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ナー部劇風異世界で  作者: たろっぺ
第四章 浪漫を求めて
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第八十六話 神託

第八十六話 神託




「この馬鹿息子が……」


 模擬戦後、アリサさんとバトバヤルさんと共にドルジさんの天幕へと呼び出された。


 彼は座った目でバトバヤルさんを睨みつけ、言葉を続ける。


「貴様、自分がどれだけの事をしたかわかっているのか?」


「ない頭なりには」


「ならその空っぽの頭を今すぐ叩き割ってくれる」


 ドルジさんが額に血管を浮かべながら、しかし己を落ち着かせる様に深呼吸をした。


「……だが、その命は亜竜との戦いまで取っておけ。貴様が氏族長の前で宣ったあの妄言。なみ大抵の手柄では許される事ではないぞ」


「わかっている。だが、俺の妻や子まで連座で処刑まではされまい。あの模擬戦の後では余計にな」


 え、この人妻子いたの?


 その割にはアグレッシブというか、向こう見ずというか。もうちょっと残される人の事を考えた方がいいと思うのだが……。まあ、それが彼らの文化だと言うのなら自分がとやかく言う事でもない。


「そうだな。まったく、変な所にだけ頭が回る癖に肝心な部分で思考を停止させるのだ、貴様は……!」


「そう教育したのは親父だろうに。実際、今まではそれで問題なかったから正解だったと思うがな」


「……この話は、一端ここまでだ」


 そう言って、ドルジさんがこちらに顔を向けた。


「数々の非礼、謝罪をさせて頂きたい。我が息子が発した同盟国である王国への攻撃の意思は、こやつ個人のものです。氏族全体の意見ではないと、どうかご理解頂きたい」


「自分も改めて謝罪する。勇敢なる戦士シュミット殿。貴殿とその祖国への妄言、全て撤回させて頂く」


 揃って巨体を丸めて頭をさげる彼らに、チラリとアリサさんへと視線を向ける。


 正直、こういう外交が関わる話は専門外だ。そう思い彼女の意見を求めれば、苦笑を浮かべて頷いた。どうやら意見は同じらしい。


「顔を上げてください、ドルジ殿。バトバヤル殿」


「しかし」


「我らはバトバヤル殿の発した王国への攻撃の意思とやらを聞いておりません。彼は自分を友と呼んでくれた。それ以外の事は、あいにくと耳が痛くてよく分からなかったのです」


 ここで色々と言い合う時間も惜しいし、自分達が彼らの弱みを握った所で大した得にはならない。


 ならばここで恩を売り、戦闘時の連携をしやすくする方が得策である。


「……よろしいのですか?」


「はい。自分もアリサさんも、あの時は鼓膜が破れそうで碌に話が聞こえていなかった。それだけなのです」


 顔をあげたドルジさんに頷く。


 まあ実際バトバヤルさんの大声は鼓膜に悪いので、耳が物理的に痛かったのは事実だが。天幕の中で出す声量ではないと思う。


「心からの感謝を。シュミット殿、アリサ殿……!」


「いいえ。それよりも、本題に移させて頂きたい」


 本当に時間が無いのだ。


 亜竜の成長速度は詳しくないが、それでも時間は相手の味方。悠長にしている暇はない。


「……シュミット殿。もしも今まさに亜竜が攻撃してくると思っているのなら、たぶん心配ないぞ」


 バトバヤルさんの言葉に首を傾げる。


「どういう事でしょうか?」


「確証はない。だが、これまで奴に襲われたのは全て『夜』だった。昼間は地面の中を移動している様で、姿を現す事がない。我らがこの人数でここまで逃げてこられたのは、亜竜が夜にしか戦えないからだ」


「夜にだけ地上に?」


 どういう事だとアリサさんに視線を向けるも、彼女は首を横に振った。


「いや、私もそんな話は聞いた事がないよ。亜竜の目撃例自体大昔のしかないけど……その文献では、『昼も夜もなく亜竜は暴れ続けた』って書いてあったし」


「あいにくと俺はその話を知らん。ただあの亜竜はそうだった」


 キッパリと言い切るバトバヤルさんに、否定しないドルジさん。どうやら本当らしい。


 昼間は地中にいて、夜になったら這い出てきて人を襲う。亜竜は夜行性か何かなのか?


