閑話 鍛冶師ハンナの日記
※日付を表す記号は適当なので、どうか深く考えないでください。
閑話 鍛冶師ハンナの日記
サイド なし
王国歴18■■年 ○月×日
今日から日記をつけようと思う。
先週お父さんが殺された。別の街に材料を買いに行く途中で野盗に襲われたそうだ。
一晩中ぼうっとして、気づいたら朝だった。すぐに知り合いや父親の友人に手紙を送り、葬儀の準備を進めている。
ただ、棺にいれる遺体がない。野盗が殺した後、持ち去ったのではないかと保安官が言っていた。
理由はわからない。黒魔法使いが死体集めをしているのではないかと教会が動いているらしいが、正直もうどうでもいい。
何も考えたくない。
王国歴18■■年 〇月△日
日記を書き始めたばかりなのに二日もあけてしまった事を後悔し、反省する。
明日、葬儀を行う事になった。里を出た後も手紙で交流のあった叔父や伯母も来てくれるらしい。最近は汽車という物ができて、前よりもずっと移動が楽になった。
思えば、彼らと会うのもお母さんの葬儀以来かもしれない。
あの時も辛かった。でも、お父さんがいた。不器用な手つきで頭を撫でてくれたのを覚えている。
でも、今は誰もいない。
王国歴18■■年 ○月○日
葬儀が終わった。親戚が里に戻らないかと言ってくれたが、断った。
お父さんの店を潰したくない。幸いイチイバルの街には馴染めてきた。相変わらず剣は売れないが、金物屋の方は順調である。
人間は手先が不器用な奴が多く、大半が折れた包丁や穴の開いた鍋を自分では直せないらしい。
今後はアタシ一人で店を切り盛りしていく。同時に、お父さんが教えてくれた技術を錆びつかせない様に剣を打ち続けるつもりだ。
忙しく大変な日々が続くが、頑張らないといけない。
一人前の鍛冶師としてやっていく為、今後は『親父』『お袋』と呼ぼうと思う。形から入るのも重要だ。
王国歴18■■年 ○月×□日
そう言えば、ヨルゼン子爵という男からの手紙が来なくなった。
親父が死ぬ少し前まで『龍殺しの剣』とか言う、おとぎ話に出てくる剣を作れるのかどうかを散々聞いてきていたのに、今は何もない。
親父の体には先祖代々書き加え続けた指南書の一部を保管した、金庫の鍵が隠してある。
まさかあの男が親父を殺したのかもしれない。
『───消された文字の跡』
相手は子爵だ。人間の国の貴族というお偉いさんである。アタシみたいなただのドワーフが喧嘩を売っていい相手じゃない。保安官たちは話をまともに聞いてくれないし、これ以上探りを入れたらこっちこそ罪に問われる。
泣き寝入りするしかない。アタシが死んだら、親父から受け継いだ技が消えちまう。
親父は野盗に殺された。こんな世の中だ、どこにでもある悲劇の一つでしかない。
* * *
王国歴18■■年 △月○日
剣が売れない。
ここに引っ越してきた頃からの事だが、剣を求める客など半年に一人いるかどうか。それも、劇や娯楽本に影響されただけの素人でとても売る気にはなれない。
どいつもこいつも怒って帰るだけで、剣の腕に自信があるのなら素振りでも見せればいいのに。まあ、歩き方の段階で何の心得もないのがわかるが。
だが、素人なのはアタシも同じだ。
お袋はアタシがまだ小さい頃に亡くなったのもあって、職人としての教育をしてもらえなかった。
ドワーフは男が武器を打ち、女が装飾を担う。そして男は作った武器で獲物を倒したり、家を建てて意中の相手に腕を見せるのだ。そして女は自分で作った装飾品で己を着飾る事で自分の腕を見せる。そうやって、ドワーフは配偶者を得るのだ。
アタシは、そういう事ができない。親父は後妻をとる気もなく子供はアタシしかいないせいか、自分の技術を教え込んだ。今思えば、親父はアタシとの接し方がわからなかったのかもしれない。
その事は正直嬉しかった。お袋がいなくても、親父が仕事中家で一人にならずに済んだから。
でも、偶に悩む事がある。アタシは結婚できるのだろうか?この技も自分の代で終わってしまうのかもしれないと不安に思う。
ドワーフの基準ではとっくに行き遅れだが、まだいけるはず。まずは満足のいく剣を打てる様になろう。
ついでに、独学だが装飾も勉強していこうと思う。
王国歴18■■年 □月○日
人間は不思議である。
この店には女ばかりが来るのだが、偶に店の前を男が通り過ぎては商品ではなくアタシだけ見ていくのだ。それでいて視線があったら逃げる様に立ち去っていく。
そう言えば、前に『人間の男は女の胸や尻に魅力を感じるのだ』とお隣の奥さんから聞いた事があった。
