第11話「メディカル都市S.O.S.」 Part3
――中央院・1F。
まさにゾンビといった茫然自失の洗脳バスターがまるで秩序はそのままかのようにルート周回を行っている。
その陣形に隙は無く、複数人で常に死角をカバーし合う索敵に特化した徘徊。その上リーヴ曰く音にも反応するという。
(バァン!)
扉が勢いよく開かれる。リーヴは作戦通り正面から。
「今日こそこの都市に、あるべき姿を取り戻します!!」
その一声はクロウにこそ届かなかったが、静かに見回っていた洗脳バスター達のほとんどが反応するに十分。
そして発生する慌ただしさの方はクロウの近くへと伝わっていた。
(そんなにいたのか…こんな場所でも警備は厚かったらしい)
多くの足音……クロウの気配察知、あるいは勘のよさで感じ取ったよりも多くの数に冷や汗が出そうになる。
今まで陥落を許さなかった物量とはこういうことだったのだと思い知らされた。
「……!」
道中、待機していた洗脳バスターを処理していく。
本命へと多くが向かったことでできた死角から雪の結晶のような魔法【フロスト】を手足に当て凍らせて拘束。
常人より身体の強いバスターとて死ぬことはある。普段通りの攻撃でそれをやってしまわないための措置だ。
バスターの仮想敵は基本的に、ヒトより強大な魔獣なのだから。
(あんなにいたのか……!)
何人かを氷で動きを止めつつ進むと、広いこの施設の警備が人混みを成している。
予想以上の多さにクロウはたじろぐが、味方のために次の行動に移る。
「【フロストショット】!!」
大声で引き付けるようにその魔を唱える。
単発だった【フロスト】に対し散弾銃のように広範囲に、しかしある程度遠くまで連射する【フロストショット】で大勢の足下を凍らせる。
「リーヴ!」
そして宙を飛びリーヴの様子を確認しようとする。
「!!」
「えっ……」
ほぼ反射で殴って叩き落した。眼前までに素早く迫ったそのバスターは確かにクロウと同等の力だったと言っていい。
おそらくはPCだろう。クロウの跳躍に合わせて迎え撃とうとしていた強豪だったが返り討ちにして一旦元いた地面に戻る。
「しまっ……」
「クロウさん!!」
クロウは確かに強い。しかし常軌を逸しているわけではない。
彼女と同等のPCも、より強大なPCも多く存在している。
5つの勢力の内他の1つという異なる風俗を形成していた別都市ならば尚のこと。
それらは洗脳されてゾンビのように無気力に徘徊してはいたが戦闘時にはその力を存分に振るった。氷で動きを止められていた者の中からも拘束を自力で解く者まで現れていた。
彼ら洗脳バスター達はスキルの類を使うことなく、着地狩りとも言える待伏せによりクロウを力づくで捕縛してしまうのだった。
洗脳バスター達は襲撃者への措置を拘束に留めていた。逃がすでもなく、仕留めるでもなく。
ただ、彼らは二人をある場所へと移送する。
「申し訳ありません、組合長ともあろう私が、直情的に……」
「僕こそ、却って心配かけて……」
俄かの反省会、それは雑に投げ出された所で終了した。
「く……」
「手荒いな……」
「そうだ。こういった場ではまず身を清めなければいけない」
抑揚が薄く、聞き覚えの無い声。いや、リーヴはハッと反応した。
「アーク・ミン……わぁっ!?」
「ちょっ…!」
因縁を確かめるような呼びかけの終わりすら待たずに液体が浴びせられる。
覆ってくる酒のような香りにクロウはむっとしながらも顔を守る。
「簡単な消毒だ…。ここに汚れを持ち込んでは困る」
「あなたが連れて来たのでしょう……!?」
「それが指示を出した人物のことなら、たしかに私が連れて来たことになる」
明らかな拉致にも関わらずけろりとした態度、なるほどこれが黒幕かと二人は睨み付ける。