「本当はすぐにこういった情報を共有したかったのですが、この馬鹿息子が騒いだせいで……」


「説教は後にしてくれよ、親父。体のあっちこっちが痛いんだ」


 そう言ってお腹をさするバトバヤルさん。


 良かった、最後の一撃は流石に効いたらしい。あれで無傷だったら、この人が亜人とは言え人類かどうか疑わないといけない所であった。


「そうだ。俺は今から救護所に行くのだが、シュミット殿達もどうだ」


「ああ、それはいいですね。僕も彼女も、白魔法には心得があります」


「おう。治療を手伝ってくれるのならありがたい。だが、それよりも会わせたい奴がいる」


「合わせたい人ですか?察するに、亜竜について更なる情報を持っている方でしょうか」


「そうなんだが……厳密には少し違う」


「はい?」


「持っているじゃなく、『これから持つ』かもしれん」


 どういう意味かと首を傾げる自分に、ドルジさんが口を開いた。


「こやつの妹が現在他の巫女たちを率いて負傷者の治療を行っています。そして、私の娘でもあるそやつは『神託』を受ける事ができるのです」


 神託。


 前世でそんな単語を聞けば眉に唾をつける所だが……。


「一度会ってみると良いかと。娘も貴方を前にすれば、何かが見えるかもしれません」


 彼らの真剣な表情に、冗談の類だとはとても思えなかった。



*    *     *



 バトバヤルさんと共に、救護所へと向かう。


 近づくにつれうめき声は増し、血の臭いは濃くなっていった。


 そして、目的の場所に到着する。


「これは……」


 思わずと言った様子でアリサさんが口を押え、自分も眉間に皺が寄る。


 一際大きな天幕の傍では入りきらなかった怪我人達が地面に布を敷いて寝転がされ、それを甲斐甲斐しく白い服を着た女性達が治療を行っている。


 神託や巫女と聞いたが、その治療法は一般的なもの。薬草をすり潰したであろう傷薬を患部に塗りつけ清潔な布で覆ったり、折れた骨を元の位置に戻して固定する等。


 ヨルゼンの街。事件後に視た光景とそっくりだ。二度目だが、それでも慣れる気がしない。


 もっとも、慣れたいとも思えないが。


「バトバヤル様。怪我の治療でしょうか?」


 巫女の一人がこちらに気づいた様で話しかけてくる。


「おう。打撲の傷薬と布だけくれ。後は俺が自分でやる」


「なりません。如何に頑強な御身とは言え、治癒の事を知らぬ身で判断しては」


「いいんだ。それよりあいつらの事を診てやってくれ。それと、妹はどこに?」


「……『ゲレル』様ならば、あちらの天幕の中に」


「おう。すまんな」


 心配そうな顔の巫女に軽く手を挙げてから、示された天幕に向かうバトバヤルさん。


 それについて行って中に入れば……こちらは、外以上に重傷者が多い様だった。


「う、うぅ……」


「目が……誰か……ここは……」


「ぁぁ……ぁぁぁああ……」


 片腕を失いうなされるながら眠る人。両目に包帯が巻かれた足を失った人。全身が焼けただれ辛うじて呼吸をしているだけの人。


 これは……。


「目を逸らさないでやってくれ。彼らは、勇敢に戦った者達だ」


 自分達に振り返らず、バトバヤルさんが呟く。


「名誉の負傷……そう思わねば、やってられん。誰も彼も、必死だったのだ」


「……承知しました」


「はい」


「感謝する。シュミット殿、アリサ殿」


 彼の背に頷き、怪我人達を見る。


 白魔法の治療でどうにかなりそうな範囲かは、正直厳しい者も多い。千切れた手足を一から生やすのは膨大な魔力を必要とする。


 いっそ家畜の肉や骨を持ってきて多少の代用を行うか……。チートで得た知識が正しいのなら、ゼロからどうにかするよりはマシなはず。


 そう考えていると、一人の女性が近付いて来た。


 白い衣服を血に染めたその人は、牛獣人らしくかなり背が高い。二メートル前後だろうか。


 彼らの中では珍しい銀髪をしており、漆黒の角が側頭部から伸びている。二十歳前後と思しき彼女は金色の瞳でバトバヤルさんを睨むと、こちらにその整った顔を向けて丁寧なお辞儀をした。


