21 夢物語
「早期引退ってまだ働かないこと考えてるわけ?」
「そうだなぁ、四十前くらいで嫁さんと一緒にどこか遠くで暮らすのもいいよな。嫁さんと一緒に」
「チラチラ見ないでくれる気持ちの悪い」
「がっくし。俺には親父ほどの武術の才能も、魔術の才能もないからさ。どこかで適当におさらばするよ。死なないうちにね」
「四天のビスマルクって魔法も使えるの?」
別に武人だからと言って魔術を使えないわけではないから、不思議ではない。神聖魔術と黒魔術を同時に会得するのだって理論上は可能だ。
だが、四天のビスマルクが魔術を使えるという話を、エリスは聞いたことがなかった。
「普通の黒魔術は使えないけどさ、魔力を武術に利用はできるらしい」
「魔力を武術に、ねぇ」
「エリスだってできるんだろ?」
「はい?」
エリスの本気のキョトン顔は可愛らしいが、そうとは言わずに言葉を続けるクィントス。
「昼間見せたその赤い魔法剣を青く光らせて、あの豹の魔獣の首を落としたのって黒魔術だろ?」
「ああ、あれね」
エリスは机の脇に立てかけておいた自身の愛剣を取り上げる。
朱いしつらえの鞘に収められたそれを掲げてみせる。
「あれはこの剣自体にかけられている付与効果。あの呪文はその力を引き出すためのモノで私自身はあれがどういう意味なのか理解はしてないわ」
「マジか」
「マヂです」
「そんなんで魔術が使えるんだな。あれってどういう効果なわけ?」
「あれは赤火の能力を最大限にしたのよ。いくつかパターンがあって距離が縮まれば縮まるほど高温の炎を呼び出せる。ゼロ距離だと炎じゃなくあんな感じで刃が熱くなるだけなんだけど、効果の程は見たとおりね」
「あれ? もしかしてそれって物凄い魔法剣なのか?」
「さあ? 知り合いが私のために打ってくれたものだから歴史的な遺物ってわけではないけど。市場での価値は知らないわね。私としては使えれば良いんだから」
「ふーん。俺でもあの呪文を唱えれば同じように炎を出せるわけ?」
ちょっと抜かせてみろとばかりに、クィントスが手を伸ばしてきたが、エリスは嫌よとばかりに、剣を後ろに引っ込めてしまった。
「とにかく、私自身は魔術が使えるわけじゃなくって、この剣を使う時だけ自分の魔力を利用しているのね」
「何度くらい使えるもんなんだい?」
「魔力がある限り使えるわよ」
「いや、そうじゃなくてエリスは一回の戦闘で何回くらい使えるんだ?」
「秘密」
「けち臭いな」
「失礼ね。切り札の情報なんだからタダじゃ教えないわよ」
「どうすれば教えてくれる?」
悪巧みを尋ねるような笑顔で身を乗り出し顔を寄せてきたクィントスを、エリスはシッシと手で追い払う。
「愛の無いセックスはしない主義なのお坊ちゃん」
「価値観の相違だな」
「なんだっていいわよ。飲み終わったのなら出ていって貰える金蔓」
「飲み終わった?」
クィントスは自分の持っていた麦酒瓶を振ってみせる。確かに空っぽになっていたことに頷く。
それから机の下に手を伸ばして、バンドルにしてある麦酒瓶のダースをドンと机の上に乗せた。
「夜も長いし、まだ七日もあるから俺がどれだけ愛に溢れた人間か知るには十分な時間があるさ」
その言葉にエリスは心底嫌そうにしながら、新しい麦酒瓶をバンドルの中から引き抜く。そしてクィントスに向かって、酒だけじゃなく何か食べ物もないのかと、気の利かない男だと悪態をつく。
クィントスはいそいそと天幕の外に、ツマミを調達するために出た。
そこでばったりと、警備をしていた斥候武官の男と出くわした。
クィントスの警護をしていたのだからばったりではないが、ニヤケ面の主人を見つけたのはまさにばったりと言う感じだ。
斥候武官の男の呆れ顔に、
「なんだよ!?」
とその表情の真意を問うクィントス。
「何をやってるんです?」
問に問で返された。
言い返そうとしたクィントスだったが、上手い文句が何も出てこなかったらしい。
何度も斥候武官の男に指を突きつけたが、その後の言葉が出てこなかったので、
「ウルセー!!」
と怒鳴って喰い物を求めて逃げるように立ち去っていった。
斥候武官の男はため息をつくと、手を掲げて指をクルクルと回すと影からクィントスの警護をしていた部下たちに合図を送る。そして自身はその場に留まっていた。
何をやっているんだか。
と、斥候武官の男は主人の行動に表情だけでなく、本当に呆れていた。
騙している相手と親しくなってどうするんだと思っていた。
情を移して、それでもその情を切れるほど冷徹な男でもあるまいに。
そのあたりは明確に四天のビスマルクよりもあの嫡子が劣っている部分だ。
そして、皆に愛されている部分でもある。
軍人としては矛盾した感情だと思うが、矛盾していなければそもそも軍人などというものは存在していない。
これより七日の後。
各々の思惑の通り、帝国護衛軍は異民族の軍勢、部族同盟の待ち伏せに遭遇することとなった。




