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08. 来訪者

 行方不明の制服は母親に捨てられていたことが判明した。謝罪とともに差し出される朝食を拒否し、僕は部屋に立てこもった。


 約束の時間に駅に来なかった僕を、イブニや先輩たちはどう思っただろう。やる気のない奴と見なされただろうか。親方が刺されてからの暗い日々に、ようやく蛍くらいの小さな光が灯った気がしたのに。


 ベッドの上で鬱々と昼を迎えた頃、部屋のドアが控えめにノックされた。返事をしないでいると、鍵穴が回る音がする。


「アスター、その、大丈夫か?」

「アスターお兄ちゃん、元気ありそお?」

「……ありそうに見えます?」


 部屋に入ってきたのは、イブニとネリネだった。


「いつまでたっても来ないから、何かあったのかと心配で見にきた。ネリネさんとは来る途中で会ったんだ」

「……父さんたち、何か言っていたか?」


 イブニが着ている紺の制服を直視できない。


「息子なら部屋にいるよと、鍵を貰ったが……どうして鍵をかけているんだ?」

「ネリネは何で来たの。僕に何か用?」

「それは……そのお」


 イブニのもっともな疑問を無視し、もう一人の来訪者に水を向けると、そいつは途端に慌てだした。ネリネも様子が変だ。単に言葉が出てこない普段と違って、言うべきか迷うように目を泳がせている。


 沈黙が流れる。部屋にいる全員が、喉にかかった言葉の最終確認に時間を費やしていた。


「アスター、駅に来れそうか?」

 気まずい空気を破ったのは、やはりというかイブニだった。


「……分からない」

「分からない? どういう意味だ?」


 眉を顰めるイブニの顔には、僕への失望がありありと浮かんでいた。


「一緒にまたアームストロング号を走らせようと言っただろう」

「……アスターお兄ちゃんにも事情があるんじゃないかなあ」


 ネリネの声は奇妙な確信に満ちていた。僕に詰め寄ろうとしたイブニが動きを止める。ワインレッドの瞳が、些細な変化一つ見落とすまいと、僕をじっくりと見つめた。


「……俺にできることはあるか?」


 配慮を示してくれたイブニへの感謝の念と、自分の境遇への羞恥の念が、同時に脳内を吹き荒れた。しばし黙考し、僕は答えた。


「毎日来て、親方の容態と駅の様子を伝えてほしい。あと、うちの親とは挨拶以外で口きかないで」

「……分かった」


 手のひらの鍵に視線を落とし、イブニは曖昧に頷いた。不安だ、不安が止まらない。結婚式の日みたいに両親に余計なことを言って、イブニが出禁にされてしまったら、駅や親方の情報が手に入らない。


「私の用事はねえ」

 唐突にネリネが話し出した。


「お姉ちゃんが来たら追い返してって、お願いしたいのお」

 僕とイブニは顔を見合わせた。こいつの話は本当に掴みづらい。同じように鬱陶しくても、蚊の方が早くつかまってくれると思う。


「家出でもしたの? 追い返すも何も、ソニアは僕の家になんて来ないよ。僕の家に来るくらいなら、あいつは野宿するでしょ」

「家出ではないけどお……」


 ううううーんと唸り、ネリネはぽつぽつと自らの近況を語りだした。その説明ときたら、話と話の間に間を置くというより、間と間の間に単語を並べると言った方が適切な酷いものだった。

 途切れ途切れの情報を繋ぎあわせると、ネリネの話の大まかな内容はこうだ。


 姉のソニアの様子がおかしい。結婚式前から塞ぎこみがちではあったが、ジャックからの予告状が届いてからは、日に日に別人のようになっていく。今までは両親に逆らったことなどなかったのに、制止する両親を振り切り、護衛の騎士を撒き、どこかへ出かけることを繰り返している。


「あいつが裏路地使って騎士を撒く? 普段は面倒くさいとか言って裏路地使わないし、らしくないっちゃないけど……」


 たしかに妙な話ではあったが、今の僕には元カノの奇行にかかずらう気力などない。


「とにかく、お姉ちゃんが来たら、入れちゃダメ」

「だから来ないって」

「来るよ」


 突如、澄んだ声が僕らの会話に割りこんできた。

 ぎょっと自分を振り返る三人分の視線を、彼女は蜜が滴りそうな、嫣然とした笑みで受け止めた。


「お邪魔しまーす」

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