第八十一話 ハンナ
第八十一話 ハンナ
「お邪魔します」
「おう」
ハンナさんの金物屋さんに入れば、カウンターで彼女が本を読んでいた。
恐らく例の指南書だろう。眼鏡をかけてゆっくりとページをめくっていた。
「この前お願いしていたピック、出来ているでしょうか」
「ああ」
指南書を閉じ、彼女はカウンターの下から七本のピックが挿された革のベルトを取り出す。
ゴトリと置かれたそれを見させてもらえば、どれも頑強かつ鋭い姿を見せてくれた。
「完璧ですね」
「代金はこの前貰っている。持って行け」
「ありがとうございます」
ピックを背嚢に入れる自分を、眼鏡越しにハンナさんが見上げてきた。
「……」
「どうしました?」
「なあ。お前さ」
「はい」
「転生者か?」
「───」
はたして、自分は表情を取り繕えていただろうか。
彼女の発した何気ない声音の、とんでもない質問。それに対し硬い唾を飲み込みそうな喉を抑える。
「指南書を読み進めていたら、聖女は元々『カタナ』という剣を求めていたらしい」
だがこちらの様子など気にした様子もなく、ハンナさんは指南書の表紙を撫でる。
「爺ちゃん達も『何だそれは』って聞いてな。根負けした聖女が言ったんだ。自分には前世の記憶があって、この力も神様から貰ったものだって。カタナって言うのは、聖女が前世で使っていた剣らしい」
「……それが、僕と何の関係が?」
「お前、おかしいんだよ」
じろりと三白眼がこちらを睨みつける。
だが怒気の類は感じられない。どちらかと言うと、呆れ。
「剣の師匠なんていないらしいのに、お手本みたいな太刀筋を見せやがる。才能だけで行きつける場所じゃない。それに加えて投擲術の異常な精度。あげく魔法まで使える。聖女と同じで神様から特別な力を貰っていると考えなきゃおかしいんだよ」
ぐうの音も出ない。
以前から彼女に疑われている節はあったが、そもそも『転生者』などと言う存在を知らなければたどり着けないと思っていた。怪しまれても、どこかの貴族の隠し子か何かと勘違いされるだけだと。
だが、まさか指南書の記述から見抜かれるとは予想外である。
「一応問いかける感じで言ったが、大当たりだろう。お前の武器を見ていればわかる」
そう言ってこちらの剣を指差した後、彼女はそっと眼鏡を外した。
「……お前もカタナの方がいいか?」
「は?……いえ、別に」
質問の意図が見えないが、素直に答える。
「何故だ」
「何故も何も、僕は刀を使った事がありませんから」
聖女の前世が何者だったかは知らないが、自分は真剣どころか竹刀だって振った事がない。せいぜい修学旅行で買った木刀ぐらいだ。
日本刀への憧れがないわけではないが、慣れない武器に命を預けたいかと言われれば首をひねる。
「僕が今生で振るってきた剣はこういう剣です。これ以外は、知りません」
そう言って、柄頭に手をのせる。
無論、それしか他に武器が無いのなら使うだろう。だが、ここにはハンナさんが打ってくれた剣があるのだ。
それ以外を求める理由など、ない。
「今更、乗り換えるなどできません」
「……そうか」
よくわからないが、こちらの答えに納得したらしい。ハンナさんは小さくため息を吐いた後、数秒沈黙する。
「それで、アタシを殺すか?」
「……何故?」
「ここまで隠していた事なんだろう?聖女も爺ちゃん達が『教えなきゃ剣は打たない』って言いだしたから仕方なく教えたらしい。聖女とお前が同じ力を持っているなんて話、よそでされたくないだろう」
胸の下で腕を組んで、仏頂面で言うハンナさん。
この態度は、恐らく『どうせ斬らない』と考えてのものではない。首を斬られても仕方がないと、無抵抗の意思表示であった。
なるほど、確かに『ただの平民、それも開拓村の三男坊』が聖女と同じ力を持っているというのは、争いや混乱の元になりかねない。
だが自分は既に聖女の技を使っている所を教会戦士に視られている。そして納得もされているので、そう悪い事にはならないはずだ。
その辺りは流石に剣を見ただけではわかるまい。それよりも気になるのは、彼女のこの態度だった。
「不思議ですね。そう思うのなら、どうして逃げようとしないんですか?」
「お前になら殺されてもいいからだ」
即答で返ってきた言葉に、思わず目を見開く。
