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婚約破棄?それより地盤沈下ですわ 〜「あと3日で沈む」と予言した一級建築士令嬢、重力魔法で王都を丸ごとジャッキアップして救世主になる〜  作者: 星野 藍


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第1話:断罪の場の地底診断

一級建築士だった前世の記憶を持つ私にとって、この王都は「欠陥住宅」以外の何物でもありませんでした。婚約破棄? そんなことより、貴方たちの足元、あと数秒で抜けますよ?

「アリーナ・フォン・グラナード! 貴様のその傲慢な振る舞い、もはや看過できん! 本日この時を以て、貴様との婚約を破棄する!」


 王宮の大広間。きらびやかなシャンデリアが輝き、高価なワインの香りが漂う夜会。その中心で、第一王子公認のアウレリウス・フォン・ロンドヴァルは、誇らしげに婚約破棄を宣言した。

 彼の傍らには、いかにも守ってあげたくなるような、はかなげな表情の男爵令嬢が寄り添っている。


 本来なら、ここで私は泣き崩れるか、あるいは怒りに震えて弁明すべきなのだろう。

 周囲の貴族たちも、それを期待して好奇の視線を投げてきている。


 しかし。

 私の意識は、今それどころではなかった。


(……おかしい。さっきから、足底に伝わる微振動の減衰率が、理論値より低すぎる)


 ドレスの裾から覗く指先。私はそれを、床の石材の継ぎ目にそっと押し当てた。

 私の家系、グラナード公爵家は代々「空間把握」の魔法に優れているが、私の代で発現したのは、より極端で特異な、物体の内部構造を透視・診断する『一級診断眼』とでも呼ぶべき異能だった。


 さらに不運なことに、私は前世の記憶を持っていた。

 世界最大のゼネコンで、大規模ダムから超高層ビルの構造設計までを統括していた、不眠不休のチーフ構造設計士としての記憶を。


「聞いているのか、アリーナ! その這いつくばるような格好、いよいよ恥を忘れたか!」


 アウレリウス様の怒号が頭上を通り抜ける。

 私は彼を見上げた。冷たい夜会の空気。だが、私の瞳に映っているのは彼の顔ではない。

 彼の立つ床下。そこを走る主梁しゅばりの「ひずみ」だ。


「……アウレリウス様。三歩、後ろに下がってください」


「何だと……?」


「いいから、早く。あと六秒で、貴方の足元、抜けますよ」


 静寂が広がった。

 アウレリウス王子が鼻で笑う。


「ふん、あまりのショックで狂ったか。この王宮は建国以来三百年、一度として揺らいだことなど――」


「五。四」


「おい、アリーナ? 何を言って――」


「三。二。一。……そこです」


 ――ズドン。


 重厚な振動。衝撃音。

 豪華な大理石の床が、アウレリウス様の足元から見事に陥落した。

 王子の叫び声と共に、土煙が上がる。


「えっ……? あ、あうれりうす様!?」


 傍らの男爵令嬢が絶叫する。

 王子は、腰まで床下に埋まった状態で、間抜けに口を開けて固まっていた。

 幸い、床下には空間があったため、怪我はないようだが、その姿は到底、威厳ある王族のそれではなかった。


「な、……なんだ……何が起きた!?」


 私はゆっくりと立ち上がり、ドレスについた埃を払った。

 それから、暗視魔法と診断眼をフル稼働させ、空いた穴の中を覗き込む。


「言ったはずです。床が抜ける、と。……ひどい。これはひどいわ」


「アリーナ、貴様、何か呪いを……!」


「いいえ。ただの『不同沈下ふどうちんか』と『腐朽ふきゅう』です。アウレリウス様、この王宮、建国以来三百年ノーメンテでしたか? さきほどから地下の魔力導管から漏水した音が聞こえていました。それが原因で、床を支える石積みの支持力が限界に達していたんです」


 私は呆れを通り越して、もはや怒りに似た感情を抱いていた。

 この壮麗な王宮。その美しさに隠れて、基礎ベースがボロボロではないか。

 構造屋として、これを見過ごすことは、死を意味する。


「貴様……何を訳の分からぬことを……! 警備兵! この狂った令嬢を今すぐ捕らえろ! 婚約破棄だけでは済まさん、国外追放だ!」


「ああ、構いませんよ、追放で。でも、その前に一つだけ忠告させていただきます」


 私は、震える足取りで私を囲もうとする近衛兵たちと、床に埋まったままの王子を見据えた。


「あと三日。三日のうちに、この王宮全体の地盤補強を行わなければ、王都ごと、この都市は沈みますよ」


「……は?」


「地下の魔力水理が完全に逆流しています。この王都、巨大な欠陥建築の上に建っているんです。私なら直せますが……。まあ、追放されるなら仕方ありませんね。どうぞ、お元気で」


 私は優雅に、かつ迅速にカーテシーを披露した。

 この場に長居して、崩落に巻き込まれるのは御免だ。


 私は茫然とする人々を後にし、手に持っていた折り畳み式の測量機(重力魔法を込めた特注品)をカバンにしまうと、迷いのない足取りで大広間を去った。


 三百年放置された欠陥建築。

 それを救うために、私がやるべきことは追放された後の「拠点(現場)」の確保だった。


 ――私の人生設計図に、婚約者の文字は最初からなかったのだ。



第1話、お読みいただきありがとうございました!

本作『建築魔法・救世令嬢〜断罪の場で「この王都、あと3日で沈みます」と予言した結果〜』、いよいよ着工(連載開始)ですわ!


断罪の場で床が抜ける――物理的なカタルシスから始まる本作。アリーナの構造設計士としての職業病は重症で、彼女の瞳には愛憎劇よりも「梁のひずみ」の方がよほど重大な問題として映っておりますの。


次回、第2話「図面は嘘をつきません」。

追放されたアリーナが、崩壊寸前の王都を救うために「現場スラムなど」へと足を踏み入れますわ!


もし「この都市の構造的欠陥が気になる!」と思っていただけたら、最後に建築確認ブックマークや評価(建設予算の増額)をお願いいたしますわ。

皆様の応援という名の「地盤強化魔力」が、この物語という巨大構造物の基礎ベースを支えますのよ!

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