最終話:彼女を飾るすべての輝きが失われた話
草深奈緒は、かつて「女性の7つの幸せ」をすべて持つ女性だった。
結婚し、愛される夫がいた。可愛い子どもも生まれ、美貌と健康な体に恵まれ、やりがいのある仕事を持ち、経済的に安定し、信頼できる友人たちに囲まれ、平穏なマイホームで家族とともに過ごしていた。奈緒の生活はまさに理想そのものであり、周囲からも羨望の眼差しを向けられていた。
しかし、奈緒の幸せは、ある日を境に次第に崩れ去っていった。
夫との関係は破綻し、離婚を余儀なくされた。
親権を争う裁判の末、子どもも手放すことになった。
友人たちもいつしか離れていき、職場ではトラブルの末に退職することとなった。
マイホームは売却し、経済的な支えを失った。
さらに奈緒は、自分を支えていた「美貌」さえも手放した。化粧や身だしなみに気を遣う余裕はなくなり、鏡を見ることさえ億劫になった。
奈緒は、かつて持っていた「女性の7つの幸せ」をすべて失ってしまった。
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すべてを失った奈緒は、それでも困窮していなかった。
女性相談センターに身を寄せ、新たな生活を始めたのだ。彼女はセンターの相談員見習いとして働き始め、同じように困難な状況に置かれた女性たちの相談を受ける日々を送っていた。
奈緒が目にするのは、暴力や差別、貧困に苦しむ女性たちの現実だった。
彼女たちの話を聞き、寄り添い、手を差し伸べるたびに、奈緒の心には使命感が芽生えた。
「私はこれまで自分の幸せだけを守ることに必死だった。でも、今度は私が誰かを救う番だ」
そう考えると、奈緒の心は自然と軽くなった。かつてのような煌びやかさはなくとも、奈緒は新たな充実感と生きがいを感じていた。
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かつて奈緒は、家庭や職場、友人関係の中で多くの責任と期待を背負っていた。家事や育児に追われ、仕事では結果を求められ、友人たちとの付き合いにも気を遣う日々だった。
しかし、今の奈緒にはそれらのしがらみがなかった。
「すべてを失った代わりに、私は自由を手に入れたのかもしれない」
思考や行動が制限されることなく、奈緒は本当にやりたいことに集中できるようになった。それは、困っている女性たちを助けることだった。心の底からその活動に没頭できるようになった奈緒は、自由に生きる喜びを感じていた。
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奈緒は、自分が支援する女性たちを心から愛していた。
彼女たちの笑顔や感謝の言葉が、奈緒にとっての大きな励みだった。相手の幸せに寄与することで、自分自身が幸せを感じられる――そんな感覚を、奈緒は初めて知った。
「こんなにも人を愛することが、こんなにも自分を満たしてくれるなんて」
奈緒は、かつての「愛される幸せ」ではなく、「愛する幸せ」を見つけ出していた。
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奈緒が働く女性相談センターには、多くの仲間がいた。
同じ目標を共有し、困っている女性たちを支えるために尽力する仲間たちとの深い絆は、奈緒にとって大きな支えとなった。
また、相談に訪れる女性たちとも、奈緒は温かいつながりを築いた。彼女たちが少しずつ元気を取り戻していく姿を見るたびに、奈緒は自分の存在意義を実感した。
「私は一人じゃない。ここには、私と同じように頑張っている人たちがいる」
奈緒は、かつて友人を失った寂しさを、この新しいコミュニティとの絆で埋めることができた。
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奈緒は、かつて自分が持っていた「幸せ」を失ったにもかかわらず、今はむしろ以前よりも幸せだと感じている自分に驚いていた。
女性の7つの幸せをすべて失った今、どうして自分はこんなにも満たされているのだろうか。
ある日、奈緒は実家に訪問してくれて以来、ずっと自分を指導してくれている相談員にその疑問を投げかけた。
「私はすべてを失ったはずなのに、どうしてこんなにも幸せを感じているのでしょう?」
相談員は優しく微笑みながら答えた。
「奈緒さんが今感じているのは、自己実現、自由、愛すること、心の平穏、生きる目的、つながり、感謝、そして学びと成長――性別に関係なく、人間が本質的に幸せであるための条件よ」
奈緒がかつて持っていた「幸せ」は、周囲から見て「幸せそうに見える幸せ」だった。
それは奈緒自身を飾るものであり、煌びやかに輝いていたかもしれない。
しかし、輝いていたのは飾りであって、奈緒自身が輝いていたわけではなかったのだ。
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「そして、それらの飾りを脱ぎ捨てることで、奈緒さんはやっと自分自身を輝かせることができたのよ」
相談員の言葉に奈緒は思わず涙を流した。
「恵まれた環境で育ったのに、そんな簡単なことに気づくのに、どうしてこんなに時間がかかってしまったのでしょう……」
相談員は優しく微笑みながら答えた。
「それは奈緒さんが、恵まれすぎていたからよ。でも、今気づけたのなら、それで十分じゃない?」
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草深奈緒は、かつて持っていた「幸せ」をすべて失った。
しかし、今の奈緒は、自分の存在意義を見出し、本当にやりたいことに全力で向き合い、日々充実した生活を送っていた。
奈緒の人生は、かつての「飾られた幸せ」から、本当に輝く「自分自身の幸せ」へと生まれ変わっていた。
「私は、これからも私自身の光で輝いていこう」
奈緒は心の中でそう誓い、未来へと歩み出した。
(おしまい)




