第八十話 亜竜
第八十話 亜竜
アーサーさんと話した翌日。いつもの様に冒険者ギルドの前へと向かう。
ちょうど向こうからもアリサさんが来た所で、扉の前で集合した。
「おはよ~、いい朝だねー」
「そうですね」
空を見上げれば青空と白い雲。これが前世ならピクニック日より……いや。前世の自分はゴリゴリにインドア派だったので、休みの日はほぼ家の中にいたな。
あいにくとこの世界では娯楽が少ないので、家の中だけで過ごすのは辛いが。というかそもそも今生の自分に家などない。宿ぐらしだ。
「今日はどうしますか?」
「そうだねー。最近ど派手でスリリングな依頼ばかりだったし、久々に普通の依頼でも受けよっか」
「……僕、普通の依頼という物を受けた事がないのですが」
そもそも、最初の依頼とて現地についたら本来その地域にいないはずのライカンスロープが出て来たし。
こちらの言葉に何が可笑しいのか笑みを浮かべて、サムズアップしてくるアリサさん。
「もってるね、シュミット君!」
「はっ倒しますよお馬鹿様」
自分は安全かつ安定して成り上がりたいのだ。その為に名を売るのは大事だが、本来は英雄譚に語られる様な経験などしたくない。
僕の命の価値は軽いが、自分にとっては唯一無二なのである。
「まあまあ。私が受ける依頼って前にも言ったけど、基本的に誰も受けない様な仕事だしねぇ」
「それは知っていますが、最近実入りはいいのでそれでも良いですよ。予定外の強敵が出てこないのなら」
「そこは相棒の運命力次第かな?」
「ナチュラルに僕のせいだけにしないでください。半分こでしょこういうのは」
「えー?」
えーじゃない。自分でも薄々『もしや僕はトラブルホイホイなのでは?』と思えてきたのだ。ここで認めたら負けな気がする。
行く先々でやたら強い賞金首やら黒魔法に関する存在やら。食傷気味である。
「普通にゴブリンとかコボルトとかだけを狩る仕事とかありませんかね……」
「おいおい、ゴブリンを甘く見るなよ?」
声のした方向を見れば、軍曹がこちらにやって来た所だった。
「軍曹、おはようございます」
「おはよう軍曹!今日は早いですね?」
「仲間の怪我が完全に治って、調子も戻って来たからな。そろそろでかい依頼でも受けようかと思ってよ。……治療費が流石にきつくてな」
「あー……」
そう言えばこの人のお仲間さん達、依頼の最中予定外の魔物と戦闘になって重傷を負っていたな。
遠い目をする軍曹に少し同情する。元軍人の彼らが負傷する現場だったのだ。普通の冒険者なら死んでいただろう。
「それより坊主。お前が強いのは認めるが、ゴブリンを舐めるなよ?」
「舐めているつもりはなかったのですが……そんなに危険なんですか?」
「ああ。最近はライカンスロープよりおっかない」
そう言って彼は腰に提げたホルスターを軽く指で叩く。
「まさか、銃を使うのですか?」
「おうとも。あいつら、装填はできないが殺した相手から奪った武器を使うぐらいの知能はあるのさ。防具の類も剥ぎ取って装備していたりするから、場合によっちゃかなり手強い相手だぜ」
「だねー。私は実際に遭遇した事ないけど、聞いた事があるよ」
うんうんと頷くアリサさんに、軽く肩をすくめる軍曹。
「ま、大半は棍棒やナイフを持っているだけなんだが……それでも万が一ってのはある。調子にのったルーキーが初めて買った銃を手に戦いを挑んで負けて、武器を分捕られるなんて話は珍しくはないのさ」
「ついでに、シュミット君はゴブリンに攫われない様にしないと」
「喧嘩を売っているのなら買いますよ?」
「へ?」
お馬鹿様の発言を『女と間違われて』という意味で受け取ったのだが、当の本人は疑問符を浮かべている。
「……?ゴブリンは女性を攫うのでは?」
「いや、違うけど?」
「なに勘違いしてんだ坊主。ゴブリンは全員『雌』だぞ」
「───なんて?」
思わず真顔になる自分に、しかし無慈悲な現実が伝えられる。
「そりゃお前。他の動物に種を植え付けるより種を奪った方が移動が楽だろ」
「卵を植え付ける虫は自然界にいるけど、ゴブリンは一応哺乳類だし」
今、自分の頭には非常にショッキングなイメージが浮かんでいる。
いや、だが待ってほしい。女性しか生まれないのはヴィーヴルも同じ事。そして彼女らはエルフなみの美形揃いと聞く。
そして前世ではゴブリンも妖精の一種。なら……!
