沙良の説得
「話しておきたいこと?」
俺は聞き返す。今更何を沙良が話すというのか。
「はい。ケンは私のことを心配してくれるいい友人でした。でも、それに気を取られて私はあることにさっきまで気が付いていなかったんです」
「あること?」
今度は桜が聞く。
「ケンは確かに私のことは心配してくれていました。でも、その一方で自分のことは何も言わなかったんです」
沙良はそう言ってこないだ初めて会った時のことを話す。一見自分のことを話しているような時でも話題は全て沙良にのみ向いていたらしい。
「私もはっきりと言えるわけではないんですけど、おそらくケンが逃げたのは桜さんを自分の試験に巻き込みたくなかったのではないでしょうか。ずっと住んでいた彼女に情が移ったとかそんな感じの理由なら分からなくはないですし」
「……なるほど。自分を助けてくれた桜には恩があるし、わざわざ彼女に自分の能力を使わせて彼女がダメになる姿を見たくなかったってことなのかもな」
「それはどういうことですか?」
事情を知らない沙良に、俺は桜が道端で倒れていたケンを助けた話をする。
「……そういうことでしたか。悪魔は私利私欲を叶える生き物ですし、基本的に人間の欲望を叶え、それを吸い取って生きる生き物ですからね。それならケンが逃げる理由も分かる気がします。ああ見えて結構義理堅いですからねケンも」
「……私、ケンを探してくる」
「おい、桜!」
桜は俺が止めるのも無視して家を飛び出した。
「俺も行ってくる。桜とケンをこのままほっとくわけにはいかないしな」
そう言った俺に、沙良はあるものを手渡す。
「これは、シラベールか?」
「はい。私はこの家の留守を預かります。人が誰もいないのに私まで出て行ったら泥棒に入られた時に大変ですからね。何かあったら携帯に連絡してください。私がいなくてもそれさえあればおそらくケンを探すくらいできるでしょうし」
「分かった、それじゃあこれ借りてくぜ。おい待てよ桜!」
俺はシラベールを沙良から受け取ると、急いで桜を追いかけた。
しかし、誰もいなくなったはずの部屋に向かって沙良はこう話しかける。
「……それで、いつまでここに隠れてるつもりですか?」
「……いいだろ別に」
ケンは姿を現す。彼は翼を広げて飛び立つと見せかけ、透明になったままずっとこの部屋にいたのだ。
「それより、何で俺がここにいるって分かったんだよ」
「あなたが教えてくれたんじゃないですか。リモコンが震動していたら近くに悪魔がいるって」
彼女は胸ポケットからリモコンを取り出す。そのリモコンは確かに振動を続けていた。
「そういやそうだったな。へっ、教えるんじゃなかったぜ」
「これを隠したまま二人を出て行かせるのは大変だったんですからね」
それをしまう沙良。
「それで、どうするんですかこれから。これだけ大事になったらもう後には引けませんよ?」
「分かってるよ」
ケンはため息をつく。
「俺は、やっぱり悪魔には向いてないのかもしれねーな。どうしても非情になりきれねー」
「非情になる必要はないと思いますよ。私が思うに、たぶん桜さんはあなたに願いを叶えてほしくて契約しようとしたのではないでしょうから」
「どういうことだよそれ」
ケンは聞く。
「多分、樹さんと話して桜さんの考えがまとまったんですよ。もっとあなたと仲良くなりたい、あなたのことを知りたいって、そう思ったんだと思います」
「何でそう言い切れる? 根拠は何だ?」
ケンは沙良を睨む。
「私の契約者がそういう人だからです。きっと、何かを相談されてそれに親身になって答えてあげたんですよ。だから、桜さんの心境が変わって契約しようと考えたんだと思います」
ケンに対して自信たっぷりに答える沙良。
「……あーあー、叶わないねえサラっちには。この短い間にどれだけ契約者と仲良くなったんだよまったく」
ケンは笑う。だが、その顔はいつもの茶化すような顔ではなく、何かを吹っ切ったような顔をしていた。
「分かったよ。俺が謝りに行く。許してもらえるかどうかは知らないけどな」
そう言って立ち上がるケン。だが、それを沙良は静止する。その手には先ほどしまったはずのリモコンが再び握られていた。
「だそうですよ桜さん」
その声が響くと同時に玄関の扉が開く。そこには樹と桜が立っていた。




