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Love And War  作者: 豆腐小僧
15/40

15 族長






「これは罠だな」


 ボソリと呟いた。


 ほの暗い、蝋燭の光だけの移動式住居ティピ。つまり大型のテント。

 その暗い空間に布織物でしつらえた玉座に寝そべる一人の男。


 長髪で、ザラついた黒髪を額の細組紐で揃えている。

 長身だが、肋骨が浮き出るほど細い。その体を地面に敷かれた玉座に横たえている一人の男。


 瞳はどんな獣にも劣らず、ギョロリと獰猛な色をたたえている。

 瞳はどんな獣にも見られない、ドロリと残忍さに満ちた色を浮かべている。


 その玉座に座っているのは王だ。


 部族同盟タイタルバンドニスの王。

 西部平原氏族コサクヒラハイクス、『平原に住む耕作民族コサクヒラハラ』の王。


 コサク族は大陸中央から見ると西部の平原に住む人類種の部族である。

 その名の通り中央氏族が暮らす地域には珍しい肥沃な耕作地を支配していた部族で、部族同盟タイタルバンドニス結成時から大きな力を持っていた。


 そして耕作民族である彼らは、帝国の『侵略』によって最も被害にさらされることになる部族でもある。


 そのコサク族の、族長の血筋として生まれたのが、今、眼前に、寝せべり、肘をついて、対面者に向けて残忍で、獰猛な、視線を向ける男だ。


 コサク族の族長。部族同盟タイタルバンドニスの盟主。

 アラール。


 コサク族のアラール。


 それが王となった男の名前だ。


 その盟主アラールに対面して硬い地面に、臣下として座るのは、静かな硬い男。


 南部山岳氏族グングセラタン、『山塊に住む狩猟民族グングセラ』の族長。

 今は部族同盟タイタルバンドニスの歴戦の戦士。

 左目の上から下に刀傷を走らせた、背の低い巌ような筋肉を纏った男。

 マンガス。


 グング族の族長。部族同盟タイタルバンドニスの戦士。

 グング族のマンガス。

 それが刀傷の男の名前だ。


 部族同盟タイタルバンドニスの盟主アラールを前に、戦士マンガスは座していた。


 この場にいる者はたった二人。この移動式住居ティピの外には、盟主のテントを警備する男たちが八人と、戦士マンガスの部下が一名いるが、中にいる人間は二人だけだ。


 給仕を行う階層の氏族民を入れれば四人。


 人という生物であれば七人の人間がいる。


 人という存在であれば盟主アラールと戦士マンガスの二人だった。


 召使である階層の氏族民は帝国で言えば奴隷であり、奴隷が人ではなく物であるのは帝国と同様の価値観だった。


 他の三人は最早生物と呼べるかどうかも疑わしい『調度品』となっていた。


 三人は『元』帝国民だった者たちだ。


 全身の皮を剥がされ晒されることまでは中央氏族が帝国民に対して『よくやること』だったが、口と目は縫い付けられ、四肢は切り落とされている。柱に首ごと鉄輪で括り付けられ、時々うめき声を発するのみ。あと数時間もすれば死を迎える『調度品』だった。


 だが、たった二人の男たちはそんな状況にも、普段とまったく表情を変えてはいない。

 盟主アラールは自ら行ったことであるから当然だが、二人の奴隷が、同じ氏族でありながらも恐れ慄いている中、戦士アンガスはまったく表情を消していた。


 同氏族であっても、誰もが恐れるアラールの灰色の視線を前にしても、マンガスはピクリともその表情を変えなかった。


 マンガスが視線をあげたのはその視線ではなく、言葉だった。


「罠?」


「そうだ。罠だ。戦士マンガス」


 盟主アラールは湿った声で、睨めつけるように答える。

 巌の如きマンガスは全くそれで視線を揺らがせはしないが。


 盟主アラールは、少しだけそんな戦士マンガスを楽しそうに眺め、言葉を続ける。


「東方軍の副首領、あの狐の、いつもどおりの幻術だろうよ」


 数日前。部族同盟タイタルバンドニスはある情報を手に入れた。

 『鉄鬼のビスマルク』の腹心。『思導者コーチ』マクゲンティ将軍が政府の重要人物の護衛行軍を行うとの情報だった。


 『思導者コーチ』などという大仰な二つ名を呼ぶ者は居らずとも、『ダーティフォックス』マクゲンティの名を知らない者は、文化を異にする彼ら中央氏人にもいない(彼らは自ら所属する最大政治単位を中央氏人つまり部族同盟タイタルバンドニスもしくは氏族名を使うのが一般的)。


