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ナー部劇風異世界で  作者: たろっぺ
第三章 黒魔法
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第七十五話 聖女に非ず

第七十五話 聖女に非ず




サイド ルーデウス



『大きな商談が決まったんだ!貴族相手だぞ、貴族!』

『やったじゃない、あなた!』

『ああ、男爵家との繋がりができる!うちの子と歳の近い子供がいるらしい、ルーデウスもついてきなさい』

『はい、父さん』


『なあ、ルーデウスー。お前なんも喋らないなぁ』

『そうでしょうか、坊ちゃん』

『つっまんねーよ、お前ー。何考えてんのかわかんねー』

『よく言われます、坊ちゃん』


『どういう事だ、ルーデウス!説明しろ!』

『どうって、どういう事ですか?』

『何故男爵の御子息を殴った!あんなに良くしてくださっていたのに!お前のせいで取引がなくなったんだぞ!?』

『気持ちを表現しろと言われたからです』


『お前は二度と取引先には関わらせん!荷物運びだけしていろ!』

『はい、父さん』

『くそ、お前が教育を間違えるからだぞ!』

『そんな!私のせいじゃないわ!この子がおかしいのよ!』


『ルーデウス。早く運べ。この間抜けめ』

『はい、父さん』

『まったく、自分の頭で考える事もできないのか?』

『ごめんなさい、父さん』


『おら、これも運んどけよ間抜け』

『おい、そいつ旦那様の息子だろ?いいのかよ』

『いいんだよ、実質勘当された馬鹿息子なんだし』

『勘当?はぁん。せっかく長男に生まれたのに、とんだ間抜けだな』


『何とか言ったらどうなんだよ、おい!』

『何とか、と言われても』

『いつも碌に喋らねぇ!ムカついてんのか?悔しがってるのか?表情すら動かねぇ鉄仮面がよぉ!気持ち悪いんだよ!』

『ムカついても、悔しくもないです。ただ』



『拳以外で、表現する方法がないんです』



『アレだろ?家族を全員殴り殺したバカ息子って』

『おっかないねぇ。どんな恨みがあったのやら』

『だが勿体ねぇなぁ。せっかく貴族とも取引できる商人の家に生まれたのに』

『そうだよなぁ。こんな吹き溜まりによぉ。まったくとんだ間抜けだぜ。良い暮らしを自分で捨てちまいやがった』


『なんだ、お前も銃を使わないのか?』

『理由は聴かんよ。ただあの引き金が気にくわない。皆そんなもんさ』

『俺らはソードマンに挑んでくる。この近くにいるらしいんだ』

『お前もどうだ?撃たれて死ぬより、余程いい死に方ができるぞ』


『待て、待ってくれ!』

『………』

『ああ、動く!顔が動く!口が動く!心が動く!あんたの剣が、俺を変えた!なあ、殺してくれ!このまま!この絶頂のまま!お願いだ、お願いします!最期に視たのがあんたの剣ならば、これ以上の幸せはない!!』

『………知らん。お前に興味などない』


『よお間抜け。恵んでやろうか?』

『ほらよ、拾ってみろよ。ああ、拾えねぇかぁ。そんな様だもんなぁ』

『へへ。ちょうどいいや。俺この前殺した奴から銃を奪ったんだ。試し撃ちしようぜ』

『そうだなぁ!いい的に……おい、待て。てめぇ、俺らを、見ているのか?』


『ソードマンが死んだってよ』

『はぁ?なんだよ、やっぱ剣は銃に勝てねぇってか?』

『いや、それが殺したのも剣士らしい!剣を持った冒険者が、斬り殺したんだ!』

『はあ!?嘘だろそんなの。どうせ銃で殺した後に剣を突き立てただけさ』



『目撃者もいるってよ!シュミットってガキらしい。黒髪赤目のすげぇ綺麗な顔をした奴だってさ!』



 ───……ああ、なるほど。これが走馬灯というやつか。


 迫る斬撃を受け流し、繰り出される刺突を跳ねのける。


 一撃一撃が必殺の刃。黒魔法とやらで動くこの体に、あの白銀の輝きは猛毒らしい。眼前にあるだけで、血肉全てが沸騰し消えてしまいそうになる。


 だが、逃げるものか。逃すものか。やっと巡り合えた。これは、運命なのだから。


 あの子爵はとうに壊れている。時々恐ろしいほどに理論だった動きをする事もあるが、大半が寝たまま歩いている様なあり様だ。目についた相手に怒鳴り散らし、かと思えば突然泣き出す。