「お初にお目にかかります。『剣爛』のシュミット様。アリサ様。氏族長の孫、ドルジ・ゲレルと申します」


「シュミットです」


「アリサです」


 こちらも返礼し名乗る。


「妹よ。すまないが少し付き合ってくれ」


「……わかりました」


 バトバヤルさんをもう一度ジロリと睨んだ後、彼女は頷く。


 兄妹仲が悪い……という雰囲気でもない。単純に怒っているだけに思える。


 別の天幕に移った辺りで、同じ事を思ったらしいバトバヤルさんが問いかけた。


「どうした、ゲレル。何か怒っている様だが……」


「誰のせいだとお思いですか?」


 底冷えのする声はゾリグ様にも劣らぬ殺意が籠められており、反射で剣に手をかけそうになったほどだった。


「お、俺か?」


「この非常時に模擬戦……それも他国からの援軍で来てくださった方を相手になど、状況をお考えにならなかったのですか?」


「い、いや。それはだな」


「無論。理由があった事はわかっています。ですが、兄様なら穏便に済ます事もできたはず。それをしなかったのは、ご自分の感情を優先させたからですね?」


「……すまん」


「傷薬一つ、包帯を巻く手すら貴重な今余計な荒事を起こさないで下さい」


「ああ。責任をとり、俺はこの傷を残そう。やはり治療はいらん」


「何を言っているのですか。ちゃんと手当をしてください」


「ええ……」


 何故と言いたげに眉を八の字にするバトバヤルさんに、ゲレルさんは反対に眉をつり上げた。


上兄様うえあにさまが亡くなった今、兄様が氏族長唯一の男の孫。甥はまだ幼く、私が誰か婿をとって子を産むにしても年単位の時間がかかります。ここで万一があればどうするつもりですか。安易な責任の取り方などせず、頭と腕を働かせてください」


「お、おう。わかった……」


 何だろう。凄く家庭内の序列というか、パワーバランスが見えた気がした。


 兄妹喧嘩というには一方的なものを見ていれば、彼女がこちらに向き直った。


「身内の恥を晒してしまい、申し訳ございません」


「い、いえ。元々模擬戦は自分が言いだした事ですので……」


「それでも兄の方から無礼な発言をしたのでしょう。その事も含めて、謝罪いたします」


「それは、えー……なかった事になったというか。どうかお気になさらず」


「なるほど。それならば、謝罪ではなく感謝を」


 深々と頭を下げるゲレルさんと、居た堪れない表情のバトバヤルさん。


 何とも気の抜ける空気の中、相棒が咳払いをした。


「失礼。謝罪は不要ですし感謝は受け取りますが、今は一刻を争います。本題に入らせて頂いても?」


「はい。かしこまりました。それで、私の所へ兄が案内したと言う事は『神託』を聞くためでしょうか?」


 後ろで結わえた長い銀髪を揺らし、彼女が問いかけてくる。


 それに対し、アリサさんが頷いた。


「ええ。ドルジ殿から貴女ならば何か有益な情報を得られるのではないかと」


「……残念ながら、ご期待には答えられないかもしれません」


 ゲレルさんが申し訳なさそうに首を横に振る。


「何故だゲレル。お前は亜竜の襲撃だって予知したじゃないか」


「最初の一度だけです。元々、あの術は成功率の低いもの。晴天の中多くの幸運が重なって、ようやく成せる奇跡なのです」


 詳しくはわからないが、どうにも神託とやらはそう都合よく聞けるものではないらしい。


 元よりそれほど期待していなかったものだし、諦めるとしよう。怪我人の治療を手伝いながら、彼らから亜竜と戦った時の事を聞けばいい。


「そうか……『三百年前に聖女から教わった術』も、万能ではないのだな……」


「……聖女から?」


 だが、そう思考を切り替えた所でバトバヤルさんが聞き逃せない単語を呟いた。


「お待ちください。その技は、聖女が伝えたものなのですか?」


「はい。三百年前までは同じ女神を信仰していたものの、王国と我ら獣人達では信仰の仕方が異なっていました。ですが、突如やってきた人間の聖女様が教えを広めてくださったと聞いております。この秘術はその際に伝わってきたものです」


