07. 虫の歯形
時間は現在に戻り、僕らは過保護な街一番の美女の圧力に晒されながら、駅への道を急いでいる。
すれ違う街の人が、僕らを振り返る。美男二人を百面相で追いかける美女。狭い街で妄想が暴走しそうな光景だ。ただでさえ、僕とソニアの破局は知れ渡っているのだから勘弁してほしい。
ほら、大通りに並ぶ店のおばちゃんたちがひそひそ噂話をしている。
「侯爵家に媚を売ったに違いないよ」
毒が一滴、ぽたりと耳に飛び込んできた。
「お姫様は十歳以上年下なんだろ、そこまでして出世したいかねえ」
「気持ちのいい男だと思っていたのに。この街を裏切るなんて」
「いいや、侯爵家が騎士様の人気に目をつけて結婚を強いたんだ。お可哀想に」
イブニの顔が強張った。侯爵家のお姫様と結婚する騎士様なんて、彼の恩人であるカラルク・フレイムしかいない。
「聞くな」
僕はイブニの耳元に鋭く囁きかけた。おばちゃんたちに笑顔で会釈しながら、早足で通り過ぎる。
カラルクの結婚が決まってから、ギークの街に蔓延する、取るに足らないけれど、聞くものの神経に蔓延り、腐らせていく羽虫の歯型。そういう悍ましいものを、イブニは知ってしまった。
「忘れな。あいつらは言葉の通じない異邦人だと思えばいいんだよ」
「……」
「この街、全体的にメルポメネ侯爵家が嫌いなんだよ。僕が生まれる前に、職人ギルドが侯爵家とトラブったらしくて、その時の恨みをまーだ引き摺ってんだ。大人げないだろ?」
だから、メルポメネ侯爵肝いりと噂のアームストロング・ライン開通時も、街の人は賛成派と反対派で真っ二つになって大いに揉めたし、カラルクの結婚にも陰口を叩く。陰湿で、くだらない。同じようにうるさいけれど、叫んでいるのが愛なだけ、蝉の方がよっぽどマシ。
「カラルクさんは何もしていないのに」
イブニの声音は暗い。
「…………親切で普通の人たちなのに、何で悪口なんか」
「普通の奴が悪口言うなんて当たり前でしょう。普通なのよ」
いつの間にか、ソニアが横に並んでいた。元カノはイブニの顔を見やり、柳眉を寄せる。
「……分からないっていう顔ね。役者じゃないのなら、本物のバカだわ。それか、よっぽど恵まれた奴」
バカ、と言う割には、ソニアの声に滲んでいるものは、侮蔑よりも憐れみに近かった。
僕はソニアの言わんとしたことが分かるような気がしたけれど、何も言わなかった。




