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26 「それは男の考え方だけどね」

 放課後。姿をくらました副部長を探す探索がはじまった。

とはいえ、どこをどう探してよいのか、皆目見当はつかなかったけれど。

僕たちは、まず彼女の遺体が運び込まれたという病院に足を運んだ。

おそらく副部長が開けたであろう穴は、病棟の奥の裏庭にあったけれど、そこはもう「立入禁止」のロープが張ってあって、詳しく確認する事はできなかった。僕たちの位置からでは、穴がどちらの方角に向かっているのかすら判らない。

僕たちはここでの調査を諦め、学校に戻った。

もっとも、例の午後5時閉門はまだ解除されておらず、いつまでも学校に残っているわけにもゆかない。

…うーむ。序盤から躓いてしまった。どうやって副部長を探せばいいのだろう。

僕は文ちゃん先輩たちと別れて、教室に置いたままだったカバンを取りに行くことにした。

用を済ませて、南校舎2階の生徒用通用口に戻ると、蒼木部長も帰る所だった。

「あ、部長、お疲れ様です」

「ああ…志賀君か」

部長はすっかりやつれてしまっていた。無理もない。僕みたいな幽霊部員と違って、部長は副部長と共に過ごしてきた時間は疎かにできたものではないだろう。それに校内に流れている噂では、副部長はこの蒼木部長との恋愛問題で悩んだ挙句に自ら命を絶ったという事になっているみたいだった。副部長の気持ちは今となっては知る由もないけれど、進学を控えたこの大事な時期に、そんな噂の渦中に置かれてしまった部長の心中や察するべし。

二人並んで階段を下りながら、僕は部長を見た。目の下に隈ができていた。

「志賀君…僕はどうしたらいいんだろう…」

部長は僕の方も見ないでつぶやいた。

「倉澤君があんな事になってしまって…部長として、いや仲間として、僕は何もできなかった」

「…部長に責任はないと思います」

「そうだろうか」

そうさ。この人のいい部長には何の責任もない。責任があるとしたら…僕たち三人の方だ。それを口にしてあげられないのは申し訳が立たない。

「そうですよ」

「いや…やはり僕が、もっと彼女の気持ちを正面から受け止めてあげていればよかったんだ…」

…あの噂、根拠があったのか。

「あの日…彼女が僕に告白してくれた日。僕は嬉しかった。でも、まだ留学も確定していなかったから、僕は不安になって、答えを曖昧にしてしまったんだ…」

部長の留学が決まったのはたしか夏の頃だったから、副部長がまだ泥口に襲われる前の事なのだろう。

「…その後、副部長は何か言ってましたか?」

「倉澤君は…それからも変わらずに僕をサポートしてくれたよ。『答えが出るまで待ってますから』って言ってくれてね…留学先も決まったし、僕が参加できる最後の活動になる1月の部展が終わったら、僕も彼女の気持ちに応えるつもりでいたのに…」

蒼木部長は涙ぐんだ。

一人の不幸は、連鎖的に他の誰かをも巻き込んでしまう。「他人の不幸は蜜の味」なんてたわけた事を言う奴もいるけど、そういう奴は自分が不幸に見舞われた時、どんな顔をするのだろうか。

不幸なんて気まぐれな奴は、いつ、どこで襲いかかってくるか分からない。たとえどんなに善行を重ねていようと、奴に魅入られてしまう人だっているんだ。

…そう、まさしく「不幸」な事に見舞われてしまうのだ。

僕の目の前で肩を落として泣いている先輩の様に。

僕たちにできる事は、この不幸の連鎖を、これ以上広めさせない事だ。

バス通学の部長を県道沿いの停留所まで送った後で校内に戻り、駐輪場に向かう途中で、僕はふと、ある事を思いついた。

自転車に乗って帰宅するまで、その思いつきをもっと深く追及してみた。

うん…あるいは…そうかもしれない。

帰宅してすぐに受話器を取り、覚えたばかりの文ちゃん先輩の家の電話番号をダイヤルしてみた。

数回の待機音の後で、相手はすぐに出た。

『はーい。はいはい。鬼橋でーす。どちら様でしょ?』

…文ちゃん先輩のご家族にしては、ずいぶん軽いノリだな。

「…えっと、鬼橋さんのお宅でしょうか。僕、文ちゃん先輩…いえ、文さんの後輩で、志賀と言います。文ちゃ…文さんはお帰りでしょうか?」

『あー、学校の子ね?失礼しました。わたし、文ちゃんの母の唯です。いつも文ちゃんがお世話になってまーす。ちょっと待っててね?…文ちゃーん。お電話ですよー』

受話器の向こうで、『はーい、ママぁ。いま行きます』なんて聞きなれた声が聞こえた。

…ママぁ?

