体育祭を、ぶっ壊す。7
「えー、本日はお日柄も良く……ってその。なんだろ、今立っているのは京香先輩の指示で」
「バカ、そういうことじゃない」
京香先輩が柊の口を塞いだ。
「コイツは使えねえ」
マイクに入らないよう無断で電源を落とし、柊の肩口を掴んではこちらにスルーパスする。三十木の胸板にぶつかって止まった彼は、妙にへらへらしている。
一瞬睨み付けた顔をごまかすためか、満面の笑みを浮かべながら彼女は話した。
「失礼いたしました、わたくしたちは生徒のみなさまの生活の中で、人間関係のトラブルであるとか、学校の先生や大人などには言いづらい問題や悩みを聞き、校内カウンセラーの方、ボランティアの方々と協力しながら解決していこうという組織です」
普段のあの粗雑な態度やふるまいとはかけ離れた様子の異様に綺麗な声だった。どこかでアナウンス経験を積んだか、女優でもやっているのではないかと疑うほど。
「ほんとかよ」
「嘘くせー、また何かやらかしてるんだろう」
漂白されたアナウンスとは裏腹に、京香先輩の言葉に対する信頼はゼロである。それはどうやら先生方も同じようであるらしい。いそいそと人の裏を掻き分けて出てきた男性教師が生徒会メンバーの後ろに周り、何らかの耳打ちをした。
ごとん、という反響音が体育館内に響き、甲高いノイズが走る。
「三年の白縄さん、今すぐそれをやめなさい、あなたの発言は許可されていません」
生徒会書記の名札が置かれた席に座っている女子生徒が背後に控えた教職員からの厳しい視線を受けアナウンスさせられている。
京香先輩はマイクを奪い取ろうとして、彼女の横に立った。
「私に発言させないというのか」
「ひえ」
「あ、ちょっと京香先輩?」
背後からかかる声を無視して、先輩は動いた。
おびえつつも、少女は京香先輩からマイクを死守しつつ、首を振る。机の縁に置かれた手を掴んだのは、髪を左右に流した長髪の生徒であった。
「会長」
儚げな女子生徒がその肩に寄りかかりながら、安堵した。
「暴れたら流石に擁護はできないよ、白縄京香さん」
教職員の先生も前進守備を敷いている様子で、何人も生徒の列の間に何人も入ってきていた。その中の一人が、一段と大きな歩幅で近づいてきて、声を上げた。髪型を七三分けにした、顔面が四角形の典型的な中年おじさん。寿司ネタの赤身まぐろと同程度のおなじみ度の外見だ。名前は、谷氏と言った。通称、タニシ。高等部三年の現代文担当、学年主任の側近と言える存在である。
「おい、白縄、勝手なことをするなと、あれほど言ったはずだぞ」
「私の勝手ではないよ、先生」
そう言って、京香先輩は前に引きずり出された三十木と柊の背中を掴んで、くるりと回した。
「私の独断ではない。今回は、こいつらのためなんだ」
「悪事ばかり働いてきたお前のいうことだが、信じろと」
鋭い目を向けたまま、谷氏は京香先輩と会長の間に入った。
「信頼してほしいわけじゃない、ただ、発言させろと言っている」
「こんな勝手に暴れるだけのバカに騙されちゃいけませんよ、会長」
大声のヤジが通った。パネルをでかでかと二年の席から掲げながら主張しているその男は、葛杉誠である。
「えー、さっきも言いましたが、俺たちの活動の邪魔してきたのは、コイツの一派です。そこにいるメガネの男子もいたと聞きました」
「ちょ、ちょっとそれは」
「違うって言うんですかあ?そりゃあねーですよ、そんなにムカつくことあんなら、証拠だしてくださいよ、証拠」
語気の強い彼の態度に、早くも子鉄くんがふぬけ始めた。
「大丈夫」
隣に座った男子生徒である副会長と話を合わせ、会長はマイクを取った。
「それは事実ですか」
「そーですねえ、俺たちが聞いた話だと、三人の証言があります。練習試合をしていたところで、片付けの妨害をされたと聞いてます」
間違いねえよな、と言って葛杉が振り向くと彼の取り巻きっぽい男子数名が頭を振った。
「そうらしいっすわ、峯崎会長」
横柄な態度でありながら、確固たる自信を持った主張。高校生たちには事実を確認するすべはない。しかし、「被害」という言葉がどうしても京香先輩のイメージにつきまとう欠点と結びついてしまう。
