第110話 母親生成のロードマップー2
20レベル目、”物理コストの貯蓄能力 解禁”
30レベル目、”自動深層学習機能 解禁”
40レベル目───”生命の生成能力 解禁”
(”生命の生成能力” 解禁──?)
悠人はその項目が気になり、画面に手を触れる。
すると、さらに詳細が描かれた画面が表示された。
”人間や動物、その他生命体の生成能力が大幅に向上します。”
(……なんだこれ。
生命といえば、リリスがすでにいる。
けど、あれは色々と不安定な存在だ。
少なくとも人間ではない。
……元々挑戦したことなかったけど、レベル40まで到達すると、ちゃんとした”人間”を───
生命を───
”魂”を生成できるようになるのか……?)
人間の──”魂”の生成。
脳内を淡い希望の濁流が駆け巡る。
可能性の空が、悠人の頭の中に急速に広がっていくように感じられた。
(───とっくの昔に死んじまった母さんの生成も……
可能だったりするのか──?)
その可能性を思い浮かべた瞬間、胸の奥が熱を帯びる。
”概念生成”が行える今、それらを組み合わせれば、生成というより、”蘇生”だって可能になるかもしれない。
失ったものを、取り戻せるかもしれない。
淡い夢が次々と浮かび上がってきた。
「……今は、まだ、だな。」
悠人は、レベル100に達すると何が与えられるのかだけ確認すると、腕を下へ振り下ろし、そっとそのスキル画面を閉じた。
《レベル100───”創造神の継承権”を得る。》
◇
正式な手続きを経て、悠人と茜はA級探索者として認められることとなった。
探索者統制機構の重厚な扉を潜り、事務的なやり取りを終えた後の空気は、どこか現実味を欠いた軽やかさに満ちている。
窓の外には夏の陽光が広がり、街中の喧騒が遠くの潮騒のように響いていた。
かつては遠い世界の住人だと思っていた「A級探索者」という称号が、今、自身の背負う看板として公的に刻まれている。
A級探索者ともなると、昇格の際に、それを証明する盾が贈られることになっていた。
只野区の探索者施設で渡されたその箱は、見た目以上の重量感を持っている。
蓋を開けると、特殊な合金で鋳造された盾が、室内の照明を鈍く反射して鎮座していた。
その中央には、上位探索者のみに許される意匠が刻まれ、指先でなぞれば金属特有の冷徹な感触が伝わってくる。
これは単なる記念品ではない。
死線を潜り抜け、理不尽な怪物や人間の悪意と対峙し、勝利を積み重ねてきた確かな証左のように思えた。
それを手に取り、A級探索者となった確かな実感が悠人にもようやく湧いてくる。
手のひらに伝わる盾の重みは、これまでの歩みの重みそのものに感じられた。
脳内のリアル生成AIは、この盾を構成する物質の純度や強度を瞬時に算出する。
だが、数値化できない何かが、胸の奥に熱く居座っていた。
それは誇りというよりは、一つの節目に到達したという深い安堵に近い。
(──ここまで、皆で来たんだ。)
一人では、この重みに耐えることはできなかっただろう。
ネクロスの狂気的な野望に立ち向かったときも、概念生成という未知の力に翻弄されそうになったときも、常に傍らには誰かがいてくれた。
スキルを手にしてから、まだ二ヶ月も経っていない。
だというのに、A級探索者、神崎零華を目標としたあの日が、ずいぶん昔に感じられた。
思い返せば、あの頃の世界はもっと単純で、もっと巨大に見えていた。
神崎零華という圧倒的な存在を追いかけ、ただ強くなりたいと願っていた日々。
しかし、実際にその高みに片足をかけた今、見えてくる景色はあの日想像していたものとはまるで異なっている。
悠人は隣に立つ少女を見る。
赤銅色の髪色をした彼女は、優しく微笑んでいた。
◇
その日の夜、悠人の家の食卓には、四人分の料理が並んでいた。
キッチンからは、出汁の香りと共に、食材を刻む小気味よい音が響いている。
これまでの戦場での緊張感とは無縁の、家庭的な温もりが部屋の隅々まで満ちていた。
