復讐の日
ロープを買った
遺書も用意した
身辺の整理は終わった
夜11時 会社のオフィス
目論見通り、今夜は誰もいない
ロープを掛ける場所の検討もついている
明朝、経理の女の子は遅く来る予定だから
『私』を発見するのは
あいつのはずだ
私は椅子に乗り
ロープを輪にして掛けた
2〜3回引っ張り、強度を確かめる
問題ないようだった
「あの〜」
突然の声に私は腰が抜けるほど驚いた
ぎょっとして振り返る
見ると、黒のスーツに
かろうじて黒ではない濃紺のネクタイを締めた青年
なんでこんな時間に社員でもないヤツがここにいる?
しかも、こんなタイミングで!
「すいません」
男は間の抜けたような声でなおも話しかけてくる
「どうされました?」
私もうっかり答えてしまった
何やってるんだ!
とにかく、今日は失敗だ
予定が狂ってしまった
綿密に立てた計画が崩れて、私は怒りを感じていた
「よかった…死のうとしてるのかな、と思って」
男が言った言葉に私の心臓は跳ね上がった
「死なないでくれて良かったです」
男は微笑んで言った
たったそれだけの言葉だったが
さっきまであんなにも強固だったはずの私の気持ちが
崩れてしまったように感じて
腰が抜けたように、その場に座り込んでしまった
男がそんな私に歩み寄り、
手を差し伸べる
「よかったら、聞かせてください
あなたが死のうとした理由と
どうしたら死なないですむかについて」
男と私の不可思議な夜が始まった
☆☆☆
「あいつはいつも俺のことを馬鹿にしていた」
事態が飲み込めないまま
私は男に話を始めていた
そう、あいつはいつも俺のことを馬鹿にしていた
取るに足りないような失敗を声高に取り上げ、
社会人として、人間として取り返しのつかないことをしたと騒ぎ立てる
自分のミスも全て俺のせいにした
半病人、精神異常、脳機能障害、発達障害…
部下の前で罵倒された
「こんなやつの言う事聞いてたら、ダメ社員になるだけだ」
意見を言えば、「言い逃れ」「口答え」と
「一人前の仕事もできないくせに、口だけは達者だな」
「何もできねえやつが、偉そうに言うなよ」
せせら笑う
「死ねよ!その方がみんなのためだ
ゴミなんだよ、お前は」
それが、先週言われたことだった
気がつくと、私は随分話をしていた
男は静かに聞いていた
「大変だったんですね…」
と
「だから、だから俺は思い知らせてやろうと
どうせ、死にっこないと思っていたのだろう
あんときの言葉はみんな聞いている
これで俺が死ねば
あいつも社会的にただではすまない
遺書も書いた
だから、だから…」
今日、死のうと思ったのだ
プライドはズタズタだった
今までそれなりに仕事をしてきた
間違いはあるが、自分なりにカバーもしていた
それをあいつは、まるごと否定した
許せなかった 受けた傷をわからせたかった
私の怒りを腹の中にねじ込んでやりたかった
悪かったと、内臓ごと全部吐き出すくらいに悪かったと、
そう思わせたかったのだ
「復讐だったんだ…」
結局、そう、復讐だ
心が傷つけられた
その復讐に命を賭けようとしたのだ
私はここまで話して
あゝ、そうかと、理解った
『俺は、復讐したかったんだ』
「だったら、他の方法でもいいじゃないですか
復讐のために死ななくてもいいじゃないですか」
そうだ、
馬鹿げたことに
自分で自分が死のうとしていた理由が、
今、やっとわかった
自分の命で、あいつを殴り殺したかったのだ
あゝ、でも…でも…
「そんなの馬鹿げている」
私は、ポツリと口にしていた
天井からぶら下がるロープを見る
男は手を差し伸べる
その手の先に
ほわっとした笑顔があった
私は手を伸ばす
やっと、誰かに手を伸ばすことができた




