運び屋クロス
「運送の仕事っていうと、所謂運び屋的なものですよね?」
フィオナの提案を聞いたクロスは首を傾げる。
「そうですね。想定される仕事としては、他の冒険者さんが仕事に行く時の道中の送迎。冒険者さんが収集した物資の輸送。又は旅商人さん等の護衛等があります」
確かにクローラーを活用すればフィオナの言う仕事の需要はあるだろうし、安定して稼げそうだ。
しかし、クロスとしてはいまいちしっくりこない。
「う〜ん・・・ただ、そうなると冒険者としての立場というか・・・。運び屋って冒険者の仕事ですかね?」
「?・・・ギルドに依頼が出されて、冒険者の方々が依頼を受ければ、それはもう冒険者の仕事ですよ」
首を傾げるフィオナと思案するクロス。
確かにクローラーの性能を考えればフィオナの言うような仕事で効率よく安定して稼ぐことができるだろう。
ただ、それだと駅馬車や運送を生業としている者と然程変わりない。
何やら小難しい表情を浮かべているクロスを見てフィオナは悟った。
「そんなに難しい話ではないと思います。例えば、クロスさんがよく行く水神の迷宮や月の湖方面への運送ならば、クロスさんが自分の用件で向かう時に同じ方面に行くのについでに乗っていく冒険者さんを募るとか。或いは、ある程度距離がある場所への運送や護衛でも、あくまでも契約となりますので、クロスさんが受けるかどうかはクロスさんの判断になりますし」
そうは言ってもクロスは指名依頼を出されると余程のことがなければ断ることはない。
フィオナはそれを理解した上で、それでもクロスに新たな道を提案している。
クローラーを使用しての運送や護衛ならソロ冒険者のクロスでも比較的低いリスクで効率良く仕事をこなせると考えたからだ。
フィオナの勧めを聞いたクロスは頷いた。
「分かりました。とりあえずやれる範囲でやってみます」
クロスの返答に表情を明るくした(実際には笑顔も浮かべず、普段どおりの表情だが)ように見えるフィオナ。
「分かりました。よろしくお願いします」
「ところで、運送の仕事に手を広げるとなると、登録している冒険者職を変更する必要がありますか?例えば運送屋とか、運び屋とか・・・」
どうでもいいことを心配するクロス。
「変えたければ変更しても構いませんが、今の銃士のままでも何も問題はありません」
「・・・なら今のままにします」
こうしてクロスは新たに運び屋としての仕事に手を広げることになった。
フィオナの勧めで運び屋としての仕事を受け始めたクロス。
クロスのクローラーに興味を示していた冒険者もいざ仕事を頼むとなると躊躇いがあるようで、フィオナの言ったようなクロスが水神の迷宮等に行く時についでに乗っていくということで様子を見る者が殆どだ。
それでも、クロスが決めた料金が水神の迷宮までの片道約1刻で1人3百レトと比較的安価(クロスにしてみればボロ儲け)だったこともあり、徐々に冒険者の間に運び屋クロスの仕事が広まりつつあった。
因みに、クロスが設定した基本料金は、クロスが水神の迷宮に行く際に便乗する場合の片道分ならば1人3百レトだが、帰りの分までは含まれていない、あくまでも片道分の料金だ。
水神の迷宮に到着した後はクロスは自分のペースで仕事をして都市に帰るので、基本的に乗せてきた冒険者を待つことはしない。
仮に帰りも同じタイミングだった場合には、復路も1人3百レトで引き受けるが、冒険者の要望により迷宮から戻るのを待つ場合には割増料金が発生する。
また、日数を要する、ある程度遠方の場所へ赴く場合には、運送でも護衛でも、人数に限らず1日当たり2千レトを基本料金とし、その依頼の危険度等により追加料金が発生するか、割引をするのかは応相談ということにしておく。
基本料金設定はフィオナの助言を基に決めたのだが、高過ぎず、安過ぎずの絶妙な設定のためか、依頼が殺到することも、逆に全く無いということもない、程よい加減であった。
冒険者の仕事は依頼を受けても割の良い仕事ばかりではなく、目的地への往復の際に素材等を採取し、それを売却することも重要な稼ぎになるため、移動をクロスにばかり頼るというわけにはいかないのである。
それでも、運び屋を始めて1ヶ月もする頃には仕事も軌道に乗ってきたのだった。
そんなある日、その知らせは急報として水の都市にもたらされた。
水の都市から北東に1日程歩いた先にある町が魔物の群れに襲われているということだ。
伝令のため、命からがらに駆けてきた若者の話によれば、何者かに率いられたオークの群れが町に押し寄せてきたということだ。
幸いにして訓練を兼ねて付近を巡回していた水の都市所属の衛士隊1個小隊20名が駆け付け、さらにたまたま町に滞在していた冒険者パーティーが町の守りにつき、町の自警団の若者達との連携により最初の襲撃を退けはしたが、未だに町の危機は去っておらず、一刻も早い応援が必要だという。
水の都市に駐留する衛士隊は1個中隊60名と、集団警備力に特化した特別機動隊1個小隊20名。
しかし、都市の治安維持を疎かにはできないので、派遣できるのは特別機動隊1個小隊20名のみ。
特別機動隊は緊急展開用に配備されている3台の馬車で直ちに応援に向かうことになったが、それだけでは足りないということで、冒険者ギルドにも水の都市の行政事務所から冒険者派遣の依頼が出される事態となった。
「・・・というわけで、クロスさん、お願いできませんか?」
まず最初に白羽の矢が立ったのはクロスだ。
クローラーの機動力と輸送力を駆使して応援に向かう冒険者を町へと送る役割を担う。
先陣として2個パーティー8名程度を送り込み、必要に応じてピストン輸送で増援を送り込むということだ。
「分かりました。準備でき次第出発しましょう」
フィオナの要請を受けたクロスは頷いた。




