第1話:断罪の場の地底診断
一級建築士だった前世の記憶を持つ私にとって、この王都は「欠陥住宅」以外の何物でもありませんでした。婚約破棄? そんなことより、貴方たちの足元、あと数秒で抜けますよ?
「アリーナ・フォン・グラナード! 貴様のその傲慢な振る舞い、もはや看過できん! 本日この時を以て、貴様との婚約を破棄する!」
王宮の大広間。きらびやかなシャンデリアが輝き、高価なワインの香りが漂う夜会。その中心で、第一王子公認のアウレリウス・フォン・ロンドヴァルは、誇らしげに婚約破棄を宣言した。
彼の傍らには、いかにも守ってあげたくなるような、はかなげな表情の男爵令嬢が寄り添っている。
本来なら、ここで私は泣き崩れるか、あるいは怒りに震えて弁明すべきなのだろう。
周囲の貴族たちも、それを期待して好奇の視線を投げてきている。
しかし。
私の意識は、今それどころではなかった。
(……おかしい。さっきから、足底に伝わる微振動の減衰率が、理論値より低すぎる)
ドレスの裾から覗く指先。私はそれを、床の石材の継ぎ目にそっと押し当てた。
私の家系、グラナード公爵家は代々「空間把握」の魔法に優れているが、私の代で発現したのは、より極端で特異な、物体の内部構造を透視・診断する『一級診断眼』とでも呼ぶべき異能だった。
さらに不運なことに、私は前世の記憶を持っていた。
世界最大のゼネコンで、大規模ダムから超高層ビルの構造設計までを統括していた、不眠不休のチーフ構造設計士としての記憶を。
「聞いているのか、アリーナ! その這いつくばるような格好、いよいよ恥を忘れたか!」
アウレリウス様の怒号が頭上を通り抜ける。
私は彼を見上げた。冷たい夜会の空気。だが、私の瞳に映っているのは彼の顔ではない。
彼の立つ床下。そこを走る主梁の「ひずみ」だ。
「……アウレリウス様。三歩、後ろに下がってください」
「何だと……?」
「いいから、早く。あと六秒で、貴方の足元、抜けますよ」
静寂が広がった。
アウレリウス王子が鼻で笑う。
「ふん、あまりのショックで狂ったか。この王宮は建国以来三百年、一度として揺らいだことなど――」
「五。四」
「おい、アリーナ? 何を言って――」
「三。二。一。……そこです」
――ズドン。
重厚な振動。衝撃音。
豪華な大理石の床が、アウレリウス様の足元から見事に陥落した。
王子の叫び声と共に、土煙が上がる。
「えっ……? あ、あうれりうす様!?」
傍らの男爵令嬢が絶叫する。
王子は、腰まで床下に埋まった状態で、間抜けに口を開けて固まっていた。
幸い、床下には空間があったため、怪我はないようだが、その姿は到底、威厳ある王族のそれではなかった。
「な、……なんだ……何が起きた!?」
私はゆっくりと立ち上がり、ドレスについた埃を払った。
それから、暗視魔法と診断眼をフル稼働させ、空いた穴の中を覗き込む。
「言ったはずです。床が抜ける、と。……ひどい。これはひどいわ」
「アリーナ、貴様、何か呪いを……!」
「いいえ。ただの『不同沈下』と『腐朽』です。アウレリウス様、この王宮、建国以来三百年ノーメンテでしたか? さきほどから地下の魔力導管から漏水した音が聞こえていました。それが原因で、床を支える石積みの支持力が限界に達していたんです」
私は呆れを通り越して、もはや怒りに似た感情を抱いていた。
この壮麗な王宮。その美しさに隠れて、基礎がボロボロではないか。
構造屋として、これを見過ごすことは、死を意味する。
「貴様……何を訳の分からぬことを……! 警備兵! この狂った令嬢を今すぐ捕らえろ! 婚約破棄だけでは済まさん、国外追放だ!」
「ああ、構いませんよ、追放で。でも、その前に一つだけ忠告させていただきます」
私は、震える足取りで私を囲もうとする近衛兵たちと、床に埋まったままの王子を見据えた。
「あと三日。三日のうちに、この王宮全体の地盤補強を行わなければ、王都ごと、この都市は沈みますよ」
「……は?」
「地下の魔力水理が完全に逆流しています。この王都、巨大な欠陥建築の上に建っているんです。私なら直せますが……。まあ、追放されるなら仕方ありませんね。どうぞ、お元気で」
私は優雅に、かつ迅速にカーテシーを披露した。
この場に長居して、崩落に巻き込まれるのは御免だ。
私は茫然とする人々を後にし、手に持っていた折り畳み式の測量機(重力魔法を込めた特注品)をカバンにしまうと、迷いのない足取りで大広間を去った。
三百年放置された欠陥建築。
それを救うために、私がやるべきことは追放された後の「拠点(現場)」の確保だった。
――私の人生設計図に、婚約者の文字は最初からなかったのだ。
第1話、お読みいただきありがとうございました!
本作『建築魔法・救世令嬢〜断罪の場で「この王都、あと3日で沈みます」と予言した結果〜』、いよいよ着工(連載開始)ですわ!
断罪の場で床が抜ける――物理的なカタルシスから始まる本作。アリーナの構造設計士としての職業病は重症で、彼女の瞳には愛憎劇よりも「梁のひずみ」の方がよほど重大な問題として映っておりますの。
次回、第2話「図面は嘘をつきません」。
追放されたアリーナが、崩壊寸前の王都を救うために「現場」へと足を踏み入れますわ!
もし「この都市の構造的欠陥が気になる!」と思っていただけたら、最後に建築確認や評価(建設予算の増額)をお願いいたしますわ。
皆様の応援という名の「地盤強化魔力」が、この物語という巨大構造物の基礎を支えますのよ!