「三人も」
「まじかよ。白縄とグルってことは同類なんじゃねえのか」
「そうだ、絶対になんかしでかすぞ。おれはそれに『レモン番長』一個賭けるな」
[静かにしてください]
アナウンスが生徒たちを牽制する。繰り返し放送部が言い続けると騒ぎは少し小さくなった。それでも極太のマジックで記入したのだろう「安全部反対」という四角い文字を掲げている葛杉に視線が集まっていた。
生徒会のマイクが赤く点灯し、会長が発言する。
「白縄京香さん、反論は」
マイクを持った先輩はスイッチを入れたままマイクの頭を叩き(本当はやってはいけないのだが)、露骨にマイクテストを装った。
「あー、あるに決まっている。が」
生徒の声がうるさくなりはじめる。しきりに放送委員会がアナウンスをすると、声の大きさだけは静まった。
「と、言ったところで私の疑惑が晴れるか?そんな質疑に時間を割くよりも、我々の活動内容、そこから理解を求めるほうが効率的だ。事実関係はそれからでいい」
「ならあなた以外の発言を、例外的に認めます。ただし5分以上の発言は不可能だと考えて」
京香先輩は額に二つ指を突いて机から手を離した。
主に二・三年の座っているあたりからブーイングが巻き起こる。
「せっかくのコマーシャルだと言うのにくだらない邪魔が入ったな。仕方ない。三十木、頼んだ。これが台本だ」
中心に戻り、軽くじゃばら状に折られた紙を、首を振っている三十木の指をこじ開けて握らせる。
そして、演説台のマイクに腰を折って、京香先輩は話した。
「今回はただ真面目に有志発表をさせてもらおうと思っている、君らが考えているようなことはしない」
生徒たちのざわめきはおさまるどころか、余計に高まっている。京香先輩は心底面倒くさそうに息を吐いた。
「やっぱりダメか。君たちに託すしかなさそうだ」
不安げな表情を浮かべる三十木。
「僕らがやるなんて聞いてないですって」
「それじゃなきゃ、だめらしい。申し訳ないが、頑張ってくれ」
体育館の入り口、教職員の配置を順々と見ながら三十木と柊は渋々と台本に目を移した。
最悪の空気である。
「えー、活動と致しましては、普段の火曜、木曜の週二日を主な活動日としており、そのほかにもこちら、ピクシィの安全部公式アカウント[PXie@MikenSiwaSAFE]、および相談サイトにてご連絡を承っております」
「全部、私が作ったのでありまして、でへへへ」
イムちゃんが手を挙げる。しかし、ひとつの歓声もない。
台本は安全部の面々の好感度アップにはなっている。だがしかし、葛杉の言葉によって生まれた疑念は、イムちゃんの功績すらもくすませていた。
その後半に至るまでの間に、読み上げた柊はどんどんと語尾が裏返っていった。
「電話相談も可能!?窓口に連絡をいただければ、学校の開校時間中はいつでも対応いたします!?」
「どういうことっすか、先輩」
「ぼくらの自由時間が……嘘ですよね」
部長である私に彼らは助け船を求めたが、私は味方ができないことがわかっている。
京香先輩は、決めたことはやる。自分で書いたことは絶対にやる。有言実行なんて綺麗な言葉ではなく、純粋な強行策の塊だ。それを周りを巻き込んでやるから、よく逃げられるのだ。
「敵を欺くならまず味方から、だ。プロジェクター、用意」
スピーカーを通じて京香先輩が一声を発すると、照明が突如落ちた。暗がりのなかにたたき込まれた生徒たちのざわつきがどよめきに変わった。換気用に開いた窓からの光が大げさに体をひねり、慌てつづける教師たちの足下を照らしている。今度は何をする気だ、と若い男性の声がした。
「うるさいなあ。話くらい聞きたまえ。早くプレゼンの用意だ。」
「あれ、おかしいな」
長岡さんがイヤホンを通じて言った。
「どうして、ちょっと待ってさっきまで、あれ、あれ?」
「何かあったの?」
ひどく慌てた様子である。体育館の二階、卓球場またはプロジェクタールームになっている場所で待機している長岡さんのところには、データの入ったUSBを渡した非モテ三人衆の村山が向かった。私が手で渡したのち、トイレを装って向かうように指示している。彼もその場で頷いた。