「アタシだって死にたくない。だが、最期に視るのが自分の作った剣が完璧な軌道で振るわれる瞬間って言うのなら、悔いはない」
「……それも、ドワーフ特有の価値観ですか?」
「さあな。他の奴は知らん。ただ、アタシがそうだってだけだ」
「そうですか」
何ともまあ、変わった人である。
類は友を呼ぶと聞くが、これもあのお馬鹿様の奇縁だろうか。あるいは、僕の方なのか。思えば似た様な事を言う敵と戦った事もある。
どちらにせよ、その価値観は理解できない。
できないが、嫌いでもない。悔いのない死に方を知っているのは、その人の人生にとってきっと悪い事ではないと思うから。
「斬りませんよ。貴女は絶対に」
「なんでだ。言っとくが、アタシよりも腕の良い鍛冶師なんて探せば国内だけでも十人はいるぞ」
「だからどうしたのですか」
ふざけた質問だと思い、少し笑う。
馬鹿にした意図はなかったのだが、ハンナさんは眉間に皺を寄せた。
「僕が初めて触れた『まともな剣』は貴女の作った剣です。錆びついた折れかけの物ではない。満足のいく一振りは、貴女の剣だ。そして、これまでその剣に助けられてきた」
思い出すのは、命を奪い合った強敵達。
早撃ち自慢のガンマン。銃の時代を生きた剣豪。嵐を味方にした女。盲目の狙撃手。吸血鬼の騎士。鉄血鉄腕の傭兵。
この剣が無くして、はたして彼らに勝てただろうか。この命を失わずに済んだだろうか。
わからない。そして答えを出せないという事はつまり、この剣に自分が頼っている証拠である。
「ハンナさん。貴女の剣しか、僕は名剣を知らない。これ無しでは、きっと生きていけない。だからこれからも貴女の腕には頼らせて頂きます。大事な仕事道具を作ってくれる人ですから」
「……ふん」
形のいい鼻を鳴らして、彼女はこちらから視線を外した。
「そこは『いい女だから斬るのは惜しい』ぐらい言えないのか、小僧」
「ハンナさんが魅力的な女性である事は認めますが、僕は今鍛冶師としての貴女に話しています」
……そうでなければ、こうも心を籠めて喋れるものか。
仕事の関係だから、まともに話せているだけである。お馬鹿様みたいにネジの外れた相手でもなければ、異性経験のない自分がハンナさんとこうも喋れるか。祝勝会だって自分はほぼ無言だったのだぞ。
そう我ながら情けない事を考えるこちらに、彼女は少し馬鹿にした様な笑みを浮かべてきた。
「そうか。だがなシュミット。ドワーフの女相手に、お前がここまで言った内容はどう聞こえると思う?」
「……あ」
確か、ドワーフが異性に最も求めるものは……『腕』?
つまり鍛冶の腕を褒める様な。それこそ『貴女なしでは生きていけない』とでも言う様な内容は……もしや愛の告白に近いものでは?
やってしまった。前にも似た様なミスをしているのに。
ぶん殴られても仕方がない無礼である。少し血の気が引いた。自分の命を預ける武器の作り手を怒らせるのは、非常にまずい。何より『龍殺しの剣』を作ってもらう相手でもあるのだ。
「すみません。そう言う意図はなく……」
「少し、膝と腰を曲げろ」
「はい」
顔面をグーでくるな、これは。一発殴られるだけで今回の非礼が許されるのなら安いもの。頬骨にヒビが入るぐらいは甘んじて受け入れよう。
そう覚悟を決めて、彼女の顔の前まで頭を下げた。
無造作に伸ばされた手が胸倉を掴んできて、次に来るであろう衝撃に備える。
───チュ。
「ん……」
「……?………!?」
感じたのは頬に受ける握り拳の痛みではなく、唇に当たる少し湿った柔らかい感触。
眼の前にある見知った顔に、ただ瞳を白黒とさせる事しかできなかった。
たっぷり二十秒ぐらいしてから、ハンナさんの顔が離れる。その間自分の呼吸が止まっていた事に、肺が必死に動く事で気づいた。
「な、なぁ……!?」
「馬鹿め。行き遅れの年増相手にそんな態度をするからこうなるんだ」
嘲笑う様に言うくせに、彼女の耳だってその赤毛と同じぐらい赤い。キスの瞬間は閉じられていた赤銅色の瞳だって、落ち着きなく左右に揺れている。
いや、そうではない。気にするべきはそこではないのだ。
「ど、どうして……」
「お前の『剣の腕』は、アタシから見て満足のいくものだった。それだけだ」
剣の、腕?
……まさか、鍛冶の腕でなくともいい?