「まあ勘違いするのも無理はない。なんせゴブリンの見た目は肌を緑にしたブ男みたいなもんだし」
「 」
希望はなかった。
「つうわけで、本当に気を付けろよシュミット」
「ご忠告、心から感謝いたします」
「……なあ、お前本当に開拓村の出身?」
「はい。正真正銘、開拓村で生まれ育った三男坊です」
「そうか……いや、冒険者は過去を探らないのがマナーだしな」
疑う様な目を向けられるも、嘘は言っていない。前世の事を言っていないだけで。
「そう言えば軍曹。私軍曹の過去ってあんまり知らないや」
「おいおい。マナー違反だって言ったばかりだぜ嬢ちゃん」
「そのマナー違反を先にしたのは軍曹じゃんかー」
「俺が聞いたのはシュミットの坊主だったんだが……大した過去なんてないぜ?」
そう言って軍曹が首を横に振る。
……はて。
今一瞬、目が泳いだ様な気がしたが。
「王国の北にある村で生まれたガキが、軍に入ったが戦場に疲れて冒険者になった。多くはないが、珍しくもない話さ」
「詳しい部分は全然話さないよね、軍曹」
「そりゃそうさ。俺も詳しくは聞いてないぜ?」
こちらを見ながら不格好なウインクをする軍曹に、自分も頷いて返す。
「僕もそこまで詮索する気はありませんし、今の話だけで十分です」
「えー、つまんなーい」
「それより、いい加減中に入りますよ。いくら朝は人の出入りが少ないとは言え、出入り口で立ったままはそれこそマナー違反です」
「はっはっは!一本取られたな、嬢ちゃん!」
「むー……そうやってはぐらかされると逆に気になっちゃうのが人の性なんだけどなぁ」
「おいおい勘弁してくれよ。こんなオッサンの過去なんて何にも面白かねぇって」
そんな会話をしながらギルドの扉を潜れば、受付の方がやけに慌ただしい。
どうしたのかと思い、まさかまた自分に厄介な依頼かと身構えるが、彼らはこちらに一瞬視線を向けるも忙しそうに作業に戻っていた。
どうやら自分達には関係ないらしい。だったら別にどうでもいいのだが、
「何かあったみたいだねぇ、相棒!」
目をキラキラさせているお馬鹿様がなぁ。
「仕事の邪魔をするのは駄目ですからね、お馬鹿様」
「わぁかってるってぇ。そもそも私達も仕事の話だし?というか誰がお馬鹿様か」
「貴女とリリーシャ様とアーサーさん」
「三人もいた!?せめて私だけのあだ名にして!?」
「やかましいしおこがましいですよ、お馬鹿様一号」
「一号……悪くないね!」
それでいいのか。
スキップしながら受付に向かうアリサさんの後を、軍曹と二人ついていく。
彼女が来たからか、ライラさんがいつものカウンターに立ってくれた。だがその顔には僅かに疲れが見える。
副ギルドマスターであるライラさんまであの様子だと、かなり厄介な事が起きたらしい。
「おはようございます。アリサさん、シュミットさん、軍曹さん」
「おっはようございまーす!随分と慌ただしいですけど、何かあったんですか?」
ライラさんに会釈して答える自分達をよそに、お馬鹿様が相変わらず目を輝かせたまま問いかける。
それに対し、ライラさんは少しだけ迷った様子を見せた。
「えーっとですね。少々耳を疑う報告がありまして……ですが、当ギルドに直接の影響はございません。皆さまに対してもすぐに何か、という事はありませんので気になさらないでください」
「そう言われると逆に気になっちゃうんだよなぁ、これがなぁ」
チェシャ猫の様に笑いながらカウンターに身を乗り出すアリサさんの襟首を掴み、引き戻す。
「ぐえー」
「あまりライラさんを困らせないでください、アリサさん。仕事の邪魔になってしまいます」
「だってさー」
不満気に唇を尖らせる彼女に、小さくため息をつく。
まったく。その野次馬根性は理解できないでもないが、だからと言って踏み込み過ぎるのは良くない。
依頼の受注すら難しい様なら日を改めるか。そう考えていると、ふと職員同士の会話が聞こえた。
「なあ、本当なのか。あの報告……」
「男爵にも早馬が行っていたし、事実だろ。まさか生きているうちにこんな話を聞く事になるなんてな」
「ああ。まさか獣人のテリトリーに『亜竜』が───」
───バァン!
