第八十七話 逆鱗
第八十七話 逆鱗
「では、亜竜討伐会議を始めたいと思います」
ゾリグ様の天幕に集まり、牛獣人達の有力者達も交えて作戦会議が始まった。
司会進行役のドルジさんが、机に広げられたここ一帯の地図を示す。
「三度目の襲撃がこの地点。我々の現在地はここです。亜竜の位置を氏族の者に探らせていますが、これまでの報告からこの丘の近くが有力かと」
彼が木製の駒を置いて行き、場所を示す。
思ったより近い。亜竜の大きさはまだ知らないが、今日の夜にでも攻め込まれかねないな。
「亜竜の成長速度はかなり早く、既に一回り以上大きくなっています。早急な対応が必要でしょう」
「氏族長。女子供と負傷者の避難状況は?」
「うむ。その辺りはゲレルに任せておる」
そう言って氏族長が彼女に目を向ける。
「既に移動の準備は出来ています。ただ、ここ連日の移動で馬は疲れ荷車も破損が目立って来ました。そう遠くまで逃げる事はできないでしょう」
「それなら、微力ながら私達が使ってきた馬車も使ってください。馬は一頭私が乗る分必要ですが、それ以外はご自由にどうぞ」
「感謝します、アリサ様」
「兎に角、避難する者達は王国の方へ向かえ。近づけばあちらからの救援部隊との距離も縮まるのだ。次に、亜竜との交戦についてだな」
ゾリグ様が指で地図を示す。
「現在、シュミット殿達の協力もあって復帰した者を含めて戦士は四十二人。馬は三十使える。三度目の時よりはマシだが、それでも亜竜は無傷だ」
「今は昼の十一時。日没までに対策をたてる必要がありますね」
「……そちらのゲレル殿から神託を聞きましたが、亜竜には『白の力を帯びた武器』。恐らく白魔法が付与された物や銀で出来た武具が通じるかと」
「おお!本当か、ゲレル」
「はい、父様。ですがあくまでそれは奴の不死性を無効化できる物であり、あの鱗を貫くには相応の力がいるかと」
「うぅむ。俺の矢でもかすり傷を付ける事しかできん鱗をか……」
バトバヤルさんが腕を組んで唸る。
この人の矢を受けた身としては、正直聞きたくない話だった。模擬戦用の矢であの威力だったのだ。本物だったのならそれこそライフル弾に匹敵する貫通力を持っていたはず。
それが通じないとなれば、騎兵が持てる遠距離武器では仕留めきれない。
「一応、載せられるだけの火薬と銀の弾丸や食器は持ってきていますが……」
「道中の教会とイチイバル男爵にお願いしてね」
そう、ここに来るまでに『もしかしたら効くかも』と、確証がないながら銀製品を集めていたのだ。なんせ龍と黒魔法が繋がっているとヨルゼン子爵の一件で知ったので。
イチイバル男爵からはアーサーさん名義で銀食器をあるだけ買い取り、教会には『遅れている自分へのお礼の品はこれでいい』と少し強引に譲ってもらったのだ。
「火薬、ですか……」
「我々は慣れていない物ですな……」
牛獣人達が渋い顔をする。無理もない。彼ら獣人はあの音と臭いが苦手なのだ。
何より、馬上で銃など余程腕の良い者以外は大して使い物にならないだろう。ましてや携行火器では火力が足りない。
「一応、考えはあります。ただ問題なのは、それでも亜竜を仕留めきれるかどうか……。バトバヤルさん。亜竜の大きさは具体的にどれ程ですか?」
「目測だが、体高は四から五メートル。幅も同じぐらいだ。尻尾を含めた体長は十五メートル前後だな」
「かなり大きいですね……」
アフリカ象より大柄だ。そこに装甲車じみた鱗に、自己治癒能力。治癒の速度は、吸血鬼に匹敵すると考えた方が良いか。
頭にジェイソンやダミアンを浮かべ、思わず苦虫を噛み潰した様な顔をしてしまう。
彼らは十分に強敵だった。ダミアンに至っては単独で勝てる気がしない。
更には炎を吐き出すとも聞く。それを一部浴びた人を治療したが、『くっついてしまった』装備の様子から鉄が溶ける程の温度なのは確実だ。
「何か弱点はないものか……」
「弱点と言えば、ゲレル殿が神託で『龍と竜の弱点は同じ』とか、『そこからなら』って言っていたけど……」
「申し訳ありませんが、私自身は信託の内容自体の記憶があまりございません。アレは、大きな渦の中に身を投じる様な技ですので……」
「え゛、もしかして結構危ない技でしたか?」
「ご安心ください。氏族が滅びるか否かの状況です。覚悟はあります」
「よく言ったゲレル。それこそ我が孫であり、筆頭巫女である」
「そ、そういう問題なの……?」
天幕の中に色々な意見が出てくるのを他所に、考えにふける。
龍と竜の弱点は同じ。『龍殺しの剣』が効くという意味だろうか?だとしたら何とも不親切な神託である。
そもそもその剣を作る材料に亜竜の心臓が必要なのだ。鶏を得る為にまず卵を用意しろと言っている様なものである。
だが、引っかかるのは『そこから』という言葉。
まるで場所を示している様に思える。はたして、龍と竜に共通する土地があるのだろうか。そして、それがこの状況に何の関係が?
