第七十四話 弱くなった
第七十四話 弱くなった
放たれたのは、音速の『ジャブ』。
並みの鋼を遥かに上回る鉄拳。それが鞭の様にしなり、こちらを殺すために迫る。
だが読めていた。前に倒れ込むつもりで頭を低くし、頭蓋を狙った拳を回避。その体勢から引き絞った剣を突き上げる。
喉を狙いの一撃。だが腕が伸びきる前に相手もまた次の手を打っていた。
動きを読んでいたのはお互い様。懐に飛び込んだこちら目掛けてルーデウスのフックが放たれていたのだ。
咄嗟に柄頭で受けるも、吹き飛ばされた先は壁。もろに衝撃が背中に、いいや全身に走る。
「がっ……!」
砕ける壁と柄頭。肺の空気が押し出され、手足がバラバラになった様な衝撃。そして一瞬の浮遊感を覚え落下した先には品のある机があった。
応接室……あの執事に通された部屋か。
自分が衝突した机が盛大に倒れ、乗っていた燭台が音をたてて落ちる。それを掴み壁に開いた大穴を通ってきたルーデウスの顔面へと投げつけた。間髪入れずに、腰の後ろに手を回し抜き打ちで投擲する。
金属製の燭台が直撃するも当然ダメージはなし。だが、次に投げた物はどうか?
「っ、ぐぅおおお!?」
放たれた二つの聖水瓶。二瓶同時割れたそれは、瞬く間に気化した聖水が奴の上半身を包んだ。
響く絶叫に怯んだ足。効果を確信しつつ、すぐさまピックを引き抜く。
霧状になった聖水も二秒前後で晴れ、奴の姿を視認するなり放ったピックは見事ルーデウスの口内へ。
斜め下から放ったそれは舌に当たり───貫く事はなく、ほんの僅かに傷をつけるに終わった。
『あの時』奴が庇ったのは口の中ではないという事か……!
思考を巡らせるも、相手は止まってなどくれない。三日月の様に弧を描いて黒鉄の蹴りが放たれたのだ。
こちらの胴に風穴を開けるつもりで迫る爪先を紙一重で回避し、ソファーの裏へと転がる様に跳び込む。
直後のソファーへと振り下ろされた鉄拳が、貴族の屋敷に相応しい大きく頑丈なそれを真っ二つにへし折った。床まで砕く一撃に轟音が響く中、既に自分は奴の側面に回り込んでいる。
「っ!?」
こちらに気づき顔を向けようとするルーデウス。それを待っていた。
膝から腕へ。全身のバネを使った刺突を放つ。狙うは、喉。
身体強化の魔法を使おうともこの身の膂力では奴の装甲を貫けない。この勘が外れたのなら、自分は鉄拳によるカウンターで潰れた柘榴の様な死体を晒す事になる。
はたして、結果は。
「ちぃ!」
ルーデウスは、避けた。
切っ先は奴の喉に見える『剥き出しの筋繊維』をほんの少し削って、首側面の筋繊維に似た鉄線の束をかすめていく。
すぐさま奴の分厚い胸板を蹴って後退。自分がいた場所にアッパーが放たれ空を切った。
風圧だけで体が押されるのを感じながら、構えなおす。
「喉は人のままか、鉄血傭兵」
「やるねぇ。やっぱ見抜くよなぁ、ソードマンを殺した男ならぁ!」
弱点を暴かれたと言うのに、何故か嬉しそうに笑うルーデウス。
一投目のピック。あの時奴は歯で攻撃を防いだ。最初は蛇の様に舌で臭い物質を集め、鉄仮面の下にピット器官擬きでもあるのかと思ったが、違う。
そもそもこの屋敷は硝煙の臭いと死臭に溢れているのだ。これほど正確に自分を捕捉できるはずがない。
であれば、使っているのは理外の知覚である第六感。魔力感知。
感覚器官でもないのに口を庇ったのは、その奥を守る為。理由はわからないが、黒魔法で改造されようと呼吸と食事は必要だったか。
「だが喉なんてもんは生物なら誰だって弱点さ!どうする、剣爛のシュミット!お前はどうやって俺を斬ってみせる!?」