窓の外は藍色の帳が降り始め、街灯がぽつぽつと灯り始めている。
「これ、味どう?」
茜が鍋を覗き込み、リリスは興味深そうに皿を眺める。
茜の表情は、これまでの激闘で浮かべていた悲痛な決意から一転し、どこまでも柔らかかった。
湯気に蒸された頬は少し赤らみ、手際よく菜箸を動かしている。
その横で、リリスは好奇心に満ちた瞳で並べられた彩り豊かな皿を検分していた。
リリスにとって、こうした平穏な食事の時間は、何物にも代えがたい未知の経験であるようだった。
「悪くないわ」
零華は、そう言って箸を取った。
かつてはラーニング・ゼロという、センスのない名の冷酷な概念に縛られ、感情を削ぎ落とされていた。
短く、そっけない返事ではあるが、今ではその声に確かな温度が宿っているように聞こえる。
座る姿にも力みはなく、仲間としてこの場に居ることを、自然に受け入れているようだった。
湯気の立つ食卓。
特別な言葉は、いらなかった。
箸が器に当たる微かな音。
噛み締める咀嚼の音。
そして、他愛もない世間話。
それらすべてが、昨日までの死闘が幻であったかのように、穏やかな現実を形作っていくように感じられる。
贈呈されたA級探索者の盾が、部屋の隅で輝いていた。
豪華な晩餐ではないかもしれない。
しかし、共に同じ釜の飯を食うという行為そのものが、言葉以上に四人の魂を深く繋ぎ合わせている気がした。
戦いも、理屈も、恐怖も──
今は、ここにはないと思えた。
血生臭い鉄の匂い。
ネクロスが放っていたねじ曲がった殺意。
自分を喪失することへの根源的な不安。
それらはすべて、この家の玄関の向こう側に置いてこれたようだ。
今はただ、口に運ぶ料理の味と、仲間たちの存在感だけを噛み締めていればいい。
そんな贅沢な時間が、今は何よりも愛おしく感じられた。
「それで、手続きは終わったの、悠人。」
「……あぁ。」
悠人は結局、復学することに決める。
それは決して、平穏への逃避ではない。
むしろ、より広く深い強さを手に入れるための、前向きな選択だった。
ある程度、実力に自信がついた今、社会との接点を増やすことを優先することに決める。
S級探索者を目指すと同時に学校にも通うこと──
つまり、社会との接点が多ければ多いほど、ネクロス以外にも自分を狙う存在がいたとしても、より狙いづらいものになるだろう。
何より、学校では多くの人間と触れる。
”学習”の機会が多い。
教室で交わされる無意味な会話、教科書に書かれた知識、他人の感情の揺れ。
それらすべてが、リアル生成AIという能力を豊かにするための貴重なリソースとなるのだ。
皮肉にも休学したことで、学校へ通う価値を”学習”し、実感していた。
一学期の終わりに休み、夏休み明けに戻る。
傍から見れば、他の一般的な学生と変わりないスケジュールだった。
悠人はその事実に静かに苦苦笑する。
振り返ってみれば、本当に勢いで休学を決断していた。
顔を上げ、仲間たちの顔を見る。
茜の笑顔、リリスの不遜な態度、神崎零華の静かな横顔。
守るだけじゃない。
導くだけでもない。
誰か一人が突出するのではなく、それぞれの欠落を埋め合い、互いの背中を預け合う関係。
悩み、支え合い、選び続ける。
それが──
「……パーティ、か。」
小さく呟いた言葉に、誰かが笑った。
その笑い声は、夜の帳に優しく溶け込み、部屋の空気をいっそう和ませる。
共に苦難を乗り越え、共に勝利を掴み、共に食卓を囲む。
この当たり前のような光景こそが、過酷な探索者の世界において、唯一無二の救いのように思えた。
窓の外では、夜風が木々を揺らし、街のわずかな灯りが宝石を散りばめたように輝いている。
穏やかな夜が、静かに深まっていった。
読んでいただきありがとうございます。
一章はこれにて完結になります。
ストックが貯まったら投稿再開する予定です。
面白ければ、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。




