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【連載版】 私が笑っていることが、そんなに気に入りませんか?   作者: 入多麗夜


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01. 笑ってはいけない婚約者

「婚約破棄して欲しい」


 婚約者であるヴィルヘルム・ローデンからそう告げられた時、リーゼ・エルフェルトは、すぐには返事を することができなかった。二人が婚約したのは三年前で、ヴィルヘルムがほかの令嬢へ心を移したという噂を聞いたこともなければ、リーゼ自身が婚約を終わらせられるほど大きな失敗をした覚えもない。


 あと半年ほどで結婚式の日取りについて話し合う予定になっており、最近では侯爵夫人になった後に必要となる領地経営についても学び始めていた。今日だって婚約者同士でいつものように時間を過ごすものだと思っていたのに、向かいの長椅子へ腰掛けているヴィルヘルムは冗談を言っているようには見えなかった。


「……理由を聞いてもよろしいでしょうか。私に何か至らないところがあったのでしたら、きちんとお聞きしたいです」

「本当に分からないのか?僕は以前から何度も伝えてきたつもりだ。君はいつまで経っても、侯爵夫人になる女性として相応しい振る舞いを身につけようとしない」


 ヴィルヘルムは困った相手を諭すように話しており、自分のほうが正しいのだと疑っている様子もない。リーゼは自分の振る舞いを思い返したものの、婚約を終わらせなければならないほどの失敗には思い至らなかった。幼い頃から伯爵令嬢として必要な礼儀作法を学び、社交界へ出るようになってからも、母や家庭教師から厳しく注意されたことはない。夜会で相手を不快にさせるような言葉を口にした覚えもなく、身分を理由に誰かを見下したこともなかった。


「先日の茶会でもそうだっただろう。僕が迎えに行った時、君は友人たちと楽しそうに笑っていた。これまで何度も注意してきたのに、僕がいないところでは以前と同じように振る舞っている」

「私の笑い方に、何か問題がありましたか?」

「笑い方そのものを問題にしているわけではない。淑女なら、面白いことがあったからといって簡単に感情を表へ出すべきではないと言っているんだ。まして君はいずれ侯爵夫人になる。誰から見られても落ち着いていて、感情に左右されない女性でなければ困る」


 先日の茶会では、学院時代から親しくしている令嬢たちと久しぶりに顔を合わせていた。一人が学院へ入ったばかりの頃の失敗談を披露し、本人まで笑いながら話すものだから、リーゼもつられて笑ったのである。声を張り上げたわけでもなく、口を大きく開けたわけでもない。目元を緩めて小さく笑った程度で、同席していた令嬢たちも似たようなものだった。


 ヴィルヘルムから笑い方について初めて注意されたのは、婚約して二か月ほど経った頃だった。親しい友人に招かれた茶会へ参加した帰り、迎えに来てくれたヴィルヘルムと馬車へ乗ったところで、「今日は少し笑いすぎていた」と指摘された。リーゼは自分でも気づかないうちに声が大きくなっていたのかと思い、その場では素直に謝ったものの、家へ戻って母へ尋ねても笑い方がおかしかったとは言われず、翌日には同席していた友人からも何も気にならなかったと言われた。それでも侯爵家へ嫁ぐ女性には伯爵家で育った自分が知らない作法があるのかもしれないと考え、次から気をつけるとヴィルヘルムへ約束した。


 次に注意されたのは夜会だった。昔から付き合いのある令嬢に冗談を言われて笑みをこぼしたところ、帰り際に「もう少し表情を抑えたほうがいい」と言われ、その次の園遊会では、年配の婦人から若い頃の失敗談を聞いて微笑んだだけで、「人前であまり嬉しそうな顔を見せるものではない」と指摘された。理由を尋ねるたび、ヴィルヘルムは侯爵夫人になるのだからと説明し、今のうちに身につけておかなければ将来リーゼ自身が恥をかくことになるのだと繰り返した。


 リーゼも、彼が意地悪をしたくて言っているのだとは思わなかった。ヴィルヘルムは真面目な性格で、酒や賭博にのめり込むこともなく、婚約者がいる身でほかの令嬢へ不用意に近づくこともない。約束を破ることも滅多になく、リーゼが体調を崩した時には見舞いの品を届けてくれたこともある。侯爵家の事情については当然ヴィルヘルムのほうが詳しいのだから、彼の妻となるために必要なことを教えてくれているのだと思い、指摘されるたびに自分なりに直そうとしてきた。


 面白い話を聞いても声を出さないようになり、笑みが浮かびそうになれば口元を意識するようになった。それで注意されなくなると思っていたのに、しばらくすると今度は「笑顔が大きすぎる」と言われ、さらに時間が経つと「友人と話している時に表情が緩みすぎている」と指摘されるようになった。知人へ挨拶しながら微笑めば、誰にでも愛想よくする必要はないと諭された。どこまで変わればヴィルヘルムの求める淑女になれるのか分からないまま、それでも婚約者として認めてもらおうと努力しているうちに、彼がそばにいる時には笑う前にその顔を見る癖までついていた。


 以前より落ち着いたとヴィルヘルムから褒められた時には、自分の努力がようやく実を結んだのだと嬉しくなった。それからも気をつけていたのだが、母からは反対に「ヴィルヘルム様と一緒にいる時だけ、随分静かになったわね」と心配され、親しい友人からも以前より笑わなくなったのではないかと聞かれた。リーゼ自身も彼と会った後には妙に疲れていることが増えていたものの、結婚するのなら互いに合わせなければならないこともあるのだと考え、深く気にしないようにしていた。


 それを三年間続けてきた末に、ヴィルヘルムから告げられたのが婚約破棄だった。

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