20 家督
「そりゃ、親父が面倒くさくて制度だからな」
「は?」
「だから元々後継者云々の話は、政治的な話だったわけ。貴族としちゃ当然の事案だけど、親父はさっき言ったとおり戦闘狂だから、面倒くさくて今の制度を作ったんだ。誰もなれなけりゃ後継者話なんてそれ以上進まないだろ?」
「聞けば聞くほどロクデナシじゃない」
「人類最強なんてものがまともな社会性を持ってるわけないだろ。それに後継者を早く決めろって言っている連中もほとんどが帝都の分家で、目的は親父の名声を利用したいってだけだから、どちらが悪いってわけでもない」
「君が真面目に出世して後継者になるならそんな問題も起こらなかったわけだ」
「無茶言うなよ。二十代で准将とか、俺には無理」
無理なことはないだろう。とエリスは思う。四天のビスマルクの嫡子という立場なら軍部でそれなりにやっていれば二十代かどうかは別にすれば准将くらいにはなれる。真面目に出世を望めばかなりの確率で准将にはなれるのではないか。などと軍隊経験のないエリスは思う。他の人間に対して最も有利な条件があるのはクィントスなのだ。先程述べた通り、将軍位への出世コースに最も必要なのは政治力。貴族としての力だ。千年国家において血統はその貴族として力の最たるもの。
「それにそりゃビスマルク家の問題であって、俺関係ねーもん」
「名字なんていったっけ?」
「別にビスマルク家がどうなろうと、世界は滅んだりしないよ。征夷大将軍を司るのがビスマルク家だろうがビスバツク家になろうが」
東方における武家の棟梁、征夷大将軍。
カール・ビスマルクの後を継ぐのが誰であっても同じことなのだ。
誰であれ、人類最強となれるわけがない。誰がなっても偽物の、劣化版ですらなれない。
帝国最高の英雄、四天のビスマルクの後継者などいないのだ。
現在准将以上のビスマルク家血縁者は四名いるのだという。
そのいずれも東方にはいない、帝都にいる分家の当主たちだ。
彼らは小隊長から積み上げていった者たちではなく、中央政界の中で政治のキャリアを積み上げたに過ぎない。
それでも彼ら四人は確かに四天のビスマルクの後を継ぎ、ビスマルク本家、征夷大将軍となることはできるだろう。
だが、その後彼らに待ち受けるのは、数十万の軍人の頂点である征夷大将軍。東方でそれを二百年間担ってきた、そして帝国最高の英雄の後任者を引き継がなければならない職責だ。
信頼がなければ、あるのは混乱だけだろう。
そもそも彼らが望んでいるのは中央政界において、英雄『四天のビスマルク』の名声もしくは帝国軍人最高位の大将軍の地位を利用したいからだ。
実際に東方で戦争をやりたいわけでもない。確かに征夷大将軍は名誉ではあるが、それは中央政界から遠く離れることも意味する。
カール・ビスマルクが打ち出した後継者制度は彼の思惑通り、効果を発揮した。つまり早く後継者を選べと言っていた連中が黙ったのだ。
彼らが望むのはカール・ビスマルクがおっ死んで、今回の後継者制度が該当者無しで有耶無耶になり、その後の『遺産争い』を含めた中でより多くのものを手に入れるだけだ。
カール・ビスマルクの年齢と、前線に立ち続ける彼の性質を考えれば分の良い賭けなのだろう。
もちろん、帝都の分家連中は自身の息のかかった、血の混ざった者を東方に放り込んで、正式なルートでの後継者とし、誰にも文句の言わせない後継者の、その後ろ盾になろうとする者もいる。ただそれは保険のようなものでしかなく、そのような者が自分たち以外の家から本当に現れないか監視するくらいの意味しかない。やはり一番はカール・ビスマルクが後継者を決めない内に死んでくれるのが良い。最悪なのはカール・ビスマルクの気が変わって、普通に嫡子であるクィントスが後継者に選ばれることだ。
四天のビスマルクが加齢により戦場に立てなくなり、なおかつそれまで生き残っていれば、普通にありえる可能性だ。それまでにカール・ビスマルクが死ぬか、
「君に死んでもらわないといけないわけだ?」
「ダハハ、まぁ、そういう感じさ」
エリスは少しクィントスがいい加減な理由が分った気がした。
もし『真面目に』軍人なんてやっていたら、暗殺の対象になっていただろう。エリスの見たところ、彼は四天のビスマルクほどには無敵の存在というわけではない。もちろん『本当に』いい加減な部分も大部分を占めるのだろう。だがエリスの調べたところではそれほど無能というわけではなかった。
エリスが盗賊ギルドに所属していたことを調べ上げたことがそのいい例だ。それにビスマルク公爵本家のコアな者たちの意見は
「やっぱり貴方が普通に出世して、大将軍の地位を継ぐのがお父様にとっても他のみんなにとっても一番丸く収まるんじゃないの?」
エリスの発言と同様のものなのだ。
どの程度クィントスに人望があるのかは調べただけではわからない。だが縁故よりも実利を選ぶ東方人が嫡子がそのまま後継者となることを望む程度にはあるようだ。
そして彼ら公爵家家人の後ろ盾と東方軍腹心の信頼があれば、たとえクィントスが四天のビスマルクの跡を継いだとしても混乱は少ないはずだ。
四天のビスマルクの後任だからといって、あの英雄のような個人の武力が必要なわけではない。
必要なのは数十万の東方軍を率いるだけの力だ。その力がなんであっても良く、その力はなんであっても結局はリーダーとしての人望ということなのだ。
だが、クィントスはそんな地位に興味も魅力もないらしい。
「少数だけど真面目に後継者レースをやってる弟や妹たちもいるしな。俺としては彼らが親父の後継者になるのが一番だと思ってるよ。俺は彼らがその位置に来たら精々助力して、落ち着いたらさっさと早期引退と洒落込むさ」
エリスは呆れたようにため息を吐いたが、内心はそれほど嫌いな考えではなかった。




