01. 猫の行方
ソニア・デュフーリの固有再現魔法は『猫』だ。とはいっても、魔力受容量が少ない彼女は、全身を猫に変えるなど不可能で、できるのは猫の声を出すくらいだった。付き合っていた頃は、この魔法に随分助けられたっけ。良い雰囲気になっている時に、誰かが近づいてきたら、魔法で猫の声を出して追い払うのだ。古典的な手だけど、意外に効果があった。
にゃあ、と細い喉から漏れる声は、いつも寂しげだった気がする。
怪盗ジャックの逮捕と親方の目覚めにより、一連の事件の概要が明らかになりつつあった。
ジャックは攫ったソニアを黄金に変え、駅の「雲隠れ」の倉庫に隠していた。あの日の猫の鳴き声は、アームストロング号に積みこまれたソニアが、助けを求めて上げた叫びだった。黄金に変えられたソニアは、強引に発動した魔法で鳴き声を出すことしかできなかったようだ。
そうして猫の鳴き声がする箱から「助け出された」彼女は、彼女の形をしていなかった。
ジャックに囚われ、黄金に変えられた彼女は、溶かされて箱の中に詰めこまれていた。「型はとっておいたから、すぐに元に戻せるよ」と、ジャックはあっけらかんと言ったそうだ。「生きてるのかって? さあ? 黄金に生きる死ぬってあんのかな?」
ジャックの言う「型」は、倉庫にあった他の箱から見つかった。足、腕、胴体、頭……。箱の中はさながら、ソニアのバラバラ死体が詰め込まれているようだったらしい。金属でできたソニアの「頭」と対面したネリネと両親が卒倒したのは言うまでもない。
箱は一つではなかった。倉庫からは続々と、黄金塊と人間の型が見つかった。イブニがそうであったように、ジャックのアジトから盗まれた黄金像はギークの街やその周辺に流れており、ジャックは約半年の間、自らのコレクションを回収していたのだ。倉庫にあったコレクションの箱は十数にものぼった。
「あの列車見てさ、ビビビってきたんだ。私も動かしてみたーいってさ。みんなをどうやって運ぼうかな?って思ってたとこでもあったし」
アームストロング号を動かすために、ジャックはまず、イブニを狙って街にやって来た盗賊団に目を付けた。正確には、彼らが所持していた「月の石」が狙いだった。盗賊団は街に来る前、カリオペ州の博物館から月の石を強奪していたらしい。
月光とはすなわち、月が反射する太陽の光である。月の石を利用すれば、昼でもアームストロング号を動かせるのではと推察したジャックは、自身の「人」に化ける魔法を使い、盗賊団内で同士討ちを誘発して、彼らを皆殺しにした。
続いて結婚式の夜、親方からホイッスルを奪った。親方はソニアに刺されて動きが鈍っており、優れた剣の腕を持つジャック相手では、成すすべもなかった。
また、春から秋にかけて、ジャックはイブニに化けて駅に出入りしていた。イブニの姿で倉庫に取り返した黄金像を隠したり、先輩たちに列車の動かし方を習ったりしていたようだ。
そして、予告の日、ジャックは集めた黄金像をアームストロング号に積みこみ、街から脱出しようとした。
だが、ジャックの正体を看破し、ソニアの行方を掴むべくあえて泳がせていたイブニとカラルクが、発車したアームストロング号に乗りこんできた。彼らはジャックと対決し、アームストロング号と被害者たちを奪い返した。
無理矢理動かされたアームストロング号は、怪盗と騎士の戦いで多少損壊したものの、魔紋をはじめとした重要な機関は、イブニが葡萄の蔓で守ったために無事であり、再び走らせることは十分可能らしい。現在、メルポメネ侯爵家から派遣されてきた技師の手によって、列車の修理が進められている。
それが、春からの一連の事件のあらましだ。
ギークの街に冬が訪れようとしていた。冷たい風が容赦なく吹きつける日、僕は街の病院を訪れた。最上階の病室のドアをノック。
「来てくれたのか、アスター」
病室の現在の主である赤い髪の騎士が、ベッドから身を起こして、片手を上げた。
ジャックに勝利したカラルクは、恐ろしい事件を終わらせた英雄として称えられたけど、一般人を巻きこんだ行動が問題視され、二週間の謹慎処分になった。実際はカラルクがイブニを巻き込んだのではなく、イブニが巻き込まれに行ったのだろうが、カラルクはこれ幸いと療養と嫁の機嫌取りにつとめている。
ベッドの傍らにあるテーブルには花に菓子に果物にと、見舞いの品が山を作っていた。これ以上いらないんじゃないかと思ったけれど、一応母に持たされた果物を山の中腹に積むと、カラルクは「ありがとな」と相好を崩した。
