11話
「どこだろう?」
何度目かの呟きを聞いてくれる人などおらず、ヨタヨタと歩きながら繫華街を彷徨う竜司。
「もう一度だけ会いたい。もう一度」
あの女性に会いたい一心で歩き続けた。初めて出会った場所である家電量販店の店内を隈なく探したが見つからなかった。
そうなればあそこしかない。
竜司に希望を持たせてくれた始まりの場所。あの喫茶店こそが自分の唯一無二の居場所なのだと確信していた。
段々と自分の足で歩いている感覚がなくなってくる。誰かに導かれているように無意識に歩き続けた。
(きっと居るはずだ)
すれ違う人々は、化け物でも見るかのように竜司を一瞥して避けていく。
どのくらい歩いたのだろう。家電量販店からそんなには遠くなかったはずだから、もう近くまで来ているはずだ。
力なく項垂れていた頭を上げ視線を前に向けると、そこに喫茶店は無かった。
「……ここは、どこだ?」
全てをコンクリートの壁に囲まれた見慣れた場所。
「………………あは、あははははははははははははッ!」
無意識に歩いて、結局たどり着いたのは喫茶店などではなく、いつもカツアゲされていたゲームセンターの裏だった。
「こ、こんな場所が俺の居場所なのか。こんな、こんな薄暗いゴミみたいな場所が」
自分への失望が全てを埋めつくした。
もう何も考えられない。
竜司はうずくまりながら涙をこぼした。
「何泣いてんだよ。今さら後悔してんのか?」
竜司の頭の上から声がした。
腫らした目で声のする方を見ると人影があった。
「誰だよ」
「忘れんなよ。さっき殴り合ったばっかだろ」
確かによく見れば、先ほどアイツらを殺すのを邪魔した女だった。
「なんだお前。殺すぞ」
去勢でも何でもない、本心からの言葉だった。
「その根性がもう少し早く出てれば、結果は変わってたのかもな」
少女は憐みすら感じさせる眼差しで竜司を見ていた。
そして彼女、木戸春乃は告げる。
「立てよ。決着を付けよう」
その様子を遠くで見ていた睦樹が、隣にいる紫月に話しかける。
「本当に彼女に任せるんですか? 彼、しっかり魔器の影響受けてますよね?」
「ああ。寄生率で言ったら80パーセントってところだな」
事も無げに言っているが、どう考えても無茶な戦いに思えた。いくらケンカに慣れているとはいえ、魔器での戦闘は普通のケンカとは違い、常識が通用しない場合が多い。
「死にますよ。彼女」
「私も止めたが本人の意思だ。どうにもならん」
「時計の弁償なんかで命を掛ける必要ないでしょ」
睦樹は我慢できずに春乃の元へ行こうとしたが、それを紫月が腕を掴んで止めた。
「金の話しじゃない。アイツのプライドの問題だ」
「プライド?」
「ああ。さっき彼女はアイツに負けている。それが気に食わないんだよ」
「気に食わないって。命を掛ける程の事でもないでしょう」
呆れた声を出す睦樹に、紫月は笑う。
「君には分からない感覚なのかもな。殴り合いの喧嘩なんてしてこなかった口だろ?」
「今時、殴り合いなんて流行りませんよ」
「でもあの子は、その中で生きているのさ」
春乃の視線の先には1人の少年がいた。うずくまり泣いるが同情はできなかった。
「立てよ。強くなったんだろ?」
「お前に俺の何がわかる」
「解る訳ねーだろ。お前の名前だってこの前に知ったよ」
春乃は一呼吸をおいて続ける。
「アタシは負けたままってのが気に入らないんだ。だからお前を助けてやるわけでも救ってやる訳でもない。もう一度立ってアタシと戦ってお前は負けろ。それだけだ」
竜司は春乃の顔を見上げると、少女の眼は獰猛な光を放っていた。
逃げられない。本能的にそう思った。
そして同時に、なぜ自分だけがこんな思いをしなければならないのか。という感情も湧き上がってくる。
【目を覚ませ】
再び声が聞こえた。幾度となく聞いた言葉が、竜司の鼓膜に囁いた。
【殺せ。殺せ】
逃げられないのならば、殺すしかないのではないか。
気付くと竜司はヘッドホンに手を伸ばし、耳を覆い隠した。
【――――――――――――――――!!】
もう何を言っているのかも分からない。ただ心地の良いノイズだけが竜司を支配した。
その瞬間、今までの雰囲気は見る影もなくなり、代わりに殺意だけが満ち溢れる。
「お前はソレを選ぶのか」
春乃の言葉は届く事無く消えていく。
竜司は目の前にいる少女を睨みつけながら立ち上がった。
相対した2人だったが、相手を見据えているのは春乃だけ。竜司の方はどこを見る訳でもなく視線を彷徨わせている。
春乃は緩く構えて拳を握る。相手がこちらの動きを窺っているのであれば、フェイントの1つでも入れたくなるが、相手が相手なので意味は無いだろう。
(だったら短期で決めるしかないな)
