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14. いつか黄金になる日・上

 ガンバラ、マリルーネでの高速荷下ろしを乗り切った僕らは、マリルーネの駅の仮眠室を借りて数時間ほど眠り、太陽が高くなってから街へと繰り出した。


 マリルーネは火の大陸でも有数の貿易港で、街は他の大陸から輸入された物品や、それらを売り買いする商人たちで溢れ、祭りのように活気がある。通りを進むたびに、これまで見たことがないものに遭遇するものから、散策していて飽きることがない。


 だが、僕の心を何より捉えたのは、街を包む潮の香りと果てしなく広がる海だった。

 ギークの街は内陸にあるので、僕は海を見たことがなかった。海岸に降り立った僕は、独特の濃い匂いの風を胸いっぱいに吸いこみ、水面で弾ける光やもったいぶって押し寄せる波、砂浜に広がる白い泡を夢中で眺めた。


「そんなに面白いか?」


 市場で買い求めたニシンとキャベツを挟んだ白パンを頬張りながら、イブニが苦笑する。


「一生観察できそうなくらいには」

「それは冗談か? それともそんなに海が好きなのか?」

「もちろん冗談だよ。今日初めて出会ったものを、一生見てられるほど酔狂じゃない」

「一目惚れとはそういうものだろう」

「お前、大真面目な顔ですごいこと言うよね」

「すごい……か。ありがとう」

「どういたしまして」

「……! 危ないっ!」


 はしゃぐ僕を生温かく見守っていたイブニが、突然血相を変えて叫んだ。

 え、と聞き返す前に、大きな羽音がして、目の前が暗くなる。次の瞬間、僕が手にしていた白パンが手品みたいに消えた。


「…………」


 ピュ〜ロロ〜と口笛に似た鳴き声を出して、嘲笑うように頭上を旋回する海鳥を、僕らは無言で見上げた。


「……すまない。俺は食べきってしまった。腹が空いているなら、葡萄を」

「いらないからね。ちょくちょく自分を食わせようとするのは何? 持ちネタなの?」

「ネタではない。味には自信がある」

「うん、ありがと。やめとくわ」


 空っぽになった手と、上機嫌の海鳥を交互に見比べる。くそ、楽しみにしてたのに。人の食べ物を掠める浅ましい生き物が、親方以外にいるなんて。


「切り替えて次行くよ! 葡萄しまって!」


 無言で腕に葡萄を生やしだしたイブニをせっついて、海岸を後にする。

 ギークの街の外にいられるのは半日。満喫しなければ、と改めて気合いを入れた。


 だが、受難は一度で終わらなかった。



 まず、メリオ市場でぼったくられた。


 メリオ市場はマリルーネでも指折りの大規模な路上マーケットで、各地から集まった珍しい品が取り引きされている。水の大陸の赤い照明の下、土の大陸の伝統衣装姿の店主が商売しているといった光景がそこかしこで見られ、通りは混沌としていた。


 二人で露店を冷やかしながら歩いていたら、ある露店のばあさんに手招きされた。店を覗いてみると、真っ白な羽がついたペンが並んでいる。


「天使の羽ペンだ」


 風の大陸のお守りだ、とイブニが付け加える。僕はイブニを横目で窺った。そういえば、こいつは風の大陸の出身なんだっけ。彼と出身を同じくするそれが急にほしくなって、僕は羽ペンを購入した。