自分がカウンターに勢いよくついた手の音が、ギルドに響く。
一瞬だけ建物がシンと静まり、視線がこちらに集中した。
「しゅ、シュミットさん?」
「亜竜」
「っ……」
「は?」
「なに?」
自分が発した言葉への反応は三者三葉。
真顔になりながら目を見開くアリサさんに、何の事だと疑問符を浮かべる軍曹。
そして、まずい事を聞かれたとばかりに顔をしかめたライラさん。
「亜竜が、獣人のテリトリーに出た?どういう事ですか、ライラさん」
「詳しくはお答えできません。冒険者とは言え民間の」
「今は民間人ではありません」
そう言って懐から公爵家の紋章が入った封筒を出す。
「聞かせてください。お願いします」
一応、形だけはあちらに判断を委ねているがコレを出した以上は命令だ。
あまりこういう事はしたくないが、そうも言っていられない。
じっとライラさんを見つめながら封筒を差し出せば、彼女は数秒ほど沈黙した後にため息をついた。
「場所を変えましょう。皆さん、奥の応接室へ来てください」
「はい、ありがとうございます」
「うそ……なんで……?」
「……え、俺も?」
呆然としたアリサさんの手を引き、ライラさんに連れられて奥の部屋に。
前にイチイバル家の騎士様とも話した応接室で、彼女と相対して座る。
「昨晩……もう今朝になりかけている頃に早馬が来たのです。『牛獣人の管理する平原に亜竜が現れた』と」
「……確かなんですか?」
「確認中ではありますが、恐らくは」
「そうですか……」
右手で額を押さえ、ゆっくりと息を吐く。
神様。僕を転生させた女神様。
まさかとは思いますが、昨日お祈りしたのが影響したとかありませんよね?
「おいおいおい。亜竜ってアレだろ?ドラゴンの小さい版とかいう、おとぎ話の」
「おとぎ話ではなく、大昔の事ですが実際に目撃例もある魔物の一種です。現代の兵器があっても、都市を複数破壊する可能性のある強力な怪物ですよ」
「そんなにか……つうか、ライラさんの言う大昔ってぇと」
「軍曹?」
「い、いや。なんでもねぇです。はい」
コントじみた会話をする二人を横目に、チラリとアリサさんの様子を窺う。
元々色白だった顔からは血の気が失せ、海を連想させる碧眼は落ち着きなく揺れていた。
明らかに冷静ではない。その姿に、どうにか自分が平常心を保たなければと気合を入れ直す。
「ライラさん。今回の件にギルドは何かするのですか?」
「私の一存では詳しい話はできませんが、マニュアルに従うならば物資の運搬とその護衛が主な仕事となるでしょうね」
「マジかよ……俺は受けたくねぇな。亜竜がらみの依頼なんて」
軍曹が露骨に顔をしかめ、椅子を少し引く。
「流れで部屋までついて来ちまったが、聞かなかった事にしてくれねぇか?」
「軍曹。いえ、ジャックさん。貴方には軍が討伐隊を組む場合徴集される可能性があるかと」
「うそだろ、俺は……」
何かを言いかけて止まる軍曹だが、それよりもとライラさんに話しかける。
「ではその軍は?討伐隊はどれぐらいで出発するでしょうか」
「恐らく準備に一カ月。出発は一カ月半後かと。と言っても、最近は蒸気機関車の駅も増えましたし、もう少し早くなるかもしれませんが……」
「……そう、ですか」
非情にまずい。現在、帝国に開戦間近という動きがあると聞いた。
討伐隊を十分な数揃えられるかどうか。……そもそも送れる余裕があるかも怪しい。
ローレシア帝国の軍事力は大陸でも最強と言われている。なんせ国土が広い。
雪や嵐などが多い厳しい気候ながら、それでも大陸の東西の端から端までの領土を持っているのだ。何なら、この大陸の北側半分は彼の国だと言っていい。
セルエルセス王が大陸中に名を轟かせ、今もなお英雄とされているのはそんな大国の侵略を弾き返したからだ。
今また、大きな戦争が起きようとしている。こんなタイミングで亜竜の相手まで……。
待て。あまりにも、タイミングが悪すぎないか?
