起・・・・講義
灰色の街がある。なぜ灰色なのかと言うと、緑はほとんどなく、灰色のアスファルトに覆われているからだ。ビルや窓や、紙など、四角形の形ばかりが見られるため、四角い街とも言われるが、やはり灰色の街、の呼称が一般的である。都市も四角ければ人間もどことなく四角く、やるべき仕事さえ為せばいい、と言う四角四面の常識的な人間ばかりであった。彼らはあまりにも無思考だったため、雑談も少なく、そのため街は静かでひっそりとしてて灰色の雰囲気をさらに色濃くしていた。娯楽もテレビやスポーツセンターなどさして非常識ではない娯楽ばかりだが、彼らはそれを真面目に、深く笑うことなく取り組み、コメディアンに対しても定式通り笑うべき所で笑う、といった有り様であった。
街の中心には大学があった。大学内には神殿があり、そこは神を祀る、神殿の役割を担いつつも、大学の講堂にも使われていた。
そこで哲学の教授ジャヌーイが何やら生徒に向かって演説していた。石でできた講堂なので声は響く。
「では、殺人とは悪なのか。そう。悪なのだ。人にはそれぞれ生きる権利があり、それを剥奪する事は許されない。あいつはひどいやつだ、でもだからと言ってあいつが生きる事を無くすのとは本来は関係ない。生きる事には可能性があるからだ。可能性を奪うのは大いなる損失だ。」
「ぐー…」
いびきをかいて居眠りする生徒をジロリと見ながらもジャヌーイ教授は話を続けた。
「だが、不思議な事に、我々人間は人の死をどこかで興味を持っている。殺人を見たい、死ぬ姿を見たい、死を直視したい、そう言う無意識な願望がある。その証拠に、映画や小説は、大概誰かが死ぬ事で話が成り立っている。壮大であればあるほど誰かが死ぬ。」
ジャヌーイ教授は講義机にある水を一口飲み、コップを置くと話し続けた。
「不思議な話だ。我々人間は身近で人が死ぬのを嫌がる。なのに、映画などで目の前で人が死んでもさして抵抗感がない。むしろ、ザマミロと喜ぶ者すらいる。これは何故か。」
ジャヌーイ教授が言葉を止めると生徒のレミトンが手を上げた。教授が「レミトン君、分かるかね?」と訊ねると、彼女は優等生らしいはきはきとした口調で答えた。
「それは、映画や小説は虚構だからです。あれらは現実ではなく娯楽に過ぎないからです。」
「大体正解だ。レミトン君。君に5ポイント差し上げよう。だが、足りない点、不正確な点が一つある。何か分かるかね?」
「…いいえ。」
「虚構は娯楽ではない。儀式だ。神話から起源がある。神話とは多くの神が争い形成する話だ。この神は一神教でいう、全知全能の神とは質が違う、ある種象徴に近いものだ。それらの人間臭さから、人間の一面の象徴と思われる。怒りならば怒りの神、母性愛なら母性の神、死の恐怖なら死神と、それらの神を火や太陽や骸骨など、森羅万象と合わせて象徴化している。」
ジャヌーイ教授は座りながら話し続けた。
「虚構の登場人物も原理は同じだ。神話の殺人(殺神)が神聖なように、虚構の殺人も神聖なのだ。殺す存在、殺されるべき存在がある。悪の不条理、正義の勝利、いずれもどの形であれ、潜在的に殺人が生じうるが、どちらも意味がある。殺す事にも殺される事にも意味がある。我々が鑑賞者という神の目で虚構を見る限り、これは真実だ。だが、この現実で当事者にこんな事を言ったら、お前に何が分かると罵られ、下手すれば私は殺されるだろうな。それも意味があるかもしれんがな。」
ジャヌーイ教授が皮肉をこめてそう言うと、何人かの生徒がふふふ、と笑った。
「まあ、さっきも言ったが我々は虚構においては神の目で見ている。全知全能の神の目だ。別世界を眺めてるのだからな。神が如何に残酷か分かるだろう?我々も同様な残酷さを持って映画や小説を見ているのだ。あるいは作っている。」
しばしの沈黙。やがて一人の青年、メーラン・モーテが「教授。」と言って手を上げた。ジャヌーイ教授は「何かね?メーラン君。」と訊ねると、彼はくしゃくしゃの痩せた頭を上げ、少しかすれた声で言った。
「質問があります。」
「だから何かね?メーラン君。」
「そうなると、儀式といえどもあらゆる神話が虚構になりますよね。」
「君は神話は本当の事だと思うのかね?」
「そこまでは言いませんが…人のつくりごとだと単純に否定していいとは思いません。」
「いつもいつも思うが、君は面倒くさいやつだな。」
皆がどっと笑う。それを静止して教授は言った。
「だが君の話はもっともだ。この話は神話を実際に起きてない事を前提に話をしている。だがこの前提が崩れる事は有り得る。」
「すると、どの虚構も、儀式ではなく実際に起きている、と仮定できますよね?」
「…無論、そうだ。だがこの現実に起きたと考えるのは早計で、心の中で真実と言う言い方もある。明らかに現実離れした話なのに真実性がある、あの感覚だ。」
「…そうなると…形而上学的な話ですが…心の中の真実とは心の中の世界なので、言い換えるとこの世界とは別に世界があると言う事になりますよね?虚構は一つの世界て言う事に。」
「…まあ…うん…それは多元宇宙の考え方だな…」
そしてメーランはジャヌーイを真っ直ぐ見つめて言った。
「教授…では、この現実は…虚構なのでしょうか。」
しばし講堂内は静まり帰った。時計の音だけがことことと鳴るだけだ。教授は手を組みながら考え続け、やがて顔を上げてメーランに言った。
「まあ、君にももうすぐ分かる時が来る。そう、もうすぐな…」
何となく意味深なその言葉にメーランは訊ねようとしたが教授は「授業は終わり!」と叫び生徒達ががたがたと片付け始めた。メーランは「教授!教授!」と後を追ったが、ジャヌーイ教授はさっさと講堂に出てしまった。メーランは後を追ったが、結局見失ってしまった。彼は思った。「もうすぐ」とはどういう事だろう、と。




