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07. 永訣の線路・上

 赤銅色の線路が目の前に伸びていた。線路を見ると、僕は反射的に空を見上げてしまう。欠けゆく最中の半月は、周囲を雲に囲まれて孤立無援。それでも地上に光を届けてくれるから、今宵もアームストロング号は運行予定だ。


 月の光が溶けた空気で胸を膨らませ、白い息を吐き出す。ガラスドームに覆われたホームには、冬の寒さを感じさせない熱気が渦巻いている。銀の列車を興奮気味に見上げる人の群れ。ギークの駅が賑わいを取り戻しつつあることを如実に示す光景が、この上なく嬉しい。


 荷物を詰めた鞄が肩に食いこんできた。ホームの柱の時計で時刻を確認すると、発車までまだ時間がある。

 重い鞄を地面に降ろすのと同時に、背後に誰かが立った気配がした。


「アスター」 

 振り返るのに、少し勇気が必要だった。


「…………イブニ」

 紺色の制服を着たイブニが、沈痛な面持ちで僕の後ろに立っていた。



 列車を囲む人だかりから、少し離れた場所にあるベンチに座った。ベンチは冷え切っていて、尻から冷気が這い上がってくる。


 駅員がサボっていると見咎められたら困るので、鞄の底からひっぱり出したコートを制服姿のイブニに着せかけてやる。相変わらず、僕の服はイブニには大きかった。


「聞いてはいたが、やっぱりお前も行ってしまうのか」

「うん。街を出て、『方舟の者』になる勉強をさせてもらうことになった」


 小さな穴の開いたマリルーネ行きの切符を見せると、イブニはもう一個穴を開けれそうなほどそれを凝視し、やがて肩を落とした。ダボついたコートをはおる彼は、駅のロータリーで初めて会話した時よりも頼りなく見えて、今にも風に攫われてバラバラになってしまいそうだった。


 イブニは初恋が破れたばかりだ。僕より先に街を出たネリネは、別れ際イブニに告白の返事をしていったらしい。返事はもちろん、ごめんなさい、だ。

 元気出せよなんて口が裂けても言えなかった。彼を置いていくのは、僕も同じなのだから。


「方舟の者って何をするんだ?」

 のろのろとイブニが聞いてきた。


「他の大陸に派遣されて、現地の人との窓口を担うんだ。他にも情報収集をしたり、ルベルの商人の保護をしたりいろいろ」


 火の大陸ルベル、水の大陸カエルラ、土の大陸二ウェウス、風の大陸フラーウム。この世界には四つの大陸があり、四つの文化体系がある。四つの大陸は長い歴史の中で、対立と連合を繰り返してきた。つい百年ほど前の、ルベルとカエルラ間で勃発したウーヴァ戦争や、セントエメルティアに対する三大陸連合軍はまだ記憶に新しい。

 幾度かの戦争の反省から四大陸は各大陸に人員を派遣し、迅速な情報交換と良好な関係構築を目指す決定を下した。というと聞こえはいいが、互いの動向を監視する人員を合法的に送れるようにしたというのが実態だ。


 こうした、言葉も神も異なる異大陸に派遣され、外交の最前線を担う人々を、火の大陸では女神の神話になぞらえて「方舟の者」と呼ぶ。


 方舟の者になるためには語学や文化、マナー、交渉術等多くの教養が必要で、学校すら行っていない僕には本来開かれない道だ。だけど、カラルクが以前仕事で助けたことのある方舟の者に紹介状を書いてくれて、さらには親方も一筆添えてくれた。騎士団の副隊長と大貴族である彼らの名前は効果てきめんで、引退した方舟の者が僕を育成してくれることになった。

 本当に、彼らには感謝してもしきれない。一歩目踏み出しさえすれば後押ししてくれる人はいるのだと、僕は彼らのおかげで学んだ。


 その後はめまぐるしかった。両親に別れを告げ、関所を通過するための手形を取り寄せ、荷物をまとめた。


 件の方舟の者はメルポメネ州の州都に住んでいる。僕はアームストロング号で一旦マリルーネへ行き、そこから魔獣車で州都へ向かう。街に直接迎えをよこそうかと言われたけれど、断った。最後に僕が愛した列車に乗りたかった。


「凄そうな仕事だな」

「アームストロング号の運転士だって、滅茶苦茶凄いでしょ」

「それもそうだ」


 イブニは一瞬笑みを浮かべたが、それはすぐに消え、再び顔が陰る。


「方舟の者になるのは、ジャックを追うためか?」

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