「どうした、USBは。まさかなくしたとか言わないだろうな」
「さっきまであったのですが、突然なくなっていて」
さっきまであったとはどういうことだろうか。
村山はUSBを受け取り、そして向かったことまで確認している。そのまま本当にトイレに向かい、消えてしまったなら到着はしていないはずなのに。
「最後に持っていたのは誰だ」
「明井さんです」
「待て、明井はこっちにいたはずだ、どうなっている」
気づけばさっきまで手を握っていたはずの四津角は忽然と姿を消していた。明井もいない。本当に前世はお庭番か何かだったのだと思わされるほどの手腕である。
「今日はつまんねえぞ、白縄」
「うるさいな、お前たち。どうやらトラブルだ」
「トラブルだあ?お前がいつも俺たちのこと巻き込んでトラブル起こしてるんじゃねえか」
ごもっともな主張をし続ける生徒たちの前で、先輩は両腕を広げ、先生たちが生徒の座っている位置から中央に侵入してこないように格闘している。
「君たち、なんとか時間を稼ぐ。先にUSBの確保を急いでくれ」
とにかく探しに行くしかない。子鉄くんは見回しながら何もない場所で足踏みするだけで、どうにもならない。
「ごめんなさい、私が行きます」
「なら、おれもついていきます」
「それがしも」
「一人は待機!三十木はこっちを手伝え、制圧されてたまるか」
「ええ、荒っぽすぎないっすか」
「私だけじゃ足りないだろう」
先輩が叫ぶ。その剣幕に子鉄くんはかすかに震え、硬直したのをいいことに柊が私の腕を引いた。
「今です」
「あ、ちょっと。ごめん、子鉄くん」
中腰で私のほうに駆け寄ろうとも途中で足をとめ、よろよろ戻るさまは増水した川の中州に取り残された人みたいだった。
「絶対後で助けにいくから」
子鉄くんは言いたげにたたずんでいた。イムちゃんが背後を取って袖をつかんだ。
「一緒に、いよ……でへへ」
「あ、あの」
長岡さんが小声で話してくる。イヤホンの音よりも、生徒たちの雑談のボリュームが大きすぎてよく聞き取ることができない。体育館の穴だらけの壁を背にして私はスマホ側面のボタンを二度押しする。
「ごめん、なんて言ってくれたの」
「だれか後ろにいるっぽいんです」
「後ろ?」
もともと体育館の二階は卓球場だった場所だ。小道具がたくさん置かれている以外に隠れる場所はないのだから、後ろを確認すればいいだけなのだ。だが、彼女は極度の怖がりである。
「そんなん、確認すればよくないですか。一回見たら大丈夫でしょ」
正論を言い放つ柊。
「そんな、わたしに確認しろというんですか。鬼でも言いませんよ、流石に。犬系彼女は黙って抱え込んで大切にするものでしょう」
「無理しないでいいからね」
「ありがとうございます、先輩。これもわたしのかわいさが原因なんでしょうか、うう」
頑なに自らを可愛い系女子であると言い放つ長岡さんに柊は顎を撫でつけるような話し方で返した。
「言うほど可愛くもないですけどね」
やめたほうがいいよ、と私が抑えると何でですかという。
「むー。信じてないでしょう」
「長岡さん、自分でビビリって言いましたよね。どうせカーテンとかその辺を見間違えたりしたんでしょ、その辺探したらあるんじゃないですか、USB」
「嘘じゃないです、なくなったのも誰かいるのも」
「嘘って言ってないですよ、間違えたんじゃないかもなーって」
「だから見間違えるんですね」
余計な一言が拡大する。失礼なことを遠慮なく言えてしまう彼に対する驚嘆と、腹の底に湧いた手のひら一つ分ほどのむかつきが聞いているこちらにも伝染していこうとしていたところで、物が倒れた音がした。
「ひぇ、何」
電話先から低音だが細い悲鳴が聞こえる。
「だれなの、あなた。暗いところで……やぁ!」
「大丈夫、長岡さん、どうした?」
連絡が途絶えた。画面を見ても通話メンバーの一覧から長岡さんが消えていた。もちろん、さっき姿をくらました非モテ三人衆のアイコンもなかった。
何かが起きている。ただそれが何かは全く分からなかった。ある特定の部活動だけを狙い撃ちにしたパニック。