まさか自分に対して欲情しているのだろうか?だが、そういう事ならアタシなんかより冒険者ギルドで働いているダークエルフ達の方がよほど魅力的に見えるはずだが。
奴らはとんでもない変態だが、どうにも人間たちには受けがいい。益々アタシにそういう目を向ける意味がわからない。
まあ、どうでもいいが。カウンターに座って新聞や本を読んでいる時は特に見られないし、商売の邪魔をしないなら関係ない。
王国歴18■■年 □月□日
最近目が悪くなってきたので、自分で眼鏡を作った。
まだまだ装飾の腕は拙く、つるは簡素である。だが、初めて見苦しくない物ができた。
この調子で頑張って行こうと思う。相手はいないが、それは努力しない理由にはならない。
剣の方も、着実に腕が上がっている事を実感している。里にあった武器や、親父の残した金庫のやつ以外の指南書から見ても中々の出来だ。
だが一つ懸念がある。
ここは人間の国の、ドワーフの里とも遠い場所だ。相手、見つからないかもしれん。
王国歴18■■年 □月△〇日
人間の小僧が告白してきたので断った。
対して話した事もない奴だし、腕と呼べるだけの技がない。
何やら最後は色々怒鳴りながら掴みかかってきたので殴って黙らせた。今年から兵士だという割には弱すぎだ。腕以前の問題である。お隣の奥さんも騒ぎを聞きつけてやってきてくれたので、保安官への説明も簡単に済んだ。
どうも、アタシは人間にとって魅力的な異性に見えるらしい。よくわからん。この自作の眼鏡が気に入ったのかと思ったが、そうでもない様だ。
腕が認められたわけではない事に腹が立ったので、もう一発殴ろうかと思ったが二発目は死ぬからと止められた。人間は脆い。
何にせよ、いくら同年代のドワーフと比べて行き遅れ気味とは言え、五十にも満たない人間のガキと結婚するほど恥を捨ててはいないつもりだ。
ダークエルフの様な変態種族とは違うのである。
* * *
王国歴18■■年 □月○日
親戚から結婚したという手紙が来た。
ご近所でも最近まで赤ん坊だった奴らが成長して結婚したという話が多い。
焦ってなどいない。もう自分は結婚とかしない。
親父の様な剣を打てる様になったら、弟子をとろう。一子相伝の技を他人に教えるのは気が引けるが、継承が途絶えるよりはいいはずだ。
結婚とかどうでもいいし。腕を磨く事こそが鍛冶師の道だし。
* * *
王国歴18■■年 〇月△日
親父が死んでから十年。とんでもなくおかしな奴が来た。
男女二人組の冒険者。人間の女が冒険者という段階で色々とおかしいのだが、本当に変なのは男の方。
よほど不潔でないのなら人間の容姿など気にした事がないのだが、こいつばかりは目を見張ったものだ。
絹よりも滑らかな髪は夜の闇を溶かした様で、赤みがかった瞳は鋭くも穏やか。黄金比としか形容のしようがない目鼻立ちにきめ細やかな肌をしていて、服の上からでもわかる均整のとれた体つき。
もしも奴を正確に再現した彫刻を作れる奴がいたら、そいつは間違いなく歴史に名を遺すだろう。そんな歩く芸術とでも言うべき存在が店にやってきた。
何でも剣が欲しいらしい。おおかた、どこかのお坊ちゃんが道楽で冒険者になったのだろう。最初、アタシはそう思った。
だから適当にあしらおうとするも、差し出された剣を見て考えを改める。
これでもドワーフの鍛冶師だ。刀身を見ただけでわかる。この男は『本物の剣士』だと。
無駄のない斬撃を繰り出し、強靭な皮を裂いて肉を斬り獲物を殺戮する強者の斬撃。それを成した剣だと、すぐに理解する。
だが、こいつの腕には不釣り合い過ぎる鈍でもあった。恐らく、人間が大量生産した類の剣だろう。
男の名前は『シュミット』と言うらしい。試しに店の裏手で剣を振らせてみたら、予想通り見事の腕を見せてくれた。聞けば歳は十五だと言う。神域の天才だとでも言うのか。
正直、こいつの素性には色々と怪しい所がある。だが、どうでもいい。
ようやくアタシの剣を売ってもいい相手が現れた。その事が心の底から嬉しい。
それはそうと絶対に値はまけん。次値下げ交渉してきたら殴る。
* * *
王国歴18■■年 ○月□×日
あいつやりやがった。
シュミットが銃に勝ってきた。
この前トロールを倒したと聞いて驚いたが、まさか銃を剣で超えるとは思っていなかった。
それも相手はそこらのチンピラじゃない。百セルの賞金首で『早撃ち』と呼ばれる男だとか。
柄頭のへこみから、ここで銃弾を弾いたのだとわかる。