 この改造も、そんな狂人がやった結果だろう。時間が、ない。


 聖女を殺せと言うオーダーが入った後、待ち構えるのではなく地上へと駆けあがったのは偏にそんな時間が残されていなかったが故。一分一秒も惜しい。明日の朝日を迎える事すら出来ない程に、この身は限界を迎えている。


 気づかれてはならない。演じきれ、騙しきれ。この人を、引き留めるために。


 これは傭兵としての矜持である。暴力でしか己の心を表せぬ、『間抜け』が立てる唯一の舞台。その誇りを守る為には、雇い主に報酬分の働きを返さねばならない。


「いいぞ、ボーイ!だいぶ良くなってきた!その調子だ!!」


「しぃ……!」


 繰り出される斬撃を受け流す度に、内側で何かが砕け、割れる。それはきっと己の命なのだろう。


『■■■■■■■■』


 囀るな。


 時々聞こえるこれが、子爵の言う友人とやらか。まあどうでもいい。とにもかくにも、この僥倖に歓喜し味わい尽くすまでは黙っていてもらわねば困るのだ。


 弱くなった。この宿敵は、俺の大事な、この世で最も愛しい宿敵は弱くなってしまった。


 だが、そんな状態でもかつての俺より遥かに強いだろう。この肉体に『成り果てる』前。いいや、装甲を張りつける前。その頃の自分なら、十秒と経たずに首を落とされている。


 それは今のボーイも変わらない。だが、これは違うのだ。


 合わない。違和感しかない。これでは違う。説明できない。元より、自分は口を動かし、筆を動かし、顔を動かし。何かを誰かに伝えるという事がてんで下手糞だ。


 だから、拳で語る。蹴りでもいい。頭突きでもいい。ただ、暴力でのみ己を表現できるのだ。


 これでも昔と比べて随分とマシになった。あの男が、ソードマンが変えてくれたから。


 偶然仕事でかち合っただけの交戦。そして、自分は斬られた。なのに殺されなかった。お前なんぞに興味はないと、捨て置かれたのだ。


「ボーイ!お前はなんだ!お前は誰だ!表現してみせろよ!教えてくれ!その剣で、その殺意で!それだけが、この世全てに通じる言語だ!メッセージなんだ!!」


 絶望の中、やっと巡り合えた。


 既に、ボーイが俺を無視して子爵の元へ向かおうとしたらそれを追う事はできない。


 骨は軋み、呼吸一つの度に臓腑は腐り落ちていく。その激痛を、表になど出してはならない。幸いなのはこの他者に伝える事が下手糞な己なら、それを悟らせないでいられる事。


 さあ、お前が背を向ければその頭蓋を叩き割るぞ!まだ俺は動ける!走れるのだ!


 そう錯覚させる為に黒鉄の拳を振るい、跳ねて見せて蹴りかかるのだ。大地を砕く一撃を披露し、風を裂いて頭蓋を割らんと拳打を繰り出す。


 この雨は聴衆にたるか?あの雷は喝采になりえるか?この舞台は俺の最期に相応しい場所か?


 いいや、意義など不要だ。俺の人生は、俺の物。どこの誰が、どこの何者が、どこのどいつが決めるというのか。この、最期の戦いの価値を。


「殺してみろ!殺すんだボーイ!お前の殺意はそんなもんかぁ!?あ゛あ゛!?この喉を抉り、命を奪い、屍を大地に晒してみせろ!その為に、お前はここにいるはずだ!!」


 ああ、俺の目を奪った人。ソードマン。


 人生最期に視る光景が、あの美しい斬撃であったのなら十分だと。そう思えた殺戮者よ。暴力の為に動く破綻者よ。


 眼前にいる剣士によって斬り殺された、我らが伝説よ。


 拳を一度振るえば反撃の刃が十襲う。蹴りを繰り出せば逆襲の斬撃が百迫る。


 それを受ける度に、理解できた。ボーイ、お前は強くなっている。その殺意を刀身に籠め、その上で理性を働かせ続けているのだと。


 ───取り戻している。昇華しているのだ。


「まだだ!まだこんなもんじゃぁない!この程度のはずがないっ!てめぇ舐めてんのか!?俺を殺しきれ!さもなければ、あの女どもを殺し尽くす!地の果てまで追いかけて、あの頭蓋を握りつぶすぞ!」