…またひとつ、知られざる文ちゃん先輩の一面を知ってしまいました。

ろーんどんぶりっじ・いず・ぶろーきんだぁーうん。

「鉄血宰相」のイメージが、どんどん音を立てて崩れてゆく。もはや屋台骨すらない。

『…お電話換わりました。文です』

「…ママ、でしたか」

『しっ、志賀君…!?何で!?…ええっと…聞こえてましたか?!』

「…ええまあ、それとなくとゆーか何となくとゆーか聞くとは無しにとゆーか」

『いっいえ!あれは母がそう呼ばないと返事してくれないと言うか、いつもじゃあ、ええ、そう、いつもじゃあないんですよ?』

…うーむ。慌てふためく文ちゃん先輩も可愛い。

でも、自分からネタを振っておいてなんだけど、今はそれどころじゃあない。

「ごめんなさい文ちゃん先輩。ふざけ過ぎました。それよりも、副部長の件で」

『…!?何か分かりましたか?』

急に真面目な声になる文ちゃん先輩。こういうON/OFFをはっきりできる所はさすがだと思う。

「今日、あれから蒼木部長と会って話したんですけど…蒼木部長と副部長との噂はご存知でしたか?」

『え…ええ。耳にしていますけど…それが何か?』

「僕は思うんですけれど…副部長、まだ蒼木部長に未練とかあるんじゃないかって」

『む…?志賀君、それはどういう事でしょうか?』

「部長の話だと、副部長は部長からの告白の返事を待っていたみたいなんです」

『なるほど…という事は…戻ってくるかもしれませんね、倉澤さん…』

「可能性はあると思うんです…ただ、泥口と化した副部長が、その時にどういった行動に出るのかは…」

『…蒼木さんの身辺を重点的に警護した方がいいかもしれませんね…鮎子おねえちゃんには、私から連絡しておきます』

「お願いします」

『それと志賀君』

「はい?」

『…ひとりで無茶はしないでくださいね…?』

不安そうな文ちゃん先輩の声に、僕はもちろんです、と応えた。

ともあれ、これでとりあえずの方向性は決まった。もしかしたら見当違いなのかもしれないけれど、何のプランもなく闇雲に動き回るよりはましだろう。

次の日。再び早朝に保健室で待ち合わせた僕たち三人は、お互いの役割を確認した。

まさか大勢の人目がある日中には、副部長はやってはこないだろう…とは思う。

泥口の習性はよく分からない。夜行性かどうかすら定かではない。

僕も、そしてまだニンゲンだった副部長も、奴を目撃したのは陽が落ちた後の事だった。

でも、あの掛軸によれば、泥口化した弥平が姿を現したのは日中だったそうだし…

ただ、蒼木部長の事を覚えているのならば、白昼堂々とやってきたりしたら、どういう結果になるかくらいの分別はつくだろう…か?

「それは男の考え方だけどね」と鮎子先生。

「…女の子ってね、思い込んじゃったら怖いのよ?くすくす」

「安珍と清姫」。「八百屋お七」。「番町皿屋敷」に「お岩さん」に「牡丹燈籠」。「今昔物語」とか「雨月物語」の中にも、想いのあまりに異形と化してしまった女の人の話は数多い。

文学の中ではわりと目にするモチーフだけど…まさか自分の周りでそんな生々しい事が起ころうとしているなんて、誰が想像つくものか。

ましてや、ほんのつい最近まで女の子とはまるで縁遠かった童貞の小僧に、そんな複雑な男女の機微が分かるわけがない。

「…これからは、もうちょっと分かる努力もお願いします」と、これは文ちゃん先輩。

…善処いたします、はい。

結局、校内全般は鮎子先生、放課後の部室ではこの僕が、そして下校途中は文ちゃん先輩が、それぞれ分担して部長をこっそりと警護する事になった。

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