 ゲレルさんの答えに、少しだけ考え込む。


 数々の幸運が重なって起きる奇跡。数々の……晴天の下……。


「……ゲレル殿。ものは試しと、その技を使ってはくれませんか?」


「お言葉ながらシュミット様。これはそう都合の良いものでは」


「『世界』を味方につけて、声を聴く。そういう技なのではありませんか?」


 ただの勘で言った問いかけ。この世界の常識で聞いても頭のおかしいそれに、バトバヤルさんが疑問符を浮かべている。


 そう。大抵の人は、そういうリアクションをするのだ。


「……!?」


 だがゲレルさんは違った。切れ長の瞳を見開き、信じられないと言った顔でこちらを見下ろしている。


「何故、それを?この術は各氏族の長女にしか伝えぬ秘術です。お婆様が教えたのですか?」


 先ほどより一段低くなった声。それに対し、首を横に振る。


「いいえ。ただ、僕も似た様な術を持っているから尋ねただけです。もっとも、自分の技は黒魔法やアンデットに関する存在にしか効きませんが」


「……なるほど。少し前に王国で流れた『新たなる聖女』の噂は」


「はて、何のことでしょうか」


 笑みを浮かべて誤魔化すこちらに、彼女は小さくため息をついた。


「一度だけ。一度だけですが、やってみましょう」


「お願いします。助力になるかわかりませんが、自分の方も件の術を試してみましょう」


「……?アリサ殿。二人はいったい?」


「さあ。私にも全ては理解しかねますが……とりあえずやらせてみれば良いかと」


 混乱するバトバヤルさんと神妙な面持ちのアリサさんに見守られながら、聖女の技を発動する。


「『サンライト・クロス』」


 当然ながら、この場にはアンデッドも黒魔法使いもいない。故に、ただの不発で終わる。


 かき集めようとする大気中の魔力は霧散し、自分の元から離れ───ゲレルさんの元へと向かっていく。


「我らが女神よ……どうかお導きを」


 虚空へと膝をつき、胸の前で指を組んで瞳を閉じる彼女。祈りの姿勢をする巫女の角が、淡く光り始めた。


 他の牛獣人よりも上向きに伸びた二本の中間地点。空中にて、白く輝く光球が形成されていく。


「これは……!」


「おお、成功したのか!?」


 アリサさん達の声に反応する余裕もない。頬に汗を伝わせながら、必死に魔力を制御する。


 これは、想像以上に大変だ。かき集めた魔力を他人に送るというのは、かなり神経を使う。下手をすれば二人纏めて破裂しかねない。


 そんな自分とは別に、ゲレルさんは静かな面持ちで唇を動かした。


「……彼の竜は、不死身なり」


 どこか無機質にも感じるその言葉。ゆっくりと開かれた金色の瞳は、何の感情も浮かべていない。


「夜に潜む世界の敵なり。白の力以外では如何なる傷も瞬く間に癒え、心臓を奪わぬ限り止まりはしない。彼の者は復讐者也。その喉は、全ての人間の生き血を啜らんと乾き続けるだろう」


 不死身に、夜に潜む?


 単語だけ切り抜くとヴァンパイアめいた生態に思えるが、黒魔法に関係するもの同士亜竜と吸血鬼には何かがあるのか……?


「竜の弱点は、龍と同じものである。そこからならば、白の力を帯びし武具にて……」


 ビクリとゲレルさんの肩が震えたかと思えば、角の間に浮かんでいた光球が揺らぐ。


 まずい。彼女は魔力の調整に失敗したのだ。


 すぐさま送り込んでいた魔力を引っ張り、宙で霧散させる。これで内側から風船みたいに破裂する事はないはずだが。


「こ、はっ……!」


「ゲレル!?」


 小さくせき込む彼女の背をバトバヤルさんが撫でる。


「どうした。普段と比べて随分と内容が具体的だったが……何かあったのか?」


「いえ……私ではなく、シュミット様こそ……」


 薄っすらと瞳に涙を浮かべ苦しそうにしている彼女がこちらを見上げた後、バトバヤルさんの手を借りて立ち上がる。


「失礼しました。先の神託で、何か役立てば良いのですが……」


「ありがとうございます、ゲレル殿。有益な情報を聞く事ができました」


 白の力を帯びし武具。その前の言葉も加味すれば、恐らくは白魔法を付与したら武器ならば亜竜にも効くという事だ。


 そして、心臓さえ奪えば死ぬとも言っていた。殺し方が明確になったのは非常にありがたい。


 なんせ未知の生物が相手である。吸血鬼は頭を割っても死なず、逆にグールは心臓を撃ち抜いても止まらなかった。吸血鬼側に近い存在であると知る事ができたのは、非常に有益である。


