19 ビスマルク家
「君はどう?」
一応、こちらからも話題を振ってみる。エリスにしても、クィントスの生い立ちに興味が無いわけではなかった。
自分のように最下層に生まれたわけでもない。それどころかこの国最高の英雄。天下無双の武人の後継者として生まれた。
けれどそれはエリスの視点からは同じにしか見えない。自由がないことの強度で言えば、盗賊ギルドに所属していることよりもずっと酷い条件だと言える。
「どうって、まぁ、毎日適当に生きてる。働いている理由ももっと適当に生きたいからさ」
「お父様の後を継ぎたいと思ってる?」
「まさか」
クィントスは即答した。
「俺が四天のビスマルクみたいになってる未来が見えるかい?」
その言葉にエリスは吹き出した。麦酒を口に含んでいたら机の上が惨事になっていただろう。
かわりに喉をクルクルと震わせて手で口を抑える。クィントスはその様子に気分を害した様子もなく、口元に笑みを浮かべて、その口に麦酒を含んだ。
「四天のビスマルク、カール・ビスマルクって父親として、家庭人としてはどういう人なの?」
エリスの問に、クィントスは少し考え込んだが、
「ないね」
「ナイ?」
変な答えに、エリスは詳細を促す。
「家庭とか、父親とか、そういう面はまったく見せないというより、まったく存在しない人だよ」
「冷たい人間ってこと?」
「冷たいってより、そういう部分が無いんだよ」
「お父様のことは嫌い?」
「いや、特に?」
それは本当に『特に』なにも思っていないという風だ。
「確かに親父は一族内ではあんまり評判はよくないけど、俺は恵まれた環境に生まれたからね」
「評判よくないの?」
それは意外だった。東方軍と言えば、その団結力はよく知られている。天下無双としてのカリスマもあるだろうに。
「親父は家庭的な面もないっていうのは、それはつまり貴族としての生活にも興味ないってことだし。知ってる? 四天のビスマルクの血を引く者、つまり俺の弟妹って結構な数いるんだぜ?」
「そうなの?」
ストイックな武人という印象だった大将軍の心証がエリスの中で一段下がる。
「そう。親父にとってセックスなんて生理現象みたいなもんだからな。この東方には俺の兄弟たちが認知されてないだけで大量にいるよ。多分異民族の中にもね」
「その病気は受け継がれているわけだ」
「俺の何を知っているっていうんだ」
「調べたのよ。随分とシモの緩い生活をしているみたいじゃない」
「そりゃ、誤解だ。それは自由恋愛の結果……上手くいかなくって一晩で終わることが多いだけで、俺はいつだってこの恋が運命だと思って望んでいるんだよ。マジマジ」
とにかく、と話の流れを少々強引に四天のビスマルクへ軌道修正する。
「ちゃんとビスマルク公爵本家の長男として生まれた俺は兄弟の中じゃ恵まれているよ。普通の貴族みたいに長男だからって跡継ぎにならなくてもいいしさ」
そこはならなくていいというより、なれないことを嘆くのが貴族というものではないのか。エリスだって目の前の無精髭の青年が貴族だなんて忘れているというより微塵も感じていないが。
「跡継ぎって言えば、ビスマルク公爵家ってなんであんな変な後継者選びをしてるわけ?」
「あーあれね」
クィントスもそれだけで何を言いたいのかわかったのだろう。
東方ビスマルク公爵家の次期当主。つまり帝国最高の英雄四天のビスマルクの後継者選びはエリスの言うとおり、『変な』システムとなっている。
対象者はビスマルク家の血筋にあれば立場、身分、性別、種族に拘らない。
ただし、後継者となりたい者は軍人になること。
准将の位まで上がった者だけを正式な後継候補者と認める。
「でもこれって相当な無理難題よね?」
該当者が望めば無条件に東方軍小隊長の権限が授けられる。しかしその厚遇があっても、准将位まで成り上がるのはたとえ帝国唯一の戦場である東方武門の棟梁、ビスマルク公爵家と言えども簡単ではない。
准将位は帝国軍の上から四番目。最高位大将軍が現状ただ一人のための地位だと考えると通常最高位は中将。
その数は十数人。二つ下の准将位は数百人いる。
が、
将軍位ともなると単純な武功で成り上がるというより、政治力の結果。特に戦場のない帝都では実際には実戦経験のない将軍は珍しくもないし、武器に触ったことも、馬に乗ったこともない者すらいる。
そんな状況で帝国全体で准将位が数百人だと考えれば、その地位まで上り詰めたビスマルク血縁者以外は後継者候補と認めないというのはかなり非効率なのではないか。
「そりゃ、親父が面倒くさくて制度だからな」
「は?」