自分の打った剣で、一流のガンマンに勝った剣士がいる。感動で涙が出そうになったが、アタシは親父の後を継いだのだ。そんな弱い所は見せられない。
この男はきっと、何かしらの伝説を残す。間違いない。そんな奴の鍛冶師になれた事が誇らしいが、同時に恐怖もある。
はたして自分はこの天才剣士に見合う剣を打つ事ができるだろうか。それが不安だった。
それと牛みたいな乳をした人間の女。アリサとか言う奴は何なんだ。人の事を『チビ牛』だと言いやがって───。
『以降、アリサへの愚痴とシュミットの剣術に対する賞賛が続く』
* * *
王国歴18■■年 □月○日
あいつやりやがった。
シュミットが暫く街を空けたかと思ったら、とんでもない大物の首を討ち取ってきたのである。
『ソードマン』
剣に関わる者として、奴の名前を聞いた事がない奴はモグリだ。
この時代に銃を使わず、剣とダイナマイト数本だけで武装した保安官すら斬り伏せる剣鬼。その流麗な太刀筋はこの世の何よりも美しいと、ソードマンの犯行を遠目に見ていたドワーフが書き残したほどだ。
生きる伝説とまで呼ばれる男を、シュミットは斬り伏せたと言う。アリサの援護もあったと言うが、そうだとしても尋常ではない斬り合いがあった事が刀身を見ればわかった。
更に、ソードマンを倒した後もかなりの激戦を潜り抜けたらしい。二人組の賞金首に海で襲われ、これも撃破したとか。
ドワーフ製の剣とも打ち合ったのだろう。たぶん、カットラス。かなりの情念が籠められていただろう刃を、アタシが作った剣が叩き割った。
それが自尊心を非常に満たす。アタシの腕はやっぱり悪くない。親父にだって、いつかは届く。未だ金庫の中で眠る指南書さえ見る事ができれば、それこそ後十年で追いつけるだろう。
だが、やはり注目するべきはシュミットの剣腕だ。
あれで師匠がいないのだから頭がおかしい。剣を振るう為に産まれてきたのだろうか?
ただ、それだけの激戦を超えた結果剣は限界を超えていた。
冒険者に渡す剣だから特に粘り強い物を選んだが、とんでもなく強力なライフルを受け流したらしい。芯の部分がイカレている。
シュミットには新しい剣を売った。今回引き取った剣は、一応とっておこうと思う。
溶かして別の剣を打つ時の材料にするにしても、その時には自分の出せる全力を籠めた剣に使いたいから。
* * *
王国歴18■■年 □月△〇日
親父を殺した野盗が処刑された。
王国歴18■■年 □月△△日
昨日の新聞を何度も読み返して見たが、間違いない。親父を殺した男らしい。
処刑される姿が映った写真を見て、暗い感情がこみ上げてきた。
ざまあみろ。親父はドワーフの中でも群を抜いて素晴らしい腕を持っていたんだ。それを野良犬の様に殺した奴なんて、百回処刑されても足りないはずだ。
何より、アタシのたった一人の家族だったんだ。それを殺しておいて、ただの縛り首なんて許されない。
だが、それより気になる事がある。野盗共が処刑された時、ヨルゼン子爵の事を叫んでいたのだ。
やはり、あの男が親父の殺害に関わっていた。『龍殺しの剣』なんておとぎ話の武器の為に、そんな事をしたのか。
許さない。絶対に復讐してやる。
王国歴18■■年 △月○日
あいつやりやがった。
シュミットが今度はヴァンパイアロードとか言うのを斬った。
流石に嘘だろうと思って掌を見れば、明らかに剣の腕が上がっている。しかもこれまでとは全く違う太刀筋まで使っていたらしい。
正直ありえない。ヴァンパイアロードを討ち取った事以上に、奴の成長が信じられなかった。
これが神に愛された天才という奴なのか?それにしても度が過ぎる。
だがまあ、素晴らしい剣士なのは変わらない。なら、自分にはどうでも良い事だ。
それよりも、子爵の調査はやはりと言うかギルドには断られた。
自分でも冷静さを欠いていたと思う。そもそも十年も忘れようと目を逸らしておいて、今更になって復讐だなんて虫の良すぎる話だ。
だが、シュミット達が調査を請け負ってくれるらしい。
何でも『龍殺しの剣』とやらは一部の貴族や教会にとって無視できない話で、子爵もそういった者達とのコネ目当てじゃないかと言っていた。
そしてシュミットもそのコネが欲しいから依頼を受けると言っていたが、どうにもおかしい。
まるで奴自身がその『龍殺しの剣』を欲している様に見えたのだ。
王国歴18■■年 △月□日
アリサの奴、とんでもない金持ちだったらしい。