「聖水で苦しんでいたくせに、真っ当な生物を名乗る気ですか」
「痛いは痛いが、死ぬほどじゃなかったさ!もう止まらねぇぜぇ、アレじゃぁよぉ!」
「そうですか」
重心は低く、しかし根を張るような構えではなく猫の様な機敏さを意識する。
アレの攻撃をまともに受けてはならない。一撃離脱を主眼とし、仕掛ける必要がある。
対するルーデウスもまた、ガードを固める事はない。むしろ前傾姿勢となり、両手を獲物に跳びかかる直前の肉食獣の様にして宙に乗せていた。
「さあさあさあ!続けよう、殺し合いを!現代最強の剣士よ!銃を使えない戦士よ!」
「銃ならありますよ。最高のが一丁だけ」
「手元にねぇなら使えないのと同じさ、剣爛のシュミットぉ!」
誰の事を指したのかわかったのか。どうも、自分は思った以上に有名人らしい。
動き出したのは同時。真っすぐ突っ込んで来たルーデウスに対し、こちらは横へ跳んだ。
床を殴りつけ破片を散らす奴をよそに、もう一つのソファーの背もたれを蹴って天井へ。目の前に来たシャンデリアの根元を断つ。
落下した先にいたルーデウスは、勿論無傷。けたたましい音とガラス片が広まる中、黒鉄の巨体が天へと拳を放った。
跳躍してのアッパー。天井が砕けるも、その瓦礫が落ちるより先にこちらも動いている。
空中で身を捻って拳を回避し、奴の喉目掛けて一閃。されどもう一本の腕が盾となって刃を防いだ。
直後にルーデウスの体が横回転し、繰り出されるは回し蹴り。その脛に足裏を合わせ、あえて吹き飛ばされた。
窓ガラスを丸めた体で突き破り、庭へ。ゴロゴロと転がり、更に足で地面を蹴って更に距離をとる。
これ以上狭い屋内であの馬鹿力と装甲を相手取るのはごめんだ。何より。
この距離なら、魔法の発動が間に合う。
「すぅ……」
呼吸を吸い込み、体内の魔力を急速に燃焼させ始めた。
眼前に立ちはだかるは黒魔法によって人外の力を得た存在。であれば、あの技は問題なく起動する。
燃費という点では最低最悪の技。されど、この戦いを長引かせれば劣勢になるのは明らか。
であれば賭けよう。ヴァンパイアロードさえ討ち取れる、聖女の刃に。
「『サンライト・クロス』……!」
───暗雲に閉じられた大地に、陽光の輝きが顕現する。
「ぐ、ぉぉ……!」
こちらを追撃する為壁を蹴破って出て来たルーデウスが、顔を庇いながら半歩下がる。
一度目は、二刀でもって分散させなければ維持する事すらできなかった。だが二度目ならば。
両手で強く握った刃を起点に荒れ狂う魔力を統制。集束させる。
この技はただの付与魔法ではない。本来人間の魔法は体内の魔力のみを使い、一部の術式や儀式でのみ外部の魔力も使う。
だがこの技は違うのだ。己の中で燃やした魔力を呼び水として、『世界』を強引に味方とする。
大気中の魔力を、大地に流れる魔力を、そして『因果』さえも引き寄せて。眼前にいる『世界の敵』を討てと動員させる技。これこそが、聖女の編み出した必勝必殺の剣。
後の事など考えない、二の太刀など不要と叫ぶこの技は自分には合わない。ダミアン相手に使った様な『聖女にとっての小技』を駆使するならいざ知れず……だが、この状況ならば。
一足一刀で仕留める。吹きすさぶ風さえも利用して、前へ。放たれた矢となって黒鉄の魔人へと駆ける。
文字通りの瞬く間に詰められた距離。今の自分ならばあの装甲ごとルーデウスを斬れるという不思議な確信まであった。
だが、それでも狙いを喉一点に絞る。最速最高の突きを、そこへ───。
「違うなぁ」
ガギリと、音がした。
「はっ……」
