14 売国奴
「本当なのだろうな?」
「本当って?」
茶化すように、焦らすように帝国の男が、尋ね返したが、すぐに冗談だよと手を降って答えた。
「俺みたいな下っ端じゃ本当かどうかまでは分からねぇけど」
「ふざけるなよ貴様」
刀傷の男はドスの利いた声を発したが、男はまるで堪えた様子はなかった。
「その辺は自分で確かめなよ。あそこは隠れられるところはたった二箇所。そこにはあんた達の軍が伏せている。それ以外で隠れられるとしたら西側の森の後ろにある丘の場所だけだ。確認するのなんて簡単だろう?」
刀傷の男はしばらく帝国の男を睨んでいたが、やがて懐から取り出した小さな布袋を男の方に投げてよこす。ジャラリと音を立てたそれは帝国の男の手元に収まった。
「へへ、毎度あり」
帝国の男は中身を確認してから、嬉しそうにそれを懐に収めた。
そしてそれだけで男は用が済んだとさっさと立ち上がると、駆け出すように闇の中に消えていってしまった。
「クズめ」
男は侮蔑の言葉を誰もいなくなった空間に投げかける。
男は戦士だ。
生まれてからずっと。
男は部族同盟の一氏族の族長の家系に生まれ、彼もその地位を引き継いだ。
彼ら誇り高き氏族はもう何百年戦士として生きてきた。
部族同盟が生まれる前よりずっと以前から。
男はこれまで多くの帝国の戦士を殺してきた。
男はこれまで多くの氏族の戦士を殺されてきた。
それでも、彼は帝国を恨んではいなかった。
そういう考え方が珍しいのだとは、彼自身わかっていた。
だが、彼は戦士だ。
彼は戦士を殺すし、彼は戦士に殺される。
それでいい。
あとは、尊厳の問題だ。
彼は自分が戦士だと疑わない。
正々堂々、とはいえない。だがルールの範囲でなければならない。
仲間を金のために売り払う。
それは、彼の戦士としてのルールに反していた。
そんなものは戦士ではない。獣ですらない。単なる卑怯者だ。
だから、金のために東方軍の情報を売り払った、先程の男を刀傷の男は唾棄したのだ。
だが、それと同様、戦士には王が必要だ。
それも彼のルールだった。
一氏族の長として生まれたが、生まれたときにはすでに部族同盟の戦士だった彼は、今までずっと王の命令に従って命を奪ってきた。
つまり、戦士としての大義名分だ。
戦士は王の剣であって、剣が自我を持つことも許されない。
今までは、それで矛盾は生じなかった。
彼の戦士としての生き方に、部族同盟の長は答えてくれていたし、何より命を奪い合う相手はあの『鉄鬼のビスマルク』だった。
紛うことなく、純粋の戦士。
命を奪うことも、奪われることも、どちらにせよ相応しい相手だった。
刀傷の男はその左目に走った傷をそっと撫ぜる。
刀傷の男は『鉄鬼のビスマルク』と同じ時代を生きてきた。
殺そうとしても殺せない最恐の獲物。
力に力で答えてくれる最強の戦士。
自分が戦士として命を失うことになるのなら、それはあの『鬼』のような存在であってほしい。
刀傷の男は篝火を虚ろに眺めた。
だが、
だが、時代は変わってきた。
部族同盟に今の盟主が、王となってから。
盟主は、刀傷の男と同じある氏族の族長だった。
盟主には『預言者』と呼ばれる老婆たちの言に寄って選ばれる。
精霊の言葉に選ばれた盟主ということになっているが、実際のところは『政治』という奴だ。
そこに刀傷の男は不満はない。盟主になりたいわけではないからだ。
男は先代の盟主の時代から、ずっと戦士だった。
だが、今の盟主になってから、王の剣である戦士の有り様は少しずつ変わってきてしまっている。
今の盟主はそれを『兵法』と呼んだ。
なるほど、今の盟主の時代になって、部族同盟は最盛期を迎えようとしている。帝国軍に『鉄鬼のビスマルク』が現れ、先代の盟主が討ち取られてから、部族同盟の盟主の座についた男は、確かに彼ら異民族と蔑まれる者たちにとっての英雄だったろう。
現盟主が、部族同盟を『軍』としてまとめなければ、滅ぼされていたかもしれない。
けれど、それが何だというのだ。
生き延びる事と引き換えに、尊厳は失われようとしている。
騙し騙され、不意をうって、裏切る、それでいて単なる作業のように無味乾燥の『戦争』に。
彼の生きてきた世界は変貌しようとしている。
あの王によって。
そして、
戦士である男は、王の存在無くして、戦士ではいられない。
膿むほどの矛盾が心を淀ませる。
「あの男、どうします?」
彼の意識は篝火の闇夜に引き戻された。
闇夜から姿を現して、彼の意識を戻してくれたのは、彼の護衛を務めていた、彼の氏族の戦士だった。
「放っておけ」
刀傷の男は力なく、呟くように、そしてまた篝火を眺めた。
刀傷の男は部下が、自身の主人の心情を慮って先程の提言を行ったことを十分に理解していた。
もう十分に情報を引き出したのだから、もう用済みになったのだから、戦士としてあるまじき『裏切り』を行ったあの帝国の男の首を掻っ切ってきましょうか?
そう言っているのは分かる。
良い臣下であり、良い戦士だ。族長である刀傷の男よりも随分と若いが、族長である刀傷の男の戦士としての有り様は、しっかりと彼の次の世代へと受け継がれているのが分かった。それが刀傷の男の気持ちを慰めてくれた。
それで十分だ。
刀傷の男は、今晩、王の命令に寄って、あの祖国を売った男と会っていたのだから。
そして、王からの命令により、あの男を泳がせているのだから。
彼ら部族同盟は気がついていた。
部族同盟の盟主は、すでに気がついていた。
「これは罠だ」
今回の護送兵団の情報を耳にした時、最初にそう言ったのは、間違いなく彼なのだから。