あっさりと一番高い個室の切符を用意してきた。身に着けている物。特にホルスターに納められた銃から金持ちだとは思っていたが、予想以上だ。
自分の切符代は今回の報酬も含めて支払うつもりだが、いつになるかわからない。復讐に息巻いていたが、今は少し頭が痛かった。
王国歴18■■年 △月△○日
イチイバルに帰る事になった。やっと一息つけるから日記を再開する。
結果だけ言うと、自分は復讐を成し遂げた。ヨルゼン子爵は親父を殺し、アンデッドにしていたのだ。合法的に殺せたので、特に隠す事はない。
強いて言うのなら、奴がアンデッドにした親父に作らせていた鎧については隠すべきかもしれない。あんな量産性しか見ていない駄作、親父に対しての冒涜だ。
それはともかく、やはり自分は戦士には向いていない事が自覚できる戦いでもあった。
街の人間が変わったアンデッド相手には普通に戦えたが、親父や異常な様子の子爵相手には引き金を引けなかった。
街の復興を手伝う最中、シュミットはそれでも良いと言っていた。貴女は鍛冶師なのだからと。
正直、奴の顔を見ていると少し頬が熱くなる。今だけはこの仏頂面に感謝だ。シュミットにこの気持ちを気づかれずに済む。
復讐を終えて早々、はしたない娘だと親父は嘆くだろうか。しかも相手は人間の十五歳。
これではダークエルフを笑えない。自分があんな変態共と同類だったと思うと死にたくなってくる。
だが、シュミットの太刀筋を忘れられない。子爵の腕を斬り飛ばした時の剣閃。あれをいったいどれ程のドワーフが夢見ていた事だろうか。
それに、アタシの復讐を肯定も否定もしなかった事が、嬉しかった。
我ながら面倒な女だと思う。あのどす黒い感情を認められたくなかったし、かと言って他人に咎められるのも我慢ならないなんて。
シュミットはただ寄り添って、照準だけを合わせてくれた。
相手を無力化し、銃を支え、しかし引き金だけは委ねてくれた。それだけで、あいつの意思が伝わってくる。
そんなシュミットがアタシは
『───消された文字の跡』
王国歴18■■年 △月△○日
どうにも、『龍殺しの剣』は実在したらしい。
シュミットとアリサの様子が変だった。
シュミットは異様にその剣を欲しがっている様子だったし、逆にアリサは妙に達観していた。
いや、達観と言うよりは『諦めようとしている』とも思った。
あいつらにどういう事情があるのかわからないが、一鍛冶師として伝説の剣というのは興味がある。材料さえあるのなら打ってみたいものだ。
シュミットなら案外、本当に材料を揃えてくるかもしれない。その時が来た時、あいつにがっかりはされたくなかった。
その為にも指南書を読み込んでおこうと思う。十年なんて言っていられない。人間にとっては、かなり長い時間らしいから。
元々親父に追いつくため熟読はする気だったが、先祖はこんなアタシに怒るだろうか?
いいや。爺ちゃんあたりは『はよ子供を作れ』とか言ってきそうだ。
それにしても、聖女に関する記述でおかしな部分がある。もしかしたらシュミットに関係するかもしれない。
あと、爺ちゃん達聖女を相手に色々無礼過ぎると思う。なんで聖女相手にドワーフでも飲ませ過ぎってぐらい酒を飲ませているんだ。なんだ一緒に腹踊りしたって。聖女だけ碌に酔っていなかったというのも、正直怪しい。酔わせて変な事とかしていないよな?
なんなら聖女の方が爺ちゃん達に酒を飲ませて大口あけて馬鹿笑いしていたというのも信じられない。あるわけないだろ、そんな事。よく知らないけど、シスターの偉い人なんだろ?
こんな事絶対に世間では言えない。封印しなければ。
王国歴18■■年 △月△△日
ファーストキスだった。仕方がなかった。あいつが悪い。
アタシはダークエルフみたいな変態じゃない。もうこういうのは年齢とかの問題じゃないと思う。
それと、なんでアリサとシュミットはまだ付き合っていないんだ。てっきり子作りまでいっていると思ったのに。
でも悪い気はしない。
きっとアリサを娶るためにシュミットは手柄を求めているのだろう。正直、『剣爛』なんて二つ名持っている段階で十分だと思うのだが。よほどアリサの身分が高いのか?
出来れば早めにシュミットとアリサには結婚をして、子供を作ってもらいたい。だってそうじゃないとアタシがシュミットと子
『───消された文字の跡』
アタシは変態じゃない。シュミットが悪い。あとアリサは早くあいつと結婚しろ。
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