 『鉄鬼のビスマルク』、帝国が言うところの『四天のビスマルク』は確かに、彼らにとっても最大の脅威ではある。

 古竜エルダードラゴンとの盟約、その証である『竜の恩恵』を持ち、特異飛竜を駆る竜騎士の戦闘能力は、東方軍にかぎらず、彼ら氏族民を含めても、人類最強であることは敵対する彼ら自身も認めている。


 残虐なる殺戮者だが、勇敢なる戦士であることを疑う者はいない。

 憎んではいるが、敬ってもいる。

 刀傷の男などはその最たる者だろう。


 ただ、人類最強などと言ったところで、それは個としての強さでしかない。

 そしてこの世界において、人類最強など大した価値もない。


 部族同盟タイタルバンドニスの盟主アラールが、その『鉄鬼のビスマルク』よりも危険視し、忌み嫌い、敵として大きく存在しているのが、軍師『フォックス』マクゲンティだ。


 盟主アラールが部族同盟タイタルバンドニスの戦い方に戦術の概念をもたらしたように、マクゲンティが侵略者たちに『狡猾さ』をもたらした。


 『狐』の毒が氏人を謀殺した数に比べれば、一個の武人の振るった刃など、そもそも比較対象にならないほどだ。


 戦士マンガスが自身の対面にそびえ立つ壁として『四天のビスマルク』を映しているのと同様に、盟主アラールが『フォックス』マクゲンティを見ているのは間違いがない。


「狐が千の侵略者たちとともに、西の平原を帝都の重要人物を護衛しながら進むのだそうだ」


 盟主アラールはつまらなそうに、だが、斬りつけるように吐き捨てる。


「千の侵略者。ふん、なるほど、狙いは私のようだ」


 盟主アラールは戦士アンガスに向かって言葉を発しているが、答えを求めているわけではない。だから戦士アンガスは黙っていた。


「千に対して、それを打ち取るだけの兵を起こせるのは部族同盟タイタルバンドニスでも私だけだからな」


 正規兵、傭兵などを合わせた東方軍の総兵力は十数万に達する。

 そのナンバー2である副将軍。少将のマクゲンティが運用できる兵数を考えれば千はかなり少ない。だが、隠密の護衛軍と考えれば不自然さはない。


 対する部族同盟タイタルバンドニスの総兵力は、帝国の基準なら非戦闘員と数えるべき者を含めたとしても、十万に達しはしない。


 盟主アラールが族長を務めるコサク族や戦士アンガスが族長を務めるグング族といった有力氏族であっても単独ではその兵数は千は有しない。


 奇襲をかけるとしても、平原での力押しで東方軍千を打ち取るには、250の氏族による軍事同盟である部族同盟タイタルバンドニスの、その盟主の権限で持って『軍』を起こすしかない。

 その指揮権を持っているのは盟主アラール以外にいない。


 今回の護衛軍が東方軍の罠だと考えるなら、それは盟主アラールの首を狙ったものだと、気がついていた。

 そもそも『諜報活動』などというもので、『物見』以上のものを運用しだしたのは盟主アラールが初めてだったから、囮の存在自体に気が付き、それに引っかかる可能性があるのもアラールだけなのだが。


 だから、盟主アラールは今回の情報を手に入れるとすぐに、戦士アンガスにある男とのコンタクトを命じた。それが今回、戦士アンガスがここに呼ばれた理由だった。

 帝国の下級百人隊長だというその男は、盟主アラールが東方軍の動向を知るために飼っているスパイだという。


 人間など所詮目先に吊るされた物事でしか反応はしない。


 盟主アラールは嘲りの笑いを浮かべてそう言った。






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