第19話 黄昏の石窟ー3
天野悠人は翌日、予定通りD級ダンジョン『黄昏の石窟』の最下層であるボスフロアに踏み込む。
広大な石造りの空間は、これまで悠人が制覇してきたフロアとは比べものにならないほど、濃密な魔力の霧に満ちていた。
その場で立ち止まり、深く息を吸い込む。
昨日よく休んだとはいえ、精神コストの回復は、まだ完全ではない。
ここ数日、判明しているD級ダンジョンの階層、魔物のデータをできる限りラーニングしていたのも、理由の一つだ。
神崎零華のラーニングといい、精神コストを限界まで使い切る生活を続けている。
それでも、いつまた”窮地”に陥るかわからない以上、やるしかなかった。
「リアル生成AI、ボス魔物『大地の番人』の情報、最終確認」
悠人の脳内に展開されたスキル画面には、巨大な岩石の集合体──
ボスモンスター、大地の番人の姿が映し出される。
強固な装甲と広範囲に及ぶ地震攻撃。
そのどちらもが脅威であり、過去の調査記録では、長期戦と多大な犠牲を伴うであろう、D級相当の難敵として記されていた。
《大地の番人:最終解析結果》
《装甲は地層を圧縮した超高密度岩石。
通常の物理攻撃や魔法攻撃では表面が砕けるのみで、内部のコアには一切ダメージが通りません。
弱点は二つ。
ひとつは内部深くに埋め込まれた魔力の核。物理的衝撃に弱いようです。
もうひとつは、マグマ層と類似した成分との特定の化学反応。理論上、岩石装甲が分子レベルで崩壊する可能性があります。》
悠人の戦略は明確だった。
零華の剣技を模倣した強行突破は、魔力消費が大きく、成功率も三五パーセントに留まる。
それに対し、過去の錬金術師の失敗データ、地質学の専門知識、そしてネット上の非公認情報を統合した科学的アプローチ──
すなわち、”超ボス特効アイテム”生成による攻略成功率は、理論上九五パーセントに達していた。
悠人は迷わず後者を選ぶ。
自分の身体能力は不安定要素でしかかなった。
絶対的に信頼できるのはデータと、それによって生み出される生成物。
壁の陰に身を潜め、悠人は生成を開始する。
今回の生成は、これまでで最も複雑かつ精密な作業だった。
リアル生成AIを起動し、目標の設定を始める。
「生成、対ガーディアン・コア分解特化型爆薬」
手持ちのわずかな素材──
高純度魔石、ダンジョン内の鉱物、残り僅かなポーションの残渣──
を右手に集める。
物理コストとして、高純度魔石を分解し、触媒となる超圧縮マグネシウム・ナノ粒子を生成。
知識コストとして、ボスモンスターのコアが持つ魔力波動パターンを抽出し、分解反応の引き金として組み込む。
精神コストは最大。
失敗すれば、爆薬の分解熱で自分自身が蒸発しかねない。
(──やるんだ俺は。
……このダンジョンをクリアする。
そうすれば、今度同じD級のゲートからモンスターが出てきても、大切な人たちをこの手で守り抜くことができる一つの証明になるッ)
極度の緊張に、全身から汗が噴き出す。
右手から放たれる青白い光は、これまでになく激しく、制御を誤れば暴走しかねないエネルギーを孕んでいた。
(生成技術が向上さえすれば、もっと早く辿り着けたかもしれないんだっ。
誠司も、救えていたかもしれないっ。
だから──
だからっ──
なんとしてでも生成してやるッ……!)
