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21. 蛹にて微睡みて

「よお、食ってるか?」

 澄んだ声が吹き抜けた。本日の主役である新郎が、こちらに駆け寄ってきていた。

 彼に気づくなり、ソニアはさりげなく離れていった。僕と同じで、ソニアもこの快活な騎士が苦手なのだ。


 僕が空になった皿を見せると、カラルクは破顔した。


「美味いだろ。俺の式はテキトーに流していいから、腹一杯にすることだけ考えとけ」


 髭を剃り、髪も撫でつけているが、カラルクの格好はいつもと同じ騎士団の制服だった。「嫁さんがこの服の俺が一番好きだって聞かなくてさ」と照れ笑い。


「何だかんだ、俺もこの服を着ているのが一番好きだ。俺って感じがする」


 皺ひとつない制服の裾を意味もなく引っ張り、カラルクはそわそわと辺りを見回した。誰を探しているのかピンときたので、教えてやる。


「親方ならそのうち来るよ。捻くれてるから、ぎりぎりまで粘るだろうけど」


 実は親方が来ざるを得ないよう、ある仕掛けをしたのだ。


 僕の言葉に、カラルクの表情がぱっと明るくなった。


「そっか! ありがとな、アスター!」


 僕に礼を言うカラルクは本当に嬉しそうだった。何だよ。あれこれ理屈つけてたけど、結局仲直りしたかったんじゃないか。


 仲直り、ね……。


「アスター!」


 ジャケットの腕をまくったイブニが、息せき切ってやってきた。


「あ……カラルクさん。ご結婚おめでとうございます」


 イブニはカラルクの存在に今気づいたらしく、慌てて祝いの言葉を述べた。そういえば言ってなかったな、と僕も「おめでとうございます」と追従。


「ネリネはどうしたんだよ」

「バレたんだ。ほんと、ネリネさんには敵わない」


 脈絡のないことを言うイブニ。ネリネの胡乱さがうつったのか。


「アスター、話したいことがある」

「随分急だね。告白? ネリネから二股の許可は貰えたの?」

「茶化さないでくれ。真面目な話だ」


 イブニは怖いくらい真剣な顔をしていた。グラスの縁ぎりぎりまで注がれて、決壊寸前のワインみたいな瞳。 


「俺は外そうか」


 一旦僕たちから離れていったカラルクは、料理を山盛りよそった皿と一緒に戻ってきて、「仲良くな」と言い残して去っていった。


 渡された皿に手をつけずにイブニに横流しすると、彼の目がちらと輝いた。


「イブニって、食べるの好きだよね」

「街の料理がどれも美味しいからな。アスターはどうなんだ?」

「嫌いじゃないけど、全体的にちょっと甘いかな。太りそうで嫌なんだよね」

「贅沢だな」


 イブニの言う「贅沢」の意味はよく分からなかったけれど、彼はそれ以上この話題を続けなかった。ローストビーフを頬張り、「美味いな」と顔をほころばせたと思ったら、いきなりきた。


「どうして、アスターは俺と仲良くしてくれるんだ?」



「アスターは最初から、俺に目的を持って近づいてきたはずだ。そういう目はすぐに分かる」


 咄嗟に返す言葉を思いつけなかった。沈黙はイブニの言葉を認めたも同然だった。


 やっぱり気づかれていたんだ。


 腹芸ができないわけではなさそうだけど、こうと決めたら、駆け引きとか腹の探り合いとか一切なしで、ずばりと切りこんでくる。建前と本音の割合を慎重に見極めながらでないと話せない僕にとって、彼の率直さは時々恐ろしい。


「だが、アスターは黄金郷のことを何も知らなかったし、巻きこまれて危険な目にあっても態度を変えなかった。それどころか、仲良くなりたいと言ってくれて、自分勝手な俺にずっと良くしてくれて……。お父さんとの件だって、嫌な思いをさせたんだろ」


 イブニは真剣そのものだ。だが、嫌な思いをさせた、という部分にだけ、実感がこもっていないことに、僕は気づいてしまった。イブニは僕が「嫌な思いをした」理由が分かっていないのだ。

 それとも、こんな細かいところに着目する僕こそ、嫌な奴だろうか。


「俺は普通の生き方とか、女の子との付き合い方とか分からなかったから、とにかく助けが欲しくて、だから、アスターが何か目的があって近づいてきたと分かっていても、あえて触れずに親切さに甘え続けていた。お前を、利用していたんだ」


 イブニは言葉を切り、真っすぐな瞳で「ごめん」と僕に言った。


「さっきアスターが物凄く怒っているのが分かって、もう一緒にいてくれないのではと怖くなった。ネリネさんに相談したら、友達になってこいって言われた」


 螻蛄の低い声が大気を震わせる。一日ぶりの細い細い月の光が、イブニを照らし出した。


「アスターは俺の何が欲しいんだ? 改めて、俺はお前と友達になりたい。俺にできることがあれば、言ってほしい」


 胸がいっぱいで、咄嗟に何も考えられなかった。


 僕はたしかに父親に「アームストロング号を見てほしい」と言ったイブニに腹を立てた。帰った後、僕は父親への言い訳に頭を悩ませるだろう。下手を打てば、駅への出入りを未来永劫禁じられるかもしれない。

