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第24話「導きのあしあと」 Part4

「あっしは世界がこうなる前ナビキャラとかいうやつだった。今思えばあの頃は文句言われてもおかしくねぇって調子だったけど……」


 リリーは言った通り、先の魔獣をウインドウから取り出した剣で解体している。勿論作業しながらも話は聞いており、真面目な返事を芋煮子に送った。


「そんなこと納得しちゃダメ。今の自分の方がいいって思っていても、過去の姿も自分だもん」

「リリー……」

「全部受け入れろってわけじゃないけど、自分のことは大切にしないとね」


 説教じみたような言い方ではあるものの、彼女の持論はロジックでも正しさの押し付けでもない率直な感覚で構成されている。故に誰よりも自由奔放で、そして誰よりもやさしく浸透していく。


「変なトコで突っかかっちゃったね。それで?」

「あ、ああ。あの頃のあっしはなんつぅか…守銭奴?ってもんだったみたいで…(カネ)のためなら色々やるって感じだった」

「そうは見えないけどなぁ」

「まー今はね。でもあっしが持たされた役割にはプレイヤーへの売り物や“がしゃ”ってクジ引きみたいな商品もあって……仮にも商人として任された仕事だから誇りはあったかな」

「へぇ、いいじゃん」


 芋煮子の過去がより詳細に語られると、悪い思い出というわけでもなかったことを知ったリリーはそれを肯定する。


「でも今の世界になってからそれがプレイヤーの方々の納得のいかない値段やクジの結果だったことをよく言われたんだ。任された仕事、やりきったと思った成果。それを全部コテンパンにされたみたいだった」

「……」


 リリーは敢えて何も言わない。

 リリーは自由である。自由であるからこそ、いつどう言われれば嫌になるかを分かっている。

 まずは相手に全て吐かせる。それこそ“自由”に。

 しがらみを振り払う技法の一つを彼女は意識せず実行していた。


「セレマに行った時はさ、父上があっしを信じて連れてってくれて嬉しかったよ。だけどあっしのことを知らないはずのセレマでもプレイヤーの話を聴いてた皆はあっしに、酷いことを……」


 ジーディス大陸はアルキテクとシパンガに限って高いテクノロジーを保持している。しかしだからと言って情報が都市間を行き交うことは無かった。

 その例外となるのが大変革前のプレイヤーらの会話、それと大変革後に残ったウインドウのメッセージ機能だった。

 元からプレイヤーの意志だけは技術水準の壁をすり抜けて飛び交うものであったのだ。

 その煽りを受けた、いやプレイヤーの意志を継承しようとするPCから能動的に浴びせられたのが各都市のナビキャラということである。

 その辛さを思い出して静かに泣き始めた芋煮子は続ける。


「それを見かねた父上が気を遣ってくれたんだろうなぁ……こうやって1人で帰る手配をしてくれて。あっしは平気よ!……って…言うほどヘコんじまってさぁ……はは、笑えるだろ?」


 語っていて次第に元気をなくす芋煮子にリリーは一言だけ答えた。


「笑うわけない」


 芋煮子は一瞬だけ呆然とした。リリーが嗤うことを期待して、それを裏切られたかのように。

 その静寂の間にリリーは芋煮子の方へと振り返って思いの丈をぶち撒ける。


「悪いことは悪い!芋煮子は何にも悪くない!」

「リ、リリー…?」

「なんなのソイツら!?世界なんてあたしらごと変わってるのに大昔のことでネチネチって!しかもソレもしかして他の都市の情報を吸ってまで?もう最悪じゃん!!」


 嗤わずに怒ってくれた上に芋煮子を責めないどころか守ろうとする直情的なリリーに被害者は驚きを隠せない。


「芋煮子?そんなことする奴がいたらあたしに教えて。すぐにブッ飛ばしに行くから」

「リリー……」

「そしたらこれからいい思い出沢山作って、そういうの全部塗り潰そう!」


 リリーはそう言って魔獣の解体を再開し……いや、もう面倒だと言わんばかりに魔法で焼却する。彼女の持つ二丁の連装銃口式拳銃を通した特大のマジックスキルで。


「今はあたし達の時代なんだから!」


 セレマを覆う曇り空はシパンガへの途上であるこの場所までは届いていない。

 晴れた空は道行く者を祝福し、続く先を、“案内人(ガイド)”を照らし出す。


「ま、あたしもその“PC”なんだけどね……」

「解ってるから」


 申し訳なさそうにするリリーだが、芋煮子にとってはもう大した問題ではない。


「リリーはそういう奴らとは違うって」

「……へへっ」


 リリーは、素直に笑んでみせた。


「あっヤバい!?美味しい所も全部燃やしちゃった!!」

「うえっ!?まじか!?」



 異世界を、特に異世界への転生(または召喚)を描く物語とは自らの欲望を書き溜めたものだと評されることがある。

 それは異性に囲まれることであったり、本来の力を認めてもらうことであったり、その力を自分が持っていると願うことであったり。そしてそれらは言うなれば、ひとつの救いを此処ではない何処かへと求めた結果と言い変えることもできるだろう。

 しかしその“救い”に至るまでには“救われたい”と思う何かがあったことは想像に難くない。もし本当にそれらの物語が欲望や救難信号として形作られたものならば、その本分へ至るまでの導入と呼べるべきものが並行して存在していると言えよう。


