第16話「追え!幻のレア魔獣」 Part5
「見つけられなかったなぁ」
ナノハは、担当範囲がハズレであったかのような呟きを上げる。
「なんか疲れちゃったし、休憩しようか……」
靴は土埃に塗れ、スカートの端も地形に擦れたか舞い上がったか、薄く汚れている。
収穫が無いにしても、彼女なりに懸命に捜索したという奮闘の証である。
「……大体さぁ!行っちゃうのいつも早すぎなの!こっちのことも考えれー!!って」
はぁ、と溜息をつくナノハは速度において不利なステータス・バランスである。
人並み以上の脚力体力はあるだろうとはいえ、クロウのように極端でなければ目標を見つけたところで容易く逃げられることは想像に難くない。
「今度出たらもーギッタンギッタンよ。うん! さぁ行こう!うぉぉぉぉどこだぁぁぁぁぁぁ!!」
懸命に取り組んだところで結果が伴わなければ、努力の空虚さはストレスとして表出しかねない。
その膨らんだ不満で窮屈な身体を破裂させるように、彼女は1人どたどたと突き進んでいった。
「すごいな……」
「クロウさんが追う前に入れた攻撃のおかげです」
「いやいやそれぐらいで……ほとんどヒャクがやったんでしょ?」
「相手が人型だとその言い方ちょっとイヤですね」
今2人の前には大きな人型生命体が倒れている。
身体には立派な水晶が多数生え、その筋骨隆々の巨躯を更に強調する威容の材料となる。
「ルキオスオーガ……ゴリアロックかと思ってたけど、とんだ大物だ」
「はい。洞窟の中に籠っていると思ったら、こんなところにまで出てくるものなんですね……」
「いい素材は持っているから、僕も何ヵ所か貰っていこう」
「火力には自信あるので、焼却は私がやりますね」
「助かる。切断は任せて」
ふと、最近は色々あったんだなぁと思い返す。
ヒャクが真面目で落ち着いているのもあるが、仲間とのこの静かで事務的なやりとりが、それこそ家でストックと共に家事をするような日常感を生み出した。
バスターの仕事その標準を、今味わっている。そんな一秒一秒の日常を愛する瞬間、トパーゾンなる生物のことを忘れかけていた時だった。
「…………」
「…………」
《…………》
物欲センサー、というスラングがある。そう、かつてクロウがトパーゾンの宝石をいつの間にか手に入れていた…という話である。
求めれば求めるほど目的から遠のく確率の綾を、通常公開されないマスクデータに例え揶揄した言葉。
勿論存在するかどうか疑わしいことこの上ない探知機ではあるのだが、要は数奇な運命への皮肉。求まざるほど目的の方からやってくる、という意味も込められているのだ。
「……処理部隊、後で呼ぼう」
「そうですね」
《……!!》
同速!
凄まじい速度で逃げるトパーゾンに、心の内で静かに対抗心を燃やしていたクロウが食らいつく!
「【タクティカルバリア】!【ヘビーアーマー】!」
前方に六角形の小型バリアを展開し、自身も物理攻撃に耐性を得る。
目標を補足しながらの全力疾走に集中するための安全策、現在位置は岩が転がっているだけの場所ではあるが、これほどの速度では勢い余ってどこか別の地域に突入してしまってもおかしくない。つまり虫や木にぶつかっても転んでも大丈夫!!
100mをも一瞬で過ぎ去る、鼠対ヒトなどとはとても思えぬ追走劇。
最早言葉は要らない!
最終作戦!!!!
ブッ倒せええええええええええええええ!!!!!!!!
「うぉぉぉぉぉどこん?あっ、クロわー速い!!」
しかしいくらバスターと言えどもこのような全力疾走を続けていれば体力は近い内に尽きる。なんならここまでの捜索で消耗した分もある。
本気で追っているからこその速力ではあるが、ランナーズハイに溺れる余裕も趣味も無い。徐々に差が開き始める。
「これだ…行けッ!」
【ホーミングマグマ】。先ほどヒャクが使っていた尾を引く火球【バーン】に追尾能力を与えた造られたスキル。これならばどれだけ素早かろうと……
「あ……っ!」
追尾性能を使うことで展開したバリアを避けて攻撃しようとしたまではよかった。
しかし【バーン】自体の弾速を…いや、追尾能力を考慮し弾速を更に下げたこの魔法は、1人と1匹のハイスピードレースという土俵に上がるべくも無く少しずつ置いてかれてしまう。
(ならもっと速い魔法にするだけ!)