護衛を2人付けた黒幕は背丈はあるが痩身で猫背、クマも浮かんでいて白衣を着る割に不養生な男であることは明らかだ。
「他人事のように……僕らをどうする気だ」
「こちらこそ勝手に入るなと言い付けたい。不法侵入者は拘束して事情を聴かねば……」
「中央院は悩みを抱える人々のためにある。それをあなた一人が支配して!」
「支配、私が今はこの都市を運営している…即ち都市元首だ。確かに見ようによっては支配とも言えるが私物化のように罵るのはやめてほしい」
リーヴの力強い糾弾にも淡々と心無き答えを返すアークという姿は、いきなり液体をブッかけるという無法さと合わさり、二人共ムキになりそうな頭を抱えた。
「目的は何だ」
「こちらから質問する。何故ここへ侵入した」
「自分のことしか考えてないのか!」
「君達ほどではない。忙しいんだから早く答えてくれ」
「何なのこの人!?」
話が通じない、同じヒトかと疑問を持ってしまいそうなほどのすました態度にクロウは驚きを隠せずについ嘆きの声を上げる。
「しょ、正直…私も彼がここまでとは……」
「もういいや。洗脳したバスターを解放しろ、そしてここを明け渡して都市元首の座を降りろ」
呆れたクロウは率直に目的をぶつける。
どうせもう捕まってるのだからと投げやり気味である。
「なぜそんなことをしなければならないのだ!これこそが私の、いやそれに留まらない究極のかたちだというのに!分からないか!?」
嫌だと抵抗するのだろうと思っていた。
だがアーク・ミンツは彼女らの想定よりも飛躍した価値観を持っていた。
「わ、分からない!!」
クロウは彼が放つ異様な雰囲気にたじろぎながらも言い返す。その後に続く言葉が無くてもまずは威勢を張るという戦略を採った。
「人々に確かな役割を、目的を与え!その達成が齎す循環という不変の社会回路に殉じさせる…これこそが民衆の至るべき幸福!」
「何を……言ってるんだ……?」
彼はただ主張し続ける。自らの至った考えを。
それはまるで過去の努力が否定されたかのような捲し立てであり、同時に、努力の否定が行われても仕方のない非常に独善的な内容でもあった。
「そのための洗脳…?あなたは、あなたは!!」
「中央院内での実践データは揃った……後はバスターの集まりの管理という役割を持つ組合長リーヴ、貴女を含めた全てのフシュケイディアの民に施行するだけとなる」
「それがお前の目的か!ぐっ……」
動けないなりに抵抗しようとするが、控えていたバスターに取り押さえられる。
直後バスターの一人から青い波のようなものが放たれると、クロウは身体の力が抜けるのを感じた。
所謂デバフ、攻撃力の低下といったところだろう。
そんな反抗的態度を目の当たりにしようがものともしないアークは、落ち着いてこう告げる。
「そんなことはどうでもいい」
「はぁ?」
「バスターをはじめとする新人類の研究に都市元首の立場が必要だっただけだ」
「……研、究」
「元首になったからにはよき統治も行わなければ。しかし目的へ至るための新たな目的の努力、否定されては憤るしかない」
二人が思わず非難したマニフェストは企みの序の口、手段に過ぎなかった。
それを思い至るのは当たり前であるかのようにサラッと吐露され、この人生を過度に投げやったような男に一般的倫理観は無いという確信が、この男を指導者にした社会への恐ろしさという印象に移行してしまいそうになる。
(ここまで喋るということは、話したくて仕方なかったのでしょうか……)
リーヴはグルグルした感情にどうにかと指向性を取り戻し、彼の目的を聞き出そうとする。
「ではその真の目的とはなんでしょう?」「おわっ顔何」
リーヴの苦虫を嚙み潰したような酷い表情になんら特別な反応を示さないアークは冷静に答える。
おぶざでっど




