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結 詠唱

 こうして、とある田舎の高校を舞台にした奇怪な恋愛譚は終わった。

ここから先は余禄の様な物だ。

だから、その後の諸事はごく簡単に記しておく。

惨憺たる有様となった美術室は、「カミサマ代行」の鮎子先生の力で見事に復旧した。

倉澤副部長の遺体も、鮎子先生が跡形もなく消し去った。どうやら、前に僕が泥口に襲われた時も同じ様にしてくれていたらしい。さすがはカミサマ。

何のかんの言っても、鮎子先生は面倒見のいい「おねえちゃん」ではあったのだ。彼女の事を慕う文ちゃん先輩の気持ちも分かる。…信仰の対象としてはどうかと思うけど。

 九死に一生を得た蒼木部長は、当日の事はまるで覚えていなかった。

ただ、この時から、彼の描く作風はまるで変ってしまっていた。

それまでの美しく繊細な筆致は消え失せ、その代わりにまるで抽象画の様な、筆を思うままに、デタラメに振り回してキャンバスに叩きつける様な、異様な作風になった。用いる色もばらばらで、それはまるで油絵具を美味そうに舐めていた、今は亡き倉澤副部長の、絵具に塗れた凄絶な姿を思い浮かべさせられた。

昔から彼の絵を知る人々は、部展で展示された彼の「新作」を見る度に、一様に首を傾げていた。「何があったのか?」と言う質問に、彼はただ虚ろな笑顔を向けるだけだった。

その後、春になって部長は、予定通りカナダに旅立っていった。

 部長が去り、本来なら倉澤副部長がその後任になるはずだった美術部部長の役職は、クラスメイトでもある室崎くんが受け継ぐ運びになった。彼もまだ1年生だけど、その実力は誰もが知る所なのだし、今後の部を立派に引っ張ってくれることだろう。

 倉澤副部長の作品は、彼女の「遺作」として、その在りし日の遺影と共に、数点が部展に展示された。夭折した少女の遺作はそれなりに話題になったみたいだ。中でも、おそらく部長をモデルにしたと思われる人物画は、彼女の悲恋に色々と尾ひれがついた形で注目を集めていたみたいだ。真実を知る者が限られていたので、彼女の死はとても儚く、美しい物に転換されている様だけれど、それでいいと思う。

 そんな倉澤副部長の絵のすぐ隣に、塚村さんのやたらとポップなイラストの数々が展示されているというのはいかがな物なのか。

いや、決して悪いわけではないし、塚村さんのイラストはプロ級だし、それはそれでいいのだろうけれど、もう少しだなあ…こう、雰囲気というか、余韻みたいな配置は何とかならなかったのだろうか?

 …そして僕はというと。

結局、クリスマスの約束は延期になった。あんな事件の後だもの、文ちゃん先輩も落ち込んでいたし、仕方ないか。

それから、僕も1枚の水彩画を描いて、部展に展示した。

それなりに自信作ではある。


1月半ばのよく晴れた日曜日の午後。

今日は僕と塚村さんが部展の受付当番だったので、僕たちは朝から高崎駅に付随する駅ビル内にある画廊にいた。

倉澤副部長の件もあって、部展にもそれなりにお客さんがやってきてくれてはいたけれど、そろそろ客足も落ち着いた物になってきていた。

そんな日曜の午後。

受付とは言っても、別に何か特別な事をやるわけではない。来場者ノートへの記名をお願いしてパンフレットを渡して、「どうぞゆっくりとご覧ください」なんて声を掛けるくらいなのだ。けっこう閑職である。

画廊の中は間接照明で薄暗い。

これで、やる事だってさほどあるわけでもなければ…そりゃあ…目蓋だって重く…

「しがん。よだれでてる」

ついウトウトしてしまった僕は、塚村さんの一言で目が覚めた。

「…うそ?」

「うそじゃない。ださい。汚いからえんがちょする」

僕は慌てて、袖で口を拭った。

「…くす。それじゃあ袖も汚れちゃいますよ?はい、ハンカチです」

目の前に差し出された白いハンカチ。

視線を上に向けると、そこには文ちゃん先輩が笑顔で立っていた。

「あ…ども」

僕は受け取ったハンカチで口元を拭いた。何だかとてもいい香りがした。

「ひゅーひゅー」

そんな僕を塚村さんが囃し立てる…のはいいのだが、無表情でただ「ひゅーひゅー」と言っているだけなのは、果たして囃し立てる部類に入れてよいのかどうか。

「絵、また描いたんですね」

文ちゃん先輩が微笑む…あれ?

…今日は私服だ。

これまでは、うちの制服姿しか見た事がなかった文ちゃん先輩の、初めての私服姿を見てしまった。

今日の彼女は白いコートを羽織っていた。肩から下げた小さな白い革のポシェット。それに長い髪の上には、これまた白いベレー帽を乗せていた。

…可愛い。今まで文ちゃん先輩は「黒」のイメージが強かったけれど、今の姿を見てしまっては、認識を改める必要がある。

「…あんまり、見つめないでくださいよぉ」

文ちゃん先輩は頬を赤らめた。

「ひゅーひゅーひゅー」

塚村さんの「ひゅー」がひとつ増えた。グレードアップなのだろうか?

「…ええっと、文ちゃん先輩。今日はよく来てくださいました。どうぞごゆっくりしていってご観覧してくださって…あれ?、ええっと…」

「しがん。噛んだ」

「うるさいよまったく」

「くすくす」

ああもう、調子が狂うなあ。

「…しがん。ここはいい。後の事はまかせて、会長どのをご案内してさしあげるのがよろしいと存ずるが、いかがであろ?」

あ…塚村さんありがとう。気を遣ってくれたのかな?