「お役に立てたのならば何よりです。それでは、すみませんが私は負傷者の治療に戻らせて頂きます」


 僅かにふらつきながらも、すぐに背筋を伸ばしたゲレルさん。


 それに対し、一度だけアリサさんと目配せする。


「ゲレル殿。私とシュミットは白魔法の心得があります。及ばずながら、手伝いをさせて頂きたい」


「よろしいのですか?ありがとうございます」


 そうして天幕を出ようとすれば、何故かバトバヤルさんに肩を掴まれた。


「何か?」


「すまんが、少々シュミット殿と話したい事がある。二人きりでしたいのだが……」


 そうアリサさんに視線を向ける彼に、彼女は少し不思議そうにしながらも頷いた。


「私は構いませんが……シュミット君もいい?」


「ええ。大丈夫です」


 わざわざ二人だけというのが気になるが、敵意は感じない。悪い事にはならないだろう。


 そう思い頷いたのだが、ゲレルさんが何故かこちらをじっと見てくる。


 観察するような瞳で爪先から頭の天辺までを二度ほど往復させ、彼女は頷いた。


「では兄様。私は失礼します」


「おう。すまんな、忙しい時に」


「いえ。必要な事でしたから」


 そうして天幕を彼女らが出て行った後、バトバヤルさんがくるりとこちらの体を動かし自分の方を向かせた。


 彼はその銅鑼の様な声を潜め、腰を曲げて顔を寄せてくる。


 厳めしいその顔に胡散臭い笑みさえ浮かべて、いったい何だと言うのか。


「時にシュミット殿。貴殿、嫁はいるか?」


「……結婚を約束している人はいますが」


 なんだか、雲行きが怪しい様な。


「そうかそうか。だが、人間の国は我らと同じく一夫多妻でも問題ないのだったな?」


「……それはそうですが」


「正直に聞く。うちの妹とかどうだ?」


「この状況で聞きますか……!?」


 マジかこいつ。もう一度言う。マジかこいつ。


 自分の氏族の存亡の危機だぞ?こう言っては何だが兄が死んだばかりだぞ?その状況で、何を平和ボケした事をほざいているのか。


 そう思い頬を引きつらせる自分に、しかし彼は真剣な顔を浮かべている。


「この状況だからこそだ。我が妹は器量よしだが、立場と巫女の仕事で中々婚姻が決まらなくってな……これから戦いに行く身としては、その先行きが心配でならないのだ」


「何を……戦う前から弱気になってどうするのですか」


 肩を掴まれた手を外そうとするが、力と体格差でほどけない。


 何となく話の流れが読めたので、できればこの場を離れたいのだが……この馬鹿力め……!


「いやいや。戦いに出る以上、何があるかもわからん。ここは、自分に打ち勝った戦士にこそ嫁に貰ってほしいのだ」


「戦いに出るのは僕も同じなのですが?」


「そこはそれ。万一二人揃って仲良く死んだのならそれまでよ」


 ニカッと無駄に爽やかに笑うバトバヤルさん。


 うん、自分ちょっと彼らの文化に馴染めそうにない。


「それに貴殿とて、妹の事を悪くは思っていないのだろう?」


「な、何を根拠に」


「だってチラチラと胸や尻を見ていたではないか」


「 」


 え……そんな、分かり易かった……?


 緊急時だし、救護所だしと、そういう考えは浮かべない様にしていたはずである。


 だから『アリサさん以上のバスト、だと……!?』とか『この牛獣人、スケベ過ぎる!』とか、そういう邪な思考は抑えていたのに!?


「あいつは母親似だ。母は男児こそ俺と兄だけだったが、子を六人も生んだ立派な人だ。貴殿となら十人は産めるだろう」


「いや本当に何を根拠に!?」


「な、良いだろう?ほら、人間と牛獣人との友好を考えても公爵家と縁のあるシュミット殿となら良いだろうし」


 この野郎、IQのアップダウンがやたら激しいな!?


「バトバヤル様~?傷薬をお持ちしたのですが~?」


「おお、今行く!!」


 最初に話した巫女さんの声に、彼が大声で答えた。


「ではなシュミット殿!!良い返事を待っているぞ!!」


「ま、一方的に!?」


「さーらーばー!!!」


 二メートルを優に超える巨体にくせに風の様に去っていくバトバヤルさん……否。お馬鹿様四号に頬を引きつらせる。


 あの男、どんだけ場を掻きまわす気だ……!?





読んで頂きありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] シュミット君やらかしたw バトバヤルが気付いてるなら女性陣にはバレバレだったろうなあ。 [一言] 流石にこの信託だけでは素体にまで思い至らないか。教会が討ち洩らすとは思えないだろうし。 し…
[一言] 祝、嫁追加(笑
[良い点] あははは(^ー^;A シュミットクゥーン溜まりに溜まってますね。 亜竜さんは彼女で確定ですね、あとは彼女に意識が残っているかどうか。 トロールの人みたく意識が残っていたら苦戦しそうですね…
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