……あっ。
まさか、場所ではなく『部位』?
「逆鱗、でしょうか」
ぼそりと呟いた言葉が、天幕内にやけに響く。
「げきりん?」
はてと首を傾げるドルジさんに頷く。
「一枚だけ逆さの鱗が龍にはあって、そこが弱点だったりとか……」
「え、なにそれ知らない」
アリサさんが目をパチクリとさせながらそう言って来て、逆にこちらこそ驚く。
「無いんですか?」
「いや、さぁ……。少なくとも『げきりん』……逆鱗?とやらは初耳なんだけど……」
「我らも聞いた事がありませんな……」
……この世界の龍にはないのか。逆鱗。
前世で聞いた伝説ではちょくちょく出て来たし、『逆鱗に触れる』なんて言葉もあった。
だが、ここは異世界だしそもそも日本では龍など空想上の存在。実際にはなくともおかしくないか。
「失礼しました。僕の考え違い───」
「待った」
こちらの言葉をバトバヤルさんが遮る。
「シュミット殿。逆鱗はどの辺りにある?」
「え?いえ、僕も詳しくありませんが……首の辺りかと」
「……見たかもしれん」
「本当ですか!?」
彼は顎を掻きながら、必死に思い出す様に眉間へと皺を寄せる。
「三度目の戦闘時だ。奴がブレスを吐こうとした時、破れかぶれで矢を放った。それが首の付け根辺りに当たったのだが、何故かブレスを中断し数秒程動きを止めてこちらを睨みつけていた。まさか、アレはその逆鱗とやらに当たったのか……?」
見たと言っても、恐らく闇夜の中で。それも意識して確認したわけではないのだろう。バトバヤルさんが不安そうに言葉を紡ぐ。
だが、少しだけ希望が見えてきた。
「ならば、その逆鱗という箇所に鱗を貫通するだけの一撃を入れれば……」
「亜竜を殺せる……!?」
ドルジさんを始め牛獣人達が色めき立ち顔を見合わせる中、ゾリグ様が難しい顔をして唸った。
「問題は、その逆さにある鱗を貫き心臓まで届かせる攻撃が必要な事か」
「しかも首の付け根という、懐深くに飛び込んだ上でな」
バトバヤルさんが続けた言葉に、牛獣人達も視線を下に落とす。
「その部分は、どうか任せて頂きたい」
「シュミット様?」
ゲレルさんを始め、牛獣人達の視線が集まる。
それに、はっきりと頷いて返した。
「自分は、不完全ながら聖女の剣技を再現できます。不完全な竜である亜竜相手ならば、通じるかもしれません」
「おお……!」
「なんと……!」
不可能ではない、はずだ。
だがリスクはかなり高い。生きた装甲車とも言える存在に斬りかかるのは、命が幾つあっても足りない難業である。
イメージするのは、怪物の姿になったジェイソンがダミアンに匹敵する俊敏性を見せた場合。
全身全霊を籠めても、どこまで食い下がれるか……。
「ですが皆さまの助力は不可欠です。よろしくお願いします」
「当たり前だ、シュミット殿。元より我らの戦い。それを貴殿らに助力してもらっているのだ。ここで命を懸けなくては、平原の一族は名乗れんよ」
バトバヤルさんが不敵に笑い肩を組んでくる。馴れ馴れしいなこのお馬鹿様……。
「……バトバヤル殿。一応言いますが、彼の『相棒』は私ですからね?その立場をお譲りする気はありませんよ?」
「お、おう……?」
かと思えば、今度は反対側からアリサさんに腕を引っ張られた。
勢いのせいで一瞬肘が彼女の爆乳に触れる。今は真面目な会議中なので、煩悩を刺激する様な事をしないでほしい。
シリアスを保つために彼女とゲレルさんは極力視界に入れない様にしているのだ。
僕は弱い。誘惑しないでください……。
「なあシュミット殿。もしかして二人はできているのか……?」
「いいえ。相棒関係です」
「最高のバディですけどね!!」
ドヤ顔で自分とバトバヤルさんとの距離を離そうとするアリサさん。いや本当にどうした。
それに対し彼は何かを納得した様な顔をした後、頷く。
「つまりシュミット殿に妻が出来る分には何人だろうと構わない、と?」
「え。いや人数には構いますよ。二桁に入ろうとしたら後頭部を銃床でぶん殴って止めるつもりですし」
「ふ、二桁は多いな……」
若干引くバトバヤルさんと、話を聞いていた牛獣人達。その視線が僕に向けられるが、冤罪である。
どう考えても過去の転生者ことセルエルセス王のやらかし故だ。
「話を戻しましょう。ゾリグ様。お聞きしたいのですが、この辺りの湿気や最近の天気はどうでしょうか?」
「……火薬の事ですな?それでしたらご安心を。この辺りは乾燥しやすく、ここ数日雨もありません。問題なく使えるはずです」
「なるほど……それと、亜竜のブレスの回数などは何発撃てるかわかりますか?」
「それなら、恐らく十発だ」
こちらの問いに、バトバヤルさんが答える。