数分後、光は静かに収束した。
掌の上には、小さなガラス製のカプセルが生成されている。
中には、深紅に脈打つ粘性の液体。
生成成功だ。
対ガーディアン・コア分解特化型、通称Xx_フェニックス_xX爆薬。
対象のコアエネルギーに共鳴し、周辺物質を分子レベルで急速分解・蒸発させる。
使用は極めて危険を伴うものだ。
それはもはや単なる爆薬ではない。
悠人が集めた知識、経験、そして目標達成への執念が融合した、まさに現時点での悠人の実力そのものだった。
(……よし。
いくぞ、フィナーレだ)
ボスのいる開けた場所へ、悠人は足音を殺しつつ、できるだけ早い速度で飛び込んだ。
決着は即座につけなくてはならない。
悠人の攻撃の”手札”は、先ほど生成した物体だけだ。
パンツを被り、ボスモンスターに近づいて爆薬を喰らわせようと急接近していく。
「っ──!?」
すると、一定の距離まで近づいた瞬間、ボスの咆哮と共に、悠人の頭に被ったパンツは吹き飛ばされた。
数十メートルを超える巨体が一歩踏み出すたび、フロア全体が揺れる。
「……まぁ、なんとなく予感はしていたが、小細工は通じないみたいだな!」
もう見つかってしまった以上、戦うしかない。
ボスのいる広間をだいぶ進んでしまった以上、逃げるのも難しい状況だ。
悠人は、全速力で接近を試みる。
零華式・加速を生成したことで、その瞬間の速度はA級探索者──
とはいかないものの、C級探索者程度には引き上げられていた。
「うおおおおおっ!」
ガーディアンの巨大な岩石の拳が振り下ろされる。
悠人は”超薄型高周波振動シールド”を生成。
名ばかりで大した攻撃は防げないが、いなすことはできる。
わずかに軌道を逸らした。
ボスの拳が地面へと叩きつけられ、体に衝撃が伝わって、全身が宙に浮きそうになる。
悠人はできる限り体を回転させて受け流しながら、コアが最も接近する装甲の隙間へカプセルを投擲した。
「いけっ───」
ボスが体を動かしたことで装甲を緩めた、ほんの一瞬。
その隙を正確に捉え、悠人の投げたカプセルは岩石の皮膚の奥へと吸い込まれていく。
次の瞬間、空気を切り裂くような爆発音が響き、その後、フロアを支配したのは静寂だった。
ボスは動かない。
動きが止まった。
「……成功───
成功だ───」
確信と同時に、ボスモンスターの内部から、太陽を凝縮したかのような純白の光が溢れ出す。
轟音はない。
ただ分解という現象が、光速で起きただけだった。
光は一瞬で大地の番人の巨体を包み込み、岩石装甲を分子レベルで分解・蒸発させていく。
巨大な岩山が白い砂となり、風と消えていった。
数秒後、フロアに残っていたのは、中央に鎮座する輝くコアと、熱で歪んだ石床、そして全身から湯気を立てて立ち尽くす悠人だけだった。
悠人は、その場に膝から崩れ落ちそうになるのを必死で堪えた。
魔力も体力も、もうほとんど残っていない。
咄嗟にシールドを生成したため、結果的にほとんどのリソースを賭けた一撃となった。
「勝った……
D級のボスを、一撃で……」
その瞬間、悠人は理解する。
自分のスキルは、もはや単なる能力ではない。
知識と解析によって、世界の理すら踏み越える──
”データチート”なのだと。
その後、興奮と疲労で震える体をなんとか動かし、ボスモンスターの残した光り輝くコアを分析した上で回収する。
D級ダンジョン『黄昏の石窟』の攻略を、F級探索者、天野悠人は、一人で成し遂げたのだった。
ボスモンスターを倒したことで、ダンジョンが崩壊を始める。
悠人は生成し自らに適用した”零華式・加速”を用いて、迅速にダンジョンを後にした。
ダンジョンには大まかに二つの種類がある。
それはボスがいるダンジョンと、いないダンジョンだ。
いないダンジョンは大抵、長期間ダンジョンゲートが開きっぱなしで、出現するモンスターは弱く、経験の浅い探索者たちが経験を積む絶好の場として使用されている。
悠人が初めて足を踏み入れたF級ダンジョン『廃墟の地下水道』も、それに分類される。
ボスのいるダンジョンは、ボスを倒すと大抵ダンジョンは崩壊し始め、ゲートが少しの間を置いて消滅する。
只野学園高校に出現したゲートもそれに該当する。
あれは、おそらく神崎零華をはじめとした強力な探索者たちによって、早々に攻略され消滅したのだろう。
何よりボスの討伐はゲート消失を伴うため、ダンジョン攻略完了を大々的に周囲へ知らしめる意味も持っていた。
◇
「……F級探索者が一人でD級ダンジョンを攻略しただと──?」
探索者統率機構、本部。
とある職員が、極秘の報告書を見て思わずそう零す。
『ラーニング・ゼロより、ネクロスへ』
『天野悠人探索者、D級ダンジョン「黄昏の石窟」ボスを単独で討伐』
『ダンジョンの総攻略時間は二日未満。損傷なし。
回収素材は完全な状態のコア。
従来の経験則を完全に逸脱した戦闘スタイル。
優秀な研究材料であると同時に、制御不能な危険因子』
「……なんだこれは。
この画像、無加工だよな……。
職人でもこう加工するのには時間がかかるぞ。
討伐したその日にこのクラスの素材を売却したのか──?」
「どれ、見せてみろ」
困惑する男に、もう一人の男が歩み寄る。
「ね、ネクロス──」
「貸したまえ。
君はもう仕事に戻っていいぞ」
男は報告書を半ば強引に受け取ると、しばらくして笑みを浮かべた。
口角が気持ち悪いほど上昇する。
「君なのかな。
この短刀の持ち主は」
男はポケットから取り出した、只野学園高校で発見された奇妙な形をした刃物を眺めた。
その後、報告書をしばらく見つめると、表情を元に戻す。
身を翻し、無表情で報告書を手に取ると、建物の奥へと消えていった。




