The story continues with Mob Boy, the Chaos Master, and the Golden Goddess of War.
Credit Cookie
戦士アンガスは光を見ていた。
この戦場で生きていた者で、ただ一人現し世にはない光を見ていた。
霧の中に、霧の向こうに、ぼんやりと形のない、しかし確かに光るそれを見ていた。
その正体はわからない。だがある確信を以てアンガスはその光を見つめていた。
それが自分を導こうとしているのだ。
そう確信して、幻の光を見つめた。
そんな戦士アンガスの様子を悲痛な表情で見つめていたのは部族の若き戦士だった。
若者だけではない。
生き延び、逃げ延びようとする部族の同志たちも同様の様子だった。
戦士アンガスは負った傷自体による体内組織の破壊とそれに伴う出血によって、ドス黒く変色していた。
ブツブツと定まらない焦点で呟く様子は、それを見守る誰にも最期の時を感じさせた。
自分たち部族、南部山岳氏族最強の戦士であり、『山塊に住む狩猟民族』の族長。
その男が、政敵を護るために深手を負い、そして結局はその政敵すら助けられずに、自身の命も尽きようとしている。
あまりにも無残な敗走が歴戦の戦士であるはずの男たちを打ちのめしていた。
だが、足を止める訳にはいかない。
一刻も早く、呪い師の下に運ばなければ、族長の命は本当に掻き消えてしまうことが分かっていたからだ(中央氏族において呪い師は医者を兼ねており、人によっては治癒魔術や治癒魔法まで使えた)。
なんとしても族長の命だけは救わなければならない。その思いは盟主アラールが討ち取られた後、その政敵であった戦士アンガスに次の部族同盟盟主の座が転がり込んでくるという理由ではない。そんなことはこの時この場にいた誰も微塵も思ってもいなかった。
彼らを打ち動かすのは、このまま族長アンガスの命が失われれば、それはこの偉大な戦士にとってあまりにも屈辱的な最期だと全員が思っていたからだ。
そしてそのことが部族の戦士、その多くの生命を救った。
盟主アラールが討たれ、混乱を起こしている本陣と、帝国軍一千を討ち取るために前がかりに張り付いていた同胞三千弱あまりを見捨て、一目散に後方へ撤退できたのは、南部山岳氏族の戦士たちの誰もが、自分達の族長の命を永らえさせるそのことで一致したからだ。
だから、戦における死が名誉である彼らが、こんなにも素早く組織だってそして部族同盟の軍の中で唯一撤退することができた理由だった。結果的に南部山岳氏族だけが一名を覗き全くの損害なく戦場を後にした。その事はこの後の中央氏族内つまり部族同盟の盟主アラールの跡目争いにおいて大きな意味を持ってくるだろう。
しかし、それも戦士アンガスが生き残ってこそだ。
革布で作ったタンカに族長アンガスを載せながら一目散に友好関係にある氏族の集落を目指す。今回参加した南部山岳氏族の中には傷の治療に関して知識を持つ者ももちろんいたが、戦士アンガスの受けた傷は薬や手当の類ではどうにもならないと判断された。戦士アンガスを助けるには呪い師の力。この世界固有の事象である魔力という奇跡に頼るしかなかった。いや、時間的な経過を考えればそれすら絶望的に思えた。
だが、族長アンガスの腹心である若者の戦士は違和感を感じていた。
ブツブツと意味不明な何かを呟く、族長アンガスの姿にではない。
そう言った錯乱反応は瀕死の状態ではよくあることだ。
それは戦士アンガスがこれほどの深手を負いながら、その意識が妙に鮮明なことだ。
いやブツブツとつぶやき視点の定まらない姿は意識がはっきりとしている、というのは当てはまらないかもしれない。
だが若者の戦士は、族長が『生きていることに確信を持っている』そんな違和感を感じていた。
それは『誰が』という主語のない説明できない違和感だった。強いて言えば何かオカルティックな力が働いている、そんな様子を感じていた。
だから若者の戦士は、南部山岳氏族二百名の撤退行軍を率いながら、族長アンガスの手が自分の腕を掴んだ時に直ぐに反応できた。
そして意識の朧気なはずの族長アンガスの指が確かな意志を持って一点を指差した時に、すぐに若者は行軍の脚を止めさせた。
一刻も速く辿り着かねばならない筈の状況で、若者は何故か疑問もなく行軍を停止し、族長アンガスの指差した方を見た。
街道を外れた場所に馬車が、幌付きの荷馬車と、箱付きの旅馬車が横転しているのが見えた。
「……?」
若者の戦士は不思議に思った。
その馬車の様式は中央氏族では用いられないもので、明らかに帝国の馬車だった。
疑問の一つはなぜこんな部族同盟勢力圏の内部に帝国の馬車があるのか、という疑問。
もう一つは当然、なぜ族長アンガスはそれを指差したのか。いやそもそもそこに馬車があることを認識できたのか。
だが、若者の戦士はすぐに部族の者にその馬車を調べるように命じた。
さすがにこれには他の者から異論が出た。そんなことをしている時間などないだろうという最もな正論だ。
だが、若者の戦士がもう一度命じると、部族の者は納得できないという顔ながら動いてくれた。
この若者の戦士がその年齢に関係なく優れた指揮官であり、信頼を得ている指導者であることを物語っている。
十名ほどで捜索に当たり、しばらくしてそのうち箱馬車を調べていた三名が戻っていた。
そして、
「母親らしき女は死んでいた」
と告げた。そして探していたのはこれか、とばかりに『それ』を若者に突き出した。
若者の戦士はその質問には答えず、『母親らしき女』などというそれだけ聞けばおかしな言葉に質問を投げ返さなかった。『それ』を見ればなぜそう言ったのか明らかだったからだ。
若者の戦士は『それ』を受け取ると、黙って『それ』を族長アンガスに見せた。
若者の戦士はまさか『それ』が族長アンガスが求めていたものなのか疑問だったが、直後に理解した。
族長アンガスは、はっきりと微笑んだ。
『ソレ』にむかって、意識が殆どないにも関わらず、何か神の遣わしたものであるかのように、優しく、敬意を持った穏やかな顔で、残った一本の左手をそっと『それ』に伸ばした。
周りにいた部族の戦士たちは信じられない光景を見ていた。
若者の戦士でさえそうだ。
だから、
なぜ族長がここに馬車があることを知っていたのか?
なぜ族長はそこに『それ』がいることを知っていたのか?
なぜ族長は『それ』を今際の際に求めたのか?
そういった疑問を口にすることはなかった。
そういった疑問を口にする代わりにそこにいた全ての者が、『それ』を見つめた。
『それ』は蒼い瞳をしていた。
『それ』は金色の髪を持っていた。
先程まで泣いていた『それ』は、族長アンガスから差し出された血だらけの指先を見て、笑っていた。無邪気に、嬉しそうに、赤ん坊らしく。
『それ』はそう、赤ん坊だった。
何の変哲もない、普通にしか見えない赤ん坊だった。
ただし、『それ』は明らかに憎むべき帝国人の赤ん坊だった。
『それ』は笑っていた。
二百名の戦士たちが沈黙する中、赤ん坊の笑い声だけが、辺りに響いていた。