 君よ。ソードマンを打ち倒し、乗り越えた運命の君よ。


 俺もまた、破綻者なのだ。彼の様な後天的なものではない。生まれついての狂乱。平和な世に生きられぬ者。


 一人で死ねばいいのに、死に方を選ぶ贅沢者だ。戦場で撃たれて死ぬのではない。あの斬撃に比するもので死にたいのだ。


 俺の目が最後に視た刃を超えるお前に、どうか殺してほしい。


「来い!超えていけ、ボーイ!」


 刃を受け流し、カウンターの右フック。


 それを彼は身を屈んで回避し、繰り出された刺突を寸での所で避ける。続く逆袈裟は避けきれぬと、咄嗟に左手で喉を守った。


 刀身の輝きは、先ほどよりもだいぶん陰っている。あの太陽が顕現した様な圧倒的な光はない。


 それに伴い、ボーイの身体能力も戻ってきている。


 なのに、ああ。それなのに。


 指が飛ぶ。俺の指だ。ライフル弾を受けようがかすり傷程度しかつかぬ鋼鉄のワイヤーで編まれた筋肉が断ち切られ、装甲と同じ素材で鍛えられた骨さえも斬り捨てられた。


 一瞬の静寂。雨がどれだけ降ろうとも、この心に一片の曇りなし。


「一応、礼を言います」


 腰だめに構えられた刃。薄く白銀に光る刀身を後ろに伸ばし、少年は泥にまみれた身で立っている。


 その姿のなんて美しい事か。手に取る様にわかる。これが、これこそが。


「いいねぇ、いいよぉ、剣爛のぉ!!」


 指の欠けた手で拳を握り、構える。


 さあ、最終ラウンドだ。


 魅せてくれ、宿敵よ。お前の答えを。


「まだ俺は生きているぞ!剣爛のシュミット!殺しきれるのか!?その薄く光るだけの剣で!!」


「ええ。斬れます。そして、殺せます」


 静かに告げられた声。


 それでこそ、それでこそ俺の……。


「参ります」


「ああ!来てくれ!!」


 俺の愛する、宿敵よ。



*   *   *



サイド シュミット



『三人目が生まれたか』

『ああ、この子も男の子だよ。女が少ない村だってのに』

『そうですね……おい、お前の胎が悪いからだぞ』

『はぁ……はぁ……』


『おい!それが終わったらこの藁の束を運んでおけ!』

『はい……あの、どこに?』

『ああ?五月蠅い!自分で考えろ!』

『がっ……!?』


『あの、すみません。この国ってなんて名前』

『ちっ、んだよお前。俺を馬鹿にしてんのか』

『え、そんなつもりは。ただ教えてほしくって』

『黙れ!おい、こいつ袋にすんぞ!集まれ!』


『捕まえたぞ!暴れんな!』

『こいつ字なんて覚えようとしてやがった!』

『殴って忘れさせるぞ。手頃な石あるか?』

『殺すなよ。そいつは良く働く』


『そいつは村を襲った盗賊だ。殺せ』

『で、でも、無抵抗な相手を……裁判で、処すべきじゃ』

『だずげ……だずげで……おね、お願いします、おねが……』

『黙れ。殺せ。さもなきゃお前を殺すぞ』


『こ、こ、こ、これが、文字、なの?』

『そうだけど、違う。こことは別の国の文字だよ、ドージ』

『そ、そ、そうなんだ。しゅ、シュミットは、なん、なんで、知ってるの?』

『……まあ、色々あったんだよ』


『なあ、今年は何人死んだ?』

『雪が降ったからな。十人ぐらいだろう』

『働き手と胎がまた減ったな……大丈夫なのか、俺ら』

『さあな。あん?何見てんだこいつ!おい、棒持ってこい!』


『口減らしだってよ……』

『運がねぇな、あいつら』

『今年も日照りが続いたら俺の家も……』

『村長の妻も口減らしで山に行ったってよ』


『おい、そこの下手糞は?』

『駄目だ、死んでる。そういや勢子も一人崖から落ちたよな。そっちは?』

『ああ、そっちはいいだろ。名前の通りドジな奴だ。それより、射手がなぁ』

『村長に全員殴られるぞ。ち、ついてねぇ』


『なんだ、この騒ぎ』

『俺らが山に行っている間にクマが村を襲ったってよ。幸い食糧庫は無事だ』

『はーん。で、どこの家の奴が死んだんだよ。仕事が増えるのは嫌だぜ』

『たしか……そこの奴の家だな。長男は無事だってよ。仕事は増えないさ』


『……兄さん』

『なんだ、俺は忙しいんだ』

『僕の名前を、言えますか?』

『はぁ?何を馬鹿な事言ってんだよ』



『いらないだろ、お前に名前なんて』



 ───……全くもって、嫌な記憶しかないな。


 一応友人も開拓村にいたが、彼も死んだ。今生の両親も死んだ。何もない。何なら墓もない。


 眼前に構える黒鉄の魔人に視線を向けながら、深呼吸を一度。


 前世の平穏な記憶を思い出し、そしてつい今しがた今生の辛い記憶も頭の中で流した結論。


 自分は、聖女ではない。


 当たり前の事だ。しかし、転生なんぞしている身。万が一がないかと考えて、やはり『ない』と答えを出す。


 故に、この技が己に合わないのは自明の理であった。


 はっきり言って、聖女と自分では明らかに彼女の方が強い。


 片手で大岩を砕く怪力を持っていたのだろう。無限に近い魔力を持っていたのだろう。走れば弾丸より速く、その身は砲弾が直撃しようが傷一つつかない。そんな、生物の領域を超えた存在が聖女だったのだ。