最初は女神様が、世界の防衛機能がいらない気を利かせたのかと思った。だが、違うのかもしれない。
帝国が、狙って亜竜を王国と同盟関係にある獣人の領域に放った?
……証拠など何一つない妄想だが、どうにも嫌な予感がする。
「ライラさん」
「なんでしょうか?」
「冒険者ギルドに『亜竜討伐』の依頼が出された場合、どうしますか?」
「断ります」
キッパリと、彼女は答えた。
赤い瞳を細め、ダークエルフは薄っすらと殺意さえ滲ませながらこちらを睨む。
「冒険者ギルドは国営の機関であり、その地の領主が出す依頼に最優先で対応する義務が存在します。ですが、亜竜ほどの相手となれば業務外の事。お受けする事はできません」
「俺も受けたかねぇぞ。冒険者になる奴はどいつもこいつも馬鹿野郎だが、何も考えないわけじゃない。『死んでこい』と言われたも同然な依頼、逃げ出すに決まっている」
軍曹もこちらを睨みつける。
だが、その返答はある程度予想していた。間違いなく実力者である二人から殺意を向けられても、特に身構える事なく頷いて返す。
こちらの態度に『ただ言ってみただけ』だとわかってくれたらしく、ライラさんと軍曹も矛を収めた。
「不躾な質問をしてしまい申し訳ありませんでした」
「いえ、お構いなく。それで、『剣爛のシュミット』さんはこれからどの様に?」
どこか探るような瞳を、真っすぐと見つめ返す。
「とりあえず、その牛獣人とやらの所に行ってみようかと」
「ダメ」
アリサさんが顔を上げ、こちらの肩を掴んでくる。
「絶対に駄目だよ、シュミット君。亜竜相手じゃ、いくら君でも勝てない。これは軍隊に任せた方が良い」
「静観しろと?」
「何も直接戦う事だけが冒険者の仕事じゃないよ。物資の運搬を手伝う事だって、立派な貢献だ」
彼女の言っている事は正しい。極めて正論である。
自分は軍属でも、正式な騎士でもない。だと言うのに実質他国と言っていい獣人の平原に行くのは、分を超えた行為だ。
場合よっては討伐隊の邪魔になりかねない。
だが、だ。そもそも状況が……タイミングが悪過ぎる。
「ライラさん。亜竜について質問があります」
「え、いえ私より詳しい方がいると思うのですが」
ライラさんが困ったようにアリサさんに視線を向けるが、あいにくと今だけは相棒の言葉を信じきれない。
「亜竜は、時間経過で何か変化を起こしますか?」
「相棒。そんな事を聞いて何をする気さ」
「アリサさん、少しだけ黙っていてください」
「いいや黙らないね。君の蛮行を止めるのも相棒としての役目さ。やっぱり君、ハンナさんが言っていた『龍殺しの剣』が欲しいんだろう?」
アリサさんがこちらの胸倉を掴み、睨みつけてくる。
「それで、ドラゴンに挑むつもり?材料を集めて剣を作って、それで勝てると思っているの?私、言ったよね。そんな事許さないって」
「ええ。貴女の為に戦う事を禁じられました」
「だったらっ」
「だから。貴女の為ではありません。思い上がらないでください、このお馬鹿様」
そう言って、思いっきり彼女の額に頭突きをする。
「っぅ……!」
「しゅ、シュミット君!?」
痛みで少し視界が滲むが、知った事か。
掴まれていた手は解けたので、今度は逆にこちらが彼女の上着を掴む。
「誰が貴女の為に死んでやりますか。自惚れも大概にしてください。貴女は誰かに護られるタマではないでしょう」
「あ、相棒?」
「自分の為です。僕は僕の意思でもって、龍に挑む。そして殺します」
キョトンとしたアホ面を晒すお馬鹿様に、続ける。
確かに貴女には生きていてほしい。返しきれない恩がある。だが、それは『ついで』だ。