地上の太陽のごとく輝く、白銀の刃。その切っ先が、
「それは、違うだろう」
黒鉄の腕に、掴まれていた。
「なあ、おい!!」
怒りのまま乱雑に振りぬかれた腕。跳ね上げられた剣に引っ張られ、右肩が異音を出しながら上げられた。
ほぼ同時に繰り出されるルーデウスの右手。それに対し跳ね上げられた己の右腕の勢いさえ利用して後退し回避しようとする。
だが、今度のは拳ではなかった。
開かれた手。掴みにきた奴の腕は想定よりも僅かに大きく、指先がボディアーマーに引っかかる。
「っ───!?」
ただそれだけであばらに激痛が走った。直後に自分の体は宙に投げ出され、グルグルと視界が回転する。
暗転しそうな意識を気合で抑え、足から着地。庭に二本線を引きながら、剣を構えなおして踏ん張った。
必死に呼吸を整える自分に対し、追撃の様子もなくルーデウスは俯いている。肩をわなわなと震わせ、男は『睨んだ』。
瞳などなくとも、その顔が。その表情は。紛れもない憤怒を表している。
「それがお前の剣か!?ふざけるな、さっきまでより『弱くなってんじゃねぇか』!!」
弱く……?
世界の後押しを受けた今のこの身は、瞬間的な膂力なら眼前の怪物とさえ伍するはずだ。
速度も音速にこそ届かないものの、身体強化の魔法を施した自分のそれを大きく上回る。それが弱くなっただと?
「違うんだよ、剣爛。いいや、『ボーイ』。違うんだよ、なぁ!!」
構えすらとらず、ルーデウスが両足を開いて掌を黒鉄の肉体に向け何度も動かした。まるで打ってこいとでも言う様に。
「冗談じゃねぇぞ!ラッキーパンチでソードマンが、あの男が死んだって言うのか!?いいや違うはずだ!ここまでの戦いでわかる!お前なら、あの男を殺せてもおかしくはない!お前は強い!才能の塊さ!なのにちぐはぐなんだよ、何もかも!!」
わけのわからない問答までしだしたルーデウスを前に、しかし自分も斬りかかれない。
先の攻防。防がれた事への精神的ショックもあるが、それ以上に肋骨がやばい。
そっと右手を当て、小さく『ヒール』と呟く。一応、骨は繋がった。肺に刺さるという事態はこれで避けられる。しかしどこかで腰を据えて内臓へのダメージを調べて対処する必要があるが……暫くは無理そうだ。
こちらが治療している間に、ルーデウスが顔をあげる。
「戦いを続けよう。ボーイ!納得がいかねぇ!わからねぇ!そういう時はとりあえず動くんだ!殺し合いも一種のコミュニケーションなんだよ!それを分かりやがれ!!」
錯乱しているのか、意味の分からない事を言うルーデウス。
だが……少しだけ、興味がある。
「分かり合うとか、そんな気はありません。ただ、貴方を殺すために剣を振るいます」
「それでいい!それでいいんだ!!まずはそこからでいいんだ、ボーイ!来いよ!俺を殺してみせろ!殺してくれ!!」
腰だめに剣を構える自分に対し、どっしりと両足をつけ半身となったルーデウス。
先ほどまでの攻めの姿勢から一転、防御を主体とした物へと切り替えたのだ。
本当に、訳の分からない男である。
「お願いだ!ソードマンを殺した男の『全力』を、この俺に刻み込んでくれ!」
「───行きます」
「来い!!!」
殺し合う相手だと言うのに、あまりにも奇妙な掛け合い。
互いに雨と泥にまみれた姿で、再度ぶつかり合う。
開幕の打ち合いとはあまりにも空気の変わった第二ラウンドが、雷鳴と共に始まった。
読んで頂きありがとうございます。
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