 でも、胸がすくような思いがしたのも事実なのだ。イブニが言ってくれた言葉は、僕がずっと両親に言えなかった言葉でもあったから。


 こいつなら、と思った。空想から落ちてきた少年なら、アームストロング号が好きで、一緒にマリルーネで遊んだ同僚なら、僕を理解してくれるかもしれない。 

 あの日から街に馴染めなくてズレた僕と、同じ心を持ってくれるかもしれない。


「……怪盗ジャックに会いたいんだ」


 僕は遂に誰にも言ったことのない夢を漏らした。スカラベのように、自分の中でせっせと転がし続けた夢は、口から出せないほど肥大化していると思っていたのに、話してみれば何とあっけないことか。


 僕はイブニの反応を待った。


「ジャック……あいつに」


 果たして、ゆっくりと瞳を瞬かせた線の細い顔は、強い嫌悪で歪んだ。


「正気じゃない。絶対にダメだ!」

 イブニは信じ難いといった様子で、首を振った。


 酔っ払った親父の歌声が聞こえてくる。手拍子、囃し立てる声、ロータリーに零れる酒。祝宴の熱気が、夏の夜にとぐろを巻いている。皆、豪華な食事に舌鼓を打ち、大きな声で笑っている。


 僕らの周りだけが静かだった。


「……そっか、嬉しいよ。僕はこの街で普通でいたくないんだ。僕は」


 駅やカラルクの結婚に散々陰口をたたいておいて、会場と豪華な食事を提供されたら、自分の行為を忘れて浮かれる奴ばかり。くだらないくだらない、この街は本当にくだらない。


「僕はジャックに僕を盗んでほしい。ジャックへの足がかりが欲しくて、コレクションだったお前に近づいた。利用しようとしていたのは僕の方だよ。……ごめんな」


 イブニは目を見開いて、絶句した。傷ついたような表情に良心が痛んだ。



 アームストロング号の登場により、人や物資が集まるようになったギークの街では、オークションの開催が増加している。外の世界のものに否定的な職人たちも、自分たちの作品の売りこみの場として、例外的に許容しているので、会場の整備も急速に進んでいる最中だ。

 だけど、ルールの整備が追いついていないせいで、いかがわしいオークションも一部で横行している。僕が潜りこんだのもその類のものだ。


 あるオークションに怪盗ジャックのコレクションが出品されると聞きつけた僕は、いてもたってもいられず、会場のボーイの一人に成りすまして会場に入った。そして、ジャックのコレクションの黄金像———イブニと一度目の出会いを果たした。


 イブニがどんな経緯でジャックのコレクションになり、あのオークションに流れてきたのか、僕は知らない。だけど、ジャックについて少しでもいいから情報が欲しかった。


「そんなこと言うな。ご両親が悲しむだろう」

 イブニが絞り出すように言った。


「別にいいよ。あの人たち、僕のこと大事じゃないんだよ」

「そんなこと……」

「そんなことあるよ。僕が大事なら、親方やイブニを家から追い返したりしない。僕の意志を大事にしてくれないなら、あの人たちは僕の何が大事なわけ? 命? 心臓が動いていればいいなら、僕じゃなくたっていいじゃん。あの人たちは『自分の子供』が大事なんであって、僕が大事なわけじゃないんだよ」

「……でも! アスターはご両親のことが好きだろう」


 式の始まりが近いのか、ロータリーの方から聞こえる喧騒がにわかに大きくなった。その中でも、イブニの言葉は、嫌にはっきり僕の耳に届いた。

 彼の声はどうしてか哀願のような響きをはらんでいた。確信を持っているというより、まるでそうであってほしいと思い詰めているような———。


 ――――――アスター、無事で本当に良かった。


 あいつらなんて嫌いだ。凝り固まった偏見で人を見下すバカな大人で、僕の将来像そのもの。


 ――――――アスター、無事で本当に良かった。


 くそ、どうしてそんなこと言うんだよ!


 また、心臓が膨張する。このままでは魔法を失敗した時みたいに、僕の内で渦巻くものに殺される!


「イブニさん!」

「アスター!」


 心臓が爆発する直前で止まる。ネリネとカラルクが、ほとんどぶつかるような勢いで駆けよってきた。


「アスターお兄ちゃん、イブニさん! どうしよう、お姉ちゃんに……」

「アスター、イブニ! 大変だ! ジルベールが……」


 二人の身体が、声がもつれる。落ち着け、と声をかけようとして、僕は言葉を失った。二人の顔色は夜目でもそうと分かるほど、紙のように白くなっていたのだ。


 その時、僕はロータリーのどよめきに、緊迫した響きが大いに含まれているのに気づいた。

 それは大量発生した飛蝗の羽音に似ていた。不吉な予感が胸の内をざわざわとかき乱す。脳裏に蘇るのは春。駅の前に人の山と血の海が一夜にして生まれた日のこと。


 僕とイブニは顔を見合わせ、同時にロータリーへと駆けだした。


 そして

 悲鳴、パニック、その中心に

 礼服を着た親方が倒れ伏していた。


 目の前の光景が信じられずに顔を上げると、親方を囲む輪の最前列にいたソニアと目が合った。僕を罵倒することが生きがいのような女は、うっとりと僕を見て、口を動かした。


 綺麗な顔だね。


 よく聞き取れなかったけれど、たしかにそう言った気がした。

第2章このエピソードにて完結です!

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