時間をかけることで状況が悪化する可能性を考えれば、正しいい選択と言えた。
春乃は態勢を低くしながら走り、竜司との距離を詰めた。
すると、いままで視線を彷徨わせていた竜司がジロリと春乃に視線を送ると、左手を水平に振った。春乃は直感的に前方に飛び込む形で地面に伏せる。
その直後、彼女の頭の上を見えない何かが通過し、その先にあった壁に3本線の傷を付けた。
まるで爪で引っ搔いたような傷だが、自前の爪でできる芸当ではない。
「魔器の影響で超能力でも得たのか?」
見えない攻撃と言うのは厄介ではあるが、それが止まる理由にはならない。
春乃は素早く起き上がると、渾身の力を右腕に込めて竜司に撃ち込んだ。俱利伽羅の指環が身体にめり込む感触がある。
「ぐう」
竜司は呻き声を上げるものの、反撃をする余裕はあるらしく右腕を下から上に振り上げた。空間ごと抉るような攻撃だが春乃は冷静だった。今度は大げさに躱すこともせずに身体を半身にして避ける事に成功する。
(腕の直線状が攻撃範囲なんだな)
適当に腕を振るう攻撃しかしてこないのであれば、見切ることなど簡単な作業。フットワークを駆使して的を絞らせなければ当たることは無いと感じていた。
(それにしても、2回じゃダメなのか)
彼女は間合いを計りながら、先ほど紫月に言われたことを思い出す。
「何回当てた?」
「1発だけ」
体育館裏で対峙した後、紫月に報告したときに何度 俱利伽羅で触れたのか聞かれたので、素直に答えた。
「やはり1回ではダメか」
「やはりって。コレで触れれば良いみたいに言ってなかったっスか? アタシ信じてたんですけど」
その苦情に対し紫月は説明する。
「俱利伽羅は必ず一撃必殺という訳でもないんだ。複数回ダメージを与えなければ払えない場合もある」
「じゃあ、アイツは何回か殴らないとダメなんスね」
「恐らくな」
という会話があったので覚悟はしていたが、あと何回殴れば良いのか分からないのは精神的にキツイ。だが、
「まぁ仕方ねえよな」
自分で戦うと決めた以上、ここで終わりにする事はできない。春乃は3発目となる打撃を竜司に撃ち込んだ。
その瞬間、竜司が素早く身をかがめて右腕を右から左へ薙ぎ払う。
「ヤバッ」
咄嗟の判断で春乃は右側にあった壁に向かってジャンプする。そして壁面を右足で蹴り、態勢を捻って竜司の頭めがけて拳を振り下ろす。
ゴッという鈍い音と共に膝を着く竜司。俱利伽羅の力が効いたのか、膝立ちのまま動かなくなった。
「さすがに終わってもいいだろ」
合計4発も殴ったという達成感が彼女に油断を与えた。
無警戒に竜司に近いた時、突如竜司がばね仕掛けのオモチャのように飛びかかってきた。
「テ、テメェ」
竜司は春乃の首を絞める。
「殺す、殺す。お前らを殺せば、あの人に会える!」
うわごとのように言葉を繰り返しながら、首を絞める力が強くなっていく。
「だ、誰に会いたいんだか知らないが、お前みたいな根性無しは、一生誰にも会えねーよッ!!」
力では引きはがせない事を悟った春乃は、最後の力を振り絞る。それに呼応するかのように、中指の俱利伽羅が眩しいほどに青く輝いた。
その勢いのまま春乃は竜司の左頬を全力で殴りつけた。
「おらぁッ!!」
弾き飛ばされる形でアスファルトに転がる相手を、春乃は首をさすりながら見下ろした。
「はぁ、はぁ、はぁ」
息を整えてから、相手の状態を確かめるために近づこうとするのを紫月が止めた。
「もう決着は着いた。お前の勝ちだよ」
その言葉を聞いて、ホッと春乃は肩の力を抜いた。
言いながら紫月は春乃の横を通り抜け、魔器であるヘッドホンを回収する。
「よく頑張ったな」
優しく語りかけるように告げる紫月に、春乃は笑顔を向けた。が、すぐに眉根を寄せる。
「? ソレなんスか?」
紫月の胸に抱かれている毛玉が視界に入り困惑した。
「ふふ、君たちが大暴れしてくれたおかげて、驚いて飛び出してきたんだ」
その毛玉には見覚えがあった。
「あ、依頼の猫!!」
白い体毛で右目が黄色、左目が青のペルシャ猫。そう言えばこの辺りに住み着いていたという事を思い出した。
「一気に依頼が片付きましたね」
「そうだな。しかし、彼の親からすれば何も解決していないがな」
「……アイツ、どうなるんスかね?」
「成るようにしか成らないさ。魔器の事を知る人間は少ないし、オカルトが影響して人を傷つけたと言っても信用は無い」
イジメられた復讐で相手を傷つけた。それが社会の反応だろう。
自分にできることは無いのだと理解した春乃は、溜息を1つ吐くと空を見上げた。コンクリートの壁に囲まれたこの場所から見る空は、決して綺麗なものではなかった。
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