ならばと放った次の手段は、赤熱の細い光線。
《!!》
光ではなくマナで構成された飛翔体のため即着弾というほどの弾速ではない。
しかし十分な速度はある。逃げ回るトパーゾンにすぐに着弾、驚いた彼は慌てて避けようと右往左往。
人類の敵の内の一種とは思えないコミカルな遁走だがそんなことはもう気にされない。
ユウ作の赤い光線【レーザーライフル】は長時間の照射でなければ軽傷にもならないが、だからといって他に極端な高弾速の技も思い当たらず、赤い光と繋がる片手だけを走りながら前に出し続ける不格好なフォームを維持し続けた。
とにかく今は強制スクロールのシューティングゲームの真似事に興じるしかない。
「くっ……」
少し、光線が手前にズレる。
何時間と歩いて探し、その上でこの全力疾走。いくら超人的な新人類と言えども永遠のスーパー・パワーに常に満ちているわけではない。
疲弊し、力が抜け始め、集中力も切れてくる。そんな中でせめてコイツはと照射を続けるものの累計の命中時間は30秒にも満たない。
弱っていく光線は途切れ途切れのパルスを表し、なんの偶然か「待ってくれ」を意味するモールス信号となる。
当然、そんな符号化方式など彼女は知らない。
「……でも」
少し、クロウの脚がスピードを緩める。
《!!??》
「勝ちだ……」
――――本当のところ、意図して誘い込んだわけではない。
ただ、“相手が通りそうな場所”に設置するのが罠というものだ。
「【フロストショット】…!」
トパーゾンの足元から、盛大にトリモチが射出される。
驚いたトパーゾンはその場で飛び上がったことでベクトル変換による失速が生じる。
そこにつけこむ氷の魔法、これでついにその厄介なスピードを0にできる。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
やっとだ、とクロウの呼吸器から粗い息遣いが大きく鳴らされる。
「えっ!?」
しかし速度とは、それ自体が力でもある。もしくはその圧倒的な高速走行を実現するために、筋肉か魔法的能力が非常に優れていることも意味する。
発動に成功した罠はたしかに標的を捕えた。しかし、危機回避と扱うにも明らかに過剰なスピードが、拘束を無意味なものとして蹴破らせてしまった。
《!! !!》
トリモチ付着による重量バランスの変化、同じく顔面にも命中したことによる視界の封印。そして追加の凍結魔法。
それらをものともしない加速と攻撃耐性は拘束を難なく引き裂き、石切り場跡地の外、森の中へと消えてしまった。
「そん、な……」
クールさのある外見とは裏腹に熱くなりやすい面もあるサザン・エア・クロウ。
しめた!と思いこんでた彼女は一気に気が抜けてしまい、そのまま大きな疲労感に襲われていく。
最後の追跡は時間にして10分程度か、超人だろうがなんだろうが休み無い全力疾走をするには長すぎる時間であった。
クロウは脚に力が入り辛いことを確認し、これからどうしようかと考え直すことにした。
しかしそのひと時を許さない影があった。
全力の追走劇は防具の効果や魔獣の特異さにより外への衝撃波が大きく抑えられた。
だが、だからといってそれが全く無いわけではない。この大騒ぎに注意を引かれた数体の魔獣が、己に敵対し危機を齎す魔の者に鉄槌を下さんとにじり寄ってきている。
落ち着いて、武器に手を置く。片手を突き出し、魔法で迎撃する構え。
大丈夫。このぐらいなら、動かなくてものすことができるはずだ。
一人の狩人と数体の災厄の間に俄かな睨み合いが始まると、一触即発の空気は突然に終局を迎えた。
ゴリアロックって何だって?
きっと岩みたいなゴリラよ




