる人間ばかりだ。(あや)を相手にしながらそんな連中をとっ捕まえようと思うと、とてもじゃないが人手が足りないんだよ。ちなみに、お父上は承諾してくれたぜ?」

「父上⁉」

 何故とばかりに声を上げる娘に、椋礼は冷静な姿勢を崩さず答える。

「これまでにも異能者が力を悪用し、世を乱す事はあった。そんな者達を粛清するのも祓戸家の役目の一つだったのは間違いない。これまでお前達には使命を全うする事を最優先とさせる為にそういった事には触れさせてこなかったが、今回は事情が違う。祓戸家の権威を改めて示す意味でも、お前達の力を見せつけるいい機会だろう。御前、お前が言った通りその組織の目的に災厄が関わっているのなら尚更だ」

「しかし…」

「これは当主としての命令だ。お前達に拒否権はない」

「っ」

 そう言われてしまってはもう何も言う事はできない。元より自分には、意見をする事もそもそもこのような場面で発言する事も許されていないのだが、と仁梧は膝の上で拳を握り締める。

「…わかりました。この話、お受けします」

 絞り出すような声に和梧の葛藤がありありと感じられる。それを聞いた透は、清々しい笑顔を見せた。

「いやぁ、助かるぜ。まあ、心配いらねぇよ。二人はチームの中でも別格扱いだし、諸々の雑用係って事で俺もチームには参加するからさ」

「はぁ⁉」

「そういうわけで、仲良くやろうぜ。よろしくな、御前、影前」

 片や満面の笑み、片やふざけるなと目を吊り上げる。

〈混ぜるな危険ってこういう事を言うんだろうなぁ〉

 今日はやけにネズと意見が合うなと思いながら、これまでに経験した事のなかった任務に不安とほんの少しの期待にも似た感情を覚える仁梧だった。

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