第34話 他力生成ー2
「よ、よし──
やった……」
データが不足していれば生命であっても生成できるのか。
あるいは生命は”物”と異なり、定義が曖昧ゆえに否定されず生成できるのか。
どちらなのかは定かではない。
だが、とにかく成功した事実は揺るがなかった。
悠人はさらに深く思考を巡らせる。
(向こうの生成スキルの使い手が、”物”以外を生成できるのだとしたら、そもそも”刺客”そのものを送り込めばいいはずだ。
能力を付与できるなら、チート能力を備えた完全無敵の刺客でも生成すれば済む話だろう。
それができないということは、後者の可能性が高い……)
”「……あなたのスキルは……」”
”「……彼とは、違う……」”
(まさか神崎、お前の言葉は──
そういう意味だったのか……?)
ふと、神崎零華の言葉を思い出す。
その真意を、ようやく理解できた気がした。同時に、猛烈な情けなさに襲われる。
普通に考えて、身を挺して自分を庇うような人間が、あの土壇場でわざわざ悠人を否定するはずがないのだ。
”逃げろ”
や
”大人しく彼らに従え”
という言葉の代わりに、零華はあの言葉を託した。
(くそ──
俺だけじゃないか。諦めていたのはっ──!)
言葉の重みを深く噛み締める。
「俺は──
俺のスキルは特別だっ───
信じろ、俺自身の可能性をっ……。
この力で奴らを倒す。
行ける。
俺なら──
俺ならいけるッ」
ミミズを地面に置き、パンツもどきをポケットにねじ込んだ。
そのまま、ゆっくりと立ち上がる。
(……だが、どうする。
不完全なものと、か弱い生命体。
これだけで奴らとどう戦うというのだ。
もう碌にコストは残っていない)
(……いや──)
悠人の中には、まだ一つだけ切り札が残されていた。
最後の生成のチャンス。
自分の生命力を削って生成する、あのゴブリンリーダーを打倒した時と同じ手段だ。
あれを行えば、あと一度は無理を承知で、高度なものを生成できるに違いない。
(……けど、どうする。
中途半端な代物では、奴らに無力化されて終わりだ。
チート能力を付与しようにも、今のコストでは限界がある──)
何を生成すべきか、名案が浮かんでこない。
データに頼り切っていたツケが回り、皮肉にも今は不完全なものにしか縋れない状況だ。
地べたに座り込み、必死に知恵を絞る。もう猶予はなかった。
時間は刻一刻と過ぎていく。
そんな中、二つの光景が脳裏に鮮明に浮かび上がった。
一つは神崎零華の剣。
もう一つは早乙女茜の治癒魔法。
これまでの記憶が、激しく悠人の脳内を駆け巡る。
(神崎の剣技は、技術として見れば完璧だった──。
剣の軌道、踏み込み、体重移動、すべてが理想的で無駄がない。
だからこそ、俺にも模倣できた。
それっぽく。
……結局、最後まで完璧にはコピーできなかったけれどな)
悠人は静かに目を閉じる。
彼女の剣には、明確な重みが乗っていた。
それは筋力や速度といった数値ではない。言葉にならない覚悟が、一振りごとに宿っていたのだ。
(ほんと、ダメダメだな俺は……)
浮かんでくるのは、相変わらず情けない自分の姿ばかり。
零華は剣を振るい、何度も自分を助けてくれた。
茜は無気力な自分にも常に優しく、見守っていてくれた。
見捨てることもせずに、だ。
対する悠人の視界にあるのは、パンツ、パンツ、パンツ。
自分のことだけを考えた、生成、生成、生成の繰り返し。
意志や感情というものは、完成していない。
常に揺れ、変化し、定義しきれない不定形なものだ。
「俺に足りなかったのは、知識じゃない」
悠人は、自嘲気味に口角を上げた。
「心だ。
意志だ。
感情だ」
これまでは理屈を積み上げることだけに心血を注いできた。
答えを集めて完成形を作り、それこそが最強だと盲信してきたのだ。
だが、人間である以上、積み重ねるべき本質はもっと別の場所にある。
分かったところで、今更どうしようもないのかもしれない。
「俺は……
俺は、これからも間違い続けるだろう」
深く呼吸し、冷静さを取り戻す。
相手は意志だけで凌げるほど甘くない。
これは、自ら身をもって学習し、導き出した結論だ。
ゆっくりと立ち上がり、冷徹に決断を下す。
膝の震えは止まらず、身体の重さも変わらない。
それでも、瞳に迷いは消えていた。
「俺一人じゃ、足りない。
──だからこそ、俺の欠けている部分を補う”助言者”が必要だ」
自分が不完全な存在であることは理解した。
情けない人間なのだということも痛感している。
(──自分を諭してくれるような、そんな存在を生成する)
意志を理解し、感情を解析し、不完全さを力へと変えられる知性。
これから生成すべきは、物理的な”暴力”ではない。
知恵を授け、自分を補正してくれる存在だ。
直接的な戦闘力を持たせないならば、今の枯渇したコストでも、ギリギリ生成できる公算がある。
「俺が生成するのは──」
悠人は真っ直ぐに虚空を見据えた。
そこには、確かな未来が見えている。
「最強の”サポーター”だ」
◇
ダンジョンの通路は、唐突に行き止まりを迎えた。
ボスフロアの入り口に突き当たり、もはや逃げ場はない。
天野悠人は、荒い息を吐きながらその場に立ち尽くす。
ここまで刺客を引きつけることには成功したが、それだけだ。
脚は鉛を詰め込まれたように重く、全てが底をつきかけている。
この先にあるのは二つに一つ。
捕らえられるか、あるいは、すべてを賭けた一手が結実するか。
「……ここが、分かれ道か」
独り言を漏らし、悠人は拳を握り締める。
辿り着いた結論が、胸の奥で静かに、だが熱く燃えていた。
(──俺に足りないのは、意思と知識を持つ最強のサポーター。
……そして何より、それを生成するための”物理コスト”)
結局、ボスフロアへ至るまで、これといったモンスターに遭遇することはなかった。
自身の生命力をコストに充てるとしても、それ単体では生成できるものに限界がある。
”物理コスト”として、生きた”血と肉”が不可欠だ。
道中で獲物を得られなかった今、悠人が求めるべき材料は、ボスフロアにしか存在しない。
「……やるしかない」
扉に手を掛け、悠人は深く息を吸い込んだ。
残された体力は、もう風前の灯火だ。
(それでもっ──!)
「俺もっ──
”本物”になってやるッ!!」
扉を勢いよく跳ね除け、がむしゃらに駆け出した。
全身を包み込む熱気と殺意。
その中央に、このC級ダンジョンの主は鎮座していた。
赤黒いガマガエルのような異形の姿。
しかし、体躯ははるかに巨大で、その眼光は飢えた獣のように鋭い。
それでも、悠人は足を止めなかった。
むしろ、限界を超えて加速する。
インストールした零華の動きを、さらに鋭く研ぎ澄ませた形で。
前のめりに地を蹴り、巨大な標的へと跳んだ。
「っ──
ぅおおおおおおおおおおおおぉぉっっ!!」