 そうとしか思えない。この技は、『そういう体』を前提に作られている。


 術理は理解した。動きもトレースできる。だが、それだけ。ソフトが揃おうが、ハードが追い付かない。


 別人の技を、そのまま出して何になる。弱くなったと言われてもしょうがない。


 ダミアンを殺せたのは相棒の援護があったから。そして、自分が聖女にとっての『小技』を本能的に使い続けたから。


 聖女自身は、恐らく『できる』と『やらない』の違いを埋める為だけに編み出した小技の数々。彼女の本来のスタイルは、二の太刀要らずの一撃必殺。


 一撃目を防がれたのならそこで死ぬ。それを良しとした、狂人の刃。


 ただ、その一撃目を入れる努力を怠らない人でもあったのだろう。様々な技術がこの技には詰まっている。


 だがその全ては要らない。自分に合う物だけを選別し、組み合わせ、昇華しなければならない。


 合わせろ。組み替えろ。己の剣に変えてみせろ。


 腰だめに剣を構え、刃を引き絞る様に後ろへ伸ばす。


 刀身の輝きは、あまりにも頼りない。絞りに絞られ、この暗雲の中では無いも同然の光でしかなかった。


 それでいい。湯水の様に魔力を消費していては動けなくなる。緩急が必要だ。必要な時に必要な分だけを引き出す。それを行えずして、自分は前に進めない。


「参ります」


「ああ!来てくれ!!」


 まるで愛する家族でも迎え入れるかの様に吠えるルーデウス。


 思えば、この男の言う『殺し合いもコミュニケーション』などと言う妄言は結局意味が分からなかった。


 自分は、戦いを楽しめない。


 己の力を、例え反則であったとしても振るう事に悦楽がないと言えば嘘になる。それでも、殺すのも殺されるのも嫌いだ。これを好むのは、獣でも人でもない。鬼の類である。


 眼の前の男は、殺人鬼。それも度し難い類の。


 だが、それでも。


 ───雷が、庭にある木へと落ちる。


 その轟音を最後のゴングとし、駆けた。


 泥を跳ねのけ、雨を引き裂き、風に乗って間合いを詰める。迎撃に放たれた右の拳に刀身を横から叩きつけ、ついでに親指の根元を両断した。


 斬れる。今の自分なら、この男を斬る事ができる。


 普段の太刀筋のまま、眼前の敵を鏖殺する為だけに剣を振るえ。己が生存の為に。ただそれだけの為に。


 ……否。己の命だけではない。人生の為に、殺せ。


 繰り出された前蹴りに対し横回転で回避。そのまま膝裏に剣をあて、斬り飛ばす。


 バランスを崩したルーデウス。だがこの程度で奴は止まらない。


 残った右足の指で大地を掴み、肉体を固定。右の掌打をこちらの頭蓋を粉砕する為に繰り出してくる。


 間違いなく奴にとっての渾身の一撃。ルーデウスの肉体は限界を迎えている。その事に、今気づいた。


 避けて、逃げれば終わる。だが、足は前に動いていた。


「しぃ……!」


 いつもの様に、いつもの剣を、普段のままに振り抜いた。刀身が一瞬だけ眩く輝いた事以外に、変わった所など一欠けらもない。