「『安全部』の方、発言時間は残り1分30秒です」
「仕方ない、子鉄くん頼む」
「うぇ、そ、それがしですか。ええと、その」
言葉にならない接続詞か感動詞をばらまきながら子鉄くんはマイクを手に取る。早くしろよ、と言う声に対し身震いし、救いを求めて生徒たちの集団をみては壇上から片足を離してうつむいていた。
「大丈夫、大丈夫」
イムちゃんの応援を受けて、子鉄くんは口を開いた。
「あの、いろ、いや、依頼の記入ひょう法ですが」
テンパっている彼は妙な早口でまくし立てる。がんばれ、と手を合わせて私たちは階段を駆け上がった。柊を男子トイレに行かせ、私は鉄扉の陰から卓球場の内部を確認する。
不審なところは何もない。
隠れていたであろう物も、プロジェクターもある。映写窓でありそうなところは見つかったけれども、ただそこにあったのは布が被せられた卓球台のなれの果てと、床に落ちている色つきのリップクリーム。
彼女は確実にこの部屋にいた。
普通の生徒にとっては冗長に背中をもたれたくなるようなだらけた雰囲気の中、詳細不明の失踪事件は私たちに別の混乱を生みはじめた。
体育館は、この学校の校舎とは独立している。基本的にはプール棟と旧校舎の横に存在しているが、旧校舎は小さな広場を挟んで離れているし、プール棟は正門のはずれにあり、ゴールデンウィークに潜入した場所のすぐ近くである。
一瞬で姿を隠せるような構造じゃないんだけどな、と考え、私は侵入する前に柊を呼んだ。
「そっち、何か見つかった?」
「一つだけですね」
「一旦こっち来て、見せてみ」
落胆した声で彼は返事をした。男子トイレ前で出待ちしていると、彼はくしゃくしゃになったルーズリーフのページを片手に出てきた。
「これです」
そう言って雑に投げ渡してくる。膝の辺りまで不規則に鈍角で移動するのを私は掴んだ。中を開くと無駄に汚い字で書かれてあった。
「なにこれ」
表記は【やすみたい】
「なめてない?」
そんな言葉が喉まで出かかったのを、私は必死に上顎と舌で押さえ込んだ。そしてその紙をトイレの端にあったゴミ箱に捨てようとすると、
「待って、先輩、裏ですよ」
「裏?」
くしゃくしゃに丸められた紙を戻していくと、もう一つの文字列が現れる。脅迫めいた文章で明らかに私たちに向けられたメッセージが残されていた。
【生徒を返してほしくば、財宝をもってこい】
「財宝?」
【この学校に埋まっている有給20日の結晶。それと無断で売られた古城跡の石碑の中に入っていた不死の薬、『富士の高嶺』を持ってくること】
どこのバカの仕業だろうか。こんなことしても普通に監禁罪で捕まるだろうに。
【さもなくば、生徒の命はない】
殺害予告までしている。威力業務妨害罪と暴行罪が追加された。
「なんか面倒なことに巻き込まれましたね」
柊はどこか人ごとのように呟く。
「京香先輩、大変です」
「ああ、聞いたよ。
彼女は
映写窓に顔を突っ込んでいる柊が手招きしている。
「こっち見てください」
「今は私忙しいの」
「いいですから」
突如私の袖を引っ張り、ぎょっとした顔で柊が指を差した。
「向こうですよ向こう、見てください」
「え、なになに」
むやみに忙しい人を呼び止めるな、というのは一旦置いておいて、彼が言う方向を見てみる。子鉄くんのいる真ん中から扉ひとつぶん開けたくらいの間隔に、はしご的な用具(ろくぼく?とか言うらしい)の影が見える。その辺に数人集まっていた。
先生とか生徒がひとかたまりになってるところに、逆に悪目立ちする陰のオーラがひとつ。
「あそこにいるのは村山さんじゃないですか」
先生方の集団の中に村山のような背格好の男がいた。いや、全く同じである。なんとなく煙が漂うような居心地の悪い雰囲気は、1人の時は隠せるものじゃない。
「で、あそこにも」
柊は身を乗り出し、グラウンド側に開かれた体育館の出口を指した。
その場にいるのは三人衆のひとりと、それから制服を着た誰か。男子か、女子かまでは見えないが謎に談笑している。
三人衆って、そもそも京香先輩が言うにはクラス内での存在感が空気なんじゃなかったんだっけ?