「せっかくだし、何か食ってけよ」
カラルクは山の中からリンゴを一つ取り、なんと剣でむき始める。それは僕がと言いかけると、勘を取り戻すためだからと笑った。
炭化していたカラルクの手は、一見完治しているように見える。だけど、まだ細かな作業が以前のようにできないらしい。ほい、と渡されたリンゴは、実の大部分が抉れ、無惨な姿になっていた。
「イブニにはさ、勿体ないって怒られたんだよ。俺が剥きますからって、いやあ凄い剣幕だったな」
何気ない風を装っているが、その名を聞いた僕の反応を窺っているのは見え見えだった。
僕がでこぼこのリンゴを無言で齧ると、騎士は「何かごめん」と白旗を上げた。
「やっぱ、仲直りはまだしてない感じか~~~」
カラルクと共に列車に乗りこんだイブニは、目立った怪我もなく、一日検査を受けた後、親方の家に帰ったと人づてに聞いた。
イブニとは、あの日以来顔を合わせていない。示しあわせたように、僕らは互いを避けていた。
「お前もイブニもずっと楽しくなさそうだよ。仲直りしたらどうだ」
つい最近まで「仲直りしなくてもいい」と言っていた人に諭されても説得力はない。
……ジャックに近づかない方がいい、というイブニの忠告は至極正しく、そして僕を心配したが故のものだった。僕らの仲たがいは、僕に全面的に非があるのは分かっている。
それでも、僕はイブニに会えなかった。そして、会えないのはイブニだけじゃない。
「あと、ジルベールの見舞いには行ったか? あいつ、早く退院させろってうるさくて、病院の人たち泣かせてんだよ。アスターからも叱ってやってくれよ」
親方とカラルクは同じ病院に入院していて、カラルクはこの機会を逃すまいと、積極的に交流しに行っているようだ。毎日人を罵倒できるおかげか、親方の容態はみるみる快方に向かっているらしい。
目を覚ました親方は、当初「アスターが自分を刺した」と証言していたけれど、ジャックが逮捕されるや否や、証言を翻した。次はジャックが刺したと言い出し、ジャックの供述と矛盾が生じてようやく、最初に自分を刺したのはソニアだと認めた。繰り返される虚偽の証言が、捜査にあたった騎士団を大混乱に叩きこんだのは言うまでもない。実家が侯爵家でなければあいつも逮捕してやったのに、と僕の家に謝罪しに来た髭の騎士が歯噛みしていた。
何も言わない僕を見たカラルクは、僕の心情を察してくれたらしい。ふんっと、彼の荒々しい鼻息で、散らばったリンゴの皮が数インチ移動する。
「最低だよな。ずっとあいつを心配していたアスターの気持ちを踏みにじりやがって」
勢いよく剣を扱うカラルクの手の中で、リンゴが虫に食い散らかされた残骸のようになっている。あいつなんてこれ食わせときゃいいんだ、と息巻き、騎士は不意に肩を落とした。飼い主を怒らせた魔獣みたいな、しょぼくれた顔で僕を見る。
「……だけどさ、あいつ、アスターのこと大事なんだよ。落ち着いたらでいいから、あいつの気持ちをまた信じてやってくれないか」
どうして、親方は見え見えの嘘をついたのか。その真意は、僕も少しは分かるつもりだ。
僕らはそれなりに長い付きあいだ。言ったことはなかったけれど、親方には、僕がジャックに向ける憧憬などお見通しだったのだろう。僕と親方が使っていた仮眠室には、ジャックについての新聞記事の切り抜きも大量に保管していたのだから。
そして、ジャックがこの街にいると知った時、僕がどんな行動をとるのかも、親方は正しく理解していた。だから、騎士団の詰所に閉じこめ、僕の行動を制限すると同時に守ろうとした。
イブニも親方も僕を守ろうとしてくれていたのは分かっている。なのに、彼らの行動に納得できないのは、僕がバカだからだろうか。彼らに失望してしまうのは、僕の性格が悪いからだろうか。
その後もカラルクはあれこれ話しかけてきたけれど、相槌も打つ気力も湧かなかった。見舞いは気まずい空気で終わり、僕は心配そうなカラルクの視線を背に感じながら、病室を後にした。
地面に落ちて茶色に変色した銀杏の葉を踏みしめながら、家路をたどる。周囲に雪の壁があるみたいに、しんと静かな帰り道だった。話しかけても挨拶一つ返さない今の僕に、道端で話しかけてくる人はいない。愛想のない美形は、「お高くまとまっている」と言われて排斥されるのがこの世の真理だ。
宙に吐き出した息が白い。随分と寒くなった。




