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さん



あれから六花による懇切丁寧な説明と、シェアハウスの管理人たるいろはからの暖かいおもてなしをされた唯は、宛てがわれた自室に向かうため屋敷の中を三人で歩いています。


お風呂場は屋敷の一番奥にあり、その手前に六花の部屋である奥座敷がありました。

そこから横に三号室と二号室が続き、奥座敷の手前の廊下に四号室があり、その裏側に納戸を挟んで一号室があります。

一号室は日当たりがよく、入口を開ければ古き良き文化である日本庭園が立派な調和を生み出している景色が見られました。



「ここが一号室です。基本的に二部屋を繋げてますから、広さには困らないと思います。出て右にはトイレ。左には裏口があるので、そちらから出かけても構いません。そのまま真っ直ぐいけば台所に出ますので、使い勝手は悪くないはずですよ」


「───すごいです。軽く見ただけでもかなり大きい屋敷なんじゃないですか?」


「はい。ここは元々武家屋敷でしたから」



「ああ、やっぱりそうなんだ」と遠い目をした唯は、これからどれだけの驚きが待っているのだろうと、まだ見ぬ未来に思いを馳せています。

今すぐにでもこの武家屋敷は最初から六花のために与えられたものだという事実を教え、そのリアクションをじっくりたっぷり堪能したいところですが、その前にまずやるべきことがありました。


昼時のご飯です。

積もる話も雪崩れているため、リビングで食べながらゆっくり話そうと提案しました。



「唯さんは食べれないものはありますか? 好き嫌いは多いタイプです?」


「あ、いえ基本的に何でも食べれます」



唯の返答に頷いたいろはが、トテトテと廊下を走り台所の方へと消えていきました。

それを見た唯が内心可愛いと思ってしまうのも仕方の無いことですし、攫ってしまいたい監禁したいと邪な心をむき出しにしてしまうのもしょうがないことでしょう。

全ては可愛すぎるいろはが悪いのです。



「おい、どんどけ歪んだ愛情表現してんだ。攫って監禁してからどーすんのか想像に易いんだが?」



それは勿論、雛に餌を与えるように甲斐甲斐しくお世話をして「お姉ちゃん大好き」と言ってもらえるまで愛情をエンドレスに注ぎまくるだけです。

もしくは目隠しと猿轡をして拘束プレイに走るのも倫理観がアウトな点に目を瞑れば。



「なんだか、六花さんって破天荒な相方に振り回される苦労人みたいですね。あと私は気にならないので、いつもみたいな話し方で大丈夫です」



これには六花も舌を巻くばかりでしょう。

六花の立ち位置を正確に把握した上でそれを本人にそのまま告げるなど、並大抵の凡人ではとても行えることではないということは社会に出た人々ならば暗黙の了解ですらありません。

思わず唯に対して神経が図太いことを指摘してしまうくらいには衝撃だったようです。



「言われますねぇ。でも言っても大丈夫そうだと思った相手にしか言わないですよ? それだけ私が六花さんのことを信じたって証です!」



唯の眩しすぎる純粋な好意に脅威を覚えた六花。

本人の優秀な観察眼と相手の妖気からおおよその性格を感じ取る能力が上手いこと噛み合って、中々の人たらしっぷりを発揮しそうな片鱗があります。

粗暴な言葉遣いで相手を威圧しがちなどこかの雪女とはまるで月とヌッポンのような差がありました。


六花と唯は二人して軽く話をしながらリビングへと向かいます。

途中、台所を覗いた際にいろはがおにぎりをその小さな手で握っているのを見た唯の頬が緩んでいましたが、それを見た六花に微笑ましい笑みを向けられたことに気付き慌てて表情を引き締める場面がありました。

可愛らしいですね。



◇◇◇



「簡単なもので申し訳ないのですが」


「何言ってるんですかいろはさん! シンプルなお料理なのにこんなに美味しくできるなんて最高ですよ! 塩おにぎりにワカメと豆腐のお味噌汁って悪魔の組み合わせですよ! それにこの玉子焼き! もう! 美味しいが! すぎる!」



いろはが今回用意した昼食に唯が感涙しながら食べるという、ご飯を作る者にとって最上の喜びを感じる光景が見られます。

どれもシンプルな料理なだけに、その味付けや食感でその作った人の力量がある程度測れてしまう恐ろしい料理ですが、家庭を極めしいろはにはなんの問題もありません。

彼女が美味しい料理を作れるのではなく美味しい料理が彼女の手に現れる、と料理人の世界で伝説されるほどの腕前なのです。


彼女だけでも一つのグルメストーリーを展開できるほど卓越した料理の腕は、もはや世界最高の一角と言って過言ではありません。

むしろ、最高の”一角”と言ってしまう辺りにいろはの控えめな性格が出ているくらいです。



「もしかして、いろはさんのご飯がこれからも食べ放題なんです? なにそれ天国ですか? お父さんお母さんこの屋敷を紹介してくれてありがとう!」


「そう言ってもらえると嬉しいですね。作った甲斐があるというものです」


「今なら学年一位を取れそうな気がします」



今日が初対面、かつ出会いは互いに忘れたいと思えるくらいには衝撃的なものだったはずなのに、今ではすっかり打ち解けてしまっているのは、唯のお化けレベルのコミュ力といろはの驚異的なお母さん力によるものです。


そこにほとんど自分の存在を挟めることなく二人を中心にして隔たりを無くすように誘導する。

己の作戦が上手くいったと心の中でほくそ笑む六花ですが、そもそもあの場で六花が唯を気絶させていなければ、彼女は誘拐されてからの救出劇を経て心に小さな棘を残すことになるはずでした。

そこから学校の友人たちと紆余曲折の果てにトラウマを克服して大きな力に気付く、という王道展開があったのですが、既に外れてしまった道のことを話すのは無粋でしょう。


唯がトラウマを負うことなく楽しい学校生活とシェアハウス暮らしを満喫する。

それを見られるだけで、”ワタシ(・・・)”は十分楽しいのですから。



「・・・・・・」




女子同士で仲が良ければそれはもう百合認定する人です。


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