表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

第二話:娘がスナック菓子を食べた話

草深奈緒は、かつて「女性の7つの幸せ」をすべて手に入れた完璧な女性だった。

愛する夫、可愛い子ども、美しい容姿、やりがいのある仕事、経済的な安定、信頼できる友人、そして落ち着いたマイホーム。周囲からは「理想の女性」と羨望の目で見られ、奈緒自身もその評価を受け入れていた。


しかし、痴漢騒動をきっかけに夫と離婚することになり、奈緒の「7つの幸せ」は一つ減った。それでも彼女にはまだ6つの幸せが残されており、自分が大きく傷ついたとは思っていなかった。むしろ夫を失ったことで、周囲の男性からの関心が増し、自分の魅力を再確認することもできた。独身男性だけでなく、既婚者でさえ奈緒に関心を示し始めた。特に、同世代の友人たちの夫たちが妙に奈緒に親しげな態度を見せるようになったのだ。


奈緒はそれを無意識のうちに「自分の価値の証」と捉えていた。だが、その影響でママ友たちとの関係が微妙なものになりつつあることには気づいていなかった。彼女たちは表向きは奈緒に親しげに接しながらも、内心では距離を置き始めていた。


********************


ある休日、奈緒はママ友たちと子どもを連れて公園へ遊びに行った。

奈緒の5歳になる娘も元気に走り回り、楽しそうな笑顔を見せていた。青空の下、子どもたちが遊ぶ姿を眺めながら、おしゃべりに花を咲かせるママ友たち。奈緒も、こうしたひとときが大切だと感じていた。


そのとき、奈緒のスマホが鳴った。

表示されたのは、養育費の裁判を担当する弁護士からの電話だった。奈緒は「すぐ戻るから」と娘をママ友たちに預け、少し離れた場所で電話を受けた。


電話を終え、ベンチに戻った奈緒が目にしたのは、娘がスナック菓子を嬉しそうに頬張っている姿だった。

「何をしているの!」

奈緒は娘からスナック菓子を取り上げると、驚いた顔をしているママ友たちを睨みつけた。


「うちの子にスナック菓子なんて与えないでって、前に言いましたよね!」


奈緒の声は冷たく響いた。ママ友の一人が、困惑した様子で答えた。

「ごめんね。でも、たまたま持ってきたお菓子を他の子たちと分けただけで……」


奈緒の目は怒りに満ちていた。

「少しだからって、それで済む問題じゃありません!スナック菓子が子どもにどれだけ有害か、ちゃんと理解していますか?」


その言葉と同時に、奈緒は早口で講釈を始めた。

砂糖の過剰摂取が虫歯や肥満の原因になること、高カロリーが成長期の子どもに与える悪影響、そして塩分過多が将来的な高血圧や糖尿病リスクを高めること――奈緒はインターネットで得た知識を一気にまくし立てた。


ママ友たちは明らかに引き気味だったが、一人が小さく反論した。

「でも、うちの子はスナック菓子を食べても普通に元気だし、特に問題ないわよ?」


その言葉に、奈緒の怒りはさらに燃え上がった。

「あなたのところは男の子だからいいけど、うちは女の子なの!将来、子どもが産めない身体になったり、生まれてくる子どもに悪影響が出たら、どう責任を取るつもりですか?」


その場の空気は一瞬にして凍りついた。

ママ友たちは口を閉ざし、奈緒は娘の手を引いてその場を去った。


********************


その日以来、奈緒の周りの空気は明らかに変わった。

もともと、奈緒の率直すぎる物言いに戸惑うことが多かったママ友たちだったが、この一件が決定打となった。特に、奈緒と喧嘩別れしたママ友は交友関係が広く、奈緒の悪評を広めるのに躊躇しなかった。


「草深さんって、あんなに完璧そうに見えるけど、実は人の意見を全然聞かないのよね」

「ちょっとしたことでも大げさに騒ぐから、一緒にいると疲れるわ」


奈緒の耳にも、そうした陰口が届くようになった。そして気づけば、これまで親しく話せていた友人たちも、次第に奈緒から離れていった。


********************


その夜、奈緒はリビングのソファで一人考え込んでいた。

「女性の7つの幸せ」のうち、夫との結婚生活を失い、さらに「友人」という大きな支えまで失った自分。それでも奈緒は、自分の選択を正しいと思いたかった。娘の健康を守るため、間違ったことはしていないのだ、と自分に言い聞かせていた。


だが、その言葉がどこか空虚に響くことに、奈緒自身も気づいていた。

スマホに映るSNSのタイムラインを眺めながら、奈緒は深いため息をついた。そこには多くの「正義」が叫ばれていたが、どれも奈緒の心を満たすものではなかった。


「幸せって、何だったんだろう……?」


ふと目を閉じた奈緒の頭に浮かんだのは、夫と過ごした穏やかな日々や、ママ友たちと笑い合ったひとときだった。あの頃の自分は、今よりもずっと幸せだったのではないか――そんな思いが心をよぎった。


だが、奈緒は首を振り、その考えを打ち消した。

「私は正しいことをしている。娘のために、これが一番なんだ」


そう自分に言い聞かせながら、奈緒はまたSNSの画面に目を戻した。そこには数え切れないほどの「正義」の声が並んでいた。だが、それを見つめる奈緒の心は、ますます孤独になっていくようだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