「……さて、こっからはあたしの後ろに乗りな」

「いいのかい!?こんな…立派な」

「むしろ乗らないとだよ!ここにあるのは馬がいない馬車だもん」


 そして、読者がそういった物語を好み、共感するということは同じような救難要請を内に秘めているのではないか。

 その物語の意識に通ずる願望を無意識の内に嚙み合わせ、求めた精神を見出す。


「アニキ!そっちはいーい?……よっし!」


 実のところ芋煮子も微かに考えてはいた。

 大変革の前を前世と捉え、本当の気持ちに従って生きる大変革後の今世(いま)

 その前世と今世を件の小説の主人公のようなこの世界への転生と捉え、自分を特別と扱う。そうすることで他者からの攻撃による被害と気に入らない前世を紛らわせることができるのだ。


「なぁリリー」

「ん?」


 ただし、リリーの存在によりその憂鬱な精神は砕けて再び元の精神を取り戻すこととなった。

 ならば役目を終えた物語はそれで終わりなのか。この世界のどこかに存在する作者に傷を舐めてもらうためだけに物語は使われるのか。


「着いたら読んでほしい本があるんだ」

「へぇ、芋煮子が言うんなら面白いもんなんだろうね」

「もっちろん!今思い出してもお気に入りさ!」


 いや、物語は道具である以前に物語なのだ。都合よく振り回される傀儡ではない。

 共感をもたらし言葉どころか武器にまでされてしまうことはあれど、本質は決してそこに無い。


「リリーもきっと気に入るよ!」


 面白ければそれでいいのだ。




「……」

「どう?“プレイヤー”って噂のヒトシ(サマ)


 小さな魔女の不感情ながらも皮肉るような呼び方が、都市の脳となった男にかけられる。

 男はそんなことなど気にせずに、差し出された書物を投げ捨てた。


「“プレイヤー”はこんなものは読まない」


 それが大人ぶって行う娯楽物の焚書か、流行物への逆張りだったかは誰にも読み取れない。

 ならその心はといえば、彼が既に“ヒトシ”であることを捨て切りヒトシ・カリヤ……いや、それですらない「いちプレイヤー」となる為に感情らしきものを粗方殺してしまった虚無の中にある。


「…自称プレイヤーだから、目障り?」

「俺がプレイヤーだからだ」

「意味不明」

「そうか?」


 だがプレイヤーを演じようとしているからといって、周囲からそれを理解されることは無い。


「でもレアだな、セレナの方から来てくれるなんて」

「別に。大量解任って果断を下した、とんでもない元首サマを見てみたかっただけ」


 結局のところ独り善がりであり、その行動の多くはもはや奇行としか見られていない。

 セレナからも常識を疑う心が半分、珍獣の見物目的も半分と散々な扱いである。


「彼らは足手まといだ。無能は積極的に切っていかなければならない」


 ヒトシが行った盛大な足切りはウインドウに付属する、味方や過去に戦った敵の能力を数値化して表示する機能を指標にして行われていた。

 無能と見下す証拠を見せるようにそれを展開するが、ウインドウは多少の移動は出来ても前後を反転したり相手の方へ送ることができないため、軽いジェスチャーで見に来るように促す。


「それで分かるの?政治の適正」


 セレナはそれに従わず、率直な疑問を挙げた。


「ステータスが低い。この理由じゃ駄目だと言うのか?」


 ヒトシの答えは乱暴でしかない。

 まるでこれ以外の何も見えていないかのような恐ろしく単純な理由。


「雑魚でも、使い道はある。よかったの?」

「例えばどんなだい?せいぜい弾除けにしかならないだろう」


 根本的に噛み合わない会話に深く溜息を吐き、セレナはこの場を一度立ち去ることに決めた。

 都市元首である以前に自分が入った集まりのリーダー的存在でもある男は、自称通りの“別の世界の住人”になってしまっている。


「……私も、クビにならないよう努力する。精々…ね」


 そんな形だけの愛想を笑顔の一つなく置いて帰る。

 リーダーのことを奇妙に思うことはあれど、彼女にとって重要なこととは政治の話でも他人の災難でもないのだ。


「……」


 一人残ったヒトシは机の上、都市庁職員やバスターの名前や一部の法律、そして簡単な世界地図が描かれた紙に向き直る。

 するとつい、先ほど投げ捨てた書物に目が行った。


「この世界は、俺が操作する」


 その本を読んだことの無い彼は当然、内容を知らない。

 ただ、流行はこの中央街ウィートルにも届いている。大まかな概要だけは伝わっているのだ。


 彼自身の心は虚空へ消えた。しかしそれでも思うところが無いわけではない。

 小さな炎を放り投げると、別の持ち主を持つはずの本は石造りの床を残してただの灰となる。

 しかし炎は潰えない。敷かれた絨毯に燃え移ったことでヒトシのもとへとじわじわ迫り来る。

 ヒトシはそれに何ら焦るようなことも無くただ面倒そうに魔法の水で消し去ると、机に向かい直りもう一度独り言ちる。


「ゲームの完全クリア……それこそがプレイヤーの最終目的だ」


 誰かが“イカした”やつだと評した主人公が生きる物語。その反逆を水泡で挫いた彼の空虚な傲慢は、この時一つの頂点に達した。

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