塚村さんは、無表情のままビシッ!と拳を突き出した。

…おい。親指が人差し指と中指の間に挟まってるぞ。…意味分かってんのか?

「…!」

文ちゃん先輩も、思わず顔を赤らめて口元を押さえた。

「ふ・ふ・ふ・ふ・ふ」

不気味に笑う塚村いのり嬢。やはり侮れない。

「え…ええと、じゃあご案内しますね。どうぞご一緒に」

「あ…はい」

僕は文ちゃん先輩の背中を押す様にしてその場を離れた。

「…凄い人ですね、彼女」

「…僕もいまだによく分かりません…何考えてるんだあいつは」

「くすくす」

僕は文ちゃん先輩を案内して回った。

途中、倉澤副部長のコーナーでは、彼女はしばらく無言で佇んでいた。

その場を去る時、文ちゃん先輩は倉澤副部長の遺影に黙祷を捧げていた。

「…志賀君の作品はどちらですか?」

「あ…こっちです」

文ちゃん先輩を僕の作品の前に案内する。


僕の作品は1枚の水彩画だった。

鬱蒼とした森の中で、ギターを手にした一人の吟遊詩人が、一本の樹を見上げている。

その樹の枝の上には、黒いマントを羽織った小さな少女が腰掛けていて、彼に向かって何かを囁いている。

少女は夢見る様な表情をしていたけれど、その瞳には涙を浮かべている…そんな構図を描いてみた。

今の僕の想いを、この絵に染み込ませてみたんだ。

その題名は…

「『スカボロー・フェア/詠唱』…ですか。意味深い作品名ですね」


 今日の展示時間が終わった。まだ週明けの月曜まで展示が続くので、今日は片付けもなく、そのまま帰宅できる。

お疲れ様でしたー!と画廊のオーナーさんに挨拶をしてお店の外に出ると、文ちゃん先輩が待っていてくれた。

あれ?もう帰ったかと思ったんだけどな…

「志賀君。お疲れ様でした。…この後、何かご予定でもありますか?」

「あ、いえ。これといっては」

「じゃあ、延期になっていたお食事会でもご一緒しませんか?…と言っても、予約もしてなかったので、あまり大したお店には行けませんけれど」

「あ、いいですね!」

反対する理由など、これっぽっちもなかった。

休日の夕方という事もあって、どこのお店もけっこう混雑していた。駅ビルの中を色々と歩き回った挙句、1階の場末にあるハンバーガー・ショップくらいしか空いている席がなかったので、僕たちは結局そこに落ち着く事にした。

「…すみません志賀君。できればもう少しゆっくりできるお店がよかったのですが…」

「そんな…いいんですよ。文ちゃん先輩と一緒なら、僕はどこでも」

僕はいただきます、と目の前のハンバーガーを頬張った。

…そうだよ。文ちゃん先輩と一緒なら、どこの料理だって御馳走なんだよな。

向かいの席では彼女が、小さな可愛らしい口でもぐもぐとハンバーガーを食べている。

何だかいいなあ…こういうのも。

食事を終えて、ホットコーヒーを喉に流し込んだ後。

「…ね、志賀君。ちょっとお聞きしたいのですが…」

と、文ちゃん先輩が切り出してきた。

「…何でしょうか?」

「うーん…ちょっと、お食事の時にする様な話題ではないと思うのですけれど…」

「あはは。構いませんよ」

「じゃあ…お言葉に甘えさせていただいちゃいますね」

「どうぞどうぞ」

「その…倉澤さん…」

…え?

「倉澤さんが最期に部長さんに噛みついたのは・・・どうしてだと思います?」

「え…それって、やっぱり最期まで泥口としての貪欲な食欲があって…」

「…私は違うと思うんです」

「…どういう…意味でしょうか…」

「あれは…泥口となってしまった彼女の…その…彼女なりの最大の愛情表現だったのではではないか…って…」

「…愛情表現…ですか…」

倉澤副部長は、たしかに蒼木部長を愛していた。告白の返事を待っていた。

だけど返事をもらう前に、彼女は命を落としてしまった。

異形の姿になってしまった彼女だけど、それでも最期の最後で彼女が求めていた「答」を得る事ができたのだ。

嬉しかったんだろうなあ…副部長。

その愛情表現が、「泥口」としての愛情表現が…彼を喰らう事だったのだろうか。

「…女の子って…怖いんですね…」

「ええ。そうですよ。…今の私には分かります。とっても怖いんですよ?恋をした女の子って」

僕の目の前の小柄な少女は、そう言って微笑んだのだった。




逢魔が刻の深淵挽歌キャンティクル


2015.2.13 16:42脱稿

2015.6.16 23:06改稿

瑚乃場 茅郎:著

どうも。瑚乃場茅郎です。


早い物で、本作品をアップしてから3ヶ月。


自己流にすぎませんけど、そろそろ「小説の書き方」なる物にも馴染んできた気がします。…気がするだけですが(笑)

まだまだ試行錯誤の連続ですが、この「異形セカイのカポタスト」シリーズは書き続けてゆきたいですね。

今後とも鮎子さん、文ちゃん先輩、そして志賀君のトリオをよろしくお願いします。


2015.6.20

×回目の誕生日の前日に

瑚乃場茅郎

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