今更になって、その事に気づく。アリサさんから聞いた亜人の文化について、そこまで詳しくは聞いていなかった。単純にどういう行動が失礼にあたるとか、そう言うのを重点的に教えてもらっていたから。
「散々思わせぶりな事を言ってその気にさせたんだ。責任をとれ」
「せ、せきに」
「ああ、だがお前の正妻になるのは嫌だぞ。かなり面倒ごとが多そうだ。鍛冶仕事に専念できなくなるのは、嫌だ」
ニヤリと笑いながら、しかし瞳を潤ませ真っ赤な顔のまま彼女は続ける。
「人間の文化に『側室』や『妾』とかいうのがあるんだろう。アタシはそれでいい。お前はどうせただの剣士じゃ収まらないんだ。それでも構わんだろう」
「な、なにを、そく、め、めか……」
「……やはり、こんな年増じゃ不服か?」
混乱で口が上手く動かない自分に、ハンナさんが悲しそうに目を伏せる。
その仕草に、ほとんど反射で首を横に振っていた。
「ち、ち、ちが!違います!不服などありません。ただ、その、こういうの、は、初めてで、何が何だか」
「あ?お前、アリサと出来ているんじゃなかったのか」
「そんなわけないでしょう!?相棒をそういう目で見るのは、その、あの、良くない事です!!」
確かに何度も色目を向けそうになったし、本人曰く性欲を抑えきれずに胸元や臀部に視線がいっているらしいけども!!
こちらの言葉に驚いた様子で目を見開いた後、ハンナさんは笑う。
「そうか。ならお前の唇を最初に奪ったのはアタシか」
「そ、そうです。ほ、本当になんで、その、もっとムードがですね。いやそうじゃなくって、あの、順序が」
「ちなみにアタシも初めてだった」
「っ……!っ……!?」
声がでない。
こ、この……この人は本当に……っ!
「予想以上に初心だな、シュミット」
「お、大きなお世話です!」
「そうか。まあ、面白いものが視れたし、愉快な事も聞けた。もう行け。どうせこれからきつい戦いがあるから、立ち寄ったんだろう」
ひらひらと手を振って、ハンナさんが店の扉を見やる。
「アタシはこの指南書を読み込んで、いつお前が『材料』を持ち込んでも仕事を始められる様にしておく。お前はお前の仕事をしろ」
「……僕が、あの剣の作成を依頼すると気付いていたんですか?」
「当たり前だ。喉から手が出るんじゃないかって顔をしていたぞ」
……どうも、自分は街に出てから随分と表情に出る様になってしまったらしい。
開拓村でそんな顔をしたらすぐに殴られていたのに、この有り様だ。『人間』に戻ったのも、少し考えものかもしれない。
「……失礼します。また、来ます」
「ああ。その時も気が向いたらキスしてやる」
「んな……!」
「くく……どうした小僧。速く行け」
「っ……!りゅ、龍殺しの剣、材料が揃ったらよろしくお願いしますね!」
「ああ。お前こそ妾の件、よろしく頼むぞ」
「あ、う……その、わかりました。けど、そもそも誰かと結婚も決まっていないのに、側室って……」
「アタシはお前の正式な嫁になるのは嫌だぞ。さっきも言ったが鍛冶ができなくなる。正室は必ず見つけろよ」
「ま、前向きに検討を重ねていきたいと思います。……あ、貴女の事は、その、せ、責任はとりますから……!」
「……本当に初心だな、お前」
「うるさいですね!?その、今度こそ、失礼します!!」
「ああ。絶対にまた来いよ」
「……はい!」
ドアを閉め、逃げる様に駆け出した。
ああ、顔が火照る。耳と目頭に熱が集まっているのを自覚できた。
まったく、とんでもない人である。唐突にもほどがあるだろう。自分の中では完結して答えが出ているのかもしれないが、こっちとしては不意打ちだ。
散々揶揄って……でも、本心ではあったらしい。
店を出る直前、彼女もまた羞恥に悶える様にカウンターへと突っ伏していたから。初心なのはどちらだ。悪女気取りのおぼこ娘め。
今度行った時はその事を指摘してやる。やられっぱなしなのは何かむかつくので。
道行く人々にやたら顔を見られながら、アリサさんの所へと向かう。
今自分がどういう表情をしているかわかるので、恥ずかしいからあまり他人に見られたくないのに。だが時間もないから隠れながら移動する事もできない。
本当にもう、とんだ厄日だ!
……口角が上がりそうなのを、堪えきれない事も含めて!!
読んで頂きありがとうございます。
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後日ハンナ側の内心描写とか出すかも……?




