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14. Miss the Train

 猫の鳴き声に導かれるようにしてたどり着いたのは、駅のホームだった。陽の光が降り注ぐホームに、猫の姿は見当たらない。

 だが、無人のホームには、姿の見えない猫以上に奇妙な点があった。


 線路の上に、アームストロング号の銀の車体があるのだ。


 アームストロング号は、マリルーネから戻って来次第、夕方まで格納庫に入れられる。やむを得ず入れるまでに時間がかかるとしても、誰かが傍についている。未だに駅反対派が嫌がらせをしてくることがあるからだ。


 周囲に誰も侍らせることなく、青空の下に佇むアームストロング号は、さらさらの陽光に包まれて、そのまま透けて消えてしまいそうだった。


 にゃああああああ!


 猫の鳴き声は、ガラスドームをびりびりと震わせ続けている。間近で聞くと、透明な猫が僕の足元でのたうち回る光景が浮かんでくるような、悲鳴じみた声である。少々ぞっとしつつも、猫を見つけるべく、車両の中に入ろうとした時だった。  


「アスター・サンダフォードだな」


 僕の背に声がかかった。振り返ると、いつの間にやって来たのか、白いマントを背負った七、八人の騎士がホームに姿を現したところだった。案内をしてきたらしい先輩が、戸惑うように彼らと僕を見比べている。


 

 騎士たちは一様に、剣呑な視線で僕を睨んでいた。

 手足の先から痺れていくように、嫌な予感が広がっていく。


 騎士たちの真ん中にいる、偉そうな髭面の騎士が、僕から視線を動かさないまま、轟くような大声を発した。


「アスター・サンダフォード! 目を覚ましたジルベール氏が、自分を刺したのはお前だと証言している。一緒に詰所まで来てもらおう!」



 は…………?

 騎士の言ったことが分からなかった。


 当然僕に心当たりはない。この騎士が嘘をついているに違いない。嘘をつく理由は、その、実はこの男たちは騎士ではなく人攫いで、僕を攫うために隔離したい、とか。


 混乱している間にも、騎士たちはじりじりと距離を詰めてくる。僕の希望を打ち砕くように、何人かが騎士の証である発光する剣(トワイライト)を抜いた。


「僕じゃない」

 震える声で訴えても、騎士たちの表情はこゆるぎもしない。


 僕は後ずさり、気づけば逃げ出していた。


「待て!」

 髭面の騎士が鋭く叫び、騎士たちが僕めがけて駆け出してくる。


 僕はでたらめに走った。全身が燃えるように熱いのに、吸い込む息は不気味に冷たくなっていく。


 何で、なんで何で!? どうして僕が騎士に追われているんだ。訳の分からない罪を着せられているんだ。答えを求めて回転する僕の小さな脳内で、無数の声がぐちゃぐちゃに反響する。


 お姉ちゃんが来たら追い返してって、お願いしたいのお。アスター、無事で本当に良かった。私のこと、連れ出してくれる? あいつが目を覚まさないもんだから……お前を使って、望みを叶えてやりたいって思っちまった。綺麗な顔。アスターは俺の何が欲しいんだ? もう帰れ、親がうるさいだろ。もしかして、ジャックと繋がっているんじゃないか? 美しく生まれなければ良かった。美しくなければ、自分は特別だと勘違いすることもなかったのに。相応のささやかな幸せで満足できたはずなのに。


 滅茶苦茶だ。現実にしては荒唐無稽すぎるし、空想にしては救いがない。


 よく蝶の羽ばたきが嵐を起こす例え話がされるけれど、今の僕はただ嵐に巻きこまれているだけの蝶だ。何か起きているのは分かるけれど、分かるだけ。自分を翻弄する嵐の全貌なんて見えやしない。翅がちぎれて地に落ちても、嵐の進行に一片の影響も与えない。


 この嵐を起こした蝶がいるとすればそれは。


 ある一人の顔が浮かんだけれど、そいつはとても悲しい顔をしていた。自分は不幸だと言いたげなその顔がいつも気に食わなかったのに、どうしてか胸が軋むように痛んだ。


「ぎゃあ!」


 足音に追いつかれた。騎士に手首を捻り上げられ、身体に傷が、と反射のように叫んだ声が、別の音にかき消される。


 ピイイイイイイイイイイ!


 それは太陽が空にある間は、決して聞くはずのない音。その場にいる全員の目が吸い寄せられるように、線路に向いた。

 僕らの視線の先にあるアームストロング号の銀の車体に、幾何学模様が浮かび上がりつつあった。

 

 ピイイイイイイイイイイ!

 吹き鳴らされ続ける甲高い音が、否応なく胸をざわつかせる。最悪のことが起きる予感がした。


 果たして、アームストロング号はゆっくりと動き出した。車輪が一回転するごとに、青い空に灰色の煙が流れていく。


 その光景は、蜘蛛の巣に貼りついた蝶の翅を見た時の感覚を想起させた。残酷で、故に悲しく美しい。太陽の光の下、極太の輝く矢になったアームストロング号の姿は神々しさすらあるのに、冷や汗を浮かべて連行されているような悲壮感を漂わせている。


 行くな、行っちゃ駄目だ。騎士の手から逃れようともがきながら、僕は必死に念じた。お前がいないと、僕はどこにも行けない!


「させるか!」


 少し離れた位置から、誰かがホームに駆けこんできた。緑の蔓がアームストロング号に巻きつく。もう一方の腕が変じた蔓の先にいるのは、炎のような騎士だ。


 僕ではない。


「行くな!」

 気づけば、なりふり構わず叫んでいた。


「大人しくしろ!」


 怒声が響き、僕はホームの床に押さえつけられた。緑の蔓が収縮し、二つの人影が、貨物車に吸いこまれる。その直前、ワインレッドの瞳がちらとこちらを向いて、見開かれた気がした。


 震動がホームの床についた顎を震わせ、歯を鳴らす。置き去りにされた僕は、無数の手に押さえこまれながらも、小さくなっていくアームストロング号の背に手を伸ばし続けた。

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