そうだとも。自分の意思で、己が命を懸けるのだ。開拓村で飢えに苦しみながら、ずっと夢見ていたものを叶える為に。
「龍という名の手柄首。どうして無視できましょうか。その首を持って帰ったのなら、僕は成り上がる事ができる」
飢えを紛らわす為に木の根をかじり、雑草を食み、泥をすすった。
犬小屋同然の住処で凍え、他の村人が病で死んでいくのを見てきた。
理不尽な暴力に傷つき、そして殺される者も看取ってきた。
成り上がれば温かい食事を三食腹いっぱい食べられて、立派な家に住み、家族に看取ってもらう事もできる。
求め出せばキリがない。そして、それを叶える為の『手柄』がある。このチャンスを、誰が逃すと言うのか。
「そ、そんな事」
「そんな事に命を懸けるのが冒険者です。命を質にいれて金を手にする職業だ。俗物で結構。この身は俗世にあります。ついでに、育ちの悪さは自覚していますとも」
上着の襟を離し、そしてお馬鹿様の額に全力でデコピンをくらわす。
無駄に頑丈なお人だ。頭突きもデコピンも、やったこちら側が痛いばかり。亜竜にすらなっていない状態でこれなのだから、本物はどれだけ頑強な事やら。
だが、斬れないはずがない。なんせ、斬った者がいる。
「ライラさん、亜竜の変化は?」
「え、ええ。ドルトレス王が残したという文献では、月の巡りが一周する頃には倍の大きさになっていると」
「では早い内に仕留めた方がいいですね。実際僕がどこまで戦えるかはわかりませんが、いざという時手柄首の獲れない位置にいるのはごめんです」
聞きたい事は聞けたと、椅子から立ち上がる。
「とりあえず汽車で獣人の平原に向かうとして……直通はしていませんよね。途中からは馬がいいでしょうか?」
そう、未だ座っているお馬鹿様に問いかける。
「は、え?もしかして、私も行くの?」
「……?何を当たり前の事を言っているんですか」
頭突きは思ったより効いていたらしい。先に脳みそが無事か診るべきだろうか。
だが、どうせお互いに大した頭はしていないのだ。ほっといても大丈夫だろう。
「貴女以外の誰に背中を預けろと言うのですか。そもそも移動の伝手がありません。頼りにしていますよ」
速く立てと、手を差し出す。
数秒程こちらの右手を見つめた後、彼女はその華奢な指でがっしりと握ってきた。
「君は相当な馬鹿だな、相棒」
「お馬鹿様に馬鹿と言われるのは非常に腹が立ちますが、今回は聞き流しますよ。相棒」
「酷い奴だ」
「自惚れ屋よりはマシです」
ポカンとした様子でこちらを見るライラさんと軍曹に会釈をしてから、応接室を出る。
「それで、どういうルートで行くのが最短でしょうか」
「早ければ良いってもんじゃないでしょ。とりあえず武器は必要さ」
「それもそうですね。僕はハンナさんの所で注文していたピックの予備を受け取って来ます」
「なら私はあるだけ弾薬を買っておくとしよう。ついでにイチイバル男爵に頼んで汽車と向こうで使う馬も用意してもらわなきゃ」
「男爵に頼む時はアーサーさんの名を出すのがいいかと。あのお馬鹿様三号にも何か出させましょう」
「いいね。愚兄の名前で豪勢にいこうじゃないか」
悪ガキじみた笑みを浮かべ、相棒がこちらに拳を突きだしてくる。
「なんか楽しくなってきたな、シュミット君」
「否定はしませんよ、アリサさん」
それに拳を打ち合わせて、ギルドの外へ出るなり反対方向へ。
さてはて。これが世界の意思か、はたまた帝国の暗躍か。あるいはただの偶然か。
何にせよ、やる事は決まっている。
行って、斬る。首級と一緒に心臓も掲げながら、凱旋と行こうか。
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