「えっ、嘘」
「ほら、怖いでしょ」
「あの人ら、なに時間潰してるんだろ?」
あおり気味に口を歪める後輩に少しイラッとしつつ、私はもう一度その場に目を凝らした。
「あれ、いなくなった」
「嘘でしょう、さっきまでいましたよ。見逃したんすか、先輩。何やってんですかあ」
「君も見逃したじゃん」
そういうと彼は食い気味に笑いを被せた。
「冗談っす、冗談に真面目に返さないでくださいよ」
元気のなくなったもやしのような人影は跡形もなく、姿は完全に入り口から消えていた。もしかしたら影分身できるのかもしれないし、本当に忍者だったりして。または超能力者だとか。もしくは三人衆が地球外生命体だと言われても、正直私は驚かない自信がある。
「本当だ」
柊は奇妙な高音を発し、こめかみの辺りの髪の毛を掻いた。
「この肝心な時に何してるんでしょう、あの人ら」
「さあ」
「ほんと、勘弁して欲しいですよ」
状況は掴めなかった。サッカー部の人間が何かしたのだろうか、それとも彼らは単純に嫌すぎて逃げたのかは分からなかった。この柊でもさすがに怒っている。
「一年生であるおれが働かされてるのに、あの人らだけサボるの不公平ですよ、絶対に詰めてやる」
後輩が言う言葉遣いじゃないような気がするが、尊敬されるほどのことをしていないのだから当然ではある。私もちょっと舐められてるような気もするし、やっぱりダメな先輩ではいられない。
「まずはなんとか、この事態を収拾しよう」
「おけです」
「とにかく報告からね」
とにかくいろいろ起きすぎていて、私は逆に落ち着いていた。
サボってる三人衆をなんとかしないといけないのと、長岡
「いこう」
私が彼の背中を押した時である。
いきなり、イヤホンから耳鳴りがするほどの音声が聞こえた。
「私が何をしたってんだ!」
京香先輩の声だ。そしてそれと共に無線のようなガーガー音に、上靴が擦れる音がいくつも。そして最もあれなのは、高校生たちのざわめきと悲鳴が聞こえた。下で明らかにやばいことが起こっている。
「戻るっす、京香先輩が!」
三十木の様子がおかしかった。電話越しに何度も同じ言葉を言ってくる。落ち着け、と諭してもああだこうだと言って要領を得ない。
「三十木くん、何があったの」
急いで階下に降りる。生徒たちの集団が立ち上がっていて、何も見えない。電話は一方的に切れてしまった。
画面には「ホストが退室したため、会話は終了されました」との表示だけが黒字に白の画面で残っている。
[落ち着いてください、騒がないで]
放送部の声がずっと体育館に反響しているのに、一向に生徒たちの雑談は収まらない。その視線が向く先に私は急いだ。
先輩が連行されていた。
「利用者アンケートで図書カード1000円分、先着20名まで受け付けているから、ぜひホームページを確認した上で、利用してくれ、頼む」
そう叫んだのち、先輩は鉄扉の奥に消えた。
「安全部」は先輩と長岡さん、非モテ三人衆の喪失により、無念の撤退を余儀なくされたのだった。