 黒鉄の魔人の脇を通る様にして、泥を跳ね飛ばしての加速。すれ違い、瞬時に方向転換して体の正面を奴に向ける。


 だが、ルーデウスは振り返らなかった。振りぬかれた腕が空を切り、その衝撃をビリビリと庭中に伝えるだけ。


 静寂が、数秒だけ訪れる。


「ああ……」


 声が聞こえた。かすれた、雨音にかき消されてしまいそうな声。


「良い、人生だった」


 鬼の心を持ち、魔人の肉体を得た男。


 ゆっくりと背中から泥の中に倒れ、大の字に体を投げだした彼の傍に立つ。


 引き裂かれた喉から大量の血を流し、雨水と混ざって周囲に広がっていた。その一部が自分の靴にこびりつく。


 この男はおよそ外道と呼ぶに相応しい存在なのかもしれない。本人の言葉が真実なら、多額の賞金が懸けられた犯罪者。


 だから、この行為は彼の被害者達にとって冒涜なのだろう。遺族達にとって、許し難い事なのだろう。


 しかしここには誰もいない。太陽も月もなく、自分だけがいるのだから。


 刀身についた血を袖で拭い去り、鞘に納める。そして指を揃えて背筋を伸ばした。



「ありがとう、ございました」



 深く首を垂れる。己の意思で、目の前の魔人に感謝を述べた。


 当然返事などありはしない。されど、ルーデウスの口に浮かんだ笑みが彼の心情を語っている。



『こちらこそ、ありがとう』



 鉄仮面のくせに、分かり易い男だった。


 魔力を大量に消費した反動で眩暈がするものの、まだ動ける。


 彼への黙祷は三秒で済ませ、踵を返して子爵の屋敷に足を向けた。割れた窓を跳び越え中に入れば、廊下からは無数のうめき声がする。


 ドアを開け出て来た自分に、兜に覆われた顔が幾つも振り返った。


 聖水の入った瓶を左手に、そして白銀の輝きを失った剣を右手に。ゆっくりと歩き出す。


 いい加減疲れた。この仕事を、終わらせるとしよう。




読んで頂きありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


一部、書くかどうか迷っていたシュミット君の過去があったので修正させて頂きました。混乱させてしまった方には申し訳ございません。


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― 新着の感想 ―
ソードマンは序盤の強敵ながらルーデウスの脳を焼いたりと影響力強いのがなんか良いな… 賞金首達があのソードマンを殺した奴とシュミットを称するし、裏稼業の奴らもソードマンが死んだと聞いて真っ先にやっぱ剣で…
[良い点] 殺人鬼。理性ある狂者。生まれる場所もしくは理解して導くものがいれば 違う道もあったように思えるのが無常だ。 開拓村。人面獣心。そうでなければままならない程の過酷さか。 改めて思うがシュミ…
[一言] ルーデウスは拳戦奴とかに生まれたら幸せだったのでしょうね。 そしてシュミットくんの田舎の闇よ……村長の奥さんが口減らしってもう村として崩壊寸前なんじゃないかな……
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