疲れた心
「一寸、待って」
黒い、喪服のようなスーツを着た男が
私の腕を掴んだ
突然、見ず知らずの男に腕を掴まれた私は
驚いて腕を振り払って逃げる
「待って!」
男は追いかけてくる
私は路地を曲がった
ここを抜ければ大通り
男も追いかけてこないだろう
大通りに出た
人の波、たくさんのヒト
『オカシイな』
私は呟いた
オカシイ
私はこの景色はキライだったはず
みんな誰のことも見ていなくて
前を向いているのか、下を向いているのか
誰もが、誰も見ていなくて
自分のことも見ていなくて
漣のようなヒトの群れ
私はキライだったのに
怖くって、ここに来た
足が震えていた
震える膝を両手で押さえ、弾んだ息を整える
『オカシイな』
言葉とは裏腹に
涙がこぼれた
「君、大丈夫?」
誰かが声をかける
見上げると、さっきの男だった
驚いたが、逃げる気になれなかった
体が動かなかった
当然だ、
私の体はすでに限界を超えていた
ツカレはてていた
私の心はすでに事切れていた
すり減って、なくなっていた
「良かった。間に合った」
男は嘆息した
男が誰なのか、わからなかった
ただ、一つわかったのは、
男が、他の誰とも違って
『私』を見ていることだった
『ああ、この人は知っていたんだ』
私が、あそこで死のうとしていたことを
男は私を見ていた
声をかけたが、
どうしていいか分からないのか
「良ければ、私と話しませんか?」
『どうして?』
「それが私の役割ですから」
男は笑って言った
私は男の手を取った
手が温かいと思った