「二度目の襲撃があった後、兄が言っていた。十発目を撃った後、俺達の背を狙えたはずなのに放って来なかったと。三回目の時も合計十発だったはずだ。もっとも、その頃より体が大きくなった分回数が増えているかもしれないが」
「なるほど……」
地図を眺め、ああでもないこうでもないと議論を重ねる。
およそ一時間。そうして話した結果、ある作戦が立てられた。
かなり博打じみた、しかしこれ以上をすぐに出す事は出来ないだろうという策が。
* * *
会議終了後、ドルジさんとバトバヤルさんは動ける男衆を連れて作戦の準備に向かってしまった。
自分も手伝うと言ったのだが、『仕上げの所では頼るかもしれないがそれ以外では少しでも休んでいてくれ』と言われてしまい置いて行かれる事に。
と言っても、天幕で呆けている暇はない。アリサさんとそれぞれ、作戦での自分の持ち場となる地点を見に行く事にした。
「サリフ、背中で食べてもいいかな?」
『ブルル……』
昼食は馬に乗ったまま食べるかと思いそう尋ねれば、サリフは落ち着いた低音で鳴きながら鼻をこちらの頭に擦り付けて来た。
たぶん、良いと言っているんだと思う。それに礼を言って首を撫でてから、その背に跨った。
「お待ちを、シュミット様」
「はい?」
さて行くかと思った所に声がかけられる。見れば、ゲレルさんだった。
長身の彼女とは言え、馬上からなら見下ろす形になる。結果、その深い谷間に視線が吸い寄せられそうになった。
いけない。自分にはハンナさんがいるのだ。本人が『正妻は別に用意しろ』と言っていたが、自分にはどうも一夫多妻という考えが馴染めない。
前世日本ではもちろん、開拓村でも一夫一妻が基本だった。本やテレビ等でそういう文化は知っていても、実際に自分がと言うのは想像がつかないのである。
そもそもの話、ゲレルさんとは今日会ったばかり。バトバヤルさんがどれだけとち狂った事を言おうが、お互いに知らない相手だ。色目を使う事自体間違いである。
「何でしょうか、ゲレル殿」
「ああ、下りないでください。私もこれから馬に乗りますので」
下馬しようとした自分を、彼女が押しとどめる。視界の端で巫女らしき女性が白馬を一頭こちらに連れてきているのが見えた。
「シュミット様達のおかげで救護所は落ち着きました。作戦の成功率を上げる為、この辺りを案内せよと氏族長から言われております」
「はぁ……。あ、それでしたらアリサさんにも案内が必要かも」
「はい。彼女には巫女が一人ついております」
「そうですか」
……何というか。少しだけ邪念を感じる。
ゲレルさんからではなく、氏族長の方から。お馬鹿様四号と同じ思考とかしていないだろうな、あの人。
「……迷惑だったでしょうか」
自分の沈黙を誤解したのか、ゲレルさんが目を伏せ少しだけ悲しそうに呟く。
それに慌てるのはこちらだ。牛獣人のお姫様と言える相手な上に、そもそも彼女には悪感情などない。むしろ申し訳なさすら持っている。
「い、いえ!ありがたいです。自分はこの辺りの事に詳しくありませんので、普段過ごしている方に案内して頂けるのは心強い。ただ、こちらこそ迷惑かと思いまして」
「そうでしたか。ですが、迷惑などとんでもございません。今作戦で最も危険な役目を請け負って下さる貴方様を支援する事は、我ら氏族にとって当然の事ですから」
「そ、それは、どうも……」
何というか、接しづらい。
これまで遭遇した『高貴な身分』の人達とは違い過ぎるのである。
アリサさんはお馬鹿様だし、リリーシャ様もお馬鹿様だし、アーサーさんもお馬鹿様だし……。
イチイバル男爵やその騎士様とは碌に会話もしていない。ついでにバトバヤルさんもお馬鹿様だ。
こう、ゲレルさんの様なしっかりとしたお方に、それも異性にどう接すれば良いのか見当もつかないのである。
「では、参りましょう。シュミット様」
「あ、はい。よろしくお願いします……」
颯爽と馬に跨ったゲレルさんに頷く。
たらりと、己の背中に汗が流れるのがわかった。
ゾリグ様相手の様に、こちらも仕事として話せるのなら多少はマシなのだが……お馬鹿様四号の妄言が頭にちらついて上手く切り替えられない。
「まずはこちらの方をご案内致します」
「は、はい……」
優雅に白馬を進ませる彼女に続き、平原を進む。
これは、もしかしたら下手な殺し合いより大変かもしれない。
とりあえず馬の歩みに合わせて『たゆん、たゆん』と揺れる彼女の胸元から、そっと視線を逸らして空を見上げた。
嫌味なぐらい綺麗な青空に、吐き出しそうなため息をぐっと飲み込む。
助けて、相棒。こういう状況の正解、マジでわからない……。
読んで頂きありがとうございます。
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