 「天使」から賜ったという触れこみの白い羽は、柔らかな手触りをしていた。いい買い物ができた、と僕は機嫌よく何度も羽を撫でた。


 が、七つ先の露店で、僕が購入した半額以下の値段で、同じものが売られているのを見つけてしまった。


「や、やられた……。もっと値引き交渉すればよ良かった……やけにあっさり引き下がると思ったら」

「これ以上は良くない」

「お前は相変わらずだよね。そういや、これ何のお守りなの?」

「……」


 イブニの目が泳いだ。嫌な予感がする。


「これ、ほんとにお守りなんだよね?」

「それは間違いない。昔とある人がこれで目つぶしするのが一番効くと言って、俺に一本くれたんだ」

「効果は不審者避けね。一つ賢くなったわ」


 持っていれば加護があるとかではなく、武器と書いてお守りと読む部類だった。僕には使いこなせる気がしない。


 それなら僕よりも、と春に付け狙われていたイブニにあげることにした。ペンを受け取ったイブニは、懐かしむように目を細め、ありがとう、とはにかんだ。



「この看板は、ええっと、りんじきゅうぎょうと読むのか?」

「勉強の成果が出てて嬉しいよ……」


 先輩に教えてもらった、ピザとかいう美味しいものが食べれる店は臨時休業中だった。仕方なく近くにあったコーヒーハウスに入り、「世界のコーヒーの飲み比べセット」とやらが面白そうだったので、頼んでみたのだけれど……。


 一時間後、僕らは公衆トイレめがけて全力疾走していた。たぶん、春に盗賊たちに追いかけ回された時より速く走っていたと思う。


「……僕、しばらくコーヒーはいいかな」

「ワインなら余裕なんだが……」

「それ共食いにならないの?」


 ようやくたどり着いたトイレで、並んで用を足しながら、くだらないことを言い合う。


 「世界のコーヒー」がサーブされる単位はカップではなく、まさかのポットだった。飲めども飲めどもなくならず、ようやく飲み終わったと思ったら、次のポットが運ばれてくる恐怖。飲み比べのはずが次第に味の違いが分からなくなり、末期には唾液すらもコーヒーの味がした。


「あんだけ飲んだら、一週間くらい寝れない気がする」

「駅で働くなら悪くないんじゃないか。だが、あまり寝ないと葡萄の味が落ちてしまうな」

「お前の葡萄そんな仕組みなの!?」

「ああ。睡眠の質や運動量、食べた物でも味が変わるんだ。牛や豚だって餌の種類で、肉の味が変わるだろう? それと同じだ」


 同じか? そうなのか?


 イブニはまた腕に葡萄を生やし、「これだけコーヒーを飲んだら、どんな味になるんだろうな……」と真剣な表情で観察しだした。カラルクは親方じゃなくて、葡萄農家にこいつを預けた方が良かったんじゃないか。


「試しに食べてみるか?」

「いらない」

 


 そして、トドメにイブ二が財布をスられた。


 本屋でイブニの教化書や僕の好きな作家の新作を買い漁った直後だった。二人ともつい買いすぎて両腕が塞がっていたために、まんまとスリの餌食になってしまったのだ。


「いいよ。お金くらい」

「くらいじゃないから」

 と、あっさり財布を諦めようとするイブニと、本屋の前で押し問答をしていると、「財布、取り返したぞ」と背中に声がかかった。


 振り返ると、白いシャツに綿のパンツという、ラフな出で立ちのカラルクが立っていた。


「とっ捕まえたスリは、街の騎士団に引き渡しといた」

 ほい、とイブニの手に財布が戻る。礼を言うイブニに、カラルクは珍しく真剣な声音で注意した。


「イブニ、金は大事だぞ? マリルーネは治安がいいとは言えないし、尚更しっかり握っとかないとダメだ」

「お手間を取らせてすみませんでした」

「それは良いんだけどさ、金は大事だから、大事にな」

「はあ……」


 カラルクがわざわざ二度も言ったにも関わらず、イブニにはあまり響いていないようだった。


「合流遅くなってごめんな。挨拶が長引いてさ」


 マリルーネにいるメルポメネの類縁者に結婚の挨拶をしにきたカラルクとは、この本屋で合流することになっていた。イブニが約束を取りつけてきた時には余計なことをと思ったものだが、財布を取り返してもらったので、結果的には良かったかもしれない。


 僕らの顔を見比べたカラルクが、にやっと笑った。


「随分楽しんでるみたいだな?」


 僕は散々だったここまでの時間を思い出した。財布は軽くなったし、胃はむかむかするけれど、


「はい。とても良い思い出ができました」


 向日葵みたいに色鮮やかに笑うイブニを見ると、悪くなかったな、などと思うのだった。

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